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脱ぶらぶらしたら、仲良しクッキング
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「すごーい! 本当に戻った!」
「今度は範囲が小さいな」
指なし手袋をしているみたいな右手を握ったり、開いたりしていたロルガは少し不満そうだったが、俺は興奮していた。
「でも、戻った! これからも食べてくれたら、ありがとうって言うよ。作って置いとくから!」
「ん、わかった」
「いま食べる? 食べるなら何か作るよ」
立ち上がった瞬間あることに気がつき、急いで座り直した。
そういえば俺、全裸だ。
熊と暮らしていると思っていたから気にしていなかったが、ロルガが人間だとわかっては、もうぶらぶらしていられない。
「あの……俺の服、どこ?」
真後ろのキッチンカウンターにいたロルガは、木の椀に口をつけたままこちらを見た。俺は黙って椀が空になるのを待つ。ロルガからは見えないとわかっているが、股間の上で両手を重ねた。
「……ナルセが着ていた服なら、捨てた」
「ええ?!」
「脱がせるときに破けたんだから仕方ないだろう。濡れたままにしていたら、体が冷えて死んでたぞ」
鋭い爪のついた大きな手を見せられ、首筋がゾクゾクした。それではスーツやシャツのボタンは外せないだろう。
「それは、ありがとう……でも、困ったな……」
「なぜ?」
ロルガの問いかけにポカンとしてしまう。
いやいや、他人と全裸生活っておかしいだろ? 俺には毛皮がないんだから大事なところが丸見えだ。
「食べたいものといえば……」
会話は終わったとばかりにロルガは食糧庫に向かおうとする。
「あ、待って……あの、服を、貸してください。全裸はちょっと……」
「ちょっとなんだ? 全裸は気持ちが良いじゃないか。服なんかいらんだろ」
確かに。家庭内裸族っているもんな。と納得しかけたが、それは一人暮らしに限る。
「は、恥ずかしいので、せめて腰に何か巻きたい」
「そっちのがよっぽど恥ずかしいと思うが……」
ロルガはちっとも納得してないようだったが、どこからか布を持ってきてくれた。
手拭いのような薄い生成りの布を渡され、腰に巻く。一応、見えなくなったが、存在を隠し切れない仕上がりだった。それでもぶらぶらよりはマシだろう。
「あ、ありがとう……」
なんとなく恥ずかしくて消えそうな声で言ったが、ロルガが体を震わせたので効果はあったらしい。
食糧庫から戻ってきたロルガは、白い布に包まれた三十センチ四方くらいの塊を持ってきた。
「なにそれ? そんなのどこにあったの?」
「これは床下に入ってる」
ロルガが塊をキッチンカウンターに置いて布を外す。中から出てきたものを見て、口の中によだれがあふれた。
「ベーコン?!」
「あぁ。これをイモと炒めたらうまいだろ」
「間違いない!」
ロルガが吊り戸棚からフライパンやまな板、包丁を出してくれる。チビの自分では届かなかったから開けて見ることもしなかった場所だった。
「ロルガ、ありがと」
俺の言葉にぶるりとロルガが身震いし、今度は左手が人の指になった。
「わー! すごい! これならすぐ元に戻りそう!」
「すぐには、無理だろ」
はしゃぐ俺にロルガは呆れた顔をしたが、「ベーコンを戻してくる」と食糧庫に向かう足取りは軽やかだった。
それから、ベーコンとイモを焼きながら、暖炉の前で話した。食糧庫の中には、まだまだ美味しいものがいっぱい入っているらしい。
出来上がりが待ちきれないロルガがベーコンをつまみ食いしようとする。俺は一生懸命止めたが「お前も食えば良い」とはし切れを口に押し込まれたら、もうダメだった。
「お、おいしーい……!」
口の中にジュワッと広がる脂と塩の美味しさに目を見張る。ほらみろ、とロルガは笑い、次々にベーコンを食べてしまうので、俺も負けじと食べた。イモが焼き上がることには一つもベーコンは残っていなかったが、ちゃんと旨みがイモに移っていた。
「うまかったな」
「ほんっとうにおいしい! ロルガのおかげで美味しいもの食べられた。ありがと!」
それからも、タイミングが合えば二人で食事をした。
料理は俺が担当する。ロルガは料理の経験がないらしいがたくさんのレシピを知っていた。俺にあれしろ、これしろと指示をして自分の食べたいものを作らせる。
食糧庫で見てはいたが、扱いが分からなかった豆も、野菜も、粉類もロルガの指示で生まれ変わった。勝率は五分五分らしいが、俺にはどれも成功に思える。
やがて、一回のありがとうで俺のてのひら分くらいの範囲が元に戻るらしいこともわかった。手足の先を出発点に少しずつ人間の範囲が増えていく。怖かった鋭い爪は姿を消し、形の良い指になる。
順調に思えたが、あるときから俺が「ありがとう」と言っても効果がなくなってしまった。
「なぜだ。なぜ変わらないッ」
ロルガはいらだちを隠さない。言動が荒っぽくなり、俺は一緒にいるのが怖くなった。特に料理をすることが苦痛になり、腹が空いていてもロルガが起きてくると、逃げるようにベッドルームに戻った。
「おい、ナルセ。どうしたんだ」
——おっしゃる通りでございます。
お馴染みのセリフを布団の中で唱えればあっという間に眠りに落ちることに気がついた。
ロルガ、ごめん。
自分を後ろめたく思いながらも、何も言いたくない。
