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落ちたらそこにはモフモフ、いやイケメンが?!
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限界社畜がお星様に願うことベスト三といえば、二度寝、昼寝、アラームなしで寝る。異論は認めない。
心の中だけは強気のキングオブ内弁慶とは俺のことだ。
誰も知らないけど。
定年を迎えるまでは無理だと思っていた願いが全て叶い、俺の体はみるみるうちに元気を取り戻した。
グゥ、となるお腹に、張り詰める膀胱。
ついにぬくぬくもふもふ天国を出るときが来た。
といっても、すぐに行動に移すほど俺の性格は思い切りが良くない。しばらくはぐずぐずと寝たり起きたりを繰り返していた。
先に限界を訴えたのは膀胱だった。
いくらなんでも、異世界でお漏らしはしたくない。
意を決して熊のお腹からすべり降りた。お尻をつるりと撫でる毛皮の気持ち良いこと。動物滑り台なんて、最高にファンタジーだ!
まぁ、全裸なんですけどね。
はじめは、他人の家を全裸で徘徊する背徳感にビクビクしていたが、すぐに興奮が上回る。いや、断じて新たな性癖開花ではない。
普通の1.5倍はありそうな大きな木のドアを開けてみると、今いる部屋の殺風景さとは違い、暖炉やソファ、ダイニングセットが揃ったLDKに続いていた。
「おぉ……!」
暖かでおしゃれな雰囲気にテンションが上がるが、夢中になっている場合ではない。俺にはどうしても行きたい場所がある。
すぐ隣に扉を見つけ中を覗くと、感動のあまり手を合わせた。
ありがとう、トイレの神様……!
異世界ファンタジーの転移先といえば中世風が定番だが、絶対にトイレが汚そうと思っていた。ところがこの家のトイレ、なんと水洗だった。便座はツルツルに磨かれた木製でヒヤッとしないのが嬉しい。四角に折り畳んだトイレットペーパーらしきものもあるし、心配はなさそうだ。
手を洗う洗面所もあり、水道設備はしっかりしている。灯りはランプで電気の存在は確認できないが、結構文明は進んでいるらしい。
仕事柄、色々とマンションのモデルルームを見てきた俺、この家の構造が気になる。あちこち歩き回っては、壁をコンコンして「ははぁん? 良い壁ですね」と言ってみた。もちろん意味なんてない。だって俺はカーテンを売っていただけで特に建築の知識はない。
ログハウスに合うカーテンはやっぱりナチュラルカラーかな。無地もいいけど、リアルな動物がワンポイントで入ってたら、外の風景とリンクして面白いかも。
社畜思考が勝手に仕事を始めるが、急激に眠くなり、熊ベッドに戻った。
その後は目覚めるたびに少しずつ家を探検している。
このログハウスは1LDKで、残念ながら風呂はない。
広い食糧庫を見つけたときは、思わず大きなため息が出た。根菜や穀物がたっぷり詰まった棚は天井まで続く。俺の食料としての価値は低いとわかれば、ますますこの状況が楽しくなってくる。
キッチンは簡易的で、流しはあるがコンロはない。
リビングの薪の暖炉あり、小さな火が揺れていた。鍋をかける場所もあるから煮炊きはできそうだ。
グゥと腹が鳴る。食糧庫の中身が頭に浮かんだ。
「く、く、熊のく~ちゃん、ありがとうねぇ~、ヘイ!」
暖炉の前で緩んだ腹を叩き、尻をふる。炎の上でクツクツと鍋が音を立てた。
料理をしながら歌うのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。料理といってもジャガイモっぽいものを茹でてるだけなんだけど。
イモが崩れ出したので、あわてて中身を皿に出す。暖炉の前にある大きなソファに座った。
茹で汁ぐずぐずのイモ。
見た目は0点だが、早く食べたい。
「いただきまーす! …………む、むむむ! おいしーい!」
味付けをしていないのに、びっくりするくらい美味しかった。ちょっと心配になるくらい。
ランプの灯りに照らされて大きな影が壁に映る。不安定に揺れるそれを見ているだけでなんか笑える。
「このイモ、熊っぽい。ガオー食べちゃうぞ! 違いまーす。食べるのは俺でーす」
ひとりで大はしゃぎして、そのまま寝落ちした。と思っていたのに、気がついたら熊の上だった。
熊は冬眠中なのか、ちっとも起きない。おかげで俺は気ままな暮らしを楽しみ、困ることなんて何もなかった。
ただ、返事が返ってこないのだけが寂しい。
それに心が押しつぶされそうになったら急いで熊のお腹の上に戻る。力強い鼓動と優しい寝息が「ひとりじゃないよ」と言っているみたいだった。
イモを茹で続けて一ヶ月は経っただろうか。
時計もカレンダーもない部屋だった。
好きな時に寝て、起きて、食べてと繰り返すうちに正確な日付なんて気にならなくなる。
リビングにある小さな窓から外を覗き、昼か夜かを知るくらいだった。
俺は好き放題できる生活に満足していた。不思議と、異世界転移の主人公たちのように、元の世界に帰りたい、とは思わない。
そろそろイモ以外のものが食べたくなり、食糧庫の棚によじ登ってゴソゴソやっていると、麻袋に入った豆が見つかった。大豆っぽいそれに心踊る。
煮豆、炒り豆、きなこ、ゆばができちゃうんじゃない? 作ったことないけど!
妄想に夢中で、うっかり足を滑らせた。
「うわッ!」
全裸で死亡確定と目を閉じた瞬間、全身がふかふかに包まれた。
「え、熊さん?! ありがとう、助かった!」
お気に入りの感触に振り返り、見上げると野生味あふれる青年の顔が迫る。
目の前にイケメン、体を包む感触はもふもふのぬくぬくってどういうこと?
