2 / 13
二、再会
しおりを挟む
会いたくない相手には会わなければ良い。
他部署の部長なんて、滅多なことがなければ、元々直接交流することのないポジションだ。普通に過ごしていれば植村大聖と出くわすこともないだろう。
そう自分を納得させ、直行直帰を繰り返す野良社畜を気取っていたら、ポコン、とスケジュールの更新を知らせるメッセージが来た。
金曜日午後五時~打ち合わせ
設定者:植村大聖
「嘘だろ……」
逃げ場がない。
たとえ休日出勤や持ち帰り仕事が発生したとしても、週末が来るのは待ち遠しい。それなのに、金曜日午後五時に入った予定が俺を憂鬱にさせた。
楽しい時間は早く過ぎると言うけど、忙し過ぎる時間も早く過ぎる。
どうにかして逃げられないかと考え続けたが、結局何も浮かばなかった。前日には社内メールで植村から連絡があり、直前の訪問先である会社に隣接した店が指定されていた。そこはチェーン店じゃない個室の和食ダイニングで、酒の種類も豊富で、飯も美味いと口コミにあり、平均点も高い。
あぁ、やっぱりあの植村大聖なんだ。
そうとわかれば、腹を括るしかない。
旅行サークルのメンバーの近況を話していればあっという間に時間が経つだろう。相手は完璧人間の植村大聖だ。きっと楽しい時間になる。そう思うだけでうんざりした。
約束の時間ちょうどに店へ行けば、想像していた通りの男が先に座っていた。
「鉄平、久しぶり」
「ご無沙汰しています」
昨日もサークルで飲んだみたいな自然な距離感で話しかけてくるが、俺はそうもいかない。
大学の先輩で、今ははるか上の管理職、そして再会を望んでいない相手に、どんな態度を取れば良いのだろうか。
「忙しそうだったから、仕事の打ち合わせとして入れちゃったけど、ここからはプライベートだから。昔みたいに話してくれよ」
「あ、はい。じゃあ……」
「まずは、ビールでいいか?」
「はい」
「お願いしまーす」
先輩が声をかければ、すぐに店員がやってきた。まだ客の入りはまばらとはいえ、早すぎる。もしかしたら店員がすぐそこに控えていたのかもしれない。イケメンは特だ。
にこやかにオススメなんか聞きながらつまむものを選び、鉄平は魚介好きだったよな、なんて言ってくる。なんでそんなこと覚えてるんだ。いっそ間違っていた方が良かった。
乾杯の後は互いの近況を話した。変わらないなぁ、という感想は決まり文句じゃない。恐ろしいほど俺のことを覚えていた。そうだ。並の優秀さじゃない人間なんだ。
「先輩ほどの人がどうしてうちの会社に?」
「経営に興味があってね。CFO、最高財務責任者も視野に入れてぜひと声をかけて貰ったんだ。……鉄平だからいうんだけど、CEO、最高経営責任者も狙ってるよ。オフレコね?」
シーと左手の人差し指を立ててイタズラっぽく笑って見せた。
知りたくもないのに、目はリングのない薬指に吸い寄せられていった。
「先輩、彼女いないんですか? てっきりもう結婚してるかと思った」
「なんでだよ」
「いつも誰かと付き合ってたじゃないですか」
「長続きしなかったけどな」
そう自虐を返されても爽やかで、本人にはなんの落ち度もないのだと思えるから不思議だ。
「まぁ、しばらくは彼女作らないよ。俺、ゲイってことになってるから」
「え? どういうことですか?」
先輩の言葉に耳を疑った。
なぜそんなことになっているのか。
「今まで女の子と付き合ってきたけど、夢中になれないんですよねって話を会長としていたら、なんか誤解されちゃって」
「そんなのちゃんと説明しないと!」
「いや、でも。それも良いかなと思って。だって、誰にも言っていなかったんだけど……」
ドクンと心臓が跳ねた。
嫌だ。期待なんかしたくない。
「肩書きがつくとさ、やっぱり色仕掛けみたいのあるんだよね……それも判断がつきにくいんだ。わかりやすく胸を押し付けてくるわけじゃない。わざと俺の足元で物を落として、拾いながら谷間を見せてくる、みたいなの。指摘したら逆にセクハラって言われる可能性もある」
わざとらしくため息をついた後で、笑って言った。
「便利なんだよ。ゲイのフリするの」
無邪気な笑顔に心が凍りつく。
「会長も喜んでいたよ。これからは多様性の時代だから、ゲイをオープンにしている優秀な管理職がいるのは心強いと。日本の企業ではまだまだ珍しだろう? 他より一歩先を行っている印象を与えられる。海外ファンドからの融資を受けやすくなるだろうね」
もう、一秒だって聞いていたくなかった。それでも俺には先輩を止める術はない。
「誰も傷つかない嘘さ。むしろ、当事者には希望として感謝されるんじゃないかな」
なんて酷い勘違い。
誰も傷つかない?
