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第三章 時空バイパス

38: 木登り計画

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 岩崎と真言の頭上では、透明度の異様に高い青空に浮かぶ、輝くばかりの白い雲がゆっくりと流れて行った。
 すでに日差しが強い。
 光の斑が。二人の寄りかかった大樹の茂みから落ちてくる。
 この明るい空の下では、何もかもが場違いだった。
 真言の話も、岩崎が抱える悩みも、、、。

「・・・どうですか?どう判断します?僕が今直ぐ僕の正体を『あいつ』に見せつけてやるのが、一番近道だと思うんです。そうすれば、『あいつ』の方からこちらにやってくる。『あいつ』が姿を現せば、ブキャナンもきっと来る。事態は急速に展開するはずだ。意味もなく、歩き回らなくても済む。」

 岩崎はハッとして、我に返った。
 語り終えた真言の言葉を、聞き流していたわけではない。
 時たま、吹き抜けて行く涼風に、心を奪われていただけなのだ。
 そう自分に言い聞かせながら、岩崎は普段の自分に戻ろうと努力した。

「焦らない事だ。それに君の話には、不明確な点が多すぎる。第一に、君を侵入口から見つめていたという存在は、確かにブキャナンではないと、言い切れるのかね。第一レベルでのブキャナンは神のような存在だったぞ。」

「おっしゃろうとする事はわかります。しかし僕はブキャナンに、何度も二次元刀を見せつけているが、彼はそれに特別の反応を占めさなかった。でも『あいつ』は、本当の僕の姿やこの2次元刀に強い関心を持っている。きっと目障りなんだろうと思います。」

「ブキャナンは役者だぞ。それに弥勒会議の敵対者がビッグマザーである事ははっきりしている。第一、ビッグマザーが君の遺産相続を阻止しに、掛かっていたんだぞ。」
 真言は、岩崎のその言葉を聞いて内心、落胆していた。
 岩崎は、今はナイトの一員だ。
 その彼が、ビッグマザーの行動について、この程度の認識しかしていない。
 つまりそれは、弥勒会議は何処までも、自分たちの周辺の人間達にさえも、彼らの本当の目的を明かそうとはしていない証でもある。

 確かに現実問題としては、ビッグマザーの変質が人間社会に与える打撃は大きいのだろうが、弥勒会議はもっと先の問題まで、見据えている筈だ。
 たとえば、現実世界の根底がひっくり返ってしまうような天変地異の発現だ。

「そうでしょうか、、、。僕にはブキャナン、つまり、ビッグマザーでさえもが、『あいつ』の遠隔操作の幻影の様に思えて仕方がないんです。弥勒会議が、表向き唱えているような、自意識を求めるコンピュータバグへの驚異なんて、問題設定自体に無理があるのではないですか?本当にイザとなれば、多大なる損失を伴うだろうが、腹を括って電源を落とせば済むことだ。ビッグマザーの代替えは、ナイトシステムとやらでやれる筈でしょ。なのに、弥勒会議は戦いの焦点を、そこには絞っていない。」

 純粋に訴えかけて来るこの表情は、昔、自分の家にいた頃のイスミンそっくりだと岩崎は思った。
 ガタナの娘・イスミンは、訪れて来たこの国や自分の祖国の不合理を、ことある毎に里親である岩崎に訴えていた。
 同じ事を、男がやっても、本人の未熟としてそれを聞き届けてやりたいとは思わないのに、娘のような若い女性の場合は、なぜか保護欲がわく。
 その青い理想自体に、なぜか愛着を感じてしまう。
 しかし今、自分が相手をしている忍・ハートランドの中身は、暗殺拳をやる青年なのだと、岩崎は思い直した。

「あのバグは、人間がビッグマザーの為に、Ωウェブの第一レベルを人間意識のサンプリング用として使わせた結果、偶然に生まれたものだ。ビッグマザーが自らの意思で、悪を生み出そうとしたわけではない。そして、そのバグも、はじめは何の意味も持たなかったに違いない。しかし、全ての命の始まりだって、偶然の組み合わせにしか過ぎなかったのだろう?神が創造したわけじゃない。弥勒会議は、そういった問題意識の立て方で、今度の件を見ているような気がするがな。一大パニックを覚悟してでも、ビッグマザーとそれにつらなるシステムの電源を落としてやればすむ、そういう考え方は、していないんじゃないか。これは未来をかけた対人工知性戦争なんだよ。勝たねばならないし、戦い方も限られている。人間がコンピュータを未来永劫、手放すというなら話は別だがね。、、、しかし君は、突拍子もないことをいうな。私は、人間やビッグマザーの知らぬ第三勢力の存在など考えもしなかった。」

 岩崎は口ではそう言ったが、頭の中では違うことを考えていた。
 彼自身、今まで、弥勒会議が伝えてくることを額面通り信じたことはなかったのだ。
 目の前の青年が言うような内容など、思い浮かばなかったが、彼が携わっている問題は、人間とコンピュータの対立などという、単純な図式で解決出来ないことぐらいは十分承知していた。

