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31、僕と二人と旅立つ恋心
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頭を撫でる師匠の温もりに心が解けていく。顔にかかった髪を払う感触はむず痒く、ほころびそうになる口元を必死に結んでいるうちに、あっという間に寝たフリは本当の眠りに変わった。
◇◆◇
朝日が顔を照らし、いつも通りの朝が始まる。
昨夜の残りの魚はカリカリに焼き付けられ、たっぷりの野菜と薄パンに挟まっていた。
いつもより強いスパイスに舌が痺れる。
憧れた師匠専用おつまみの味は刺激的で急いで温かいお茶を流し込めば、一層燃え上がった。
やっぱりこれには冷たいお酒が合うのだろう。
僕にはまだ早いのかもしれない。
食事を済ませた頃に到着する幼馴染の声が響く。
「キー!」
いつも通りの呼びかけに立ち上がり、玄関へと向かう足は重い。
「いってきます」
時間を稼ぐように師匠の顔を見た。
「行ってこい」
見送る師匠の視線が一瞬だけ止まったのを僕は見逃さなかった。
視線は僕の髪をなぞり、離れていく。
やっと肩の下まで伸びていたはずの毛先が肩の上で揺れる。
僕が髪の毛を切ったことを師匠は怒っていない。
でも謝りたい。
だって僕は酷いことをしたと分かっている。
国一番の魔術師になるといった僕を師匠は馬鹿にしなかった。夢物語にもしなかった。夕飯を作る手順を教えるみたいに、どうすれば魔術の腕が上がるのかを淡々と教えてくれた。その一つが髪を長く伸ばすことだったのに、僕は切ったんだ。
僕を信じた師匠を裏切った。
気持ちは晴れないままでも、ジューといればいつもみたいに話せた。
僕の心は誰にも見えないまま、いつもの僕みたいに装って、いつも通り学園を目指す。
いつもだったらあっという間に街に着いたのに、今日は随分とゆっくりに感じる。
昨日の魚の揚げたのが美味しかったことを話し、もしも自分の家だったら、あんなに魚は食べられず、薄パンばかり食べることになるとジューが口を尖らせた。
「いいなぁ、キーと師匠の暮らしは」
そう言ってジューは僕を羨んだ。
ジューはちっとも分かっていない。
僕と師匠の暮らしが最高なことは、そんなことじゃない。
学校をサボった僕を頭ごなしに叱らないことや、しょぼくれた僕に余計な慰めを言わないこと、大人になりたくて子どもでいたい僕のわがままを許してくれること、たまに僕が師匠を助けられること。
あげればキリがない。
でもきっとそれを知っているのは僕と師匠だけだ。ずっと一緒のジューだって知らない。
街が近づくにつれて、ジューがソワソワし出す。
ハッと息を飲み、顔が赤くなる。
人混みの向こうに現れるふわふわの髪の毛、クヤだ。
「おはよぉ」
「あ……ぉはよ」
ますますジューの顔は赤くなる。
無言で手を伸ばすと、クヤの荷物を背負った。
「わぁ、ありがとう!」
二人の間が特別になったとすぐにわかる。
昨日は逃げたけど、今日はあえて目に焼き付けるように見つめた。
きっと僕の恋心はこれで終わり。
いつも通りの僕で授業を受けて、クヤを待つジューには、寄るところがあるからと言って先に街を出た。
行き先はもちろん、いつもの川べりだ。
今度こそちゃんと断ち切れる。
そう思って水面を覗き込む。
ショキン、ショキンと響く罪の音。
前よりずっと軽やかに聞こえる。
灰紫は風に舞い、川の流れに乗って旅立った。
これでおしまい。
さよなら、僕の初恋。
◇◆◇
朝日が顔を照らし、いつも通りの朝が始まる。
昨夜の残りの魚はカリカリに焼き付けられ、たっぷりの野菜と薄パンに挟まっていた。
いつもより強いスパイスに舌が痺れる。
憧れた師匠専用おつまみの味は刺激的で急いで温かいお茶を流し込めば、一層燃え上がった。
やっぱりこれには冷たいお酒が合うのだろう。
僕にはまだ早いのかもしれない。
食事を済ませた頃に到着する幼馴染の声が響く。
「キー!」
いつも通りの呼びかけに立ち上がり、玄関へと向かう足は重い。
「いってきます」
時間を稼ぐように師匠の顔を見た。
「行ってこい」
見送る師匠の視線が一瞬だけ止まったのを僕は見逃さなかった。
視線は僕の髪をなぞり、離れていく。
やっと肩の下まで伸びていたはずの毛先が肩の上で揺れる。
僕が髪の毛を切ったことを師匠は怒っていない。
でも謝りたい。
だって僕は酷いことをしたと分かっている。
国一番の魔術師になるといった僕を師匠は馬鹿にしなかった。夢物語にもしなかった。夕飯を作る手順を教えるみたいに、どうすれば魔術の腕が上がるのかを淡々と教えてくれた。その一つが髪を長く伸ばすことだったのに、僕は切ったんだ。
僕を信じた師匠を裏切った。
気持ちは晴れないままでも、ジューといればいつもみたいに話せた。
僕の心は誰にも見えないまま、いつもの僕みたいに装って、いつも通り学園を目指す。
いつもだったらあっという間に街に着いたのに、今日は随分とゆっくりに感じる。
昨日の魚の揚げたのが美味しかったことを話し、もしも自分の家だったら、あんなに魚は食べられず、薄パンばかり食べることになるとジューが口を尖らせた。
「いいなぁ、キーと師匠の暮らしは」
そう言ってジューは僕を羨んだ。
ジューはちっとも分かっていない。
僕と師匠の暮らしが最高なことは、そんなことじゃない。
学校をサボった僕を頭ごなしに叱らないことや、しょぼくれた僕に余計な慰めを言わないこと、大人になりたくて子どもでいたい僕のわがままを許してくれること、たまに僕が師匠を助けられること。
あげればキリがない。
でもきっとそれを知っているのは僕と師匠だけだ。ずっと一緒のジューだって知らない。
街が近づくにつれて、ジューがソワソワし出す。
ハッと息を飲み、顔が赤くなる。
人混みの向こうに現れるふわふわの髪の毛、クヤだ。
「おはよぉ」
「あ……ぉはよ」
ますますジューの顔は赤くなる。
無言で手を伸ばすと、クヤの荷物を背負った。
「わぁ、ありがとう!」
二人の間が特別になったとすぐにわかる。
昨日は逃げたけど、今日はあえて目に焼き付けるように見つめた。
きっと僕の恋心はこれで終わり。
いつも通りの僕で授業を受けて、クヤを待つジューには、寄るところがあるからと言って先に街を出た。
行き先はもちろん、いつもの川べりだ。
今度こそちゃんと断ち切れる。
そう思って水面を覗き込む。
ショキン、ショキンと響く罪の音。
前よりずっと軽やかに聞こえる。
灰紫は風に舞い、川の流れに乗って旅立った。
これでおしまい。
さよなら、僕の初恋。
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