感謝する?
これがマジョリティの思い上がりか。
完璧だったはずの男は、もうどこにもいない。
思い出の中の男も汚された。
許せない。
植村大聖、男に恋することがどういうことか、俺が教えてやるさ。
お前を地獄に落としてやる。
他部署の部長なんて、滅多なことがなければ、元々直接交流することのないポジションだ。普通に過ごしていれば植村大聖と出くわすこともないだろう。
そう自分を納得させ、直行直帰を繰り返す野良社畜を気取っていたら、ポコン、とスケジュールの更新を知らせるメッセージが来た。
金曜日午後五時~打ち合わせ
設定者:植村大聖
「嘘だろ……」
逃げ場がない。
たとえ休日出勤や持ち帰り仕事が発生したとしても、週末が来るのは待ち遠しい。それなのに、金曜日午後五時に入った予定が俺を憂鬱にさせた。
楽しい時間は早く過ぎると言うけど、忙し過ぎる時間も早く過ぎる。
どうにかして逃げられないかと考え続けたが、結局何も浮かばなかった。前日には社内メールで植村から連絡があり、直前の訪問先である会社に隣接した店が指定されていた。そこはチェーン店じゃない個室の和食ダイニングで、酒の種類も豊富で、飯も美味いと口コミにあり、平均点も高い。
あぁ、やっぱりあの植村大聖なんだ。
そうとわかれば、腹を括るしかない。
旅行サークルのメンバーの近況を話していればあっという間に時間が経つだろう。相手は完璧人間の植村大聖だ。きっと楽しい時間になる。そう思うだけでうんざりした。
約束の時間ちょうどに店へ行けば、想像していた通りの男が先に座っていた。
「鉄平、久しぶり」
「ご無沙汰しています」
昨日もサークルで飲んだみたいな自然な距離感で話しかけてくるが、俺はそうもいかない。
大学の先輩で、今ははるか上の管理職、そして再会を望んでいない相手に、どんな態度を取れば良いのだろうか。
「忙しそうだったから、仕事の打ち合わせとして入れちゃったけど、ここからはプライベートだから。昔みたいに話してくれよ」
「あ、はい。じゃあ……」
「まずは、ビールでいいか?」
「はい」
「お願いしまーす」
先輩が声をかければ、すぐに店員がやってきた。まだ客の入りはまばらとはいえ、早すぎる。もしかしたら店員がすぐそこに控えていたのかもしれない。イケメンは特だ。
にこやかにオススメなんか聞きながらつまむものを選び、鉄平は魚介好きだったよな、なんて言ってくる。なんでそんなこと覚えてるんだ。いっそ間違っていた方が良かった。
乾杯の後は互いの近況を話した。変わらないなぁ、という感想は決まり文句じゃない。恐ろしいほど俺のことを覚えていた。そうだ。並の優秀さじゃない人間なんだ。
「先輩ほどの人がどうしてうちの会社に?」
「経営に興味があってね。CFO、最高財務責任者も視野に入れてぜひと声をかけて貰ったんだ。……鉄平だからいうんだけど、CEO、最高経営責任者も狙ってるよ。オフレコね?」
シーと左手の人差し指を立ててイタズラっぽく笑って見せた。
知りたくもないのに、目はリングのない薬指に吸い寄せられていった。
「先輩、彼女いないんですか? てっきりもう結婚してるかと思った」
「なんでだよ」
「いつも誰かと付き合ってたじゃないですか」
「長続きしなかったけどな」
そう自虐を返されても爽やかで、本人にはなんの落ち度もないのだと思えるから不思議だ。
「まぁ、しばらくは彼女作らないよ。俺、ゲイってことになってるから」
「え? どういうことですか?」
先輩の言葉に耳を疑った。
なぜそんなことになっているのか。
「今まで女の子と付き合ってきたけど、夢中になれないんですよねって話を会長としていたら、なんか誤解されちゃって」
「そんなのちゃんと説明しないと!」
「いや、でも。それも良いかなと思って。だって、誰にも言っていなかったんだけど……」
ドクンと心臓が跳ねた。
嫌だ。期待なんかしたくない。
「肩書きがつくとさ、やっぱり色仕掛けみたいのあるんだよね……それも判断がつきにくいんだ。わかりやすく胸を押し付けてくるわけじゃない。わざと俺の足元で物を落として、拾いながら谷間を見せてくる、みたいなの。指摘したら逆にセクハラって言われる可能性もある」
