上 下
18 / 66
第一章 遺産 

18: 第二監視官の告白

しおりを挟む

 岩崎は、突然の現実世界への帰還で引き起こされた激しい嘔吐感に堪えた。
「酷い事をする。」
「済みません。ああするより仕方がなかった。第一レベルに侵入者がいたんです。ファイアウォールが破られていた。CUVR・W3上で何が起こっても不思議じゃない。マスター達は逃げようがないから仕方がないにしても、貴方が巻き込まれては大変だ。」
 イマヌェルの顔色が酷く悪い。

「一体、あそこで何が起こりうるというのだね?」
 岩崎は、イマヌェルが彼を無理矢理現実世界に引き戻した理由を少しだけ理解したが、その動揺の原因はもっと他にある、とも思った。

「ソラリス以外からああいう形でCUVR・W3内に侵入できるという事は、侵入者はビッグマザーにも直接プラグインアクセスが可能だという事を現しています。それは、やりかたを変えればソラリスの第一レベル全体を粉々に出来るという事でもあるのですよ。」
 第一レベルを粉々に出来る、、、ビッグマザーにプラグインアクセスが可能、、岩崎はその事に思いを巡らせた。
 その時、イマヌェルの部屋のチャイムがしつこく鳴らされた。

「誰だっ!」
 イマヌェルが過剰に反応した、やはり彼はおかしい。
「カーマインだ!この部屋のロックを解除しろ!」
 ドア近くで交わされる罵声の入り交じったやりとりには専門用語が入り交じっていて、岩崎には良く理解できなかった。
 岩崎が現実世界への帰還で乱れた呼吸をようやく整え終わった頃、イマヌェルが戻ってきた。

「カーマイン氏を入れてやらないのかね?」
「いいんですよ。あんな自己保身しか考えない下司野郎は。第一レベルの侵入者の事を黙って置いてやると言ったら、急に猫なぜ声になりやがって。」
「いいのかね、そんな約束をして。君のさっきの口振りだと、他からの侵入は第一レベルの存続を脅かすものなのだろう?それに服務規程ってものがあるだろう。」
「いんですよ。」
 何故かイマヌェルは、頑なに言い張った。
 責任感が強いイマヌェルにしては珍しいことだった。
 そして暫くの沈黙の後、とうとうイマヌェルの心の堰が切れた。

「、、、ソラリスはもろい。私はさっきの侵入者の件で思い知りましたよ。いや岩崎警部、貴方が最初、プラグなしでいとも簡単にソラリスに接続した時点で、うすうすは気付き初めていたんだ。」
「ん?一体何を言いたいのかね。見崎さん?」
「貴方は、私の事をガタナ氏殺害の容疑者の一人と見なしていると仰いましたね。」
「うむ、言うには言ったが、、。青い言い方だが、貴方の事を信用したい為に疑ったと言い換えてもいい。」
「いや、貴方が私に何かあると感じておられるなら、それはあたっている。」
「、、、、!見崎さん、貴方?」

「ガタナ氏殺害の心当たりを、最初から隠していたワケではないのです。あのガタナ氏の殺害写真を見せられた時から、その疑惑の芽が私の中に生まれ、今はかなり大きなものになっている。それを今まで黙っていたのは、確信がなかったからと言うより、私は何処かで、このソラリスを守りたかったのかも知れない。だが今の事で思い知らされた。ソラリスは危ない。この接続は閉鎖すべきものかも知れない。」
「詳しく、話していただけんかな?」

「、、、ええ、それを見たのは、カーマインが第一レベルでしでかした失敗の後始末に私が協力した時の事でした。」
「なぜ第二レベルの貴方が?それに貴方はカーマイン氏と特に親しい間柄とは思えないのだが。」
「カーマインの為にやったのでは、ありません。あの時は、あれを始末できなければ、ソラリスの存続が危ういと思ったからやったのです。」
「、、、、まさか貴方、その後始末とはガタナ殺しの事を言ってるんじゃ!?」

「違います!その時それが判っていたら、私はその事を直ぐに公にしています!カーマインから、あるマスターの世界に綻びが起きたから自分と一緒にそれを治して欲しいと頼まれたんです!それで私が中に入り、彼は外でリプログラミングにあたった。確かにそこは綻びていた、、つまり余りにも生々し過ぎた。ソラリスの仮想現実の中では、あんな『凶悪な世界』は生まれない。」
「貴方はそのマスターの世界が、ガタナ殺しの殺害現場だと今は思っておられるのか?」

「ええ。しかし最初はそうは考えていなかった。ソラリスの世界は複雑に見えるが実は単純だ。ソラリスに接続される人間の思考と、ビッグマザーが提供するエレメントだけで成り立っている。現実の世界の構成要素と比べたら、これを制御できないと言う方がおかしい程だ。それに妙な言い方になりますが、マスター達の身体は我々が押さえている訳ですしね。、、、それが、さっきのように、次から次へと我々が想定してないソラリスへの接続が現実に起こっている。ソラリスは我々が考えている以上に、もろい存在だった。、、あの『凶悪世界』もそうだったんです。」
「『凶悪世界』とは、ガタナ氏の世界の事ですか?」
「いいえ、ガタナ殺しを可能にした世界、いやそういう侵略的な暴力世界を構築したマスターの存在です。私は今、そう考えています。」

