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第一章 遺産
13: 内調のプラグとミスターX
しおりを挟むCUVR・W3からのブラックアウトののち、4時間後に岩崎警部は本庁に呼び出されていた。
そこでは、いつもの様に彼の捜査に横やりを入れるための形式論が、延々と話し合われるのだろうと、腹を括っていた岩崎にすれば、肩すかしの会見が行われていた。
まずメンバーが異なっていた。
いつも、自室に呼び出して岩崎に横柄な態度で命令を下す上司は、彼の横の席に座っており萎縮していた。
イスミン・コーナンウェイ・ガタナを中心とするバタランの外交官達は上座に座っていた。
他にも幾人かが会議の円卓に付いていたが、彼らの殆どが、岩崎がテレビでしか見たことのない高名な人物ばかりだった。
そんな中で岩崎は、捜査の進捗状況をかいつまんで報告し終えたばかりだった。
これがジャッジメントシステム下で捜査活動を行うという事なのかと岩崎は思った。
「我々の予想通りだな。いや実に君の活躍は素晴らしい。ひょっとすると君は電脳空間における最初の刑事になるかも知れんな。」
大げさに喜んで見せた金髪の男を、岩崎は知っていた。
ガートランド警視総監。
警察機構の頂上にいる男だった。
「慎みたまえ。イスミン・コーナンウェイ・ガタナ女史が同席されておるのだぞ。」
ガートランドの斜め前の頭の禿げ上がった鷲鼻の男が彼を一喝した。
この鷲鼻の男の名前は結局、まるでそうする事によって厄災が降りかかって来るかの様に、この会議中、誰からも口に出されることは無かった。
岩崎は勿論この人物を知らなかったが、警視総監を叱りとばすのだ、相当な実力者に違いなかった。
「ところで管博士、岩崎君の報告を聞いて、彼に我々のプラグの装着は可能だと思ったかね?」
禿頭の男が、話の成り行きを、学者の集団と思われる比較的年齢層が高いグループの方に振った。
プラグ装着と聞いてイスミンが、小さな悲鳴を上げたが、管と呼ばれた小柄な老人はそれを無視して答えた。
「岩崎警部は、十年前にウェーブ銃を被弾しています。被弾といっても掠めたという程度なのですが、問題は場所です。治療の為に、彼の後頭部の脳髄の一部分はバイオメモリチップでカバーされる事になりました。それを基部にすれば、プラグは短時間の内に装着可能であり、場合よればソラリスのそれより高性能を引き出せる可能性もあります。なによりソラリス製ではないのですから、高度な機密性が保持されます。それに先ほどの報告からは、彼にはもとよりcuvrに対して潜在的な適応能力がある事が伺えます。ですから。」
「待って下さい!」
イスミンがたまりかねた様子で席を立って発言しようとした。
しかし彼女の隣に座っていたバタランの外交官が、イスミンの腕を掴み首を静かに横に振った。
イスミンは渋々発言を取りやめ岩崎の方を切なげに見つめた。
「岩崎警部。君には、あまり説明の必要はあるまい。プラグを付ければ君の捜査は飛躍的に進展するはずだ。ただし早くても二週間かかるプラグ装着を、一日でやってしまおうというのだ。危険が無いとは言えない。判断は君に任せたいと思うが、どうかね。」
「ミスターX。それにお答えする前に、どうしてもお伺いしておきたいことがあります。勿論、話せない内容なら、お教え願える範囲で結構なのですが。」
ガートランド警視総監が岩崎の口を閉じさせるために彼を睨み付けた。
しかしガートランドは階級が上でも、岩崎に人間的な貫禄負けをしていたようだ。
岩崎は平然とそれを受け流した。
「よろしい。なんだね。差し支えの無い範囲で話してやろう。君にはそれだけの権利があると思う。」
ミスターXという揶揄を気にも止めず鷲鼻の男の口元には微笑みさえ浮かんでいた。
もちろん、その微笑みは狩猟者が出来の良い猟犬に与えるものであったが。
「今回に限って国家の内調機関が動かず、私の様な一介の市警警部がこの調査に当たっているのは何故ですか?しかもどうやら今度はその内調のプラグだけを拝借するようだ。確かにジャッジメントシステムは時々突拍子もない事を我々に要求するが、今回に限っては、それ意外にも人間の介在があるような気がします。」
岩崎は彼自身が古いタイプの刑事であり、通常の捜査活動に多くの刑事や捜査官が、ハイテクノロジーに依存する部分を、己の行動と直感で賄う傾向が強い事を知っていた。
その傾向が、対ビッグマザー戦の様相が強くなっている今回の捜査で買われた事は薄々気づいていた。
しかも同じビッグマザーの中にジャッジメントシステムとCUVR・W3が同居している状況の中でだ。
