14 / 66
第一章 遺産
14: ジャッキー・ハートランド
しおりを挟む「暫く見ない間に、いい男になったわね。君のお父さんから、真言君に乗り換えちゃおうかしら。」
ジャッキー・ハートランドはガラスコップの中のストローをかき回しながら宛然と笑った。
ハートランドは年齢的には保海真言の母である忍と同年代であるが、彼女も又、老いを感じさせない美貌の持ち主だった。
忍が陰の美ならハートランドは陽の美だ。
そして彼女も又、独身だった。
真言には、この魅力的な二人の女達を独身の状態に至らしめた原因が、彼の父にあるとはとうてい考えられなかった。
しかし事実はそうなのだ。
「で、なんなの?真言君から呼び出しなんて珍しいわ。私は貴方のお母さんの恋敵なのよ。」
ハートランドが悪戯っぽく笑う度に大粒の真っ白な歯が煌めく。
「僕はそんな風に貴方の事を考えた事はないし、それに父はもう死んでいます。」
「そうかしら、、、、。私にはそうは思えないわ。あの人はいつもそう。」
ハートランドは不思議な笑みを浮かべた。
「親父の事を調べたいんです。」
「死んじゃったのならそれでいいじゃない?真言君はいつもあの人に対しては頑なだった。そうでしょう?今更、調べて何になるの。」
ハートランドは青い瞳で真言の顔を直視した。
「僕が親父を拒絶していた事は認めます。今、親父の事を調べたくなったのは、父の死で思慕の念が湧いてきたからではありません。その必要が出てきたんです。母には頼めない種類の事です。」
「忍さんが駄目でも、私なら協力して上げられるの?」
「そうです。僕はHOKAIシステムの角度から親父の事知りたいんです。貴方は父の助手をされていた。それに今も、CUVR・W3のエキスパートだ。」
「源三郎さんからは叱られないの?」
ハートランドは楽しそうに言った。
まるで父親の目を盗んで悪さをしようとする甥っ子の相談を受けている叔母のような表情だ。
「僕が、何人の人間を痛めつけてきたかわかりますか?僕はそういう人間なんですよ。」
真言は話を早く進めたかった。
なにもハートランドが真言を子ども扱いした事に苛立っていたわけではない。
気持ちが荒ぶったのは、ハートランドが待ち合わせ場所に選んだ場所が悪かったのだ。
確かにここは、ハートランドのような人間の動向が問題にされず、そういう意味で関心を持たれない点では絶好の場所だったがその分、物騒な人種が多すぎたのだ。
そんな街から立ち上る「気」のようなものが、今の真言を刺激するのだ。
この街には、ハートランドのこぼすかも知れない情報を狙っている産業スパイ達の代わりに、彼女の肉を食らいつくしたいと思う人間たちがひしめき合っている。
現に、数分前から窓際に席を取る彼らを、物騒な連中が、道の向こうから物欲しげに眺めていた。
彼らのハートランドを見る目はギラつきすぎていた。
「そう。俺はあそこにも毛が生え揃った立派な大人だって事を言いたい訳ね。で、どうしたいの?」
「まず親父の蒸発の原因です。その間、どこにいたのか?何をしていたのか?きっと家族をほっておいて何処かで何かをしていたはずだ。あの親父が生活に疲れて蒸発だなんて事は考えられない。」
「蒸発って言葉はどうかしら。彼からの連絡は定期的に忍さんにもあった筈だし、この私にもあったのよ。」
「連絡ですって?母はそんな事をおくびにも出さなかった。」
それは真言が考えにも及ばぬ事実だった。
恐らく叔父の源三郎もその事を知らないだろう。
しかしそのことで保海源次郎が、名もない漁村に『降り落ちて』来たのを、タイミング良く地元の暴力団が回収できた訳が理解できる。
忍がその場所を何らかの方法であらかじめ知っていたのだ。
「忍さんが言わなかった理由?それは真言君に迷惑がかかるからよ。それに一端出かけたら、なかなか家族にも顔を合わせられない場所もあるのよ。」
真言は死ぬ直前の父親の姿を思い出した。
干からびたミイラ同然だった。
それに体中にびっしりと彫られた入れ墨。
そんな状態に人間を追いやる場所があるのだろうか?