「、、、うーむ。よく判らん。そうだ!何か、その仮想世界の中で物的証拠になるようなものは見ませんでしたか?」
 やはり岩崎は刑事だ。
 こんな会話でも刑事の習性が出る。

「仮想世界の物的証拠ですか?そういう見方で、あの世界を見たことがありませんから、、。いや、一つあったか。」
「それはなんです?」
「本ですよ。批判を中心にした。、、その本が血だらけになって落ちていた。」
「内容が判るんなら、タイトルや著者は?」
「それは判りません。もうお判りでしょう?CUVR・W3の中では接続者の意識の焦点が当たったものは具体的に見えるが、そうでないものについては『感じ』しか判らない事を。」
「ええ、それは確かに。」
 現実でも人間は自分の見たいものしかみない、それは岩崎も証言をとるなかで良く理解していた。
 CUVR・W3の中では、それが極端になるという話だった。

「正直に言います。私はあの空間の雰囲気に圧倒されるばかりで、ほとんどのものに焦点を当てて見る事が出来なかった。いえ、簡単に言ってしまえば、ただただ怖かったという事です。」
「、、、そうですか。いや、なんとなく判りますよ。CUVR・W3の体験者としてはね。しかし、そこは頑張ってなんとか思い出して貰えないでしょうか?これは非常に重要な事です。」
「ええ、判っています。協力します。」
 そう言ってイマヌェル見崎は救われたような表情を岩崎に見せた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セルリアン

吉谷新次
SF
 銀河連邦軍の上官と拗れたことをキッカケに銀河連邦から離れて、 賞金稼ぎをすることとなったセルリアン・リップルは、 希少な資源を手に入れることに成功する。  しかし、突如として現れたカッツィ団という 魔界から独立を試みる団体によって襲撃を受け、資源の強奪をされたうえ、 賞金稼ぎの相棒を暗殺されてしまう。  人界の銀河連邦と魔界が一触即発となっている時代。 各星団から独立を試みる団体が増える傾向にあり、 無所属の団体や個人が無法地帯で衝突する事件も多発し始めていた。  リップルは強靭な身体と念力を持ち合わせていたため、 生きたままカッツィ団のゴミと一緒に魔界の惑星に捨てられてしまう。 その惑星で出会ったランスという見習い魔術師の少女に助けられ、 次第に会話が弾み、意気投合する。  だが、またしても、 カッツィ団の襲撃とランスの誘拐を目の当たりにしてしまう。  リップルにとってカッツィ団に対する敵対心が強まり、 賞金稼ぎとしてではなく、一個人として、 カッツィ団の頭首ジャンに会いに行くことを決意する。  カッツィ団のいる惑星に侵入するためには、 ブーチという女性操縦士がいる輸送船が必要となり、 彼女を説得することから始まる。  また、その輸送船は、 魔術師から見つからないように隠す迷彩妖術が必要となるため、 妖精の住む惑星で同行ができる妖精を募集する。  加えて、魔界が人界科学の真似事をしている、ということで、 警備システムを弱体化できるハッキング技術の習得者を探すことになる。  リップルは強引な手段を使ってでも、 ランスの救出とカッツィ団の頭首に会うことを目的に行動を起こす。

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

春空VRオンライン ~島から出ない採取生産職ののんびり体験記~

滝川 海老郎
SF
新作のフルダイブVRMMOが発売になる。 最初の舞台は「チュートリ島」という小島で正式リリースまではこの島で過ごすことになっていた。 島で釣りをしたり、スライム狩りをしたり、探険したり、干物のアルバイトをしたり、宝探しトレジャーハントをしたり、のんびり、のほほんと、過ごしていく。

データワールド(DataWorld)

大斗ダイソン
SF
あらすじ 現代日本、高校生の神夜蒼麻は、親友の玄芳暁斗と共に日常を送っていた。しかし、ある日、不可解な現象に遭遇し、二人は突如として仮想世界(データワールド)に転送されてしまう。 その仮想世界は、かつて禁止された「人体粒子化」実験の結果として生まれた場所だった。そこでは、現実世界から転送された人々がNPC化し、記憶を失った状態で存在していた。 一方、霧咲祇那という少女は、長らくNPCとして機能していたが、謎の白髪の男によって記憶を取り戻す。彼女は自分が仮想世界にいることを再認識し、過去の出来事を思い出す。白髪の男は彼女に協力を求めるが、その真意は不明瞭なままだ。 物語は、現実世界での「人体粒子化」実験の真相、仮想世界の本質、そして登場人物たちの過去と未来が絡み合う。神夜と暁斗は新たな環境に適応しながら、この世界の謎を解き明かそうとする。一方、霧咲祇那は復讐の念に駆られながらも、白髪の男の提案に悩む。 仮想世界では200年もの時が流れ、独特の文化や秩序が形成されていた。発光する星空や、現実とは異なる物理法則など、幻想的な要素が日常に溶け込んでいる。 登場人物たちは、自分たちの存在意義や、現実世界との関係性を模索しながら、仮想世界を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。果たして彼らは真実にたどり着き、自由を手に入れることができるのか。そして、現実世界と仮想世界の境界線は、どのように変化していくのか。 この物語は、SFとファンタジーの要素を融合させながら、人間の記憶、感情、そしてアイデンティティの本質に迫る壮大な冒険譚である。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

処理中です...