 要は、魂の問題であり、この世界の基本的な在り方の問題なのだ。
 岩崎は、思想家でもあるアッシュ・コーナンウェイ・ガタナがブキャナンに殺されたのも、彼が集合的無意識仮想現実、つまりCUVR・W3の中で、それに気付いたからだと思っている。

 ただ、岩崎は表向き、弥勒会議が主張している対人口知性戦争の立場をとらざるを得ない。
 そう考えていないと、加害者はブキャナンであると断定した、『ガタナ事件』のケリがつかないのだ。
 岩崎は、どこまで行っても「刑事」だった。

「警部。僕はこの世界の事を、異世界への入り口で、CUVR・W3の疑似空間ではないと言いましたね。しかしそれには、もう一つの意味があるんです。CUVR・W3と、この世界、この二つは同じものではないかと思える程、よく似ている。つまりここは、CUVR・W3が紬出す世界に極めて親和力の強い異世界ではないかという事なんです。この二つが偶然に出会ったのか、出会うべくして出会ったのか、それは分かりません。でも僕は、僕の父が、この二つを意識的に結びつけ、人間が行き来を出来るようにする為に、HOKAIシステムを作ったんじゃないかと思います。」
 この点については、ハートランドと真言の意見は一致していた。
 と言うより、そんな見識が一致するほど、真言は急速にCUVR・W3への理解を深めていたという事だろう。

「それをソラリスは、娯楽と精神医療に使い、ビッグマザーは自我の獲得の場として使った。弥勒会議は、今、僕が言った事を知っていると思います。だから僕をこの世界への斥候代わりにする為に、僕の遺産相続を保護し、僕を好きな様に泳がせている。一方、ビッグマザーは、何を思ったか、この世界を彷徨いまわって、未だに何かを探し求めている。ビッグマザーが本物の知性を獲得した今、もう一つ上のステージ上がりたがっているという考えだけは、僕も弥勒会議を認めます。」
「ふむ。電脳世界とこの世界の親和性か、、。私にはここは、テクノロジーとは対局にある神秘の世界の様に感じられるが、、。」

 保海真言は、岩崎に彼の持っている秘密や考えを打ち明ける時期が早すぎたのではないかと後悔し始めていた。
 岩崎は弥勒会議を信用しすぎている、そう思った。
 狂いかけたコンピュータと人間との戦い等という単純な図式を、弥勒会議が本気で考えている訳がないのだ。
 少なくとも弥勒会議の前身が未だに保海源次郎と共にあったのなら、CUVR・W3は源次郎の方向性で拡充され、事態はコンピュータ対人間などというトラブル以上の、もっと危険で複雑な状況に、既に追い込まれていた筈だった。

「話を元に戻そう。仮に君が本当の姿を現したときに、君の言う何者かが襲ってきたとして、君はそれと対等に渡り合えるのかね?一ひねりで殺されるようななら、得策とは言えないのじゃないか?」
「僕の父は、ここから向こうの世界で、二十年近く生き延びてきたのです。そしてそこから、この絵と二次元刀を持ち帰った。勝算は有るはずです。」
 (君のいう事は、推測ばかりの当て推量だ。)
 そう言おうとして岩崎は止めた。
 そこには目の前の若者に対する思いやりと、二次元刀と不思議な絵という二つの物証に対する刑事としての躊躇があった。
 そしてその躊躇いは、岩崎をある不安に陥れ始めていた。

(自分が携わっているこの事件は『逃亡犯であるブキャナンの逮捕』ではケリはつかないのかも知れない。『ガタナ殺し』の根本的な見直し、再調査が必要なのだろうか?人工知性の逮捕など成立するのか?)と。

「とにかく、待ちたまえ。君が変装をとくのは、我々がもっとこの状況に追いつめられてからでも遅くない。君が私の身体の事を考えてくれるのは有り難いが、この身体、確かにボロは来ているが、まんざら捨てたものではないんだよ。もう少し頑張れる。ところで君は木登りが、得意か?」
 岩崎の目が悪戯っぽく輝いた。

「この木に登るのは無理です。手がかりがまるでない。貴方の考えている事は分かりますよ。確かに天辺まで上れれば、見晴らしが利く。無闇に動き回る必要がなくなる。」
 真言が言った通り、彼等を取り囲む巨大な針葉樹の幹の表面は、鉄のように堅く凹凸がなかった。
 人が取り付いて登れるような木ではない。

「そこいらじゅうに、枯れ枝が山ほどある。それらは鉄のように堅い。しかし君の日本刀は何でも切れ、しかも刀身をナイフほどに縮める事が出来る。それを利用しよう。あの鉄の木に楔を打ち込んで、それを手がかりにするんだ。一人じゃ難儀だろうが、分業すれば、何とかなるのではないかな?」
 今度は保海真言の目が無邪気に輝きだした。





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