わざとらしくため息をついた後で、笑って言った。
「便利なんだよ。ゲイのフリするの」
無邪気な笑顔に心が凍りつく。
「会長も喜んでいたよ。これからは多様性の時代だから、ゲイをオープンにしている優秀な管理職がいるのは心強いと。日本の企業ではまだまだ珍しだろう? 他より一歩先を行っている印象を与えられる。海外ファンドからの融資を受けやすくなるだろうね」
もう、一秒だって聞いていたくなかった。それでも俺には先輩を止める術はない。
「誰も傷つかない嘘さ。むしろ、当事者には希望として感謝されるんじゃないかな」
なんて酷い勘違い。
誰も傷つかない?
感謝する?
これがマジョリティの思い上がりか。
完璧だったはずの男は、もうどこにもいない。
思い出の中の男も汚された。
許せない。
植村大聖、男に恋することがどういうことか、俺が教えてやるさ。
お前を地獄に落としてやる。
7
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
社畜生活の果て、最後に師匠に会いたいと願った。
黒鴉宙ニ
ファンタジー
仕事、仕事、仕事。果てのない仕事に追われる魔法使いのモニカ。栗色の艶のあった髪は手入れができずにしなびたまま。師匠は北東のダンジョンへ行っており、その親友であるリカルドさんが上司となり魔物討伐を行う魔法部隊で働いている。
優しかったリカルドさんは冷たくなり、同僚たちとは仲良くなれない。そんな中、ようやく師匠帰還のめどがついた。そして最後に師匠へ良い知らせを送ろうと水竜の討伐へと向かった──。
(完)妹が全てを奪う時、私は声を失った。
青空一夏
恋愛
継母は私(エイヴリー・オマリ伯爵令嬢)から母親を奪い(私の実の母は父と継母の浮気を苦にして病気になり亡くなった)
妹は私から父親の愛を奪い、婚約者も奪った。
そればかりか、妹は私が描いた絵さえも自分が描いたと言い張った。
その絵は国王陛下に評価され、賞をいただいたものだった。
私は嘘つきよばわりされ、ショックのあまり声を失った。
誰か助けて・・・・・・そこへ私の初恋の人が現れて・・・・・・
婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……
木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎
今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜
束原ミヤコ
恋愛
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。
そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。
だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。
マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。
全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。
それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。
マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。
自由だ。
魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。
マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。
これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる