アンプラグド 接続されざる者

Ann Noraaile

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第二章 漂流漂着

24: 心理攻撃

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 国立精神病理学センター内は、職員やドクター、見舞客、患者自身と意外な混雑ぶりを見せていた。
「魔窟のようなものを想像していたのだが、何処までも日常を模倣しているようだな。先ほどの銀甲虫はマスターのちょっとした悪戯心という訳だ。」
「警部、冗談は止めて下さい。あの一言で、この世界のマスターは、貴方の用向きを確実に把握したはずだ。相手は見かけはどうあろうが、それ相応の準備はしている筈だ。」
 見崎の身体の揺らぎが激しい。
 彼の内面の怯えがビジュアル面に現れているのだ。

「あの受付に座っている人魚姫に、案内を請えばどうかしら?」
 真言がほっそりした顎で示した方向に、妙に顔色の悪い受付嬢が座っていた。
 不思議な事に受付という一番人だかりが出来る筈のその場所が、人気が途絶え、影が生まれていた。
 イマヌェルは、真言が受付嬢の事を人魚姫と呼び現したセンスを呪った。
 それは人魚というよりも半魚人のイメージに近い存在だった。
 ぬめぬめと緑色に光る肌や、頭髪が生えている部分には爪先大ほどの鱗がびっしりと生えている。  瞳は完全に魚のものだった。
 それなのにその存在は何処から見ても女性の顔を形作っていた。

「アルビーノ・ブキャナン博士にお会いしたいのだが?」
 岩崎警部は臆することなく半魚人の受付嬢に案内を請うた。
 すると半魚人は何がおかしいのか、口を大きく開けて笑い出した。
 余りに大きく開かれた口は、彼女の上半分の頭ごとバックリと、まるで蓋の用に後ろに倒れ、その下から夥しい汚物を噴出させた。
 岩崎警部はそれを避けるまもなく、上半身に浴びてしまう。

「ご挨拶だな、、。」
 岩崎が、ハンカチを取り出して汚物を拭おうとした瞬間、汚物は一瞬の内に凝固し、虻に変化して飛んでいってしまった。 
「イマヌェル君。プラグ装着者は、CUVR・W3の中でイメージを固定化できるんだったな。」
 岩崎の角張った両顎がきつく張り出す。
「ええ。岩崎警部、それを今聞いて、どうするつもりなんです?」
 イマヌェルは岩崎の怒ったような口調を聞いて、半ば怯え始めていた。
 この老人は、CUVR・W3関係者が想像も出来ないような事をしでかす。

「どうやら我々は弄ばれているらしい。私は職務上と言ったらいいのかわからないが、そういった行為を許した事がない。時には、わざと相手に舐められて、隙を引き出すこともあるが、そんな相手にも、最後は私の怖さを必ず思い知らせて来た。警官の本質は権威だからだ。」
 岩崎は皺だらけの瞼をきつく閉じた。
 とたんに、濃紺の制服を着込んだ何十人もの岩崎が、所内に出現した。
 そのそれぞれが、ショットガンを手に持っている。

「止めてください!もしこの中に、マスターが紛れ込んでいたら、聖痕現象で死んでしまう!」
 イマヌェルの制止もむなしく、岩崎の部下たちはショットガンを、発砲し始めた。
 子連れの女性が一番始めにミンチ肉にされた。
 ショットガンの餌食になったのは、人間だけではなかった。
 ガラス窓も壁も、エレベーターのドアも、階段も、ありとあらゆる物が破壊された。
 更に、この世界では現実のショットガンの様に弾切れも射撃の疲れもない事が、破壊に拍車をかけた。

    ・・・・・・・・・

「正直に言おう。君は勇敢だ。大体の人間は私と十分間も話を続ければ、この場を離れたがる。私のイメージが頭の中で拡大されるのだろうな。『アルビーノ・ブキャナンは言葉だけで相手を狂わせる。』みんなはそう思っておるようだ。君のその勇敢さの源はなんだ?職務への忠誠心か。いやそうではあるまい。君は、私に対して礼儀正しい。その礼儀正しさはなんだ。私は幾人もの刑事達と話をして来た。だが君の今の態度に共通するものを見たことがない。君は尊敬する人物を上司にもっているんだろう?君の礼儀正しさと、勇敢さは、どうやらその上司に対する愛情や忠誠から湧き出てくるようだな。」