心の中だけは強気のキングオブ内弁慶とは俺のことだ。
誰も知らないけど。
定年を迎えるまでは無理だと思っていた願いが全て叶い、俺の体はみるみるうちに元気を取り戻した。
グゥ、となるお腹に、張り詰める膀胱。
ついにぬくぬくもふもふ天国を出るときが来た。
といっても、すぐに行動に移すほど俺の性格は思い切りが良くない。しばらくはぐずぐずと寝たり起きたりを繰り返していた。
先に限界を訴えたのは膀胱だった。
いくらなんでも、異世界でお漏らしはしたくない。
意を決して熊のお腹からすべり降りた。お尻をつるりと撫でる毛皮の気持ち良いこと。動物滑り台なんて、最高にファンタジーだ!
まぁ、全裸なんですけどね。
はじめは、他人の家を全裸で徘徊する背徳感にビクビクしていたが、すぐに興奮が上回る。いや、断じて新たな性癖開花ではない。
普通の1.5倍はありそうな大きな木のドアを開けてみると、今いる部屋の殺風景さとは違い、暖炉やソファ、ダイニングセットが揃ったLDKに続いていた。
「おぉ……!」
暖かでおしゃれな雰囲気にテンションが上がるが、夢中になっている場合ではない。俺にはどうしても行きたい場所がある。
すぐ隣に扉を見つけ中を覗くと、感動のあまり手を合わせた。
ありがとう、トイレの神様……!
異世界ファンタジーの転移先といえば中世風が定番だが、絶対にトイレが汚そうと思っていた。ところがこの家のトイレ、なんと水洗だった。便座はツルツルに磨かれた木製でヒヤッとしないのが嬉しい。四角に折り畳んだトイレットペーパーらしきものもあるし、心配はなさそうだ。
手を洗う洗面所もあり、水道設備はしっかりしている。灯りはランプで電気の存在は確認できないが、結構文明は進んでいるらしい。
仕事柄、色々とマンションのモデルルームを見てきた俺、この家の構造が気になる。あちこち歩き回っては、壁をコンコンして「ははぁん? 良い壁ですね」と言ってみた。もちろん意味なんてない。だって俺はカーテンを売っていただけで特に建築の知識はない。
ログハウスに合うカーテンはやっぱりナチュラルカラーかな。無地もいいけど、リアルな動物がワンポイントで入ってたら、外の風景とリンクして面白いかも。
社畜思考が勝手に仕事を始めるが、急激に眠くなり、熊ベッドに戻った。
その後は目覚めるたびに少しずつ家を探検している。
このログハウスは1LDKで、残念ながら風呂はない。
広い食糧庫を見つけたときは、思わず大きなため息が出た。根菜や穀物がたっぷり詰まった棚は天井まで続く。俺の食料としての価値は低いとわかれば、ますますこの状況が楽しくなってくる。
キッチンは簡易的で、流しはあるがコンロはない。
リビングの薪の暖炉あり、小さな火が揺れていた。鍋をかける場所もあるから煮炊きはできそうだ。
グゥと腹が鳴る。食糧庫の中身が頭に浮かんだ。
「く、く、熊のく~ちゃん、ありがとうねぇ~、ヘイ!」
暖炉の前で緩んだ腹を叩き、尻をふる。炎の上でクツクツと鍋が音を立てた。
料理をしながら歌うのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。料理といってもジャガイモっぽいものを茹でてるだけなんだけど。
イモが崩れ出したので、あわてて中身を皿に出す。暖炉の前にある大きなソファに座った。
茹で汁ぐずぐずのイモ。
見た目は0点だが、早く食べたい。
「いただきまーす! …………む、むむむ! おいしーい!」
味付けをしていないのに、びっくりするくらい美味しかった。ちょっと心配になるくらい。
ランプの灯りに照らされて大きな影が壁に映る。不安定に揺れるそれを見ているだけでなんか笑える。
「このイモ、熊っぽい。ガオー食べちゃうぞ! 違いまーす。食べるのは俺でーす」
ひとりで大はしゃぎして、そのまま寝落ちした。と思っていたのに、気がついたら熊の上だった。
熊は冬眠中なのか、ちっとも起きない。おかげで俺は気ままな暮らしを楽しみ、困ることなんて何もなかった。
ただ、返事が返ってこないのだけが寂しい。
それに心が押しつぶされそうになったら急いで熊のお腹の上に戻る。力強い鼓動と優しい寝息が「ひとりじゃないよ」と言っているみたいだった。
イモを茹で続けて一ヶ月は経っただろうか。
時計もカレンダーもない部屋だった。
好きな時に寝て、起きて、食べてと繰り返すうちに正確な日付なんて気にならなくなる。
リビングにある小さな窓から外を覗き、昼か夜かを知るくらいだった。
俺は好き放題できる生活に満足していた。不思議と、異世界転移の主人公たちのように、元の世界に帰りたい、とは思わない。
そろそろイモ以外のものが食べたくなり、食糧庫の棚によじ登ってゴソゴソやっていると、麻袋に入った豆が見つかった。大豆っぽいそれに心踊る。
煮豆、炒り豆、きなこ、ゆばができちゃうんじゃない? 作ったことないけど!
妄想に夢中で、うっかり足を滑らせた。
「うわッ!」
全裸で死亡確定と目を閉じた瞬間、全身がふかふかに包まれた。
「え、熊さん?! ありがとう、助かった!」
お気に入りの感触に振り返り、見上げると野生味あふれる青年の顔が迫る。
目の前にイケメン、体を包む感触はもふもふのぬくぬくってどういうこと?
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