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質問に答えたら、面白い話を聞ける

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「ニホン、聞いたことのない国だ。王も魔法もないのに国が成り立つのか? しかも街が消えただと?」
 ロルガは黙り込んだが、口の端は軽く上がり機嫌が良さそうに見える。それでも、俺は不安で仕方なかった。
 俺が嘘つきだと思ってる? それとも頭がおかしくなったとか? 面倒臭い? 気持ち悪い? 嫌い?
 沈黙の中でネガティブな考えばかりが増殖していく。
「……あの、無理に、信じなくていい」
「確かに、にわかには信じがたい話としか言いようがないな」
「うん、そうだよね」
 やっと打ち明けたのに、気分は晴れない。
 言わなくても良かったかと後悔し始めたとき、ロルガの膝が細かく足踏みするように揺れた。
「わ! 何??」
「寝るなよ? いくつか確認したいことがある」
「寝てない!」
「よしよし。お前は急に眠ってしまうことがある。それは以前からか?」
「違う。ここに来てからだと思う」
「なるほど。じゃあ、その眠くなるタイミングに何か法則はあるか?」
「あ、それ考えてたんだけど、多分、多分だからね? 前の世界にあって、ここにないものについて口にすると眠くなる気がする。今だったら、国の名前。俺の売ってたカーテンは大丈夫だった。カーテンがあるってことだよね?」
「あぁ、確かにある。限られたところにしかないがな」
「限られたところ……?」
 陽がさすのだから、カーテンなんてどこにでもありそうなものだが、高価なのだろうか?
 不思議に思ったが、それについては特に説明されなかった。なぜかロルガは渋い顔をしている。
「で、ナルセが前の国で話していた言葉なんだが」
「日ほ——むぐ」
 急に口を塞がれ、俺は目を白黒させる。
 大きな手に鼻まで覆われ息ができない。
「んー! んー!」
「何も言うなよ?」
 何度も頷くと、やっと離してもらえた。
「質問は最後まで聞け。ここまで来たのに、いまお前が寝たら、中途半端になるだろうが」
「あ、はーい」
「さて、いま俺たちがいるこの国はアパクランという。古い言葉で純白の意味だな。お前はアパクラン語を知っているか?」
 大きく首を横に振る。
 アパクラン、なんて初めて聞いた。
 またしばらくロルガは沈黙し、何かを考え始めた。もう眠る心配もないだろうと膝から降りようとしたが、ガッチリと腰を掴まれ妨害された。
「え、なんで?」
「考えをまとめるのに色々と具合が良い。お前はここで静かにしていろ」
「む?」
 ロルガの言い分はちっとも理解できなかったが、大人しく座っていることにした。暇なので、目の前にいるロルガをぼんやりと眺める。
 すっかり二の腕は元の人間に戻り、上半身はタンクトップ型の毛皮を着ているみたいだ。最近はふくらはぎの辺りが人へと戻っている最中で、間も無く膝頭がすっかり見えるようになるだろう。腕、脚と戻ったら、次は胸だろうか? いつも枕がわりにしている、もふもふぬくぬくな場所もいつかは無くなってしまう。そうしたら、自分はどこで寝るのだろうか。
 ロルガが人間とわかったあと、俺はロルガの上で眠るのをやめようとしたのだが、「なんでだ?俺の毛皮を気にいっているのだろう?」と反対された。成人男子の胸を枕に眠る俺、という現実がむず痒くてたまらないが、逃げてもロルガに抱き込まれるだけだし、何より寝心地が良い。ロルガの言う通り、俺はロルガの毛皮が好きだし、一緒に寝るのを気に入っている。
 いつか、ロルガが完全な人間に戻ったら、ここにいる理由はなくなり、二人の生活も終わる。そうしたら俺はどこにいくのだろう。胸に忍び寄る寂しさを誤魔化そうとロルガの毛皮に指を埋める。手櫛を通すように何度も手を動かし、やわらかな感触を記憶に刻んだ。

「さて、俺が面白い話をしてやろう。聞くか?」
 いつだって自信に満ち溢れたロルガの声は俺を明るい気分に変える。しかも、面白い話、なんて言われたらわくわくしてきた。俺はバンザイするように勢いよく両手をあげる。
「聞く~!」
 俺の反応にロルガは片眉をあげ、得意げな顔をした。

「これは、アパクランに伝わる神話だ。アパクランを作ったと言われるのは女神、テルニヴォーリという。執着心の強い、わがままな女神で大地を司る。あるとき女神は子を作ろうと気に入った男をさらって伴侶にした。しかしこの男は結婚していて、妻に会いたい、帰りたいと泣いた。それでも女神は男を解放しない。女神は男が妻を思い出すたびに眠らせ、記憶が薄れるのを待った。男が妻を忘れると、女神テルニヴォーリは男を自分色に染め上げたという。二度と妻の元へ帰れないように」

 ロルガはいったん口をつぐみ、俺のことをじっと見つめた。
「ナルセの話を聞いて、この神話を思い出したんだ。前の世界にあって、ここにないものについて口にすると眠くなる。女神にさらわれた男の場合は妻のことだったが、似ていると思わないか?」
「おぉ~! 確かに! 神話じゃなくて、本当の話かもしれない??」 
「さぁ、わからんがな。ちなみに、その女神と男の末裔が俺たちアパクラン王家と言われている」
「うわぁ……」
 確かに、人の伴侶をさらうほど執着心が強かったり、わがままなのはロルガに通じるところがあるような気がする。
「これは推測が大部分になるが、男を自分色に染めたと言う下り、これは言葉のことなんじゃないか。気がついていないようだが、お前はいまアパクラン語を話している」
「えぇ?!」
「なぜ、習ってもないのに話し出したのか。地中にあるものにはテルニヴォーリの力が宿ると言われている。お前が美味いと言うイモは地中にできる。あと、水の入った壺の中には石が詰まっていてな。それらを摂取することで、テルニヴォーリの力に染められる。つまり言葉を使えるようになっているとしたら?」
「え~! 便利!!」
 俺の返答にロルガは笑った。
「そうか。ナルセがそう思うなら、それでいい」
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