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第三章 時空バイパス
37: はやにえ
しおりを挟む「んっ!なんだこの匂いは?」
岩崎は、森に着いた途端に彼の鼻孔を襲った激しい腐敗臭に鼻を覆った。
いや、その「匂いと感じさせるもの」を、無効化する為に急いで自分の意識を調整しようとしたのだ。
「無駄ですよ。警部。ここは通常の電脳空間ではない。いわば異世界への入り口だ。何をしても、我々の思うようにはならない。それはたぶんブキャナンも同じですがね。、、とにかく、通常のCUVR・W3での作法を忘れる事だ。」
側にいた少女姿の保海真言が、岩崎に声をかけた。
『ビッグマザーが自在に出来ない電脳空間とは一体何だ?』と岩崎が尋ねる前に、忍・ハートランドの姿をした保海真言は、夜の森の深層部へと歩き始めていた。
真言の背中には、黒鞘に納められた日本刀が斜めにゆわいつけられており、少女の形の良い尻が左右に小さく揺れるのと、同調した動きを示している。
そしてその細い腰回りには、パンパンに膨れ上がったベルトポーチが付けてあった。
それらは彼らが着込んでいる密着型の銀色のコンタクトスーツのシルエットには似つかわしくないモノばかりだった。
それに比べて岩崎の方は、殆ど裸体に見えるコンタクトスーツを恥ずかしがって、スーツの上からいつもの草臥れたスーツを羽織っている以外は、殆ど手ぶらに近い状態だった。
なにせ彼らは、食事さえ取る必要はなかったのだから、大仰な荷物など必要はない筈だった。
栄養補給は、本体への点滴チューブで出来る、、、その筈だった。
「判らない。ここは何もかも判らない事だらけだ。そう言えば君はあの時、私たちと別れてから、この森に暫くの間でも残っておれたのか?奴は?ブキャナンは、見つかったのか?」
岩崎が先を行く真言に追いついて、矢継ぎ早の質問を浴びせ掛けた。
真言は、おかっぱの様に切り揃えた、黒いさらさらの髪を揺らして岩崎を振り返った。
星の銀の光が、その髪の動きに併せて舞い踊った様に見えた。
「あの後、ブキャナンの残意識と呼べるものは、ここに充満していましたが実体はありませんでした。この森が象徴と具象が入り交じりかけた世界である事を確かめられた頃、僕にも時間切れがきました。ハートランドさんが動きましたからね。あの頃は僕も警部も、十分にここに留まっておれない事情があった。でも今は違います。」
真言のやや掠れ気味の男言葉は、少女のキュートな外見に奇妙にマッチしていた。
「だな。しかしブキャナンもあの時と今では状況が違う筈だ。奴は既に、時空移動の為のもっと大きなエネルギーを手に入れている。」
岩崎は何故か眩しいものを見るように真言を見て、二日前のナイトでの緊急会議の様子を話して聞かせた。
真言は黙って、岩崎の話を聞いていた。
特にカルキンビルの大惨事における、ナイト側の分析に関心を持ったようだ。
「だったら、ブキャナンはもう既に向こう側に突き抜けたのかも知れない。コンピュータは、二度も三度も同じ間違いをしませんからね。それとも、ここの壁が強力すぎて、奴はまだ、、、、。、、警部。あれをご覧なさい。」
真言が指差したのは、大人が五抱えもするような、針葉樹紛いの樹の枝振りだった。
満天の星明かりのおかげで、真言が指さすモノのシルエットが、離れた距離でもかろうじて見えた。
「早贄ですよ。ぶら下がっているのは、始め人間かと思ったがそうではないようだ。あんな高いところに、誰がやったんでしょうね?気を飛ばして調べてみたが、何の痕跡もない。あるのはあの魂の抜けた屍骸だけだ。」
真言はベルトポーチから懐中電灯を取り出すと。その高みにあるシルエットに光を当てた。
「馬鹿を言うな、あれは人間だ!」
岩崎が震えながら言った。
「そうですか?よくご覧なさい。頭から角が生えている。それにあんな奇妙な服を見たことがありますか?」
真言に言われて、岩崎は目を凝らした。
確かに鋭い枝に、腹部から頭部にかけて貫通され、干し物にされている死体の頭頂部分には、ネジくれだった突起物が数本あった。
そしてゆったりして襞の多い服装は、どこかの民族服の様に見えたが、岩崎の知識ではどの国のものとは特定できなかった。
真言は岩崎の為に、懐中電灯の光のスポットを周囲に振って見せた。
驚くべきことに、枝に突き刺された死体はあちこちにあった。
「さっきからの匂いは、これなんですよ。みんな腐り始めている。この前、来た時より、ここは時間の流れが早まっているようだ。」
その時、岩崎は背後の草むらが動き、何かが飛び掛かって来る気配を感じた。
振り向きざま岩崎は、自分の手の中にショットガンを出現させようと思った。
ものすごい勢いで飛翔してくるのは、巨大な緑色の跳梁飛蝗だった。
それぞれの補脚には、ぎざぎざの鋭い突起物が数え切れぬ程植え込まれている。
獲物をそれで組み敷くのだろう。
岩崎の冷静な観察は、そこまでだった。
思念で出現するはずのショットガンの手応えがないのだ。
岩崎は、バランスを崩した。
その途端、岩崎の目の前を淡い光が通過し、バラバラと跳梁飛蝗の残骸が彼の上に降り落ちてきた。
唖然として、尻餅を付いたままの岩崎が、真言の方を見た。
真言は既に、背中に結び付けた鞘に、日本刀を納めているとこころだった。
「先ほど忠告した筈です。ここは通常の電脳空間ではないんです。この世界の主は、我々でもブキャナンでもない。貴方は自分の得物を日ごろ使い込んでいるものにする事です。手に馴染んでいるのは、ショットガンではないでしょう?拳銃の筈だ。それで辛うじて、有効打を放てる。ここでは、こちらにとって、都合のいい戦いは有り得ない。」
「すまん。君の言う通りにする。」
岩崎は自分の膝の上に散らばった飛蝗の残骸を、さも汚らしそうに振り払うと、ゆっくりと立ち上がった。
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