4 / 56
謎の熊から、情報量が多過ぎる熊へ
しおりを挟む
もしかしてこの熊って着ぐるみだったの?
考えたってわからないが、イケメンが最高なのは確かだ。
「ありがとう……」
うっとりしながら俺は目を閉じた。
「おい、しっかりしろ」
ふわふわの感触が俺の頬をトントンと叩く。
耳に心地良い低音の甘々ボイス、最高。録音してアラームにしたい。
あぁ、続きは夢の中で……
「こら、起きろ」
「ふぎゃッ」
鼻先をパチンと弾かれ、その衝撃に体を起こす。
超至近距離に迫るイケメン、再び。
高い鼻が影を落とす、男くさいのに品のある顔だちに視線が釘付けになる。入浴剤みたいな緑色の瞳に自分の間抜け面が映っていた。そばかすが点々と散る白い肌に、いつも焼く時間が十分に取れなかった朝食の食パンを思い出す。すぐに関係ないことを考え始めるのは俺の悪い癖だ。
「起きたな。話をするから寝るなよ」
「は、はひ」
いつの間にか暖炉前のソファに寝かされていた。体を起こし、熊さんが帰ってくるのを待つ。言葉が通じると思うと、なんとなくさん付けにしたくなる。やけに偉そうな話し方だが、従ってなんぼのイエスマンとしては気が楽だ。
こっそり振り返って熊さんを見ると、キッチンカウンターにいた。
そこには俺が邪魔だなと思っていた特大の壺がある。深緑色の陶器製で俺の胴体くらい大きい。トポトポと音がして、熊さんは持っていた木のお椀に口をつけた。
あ、それ中身が入っていたんだ。
熊さんは棚から別のお椀を取り出し、さらに何かを汲んでいた。
俺の分だったら嬉しい。
熊さんの全身を眺め、改めて不思議に思う。体は熊で頭部だけが人間の姿をしている。髪の毛色は毛皮部分と同じ茶色だが、光に透かすと赤みが強い。首筋を覆う襟足は毛先が乱れ、頬に届くほど長い前髪を何度も払いのけるようにかき上げた。
まるで遊園地の着ぐるみバイトが休憩してるみたいな後ろ姿にニヤニヤしてしまう。
「は、ふわわぁ……」
急に襲ってくる眠気に大欠伸が出る。一人生活を満喫している間に口を隠す習慣なんて無くなった。
思い切り開けた口の中にずぼ、と何かが入った。
「ふがぁッ」
「寝るなと言っただろう」
熊さんは不機嫌そうに言うと、俺の口の中から手を抜いた。
「ぺ、ぺ、毛が入った……」
肌に触れると気持ちが良い毛皮も、口の中ではゴワゴワと違和感が酷い。差し出された木の椀の中身を飲み、洗い流す。一口で楽になったが、傾ける手は止まらない。
「これ、水? おいし~!」
なんで、こんなに美味しいの?
初めてイモを茹でたときを思い出す。
俺が水を飲み干したことに気がついた熊さんはお代わりを持ってきてくれた。
「ありがとう」
お礼を言うと熊さんは小さく体を震わせた。波立つように毛が逆立つ。やっぱり本物の毛皮らしい。
「……さて、ようやく顔を合わせられた」
熊さんがソファに腰掛けた勢いで、俺は少し飛び跳ねた。足を踏ん張っていないと、勝手に体が熊さんのいる右側へ傾いてしまう。肘掛けにしがみつき体勢を保っていると、熊さんがこちらを覗き込んできた。しかし、言葉はない。
「な、なに……?」
気まずさに耐えかねて口を開くと、熊さんは凛々しい眉を跳ね上げた。目尻を下げ意味ありげな視線を送ってくる。
え、何これ。かっこ良すぎる。
イケメン好きの姉と妹から英才教育を受けたせいで、見事面食いになった自分にはご褒美でしかない。
もうこんな機会はないかもしれないから、がんばって見つめ返す。心臓はバクバクで息もできない。
ふいに熊さんの表情がゆるんだ。
「……なるほど。これは好都合」
ひとり何かを納得し、満足気に頷いた。
俺に説明してくれる気配はない。
「さて、改めて挨拶しよう。私はロルガ。人間だが、魔女によって熊に変えられていた。元に戻る方法は、人に感謝されることだと聞いていたが、この見た目だ。誰もが逃げ、試すことも叶わなかった。しかし、お前のおかげで真実とわかった。感謝する」
「そう、なんだ……」
急に異世界らしい話をされ、整理が追いつかない。
ロルガ。初めて聞く名前の響きに、本当に自分は異世界にいると実感が湧いてくる。
「おい、起きているか?」
伸びてきた右手が俺の頬をなでる。傷つけないように気を使ってくれているのか、指を折り曲げ手の甲を擦り付けるようにした。すっかり馴染んだ毛皮の感触が気持ち良くて、自然と目が細くなる。
「起きてるけど、ちょっと、ビックリしているというか、よくわからない……」
「そうか。何か聞きたいことはあるか?」
「うぅん、と……あ、どうして熊にされちゃったのか、気になる」
「罰だ。悪事を働いたのがバレてな」
思いがけない言葉にビックリしてロルガをじっと見た。
「……ロルガは悪人なの?」
「さぁ、どう思う?」
ニヤリと片頬を上げたロルガの笑顔は危険な香りがするのに、恐怖とは別の意味でドキッとしてしまう。
イケメンパワー、半端ない……!