今の二つは対立関係にあるが、もちろんビッグマザーにはそんな自覚はない。
一つのコンピュータがいくつもの疑似人格的なものを内包することがあっても、それは一人の人間の多重人格のような在り方ではない、と考えられている。
CUVR・W3が防御機能のようなものを持たない限り、いずれはジャッジメントシステムが優勢になる筈だった。
そして岩崎は、今回の調査がそれ以上の背後を持っている事にも気づいていた。
これは単純な電脳空間の中で起こった猟奇的な殺人事件ではない。
岩崎はその背景が知りたかったのだ。
「君は、この任務が不服なのかね?」
「いいえ。アッシュ氏の件については私個人の責任ででも調べるつもりでした。」
イスミンの目は既に潤み初めていた。
「それでは、その事を私に聞くのは止めにしたまえ。ただもう少し違う角度では、君に情報を与える事が出来る。カーズ。君からそれを説明したまえ。」
カーズ、内調機関の総責任者だ。
岩崎はその名前だけを聞いたことがある。
実物は岩崎が想像していたより平凡な男に見えた。
「我々の所には、プラグを装着した人間がいる。それにソラリス外経由でCUVR・W3に接続できる装置もある。今回の様な捜査方針が立てられるまでに、我々は独自に捜査を開始していた。しかし残念な事に、我々は何も手に入れる事が出来なかった。送り込んだ捜査員達がこちらに回収されたとき彼らの脳髄は真っ白になっていたからだ。プラグや装置のせいとは考えにくい。第一、CUVR・W3に繋がっている母体コンピュータは、国家のものだ。我々が弾かれる訳がない。要は適正の問題だと判断した。ソラリスの第一レベルは特殊なのだと。」
カーズは事務的に話したが、その底には事件を一市警部長に横取りされた悔しさがある事を隠しようがなかった。
「ソラリスの第一レベルを構成している人間達は、巨大な精神力をもっていると言われますからね。内調の人間では無理なのかも知れない。」
岩崎が平然と言ってのけた。
カーズがもの凄い目で岩崎を睨み付ける。
その様子を見て禿頭の老人がかすかに笑いながらいった。
「返事だけを聞かせてもらおう。この会議は、もう君に時間を割裂く余裕は残っていない。」
「お引き受けします。」
岩崎は逡巡なく明快に言った。
「判った。管博士。彼を頼む。今直ぐだ。設備は内調のものを使えばいい。管博士、君もその方が楽だろう。」
「大変な事を引き受けましたな。」
管博士はエレベーターの地下十六階のボタンを皺だらけの手で押しながら岩崎に言った。
どうやらおしゃべり好きの老人でもあるらしい。
「博士はさっきの会議で、私のプラグ装着の成功率は高いと仰いませんでしたか?」
「問題はCUVR・W3の第一レベルに正式に接続された後の事です。ある意味で貴方が無事だったのは、プラグなしで第一レベルをのぞき込んでいたからなのかも知れない。ただの閲覧者に過ぎないのですからな。CUVR・W3の第一レベルでプラグで接続するという事は、そこにいる相手のむき出しの精神と同居するという事になるのだから。そこでトラブルが起こるのだとすれば、それは聖痕現象以上のもののはずだ。第一、アッシュ氏を殺害した犯人が第一レベルにいる可能性が高いのでしょう。しかも貴方はそれを追う立場にある。高次の意識から貴方は丸見えだ。潜入捜査にもならんという事でしょうが。儂はカーズらの部下はそれで喰われたと思っておる。」
「しかし、それを心配するなら既にソラリスにはプラグを付けた監視管が、、、。」と言いかけて岩崎は、一昨々日の長いソラリス側のレクチャーの中に、第一レベル監視管の名前が挙がらなかったのを思い出した。
岩崎は、第一レベルの付き添いに第二レベルの内部監視管であるイマヌェル見崎が選ばれた理由を、ただプラグなしで接続できる人物だからだと思いこんでいたのだ。
もとから第一レベルには内部監視官など存在していないのだ。
(なんという間抜けだ。俺は頭に血が上っていた。こんな単純なミスを犯すとは。)
「第一レベルに接続しているメンバーのリストが上がれば早いのでしょうがね。それはトップシークレットになっている。あの人でさえも、その全容の細目を知らない筈だ。」
管博士はそう言ってから、しまったと言った顔をした。
「この世にもミスターXが知らない事があるのですな。」
管博士は触れては為らない領域に一瞬だが踏み込んでしまったのだ。
結局俺は奴らの手駒だ、、岩崎が内心、歯がみをした時、高速エレベーターのドアが開いた。
そこは、内調のCUVR・W3対策ブロックに繋がる廊下の入り口でもあった。
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