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おすそわけからの、ぶるり

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 夢の中の自分はアパートの床で寝ていた。
 もうあの宝物のカーペットの上で丸くなって寝ても、前のように満たされることはないのだろう。俺は本物の毛皮に顔をこすりつける気持ち良さを知ってしまった。
 意識が浮上していく。
 まだまだ眠れそうだったが、喉が乾いた。あの水が飲みたいと思い目を開けると、いつもの濡れた黒い鼻ではなく、つんと天をつく人間の鼻がある。
「……ッ!」
 びっくりして叫びそうになった口を急いで両手で押さえた。
 自分が熊だと思っていたのは人間のロルガだったことを思い出す。
 急に眠った自分を怒っていませんように、と願いながらロルガの腹からおり、部屋を後にした。
 キッチンカウンターの上に置かれた濃緑の壺はずんぐりとしていて、上下がわずかにすぼまっている。よく見れば、底面近くには垂直に刺さった木の棒があり、ロルガがやっていたのを真似て左右にひねると隙間から水がしみ出してきた。急いで木の椀に受けて、飲み干す。
 あぁ~、おいしい!
 一杯、二杯、三杯と飲んでやっと気が済んだ。
 喉の乾きが落ち着くと、今度はお腹がグゥと鳴る。何か別のものを食べようかと思ったが、考えるのが面倒だった。結局いつも通りイモを出してきて洗い、鍋に放り込む。しかし、今日はこのままじっくり焼いてみることにした。
 暖炉に薪は足さず、とろ火のままにする。
 ソファに座り、ぼんやりと炎を見つめながら、ロルガと話したことを思い出す。と言っても、自分が寝てしまったせいで大した話はできなかった。結局、自分が違う世界から来たことも言っていない。
「ふぁ……」
 あくびが出そうになったので慌てて立ち上がり、その場で足踏みをする。このまま寝たら、イモが炭になってしまう。
「いっちに、いっちに」
 体を動かしながら考えを再開する。
 ロルガは感謝されると熊から人間に戻れると言っていたが、どうやって協力すれば良いだろうか。
 何かやってもらって、お礼を言う?
 しかし、頼みごとをしようにも起きてこないし、そもそも頼みたいことも特にない。
「む………ん? 大変、大変」
 香ばしい匂いが漂ってきた。鍋を揺すってイモを動かす。茹でるのとはまた違う美味しそうな匂いに、期待が膨らんだ。
「いひひ、踊るか」
 やっぱり考えるのは苦手だ。
 パチン、と尻を叩き、揺れる肉の感触にひとり笑った。
 
「これは、事件だ……!」
 焼き上がったイモの美味しさは予想を超えてきた。パリッと焼けた皮の香ばしさはもちろんだが、中身の味の濃さに驚いた。茹でるのと違い、水分が飛んだせいかもしれない。まだ口の中に入っているのに、次の一口が待ち遠しい。
「んぐ?!」
 次々に食べ過ぎて、喉に詰まりかけた。急いで水を汲みに行き、事なきを得たが危ないところだった。
 続きは落ち着いて食べようとソファに戻る。皿の上で小さなイモが二つ並んでいるのを見て、寝ているロルガを思い出した。
「イケメンは鼻の穴までかっこ良いなんて。知らなかった……」
 ベッドルームの方を向いて両手を合わせる。せっかくだから、良いものを見せてもらったお礼を何かしたい。
「ロルガはイモ好きかな?」
 鍋に残っていたイモを皿に出し、キッチンのカウンターに置いておくことにした。これなら水を飲むときに気がつくだろう。
「良かったら食べてねって書きたい。付箋あるかな……ふあぁ」
 あくびが出たら、もうだめだ。最後の力を振り絞ってベッドルームを目指す。ロルガの横に倒れこむと、太い腕が巻きつき、体が浮いた。もふもふのぬくぬくに包まれるいつもの感覚に、これこれ、と思いながら眠りに落ちた。
 
 次に目覚めると、俺はキッチンカウンターへと急いだ。皿のイモは一つ残らず消えていた。くふふ、と笑いがもれ、落ち着かない気分になる。
 それから、何度か同じことを繰り返した後、やっと俺が起きている間に、ロルガがベッドルームから出てきた。
 ソファに座ったまま声をかける。
「ロルガ、イモ食べてくれて嬉しかった。ありがと!」
 眠そうな顔でノロノロ歩いていたロルガは立ち止まり、ぶるりと体を震わせた。
「お、戻った」
 こちらに見せた右手は指だけが人間のものになっていた。
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