ロルガはソファの背もたれに左腕を乗せ、こちらに体を寄せてくる。
「たいしたことじゃないが、親父の機嫌を損ねた。ただそれだけだ」
ロルガが内緒話をするように声を潜めるから、自然と俺も体を近づけ耳を澄ませる。他人と吐息がかかりそうな距離に近づくなんて、酔っぱらった上司をタクシーに乗せたとき以来だ。しかも今回は相手がイケメン。自然と顔が熱くなる。
「おい」
伸びてきた右手が俺の顎をすくいあげる。ヒヤリと冷たい感触に、するどい爪が当たっていることに気がついた。
「ひぃッ」
まだ一ミリも傷つけられていないのに、嫌な汗が出る。
「お前は何者だ?」
威圧感のある問いに背筋が伸びた。
え? これ、正直に答えて良いやつ??
考えたってわからないが、イケメンが最高なのは確かだ。
「ありがとう……」
うっとりしながら俺は目を閉じた。
「おい、しっかりしろ」
ふわふわの感触が俺の頬をトントンと叩く。
耳に心地良い低音の甘々ボイス、最高。録音してアラームにしたい。
あぁ、続きは夢の中で……
「こら、起きろ」
「ふぎゃッ」
鼻先をパチンと弾かれ、その衝撃に体を起こす。
超至近距離に迫るイケメン、再び。
高い鼻が影を落とす、男くさいのに品のある顔だちに視線が釘付けになる。入浴剤みたいな緑色の瞳に自分の間抜け面が映っていた。そばかすが点々と散る白い肌に、いつも焼く時間が十分に取れなかった朝食の食パンを思い出す。すぐに関係ないことを考え始めるのは俺の悪い癖だ。
「起きたな。話をするから寝るなよ」
「は、はひ」
いつの間にか暖炉前のソファに寝かされていた。体を起こし、熊さんが帰ってくるのを待つ。言葉が通じると思うと、なんとなくさん付けにしたくなる。やけに偉そうな話し方だが、従ってなんぼのイエスマンとしては気が楽だ。
こっそり振り返って熊さんを見ると、キッチンカウンターにいた。
そこには俺が邪魔だなと思っていた特大の壺がある。深緑色の陶器製で俺の胴体くらい大きい。トポトポと音がして、熊さんは持っていた木のお椀に口をつけた。
あ、それ中身が入っていたんだ。
熊さんは棚から別のお椀を取り出し、さらに何かを汲んでいた。
俺の分だったら嬉しい。
熊さんの全身を眺め、改めて不思議に思う。体は熊で頭部だけが人間の姿をしている。髪の毛色は毛皮部分と同じ茶色だが、光に透かすと赤みが強い。首筋を覆う襟足は毛先が乱れ、頬に届くほど長い前髪を何度も払いのけるようにかき上げた。
まるで遊園地の着ぐるみバイトが休憩してるみたいな後ろ姿にニヤニヤしてしまう。
「は、ふわわぁ……」
急に襲ってくる眠気に大欠伸が出る。一人生活を満喫している間に口を隠す習慣なんて無くなった。
思い切り開けた口の中にずぼ、と何かが入った。
「ふがぁッ」
「寝るなと言っただろう」
熊さんは不機嫌そうに言うと、俺の口の中から手を抜いた。
「ぺ、ぺ、毛が入った……」
肌に触れると気持ちが良い毛皮も、口の中ではゴワゴワと違和感が酷い。差し出された木の椀の中身を飲み、洗い流す。一口で楽になったが、傾ける手は止まらない。
「これ、水? おいし~!」
なんで、こんなに美味しいの?