本当は俺のありがとうに効果がなくなった理由に心当たりがあった。
「今度は範囲が小さいな」
指なし手袋をしているみたいな右手を握ったり、開いたりしていたロルガは少し不満そうだったが、俺は興奮していた。
「でも、戻った! これからも食べてくれたら、ありがとうって言うよ。作って置いとくから!」
「ん、わかった」
「いま食べる? 食べるなら何か作るよ」
立ち上がった瞬間あることに気がつき、急いで座り直した。
そういえば俺、全裸だ。
熊と暮らしていると思っていたから気にしていなかったが、ロルガが人間だとわかっては、もうぶらぶらしていられない。
「あの……俺の服、どこ?」
真後ろのキッチンカウンターにいたロルガは、木の椀に口をつけたままこちらを見た。俺は黙って椀が空になるのを待つ。ロルガからは見えないとわかっているが、股間の上で両手を重ねた。
「……ナルセが着ていた服なら、捨てた」
「ええ?!」
「脱がせるときに破けたんだから仕方ないだろう。濡れたままにしていたら、体が冷えて死んでたぞ」
鋭い爪のついた大きな手を見せられ、首筋がゾクゾクした。それではスーツやシャツのボタンは外せないだろう。
「それは、ありがとう……でも、困ったな……」
「なぜ?」
ロルガの問いかけにポカンとしてしまう。
いやいや、他人と全裸生活っておかしいだろ? 俺には毛皮がないんだから大事なところが丸見えだ。
「食べたいものといえば……」
会話は終わったとばかりにロルガは食糧庫に向かおうとする。
「あ、待って……あの、服を、貸してください。全裸はちょっと……」
「ちょっとなんだ? 全裸は気持ちが良いじゃないか。服なんかいらんだろ」
確かに。家庭内裸族っているもんな。と納得しかけたが、それは一人暮らしに限る。
「は、恥ずかしいので、せめて腰に何か巻きたい」
「そっちのがよっぽど恥ずかしいと思うが……」
ロルガはちっとも納得してないようだったが、どこからか布を持ってきてくれた。
手拭いのような薄い生成りの布を渡され、腰に巻く。一応、見えなくなったが、存在を隠し切れない仕上がりだった。それでもぶらぶらよりはマシだろう。
「あ、ありがとう……」
なんとなく恥ずかしくて消えそうな声で言ったが、ロルガが体を震わせたので効果はあったらしい。
食糧庫から戻ってきたロルガは、白い布に包まれた三十センチ四方くらいの塊を持ってきた。
「なにそれ? そんなのどこにあったの?」
「これは床下に入ってる」
ロルガが塊をキッチンカウンターに置いて布を外す。中から出てきたものを見て、口の中によだれがあふれた。
「ベーコン?!」
「あぁ。これをイモと炒めたらうまいだろ」
「間違いない!」
ロルガが吊り戸棚からフライパンやまな板、包丁を出してくれる。チビの自分では届かなかったから開けて見ることもしなかった場所だった。
「ロルガ、ありがと」
俺の言葉にぶるりとロルガが身震いし、今度は左手が人の指になった。
「わー! すごい! これならすぐ元に戻りそう!」
「すぐには、無理だろ」
はしゃぐ俺にロルガは呆れた顔をしたが、「ベーコンを戻してくる」と食糧庫に向かう足取りは軽やかだった。
それから、ベーコンとイモを焼きながら、暖炉の前で話した。食糧庫の中には、まだまだ美味しいものがいっぱい入っているらしい。
出来上がりが待ちきれないロルガがベーコンをつまみ食いしようとする。俺は一生懸命止めたが「お前も食えば良い」とはし切れを口に押し込まれたら、もうダメだった。
「お、おいしーい……!」
口の中にジュワッと広がる脂と塩の美味しさに目を見張る。ほらみろ、とロルガは笑い、次々にベーコンを食べてしまうので、俺も負けじと食べた。イモが焼き上がることには一つもベーコンは残っていなかったが、ちゃんと旨みがイモに移っていた。
「うまかったな」
「ほんっとうにおいしい! ロルガのおかげで美味しいもの食べられた。ありがと!」
それからも、タイミングが合えば二人で食事をした。
料理は俺が担当する。ロルガは料理の経験がないらしいがたくさんのレシピを知っていた。俺にあれしろ、これしろと指示をして自分の食べたいものを作らせる。
食糧庫で見てはいたが、扱いが分からなかった豆も、野菜も、粉類もロルガの指示で生まれ変わった。勝率は五分五分らしいが、俺にはどれも成功に思える。
やがて、一回のありがとうで俺のてのひら分くらいの範囲が元に戻るらしいこともわかった。手足の先を出発点に少しずつ人間の範囲が増えていく。怖かった鋭い爪は姿を消し、形の良い指になる。
順調に思えたが、あるときから俺が「ありがとう」と言っても効果がなくなってしまった。
「なぜだ。なぜ変わらないッ」
ロルガはいらだちを隠さない。言動が荒っぽくなり、俺は一緒にいるのが怖くなった。特に料理をすることが苦痛になり、腹が空いていてもロルガが起きてくると、逃げるようにベッドルームに戻った。
「おい、ナルセ。どうしたんだ」
——おっしゃる通りでございます。
お馴染みのセリフを布団の中で唱えればあっという間に眠りに落ちることに気がついた。
ロルガ、ごめん。
自分を後ろめたく思いながらも、何も言いたくない。
本当は俺のありがとうに効果がなくなった理由に心当たりがあった。
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