「話がそれ始めています。博士。」
「いいや。何を話すのかは私が決める事であって、君の意向とは関係がない。嫌ならばこの会見はおしまいだ。それに君は私の話の続きを聞きたがっている。」
 ブキャナンの左目の光彩が虹の様に煌いた。
 ・・・ブラウン管ごしの催眠術か。冗談じゃない。

「君には父親がいないのかね?」
「いいえいます。今も元気ですよ。それがどうかしましたか?」
「君は自分の父親を尊敬しているかね。」
 マーシュ刑事に嫌な予感が走った。
 もし目の前のこの男が、ここにある近代的な電パチ装置を使ってビッグマザーにアクセスする事が出来るのなら、マーシュの個人的なデータも手に入るはずだった。
 マーシュ刑事は二ヶ月前に意を決して署内のサイコセラピストに掛り、彼にとっての忌まわしい思い出を打ち明けている。
 サイコセラピストに検診を受けて太鼓判を貰うことは、昇格試験を受ける為の必須事項だったが、マーシュ刑事はそれを拒み続けていた。
 岩崎がそれを説得したのだ。

「尊敬しています。」
「嘘だな。」
 ブキャナンがはっきり否定した。
「君の上司に対する忠誠心や愛情は、実の父親に対するそれへの代賞行為だろう。」
 マーシュの心臓が早鐘の様に鳴り始めた。

    ・・・・・・・・・

 岩崎の一見無謀とも思える行為が、彼らを「その場所」にジャンプさせた。
 いや招き入れられたのかも知れない。
 岩崎は到着した瞬間、ここが過去にブキャナンがカイヤ州に設けた隠れ家の地下室であることを一目で見抜いた。
 そしてここは彼が警察の手で検挙された場所でもある。
 ただ現実のものと違うところと言えば、目の前の地下室は途方もない広がりを持っていた事だった。

「岩崎警部!ここです。私が見たのは、」
 イマヌェルが驚いたように言った。
「私も見たよ。現場写真でね。ビッグマザーがあの写真をソースとして、この世界を構築し違うマスターに貸し与えていない限り、この世界はブキャナン博士のものだと言うことになるな。」

「それにしても凄い量の蔵書ね。周囲の薄汚いスプラッターな雰囲気とは全然馴染まないわ。」
 真言が地下室の壁一面にはめ込まれている書架とその中の蔵書を見つめて言った。
 それらは、床の上に散乱した、生活上の様々な散らかり放しのゴミとは好対照に神経質な程、整理されていた。

「それが当時、なかなか犯人像が絞り込めなかった要因の一つでもあるんだよ。ブキャナンは異なった人格を、そのそれぞれの殺人に合わせて意識的に使い分けていた節がある。『刑事責任がとれる真性サイコ』だった訳だ。最後に彼が偶然の発見によって、警察に検挙された時も、警察が描いていた犯人像は二十代後半の屈折した若者像を想定していたんだ。」
「これからどうします?私は二度とあんなものを見たくない。」
 イマヌェルは震える声で言った。
「嫌ならここに残っていてくれたまえ。無理強いは出来ない。」

「私は行くわ。」
 真言の手には、書架から抜き出した一冊の分厚い本があった。
 著者名が、保海源次郎と読める。
 それは生前の保海が、CUVR・W3開発前に、一度だけ出版したという学術書だった。
 CUVR・W3開発後の書物ならまだしも、そうではない時期の、学会にとっては異端児だった保海の書物に読者がいた事自体が驚異だった。

 岩崎はそんな真言につられて書架を眺めた。
 そこでも偶然とは思えない発見があった。
 書架の一角が、アッシュ・コーナンウェイ・ガタナの書籍で埋め尽くされていたのだ。


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