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チキンは考えすぎたら、追い詰められる

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 グゥ、と腹が鳴るのを無視して眠るのは難しい。
 ロルガがベッドに戻り寝息を立て始めたのを確認してから、ベッドルームを出る。
 キッチンを見るが、ロルガが料理をした様子はない。何を食べようか、と食糧庫を覗いたが、決められないまま扉を閉めた。
 ソファに腰掛け、憂鬱な気分で暖炉の火を眺める。
 ロルガとの料理は楽しい。俺にあれこれ指示し、自分は何もしないのに「ナルセは不器用だ」とため息をつくロルガの俺様ぶりも気に入っている。
 ダイニングテーブルで向かい合って食事をとるのも好きだ。ロルガが「おいしい」と言うことはレアだけど、必ず食後の皿は空になることがたまらなく嬉しい。
 ただ、どうしても許せないことが一つあった。それはロルガが食べ尽くし系男子であることだ。イエスマン社畜の俺は、大概の理不尽なら気にならない。しかし、これだけはダメだ。『ただし、イケメンに限る』の法則も効果をなさない。
 初めは料理を大皿に盛って各自取るスタイルだったが、そうするとノロマな俺は四分の一も食べられない。だから最初から、それぞれの皿に分けるようにした。さすがに人の皿には手を出さないだろうと思ったのだが、甘かった。
 俺は好きな身のは最後に食べる派だ。
 その日も角切りベーコンの中でも、一番美しい香ばしい焼き色がついたひとかけらを最後に食べようと楽しみにとっていた。
「え?!」
 正面から伸びてきた手が本日のベスト・ベーコンをつまむのを見て、おれは小さく声を上げた。そのままロルガの口の中に放り込まれるのを見ても、俺は何も言えない。
「美味いな。だが俺のと変わらないか」
 そりゃそうだ。同じ鍋で同じときに調理しましたから!
 そのときは、怒りよりも戸惑いの方がはるかに大きかった。
「え、な、なんで俺の食べたの?」
「美味しそうに見えたから。お前が食べるものはどれも美味そうに見える」
 少しも悪びれずにそう言うロルガに俺は何と言ったか。
「い、いぃぃぃ……」
 奥歯を噛み締めながらの悲鳴はそんな音がする。
 嫌だとか、やめろなんて言葉はイエスマンの辞書にはない。不満は言葉にならない悲鳴として排出される。
 なんだ、コイツは。
 そんな目で俺を見るロルガの顔を見ていられなくて、俺はトイレに逃げ込んだ。そして胸の内をぶちまける。
「なんでなんでなんで俺の食べちゃうのおおおお?!」
 ドアを一枚挟んだだけだ。当然俺の叫びはロルガに丸聞こえだった。
「だから、美味そうだったからと言っただろう? お前の食べるものは何でも美味そうに見える。そういう才能がお前にはある」
 神経を逆撫でる一言が扉の外から追い打ちをかける。グズで何もできない俺が初めて褒められた(?)、才能がそれなんてちっとも嬉しくない。
「いぃぃぃ……!」
 結局は再び奥歯を噛み締め悲鳴を上げることしかできなかった。
 そんなことがあり、俺は二人で食事をすることに気まずさを感じていたのだが、ロルガは何も態度を変えないままだった。
 ロルガに盗られまいと、慌てて食べる食事は味気ない。空になったロルガの皿を見ても前のような嬉しさは感じられなくなって行った。
 調理の指示は出してくれるし、失敗しても残さず食べてくれる。ロルガに感謝しなければと思いながら告げるせいで、俺の「ありがとう」は力を失ったのだと思う。
 たった一言、「やめて欲しい」と告げれば良い話だが、それが俺には難しい。
「チキン野郎、つらぁ……」
 頭を抱えていると、ベッドルームから大きな音がした。
 まずい、ロルガが起きた。
 いかにも今から寝ようと思いましたが、何か? という雰囲気ですれ違えば大丈夫、と自分に言い聞かせて立ち上がる。数歩進んだところで、ちょうどベッドルームのドアを開けたロルガと真正面から向き合うことになった。
「や、やぁ」
 俺の不自然な挨拶にロルガは答えず、怖い顔で見下ろした。
「い、いぃぃぃ……!」
 1秒も耐え切れずに、俺は隣のトイレへと逃げ込んだ。鍵をかけてその場にへたり込む。これで一安心、と思ったところで、ゴッとノックにしては恐ろしい音が響いた。
「おい、話をしようぜ」
 ロルガのうなるような低音に体が震える。さっき見た眉間にシワを寄せ、目を細めた顔を思い出して余計に恐ろしくなった。
「は、はひ……聞きますので、ど、どうぞ?」
 ドア越しならどうにかなるだろう。というか、どうにかなってくれなきゃ困る。
 ドキドキしながら返答を待っていると、ゴッと再び音がして、トイレ全体が揺れた。
「出てくるのと、引きずり出されるのどっちが良い?」
「ひんッ」
 俺のチキンハートはもう限界です。
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