否、有るのかも知れない。
現に保海真言は『厚みのないモノ』を、その父親から受け継いでいたのだから。
「この地球上に違う世界に繋がるゲートがあると言って、真言君は信じるかしら。私は信じられなかった女だけど、、、。」
ハートランドの表情が真剣になった。
「それはCUVR・W3と関係がある?」
「あれば、まだついて行けたわ。、、と言うか表面的な意味でね。でも彼はそれを探し当てたのかも知れない。源次郎がCUVR・W3を開発して、一番最初にやった事は何か判る?」
「皆目。」
「CUVR・W3は、世界中のビッグマザーを利用することを知っているわね。彼はそこで民族学上のデータから初めて気象学まで、ある目的の為に、ありとあらゆるデータにアクセスした。アクセスだけなら誰でも出来る。でもそれを生身の人間が、通常の手段で行う事は時間的にとても無理だし、第一出来たとしても人間の処理能力を遥かに超えているわ。ねぇ。人間の目がカメラと違って、目の前の情報に対していかにデタラメかは知っているでしょう?でもそのデタラメさは、見たいものだけを見れるという点で実に合理的でもあるのよ。源次郎はそれをCUVR・W3を通じてやろうとした。彼は、この世ならざる世界を見つけるために、この世界のデータを有る一つの形状にまとめ上げ、それを疑似体験することによって、ならざる世界を直感的に見つけだそうとしたのよ。奇妙な論理でしょう?でもCUVR・W3に深く関わるほどそれが可能だと最近になって思えてくるの。」
ハートランドの陶器のような白い肌が紅潮していた。
自分自身の話に興奮しているのかも知れない。
「、、、ハートランドさん。ここを出ませんか?顔を動かさないで窓の外を見て下さい。ゴキブリどもの数が増えている。」
真言は、この場所に居座るのはそろそろ潮時だと感じた。
店の前の表通りの人通りが途絶えている。
この世界に住む人間は、誰もが、多少なりとも危険を回避するアンテナを備えている。
誰も、自分の視野に入ってきた盛りの付いた狂犬達には近づかない。
「見なくても判っているわよ。あの連中の事ね。でも真言君は強いんでしょう?」
ハートランドの表情はいつもの悪戯ぽいものに戻っていた。
「呆れた人だ。僕を試したくて、わざとこの場所を選んだ。そうなんでしょう。」
ジャッキー・ハートランドは肩を大げさに竦めながら、席をたった保海真言に続いた。
通りに出た途端、街のチンピラどもは彼らを、待ってましたとばかりに取り囲んだ。
彼らがジャッキー・ハートランドの素性を知って誘拐まがいの事を企てているのか、それとも単に極上の女が舞い込んだから、それを喰ってやろうと考えたのかまでは判らない。
いずれにしても出会い頭の出来事ではないから、厄介事に発展しそうだった。
真言が鬼猿から借り受けた車の停止位置からは十メートルほど離れている。
相手は五人。
三人までは身体はノーマルのようだったが、その代わりにヤクをうっている様に見えた。
真言は、後の二人の歩き方の不自然さで、彼らがバイオアップ処置を受けている事を見抜いた。
真言の左脇にはフレシェットガンが吊されており、右脇には寸を詰めた二次元刀がやや斜めに隠されている。
二次元刀の刃は、厚みがないという特徴は勿論だが、その「長さ」も確定的なものではないことは後に判っていた。
刃の形状は真言の意志に反応しているのだ。
もちろん、二次元刀をこんな場面で使うつもりで身に付けているわけではない。
いわば貴重品を肌身離さず持っている、そんな感覚だった。
だが、一度、これを実戦で試してみたいような気もしていた。
二次元刀の刃には厳密な意味で実体がなく、鞘の方もそれに合わせて伸縮指揮棒の様に三段階に縮むことは(独房)の中で調べ尽くしてある。
今は、二次元刀を人目に付かずに持ち運ぶために最も短い状態にしてフレシェットガンのショルダーホルスターの開いた方にぶら下げてあった。
真言は今回、素手を使わずに二次元刀を使ってみる気になっていた。
真言の素手も、フレシェットガンも、二次元刀も、全て相手に致命傷を与える能力を持っていたが、二次元刀のみが、その凄まじい切れ味故、急所さえはずせば相手が生き延びる確率が高いと言えたからだ。
もっともそれは切り落とされた身体の部位を彼らが回収し、病院に持ち込む知恵を持っていたらの話だが。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
VRおじいちゃん ~ひろしの大冒険~
オイシイオコメ
SF
75歳のおじいさん「ひろし」は思いもよらず、人気VRゲームの世界に足を踏み入れた。おすすめされた種族や職業はまったく理解できず「無職」を選び、さらに操作ミスで物理攻撃力に全振りしたおじいさんはVR世界で出会った仲間たちと大冒険を繰り広げる。
この作品は、小説家になろう様とカクヨム様に2021年執筆した「VRおじいちゃん」と「VRおばあちゃん」を統合した作品です。
前作品は同僚や友人の意見も取り入れて書いておりましたが、今回は自分の意向のみで修正させていただいたリニューアル作品です。
(小説中のダッシュ表記につきまして)
作品公開時、一部のスマートフォンで文字化けするとのご報告を頂き、ダッシュ2本のかわりに「ー」を使用しております。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
Reboot ~AIに管理を任せたVRMMOが反旗を翻したので運営と力を合わせて攻略します~
霧氷こあ
SF
フルダイブMMORPGのクローズドβテストに参加した三人が、システム統括のAI『アイリス』によって閉じ込められた。
それを助けるためログインしたクロノスだったが、アイリスの妨害によりレベル1に……!?
見兼ねたシステム設計者で運営である『イヴ』がハイエルフの姿を借りて仮想空間に入り込む。だがそこはすでに、AIが統治する恐ろしくも残酷な世界だった。
「ここは現実であって、現実ではないの」
自我を持ち始めた混沌とした世界、乖離していく紅の世界。相反する二つを結ぶ少年と少女を描いたSFファンタジー。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜
FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio
通称、【GKM】
これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。
世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。
その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。
この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。
その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
--
プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる