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第四章 ハートランドのゲーム

64: カサノバベック

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 狭い階段に、低い声が響いている。
「タンザニアズ・コロニーのゴミ処理の権利が手に入ったんだ、これでウチも盤石だな。」
 薄くなり始めた髪を撫で付けながらカミーノナザレが、自分の後ろを付いてくるカサノバベックを振り返りもせず、そう言った。
  そうしてもカサノバベックの方が聞き耳を立てて、自分の話を聞くのが当然だと思っているのだ。

 彼らが向かっているのは、コレルオーネ屋敷の地下駐車場だった。
 ボス・コレルオーネと、彼らの打ち合わせはもう終わっている。
 打ち合わせといっても、込み入ったものではなくコレルオーネの朝食に合わせたミーティングのようなものだった。
 すでに暗黒街のトップに上り詰めたコレルオーネには、複雑な会議など必要はないのだ。
 全ては自分の意志通りに動く。
 コロニー内では滅多に手に入らない本物のオレンジジュースやハムエッグを前に、コレルオーネは終始上機嫌だった。

「兄貴の力ですよ。タンザニアズの清掃組合は、なかなかしぶとかったですからね。」
 カサノバベックは組織のナンバー3、カミーノナザレはナンバー2という関係だった。
「俺は、これからオジキの所へ行く、お前もついてこい。」
 二人が短い階段を下り終わって、地下駐車に抜ける狭い通路に入った時、カミーノナザレが出し抜けに言った。

 オジキと呼ばれる男は、コレルオーネの相談役だ。
 ピラミッドの頂点ではないが、その横にいる。
 そのオジキの前に、カミーノナザレがカサノバベックを従えて行くなら、まだ二人の順位は入れ替わっていない証になる。
 と、カミーノナザレは考えている。
 つまりカミーノナザレは、先の暗殺阻止の功績で、カサノバベックの地位が上がることを畏れているのだ。

「すみません。今日は、これから用事があるもんで。」
 嘘ではなかった、カサノバベックにはどうしても外せない用向きがあった。
「お前、俺が言ったことに従えないのか?」
 後ろを振り返った時、カミーノナザレの形相が変わっていた。
 突然ではない。
 伏線はあった。

 先のコレルオーネ暗殺阻止で、功を上げたカサノバベックの組織内での評価は急速に上がりつつあった。
 カサノバベックがナンバー3なら、3が追い落とすのはナンバー2か1しかいない。
 カサノバベック本人は、そんなつもりはなくても、周りはそれを噂し、それを恐れる男もいる。
 カミーノナザレは、そんな男だった。
 そしてカミーノナザレは、武勲を上げた以降も普段と変わらないカサノバベックに、返って苛立ちを、いや不安を感じていたのだ。
 本当は、自分よりカサノバベックが実力的に上だという事を知っていたのである。

「いや、そんなつもりは、ただこれからどうしても行きたいところがあって」
「俺の頼みより、大切な用事が、お前にあるのか?」
「嫌だなぁ、もう勘弁して下さいよ。」

「お前、スネーククロスを止めた事で調子に乗ってるんじゃねえか?ありゃ、たまたま親父が、あの任務をお前に振ったから、そうなっただけの話だろ。俺がやってりゃ、もっと完璧に出来る。第一、お前、農業コロニーで部下を何人見殺しにした?ああ?言ってみろや。お前がいい顔してられるのは、みんな死んだ部下のお陰だろうが。」
 その言葉にカサノバベックの顔は、こわばった。

 農業コロニーで、スネーククロスに殺された男たちは、カサノバベックが、組から直に預かっていた人間達だった。
 彼らは、カサノバベックが下した指示には、あらゆることに従う、それ程の信頼関係が出来ていた。
 そしてカサノバベックが、自分自身の利益の為に、彼らを動かした事は一度もない。
 農業コロニーの件にしても、それは「組」の為だった。
 「組」が安定すれば、彼らもおいしい思いが出来る、、、その筈だった。

「も、一度言う。今から俺について来い。」
「断ります。」
「ハァ?今、なんて言った!」

「断るって言ったんだよ、この能なしが。親父があの仕事を俺に振ったのは、あんたが役立たずだからだろ。あれは本来、あんたがやるべき仕事だったんだよ。」
 カサノバベックが低い声で言い放った。
「この!」

 カミーノナザレが右腕を大きく振り上げてフック気味のパンチをカサノバベックに叩き込もうとした。
 パンチが大振りだったのは、突発的な彼の怒りのせいだったが、それ以上に相手に対する侮りがあった。
 だが、『どうせ格下のカサノバベックは、俺に反撃をして来ないだろう』という読みは、見事に外れた。
 カサノバベックは、左腕でカミーノナザレのパンチをブロックすると、がら空きになった彼の顔面に渾身のパンチを放った。

 カミーノナザレはその場に崩れ落ちることだけは、辛うじて堪えたが、続くカサノバベックの攻撃に容赦はなかった。
 カサノバベックは脚に全体重を乗せて、それをカミーノナザレの体側にぶちかます。
 カミーノナザレは、弾き飛ばされたように狭い通路の壁によろけていく。
 カサノバベックはなおも追撃を止めず、再び右のパンチを放つが、それは必死の思いで首を竦めたカミーノナザレ頭部の右の壁にそれてしまった。
 漆喰塗りの壁の表面が、カサノバベックの拳でボコッと音を立ててへっこむ。
 まともにあたっていれば、脳挫傷間違いなしのパンチだった。

 壁にそってズルズルと崩れ落ちていくカミーノナザレの体側に、カサノバベックの膝蹴りが容赦なく連発される。
 床にへたり込んだカミーノナザレの尻の周囲に黒い染みが広がっていく。
 失禁するまで相手を追い込んだのだ。
 カサノバベックにもそれは判っている筈だ。
 だがカサノバベックは、カミーノナザレの身体を上から何度も強く踏みつけ始めた。
 もちろん、殺す気だったのだ。

 地下駐車場への出入り口に人の気配が近づいて来た。
 異変に気付いたコレルオーネ直下の部下たちが、駆けつけて来たのだろう。
「ベックさん!何してるんすか!」
「見てわかんねぇのか。話の通じねぇ馬鹿野郎を、しめてんだよ!これでちっとは自分のことや、世の中のことが分かっただろうよ。」

 カサノバベックは、乱れたスーツの襟ぐりを直すと、その黒くて豊かな髪を掻き揚げた。
 顔色は、ほぼ元に戻っている。もう興奮が覚めたのだ。
 その表情に後悔は全くない。
 むしろ涼やかでさえあった。

「俺は、これから野暮用で出かける。この件で、親父が俺に話があるんなら、その後だ。俺は逃げも隠れもしねぇから安心しな。ただし、これから暫くは俺のことはほっておいてくれ。親父に、そう言っておけ。いいな。」
 男たちは、完全に気圧されていた。
 そのまま駐車場に進んで行くを、止められる人間は誰もいなかった。

 カサノバベックが駐車場に待たせてあった自分の車に乗り込んだ。
 入れ替わりに、カミーノナザレの帰りを待っていた車から、二人の男が階段の出入り口目がけて飛び出して行った。
 その後、駐車場の奥から、男達が怒鳴り合う声が聞こえた。

「このまま、例の場所に直行でいいんですね。」
 若い運転手がカミーノナザレに問う。
「ああ、そうしてくれ。、、たぶん、まだ生きてるだろう、、。」
 この日は、流騎冥がスネーククロスとの果し合いにのぞむ日だった。

    ・・・・・・・・・

「カサノバベックか、、。この男を通してですかね?真言君が繋がってくるとしたら。」
 イマヌェル見崎がディスプレイを見ながら考え込むように言った。
 彼のお陰で、シナリオゲームの展開の様子をかなり克明にモニター出来きるようにはなっていた。
 だが、ただそれだけだ。
「さあ、どうかしら?まったく予想が出来ないわ。こっちは完全に受け身なんだから。それに本当に、あの世界は、こちらに繋がるのかしら、、最近、自信がなくなって来たわ。」
 ハートランドが暗い顔で応えた。


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