初めてイモを茹でたときを思い出す。
俺が水を飲み干したことに気がついた熊さんはお代わりを持ってきてくれた。
「ありがとう」
お礼を言うと熊さんは小さく体を震わせた。波立つように毛が逆立つ。やっぱり本物の毛皮らしい。
「……さて、ようやく顔を合わせられた」
熊さんがソファに腰掛けた勢いで、俺は少し飛び跳ねた。足を踏ん張っていないと、勝手に体が熊さんのいる右側へ傾いてしまう。肘掛けにしがみつき体勢を保っていると、熊さんがこちらを覗き込んできた。しかし、言葉はない。
「な、なに……?」
気まずさに耐えかねて口を開くと、熊さんは凛々しい眉を跳ね上げた。目尻を下げ意味ありげな視線を送ってくる。
え、何これ。かっこ良すぎる。
イケメン好きの姉と妹から英才教育を受けたせいで、見事面食いになった自分にはご褒美でしかない。
もうこんな機会はないかもしれないから、がんばって見つめ返す。心臓はバクバクで息もできない。
ふいに熊さんの表情がゆるんだ。
「……なるほど。これは好都合」
ひとり何かを納得し、満足気に頷いた。
俺に説明してくれる気配はない。
「さて、改めて挨拶しよう。私はロルガ。人間だが、魔女によって熊に変えられていた。元に戻る方法は、人に感謝されることだと聞いていたが、この見た目だ。誰もが逃げ、試すことも叶わなかった。しかし、お前のおかげで真実とわかった。感謝する」
「そう、なんだ……」
急に異世界らしい話をされ、整理が追いつかない。
ロルガ。初めて聞く名前の響きに、本当に自分は異世界にいると実感が湧いてくる。
「おい、起きているか?」
伸びてきた右手が俺の頬をなでる。傷つけないように気を使ってくれているのか、指を折り曲げ手の甲を擦り付けるようにした。すっかり馴染んだ毛皮の感触が気持ち良くて、自然と目が細くなる。
「起きてるけど、ちょっと、ビックリしているというか、よくわからない……」
「そうか。何か聞きたいことはあるか?」
「うぅん、と……あ、どうして熊にされちゃったのか、気になる」
「罰だ。悪事を働いたのがバレてな」
思いがけない言葉にビックリしてロルガをじっと見た。
「……ロルガは悪人なの?」
「さぁ、どう思う?」
ニヤリと片頬を上げたロルガの笑顔は危険な香りがするのに、恐怖とは別の意味でドキッとしてしまう。
イケメンパワー、半端ない……!
ロルガはソファの背もたれに左腕を乗せ、こちらに体を寄せてくる。
「たいしたことじゃないが、親父の機嫌を損ねた。ただそれだけだ」
ロルガが内緒話をするように声を潜めるから、自然と俺も体を近づけ耳を澄ませる。他人と吐息がかかりそうな距離に近づくなんて、酔っぱらった上司をタクシーに乗せたとき以来だ。しかも今回は相手がイケメン。自然と顔が熱くなる。
「おい」
伸びてきた右手が俺の顎をすくいあげる。ヒヤリと冷たい感触に、するどい爪が当たっていることに気がついた。
「ひぃッ」
まだ一ミリも傷つけられていないのに、嫌な汗が出る。
「お前は何者だ?」
威圧感のある問いに背筋が伸びた。
え? これ、正直に答えて良いやつ??
56
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
魔王様が子供化したので勇者の俺が責任持って育てたらいつの間にか溺愛されてるみたい
カミヤルイ
BL
顔だけが取り柄の勇者の血を引くジェイミーは、民衆を苦しめていると噂の魔王の討伐を指示され、嫌々家を出た。
ジェイミーの住む村には実害が無い為、噂だけだろうと思っていた魔王は実在し、ジェイミーは為すすべなく倒れそうになる。しかし絶体絶命の瞬間、雷が魔王の身体を貫き、目の前で倒れた。
それでも剣でとどめを刺せない気弱なジェイミーは、魔王の森に来る途中に買った怪しい薬を魔王に使う。
……あれ?小さくなっちゃった!このまま放っておけないよ!
そんなわけで、魔王様が子供化したので子育てスキル0の勇者が連れて帰って育てることになりました。
でも、いろいろありながらも成長していく魔王はなんだかジェイミーへの態度がおかしくて……。
時々シリアスですが、ふわふわんなご都合設定のお話です。
こちらは2021年に創作したものを掲載しています。
初めてのファンタジーで右往左往していたので、設定が甘いですが、ご容赦ください
素敵な表紙は漫画家さんのミミさんにお願いしました。
@Nd1KsPcwB6l90ko
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる