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第一章 遺産
01: 空から降ってきた男
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羯諦羯諦
波羅羯諦
波羅僧羯諦
菩提薩婆訶
真言が、十年以上の歳月を経て、病院のベッドで、再会することとなった父親の第一印象は『落書きだらけのミイラ』だった。
真言は人間の干物のようなそれを、自分の父親だとは認めたくなかった。
その上、父親の身体一面を覆う古代文字めいた入れ墨は、真言が幼い頃、母親から聞かされた物語『耳なし芳一』の主人公を惹起させる異様さを秘めていた。
だが、そんな息子の気持ちの動揺など埒外に、彼の母親である忍は、今まさに息を引き取ろうとする夫の棒切れのような手を、静謐さの内にあらん限りの愛情を込めて握り締めている。
真言は、そんな年若い母親の様子を、少しばかり嫉妬が入り交じった感情で眺めていた。
ともかくそんなふうにして、真言の父親、保海源次郎は、この世をあっけなく去っていった。
しかし真言には、その事でこれといった感慨は生まれなかった。
保海源次郎と真言の間には、親子としての共有すべき思い出が、ほとんどなかったからだ。
又、例えそれが、あったとしても真言が源次郎を父親として認めたかどうかは別の問題だった。
・・・・・・・・・
流騎冥は、迷っていた。
銀甲虫としての素性を、一般民間人に暴露されることは、彼の治安維持特殊部隊の戦闘員としての存在を、剥奪されることに等しい。
しかし多くの場合、そういったトラブルは、銀甲虫たちの流囲で偶発的に起こることであり、彼ら自身が原因でそういった問題を引き起こす事は数少ない。
第一、意識的に銀甲虫に敵対しようなどという人間など、革命が起こらない限り、今の世の中にあり得ようがなかったのだ。
従って、こういった殆どのケースは、警察当局に設置された銀甲虫の為の専門部署が、それを処理してくれる事になる。
だが流騎冥の場合、直接的に、しかも挑発するように、それが起こったのだ。
相手の名前は、保海真言。
ホカイシンゴ、シンゴンと書いてシンゴと読む。
年齢は、二十歳を少し越えたばかりの青年だった。
流騎冥と保海との出会いは、二年前まで遡ることが出来る。
流騎冥は銀甲虫という職業柄、絶え間ない武闘の訓練を行う必要性があった。
しかし銀甲虫達は、秘密裏に組織された身分の為、警察所内での公の訓練は許されなかった。
そんな流騎冥が、格闘技のトレーニング先に選んだのが、裏の世界の住人たちが『闇の左手』と呼んでいる道場だった。
『闇の左手』を、敢えて格闘技としてジャンル分けをすれば、その多種武術の長所の複合性を重視する部分から考えて、マーシャルアーツに最も近いと言えるだろう。
しかし『闇の左手』が主に吸収しようとしたのは空手などのメジャーな格闘技ではなく、その隠匿性故に歴史から消え去ろうとする、ありとあらゆる闇の古武術だった。
古武術が持つ体術の体系と同時に、それらに付随する神秘性さえ吸収し消化しようとする点が『闇の左手』の際だった特徴でもあった。
もっとも、そういった側面を持つ『闇の左手』ではあるが、裏の住人達が引き寄せられるのは、その精神性や神秘性である訳ではない。
彼等が、法外な金を積んででも、この道場に通いたがるのは、結局の所、『闇の左手』がすこぶる『効率の良い殺人技』を完成させていたからである。
この『闇の左手』の殺人技伝授の為の授業料は、あぶく銭にかかない闇の住人たちにしてみても法外なものだったが、それ以上に高い敷居が、入門資格だった。
『闇の左手』は弱い者を強い者にする為の道場ではなかった。
強い者がより効率的に人を殺せる技を教える。
つまり様々な面での「素養」が、入門前から必要だったのだ。
このような闇の世界にあってもいかがわしく、更に物騒きわまりない『闇の左手』に、流騎冥から見て「先輩」としていたのが、保海真言である。
保海真言は、若かったが、その技は切れた。
歴代の『闇の左手』の門下生の中でも一・二を争うだろうと、道場主であるグェンダナヤン老師が言明したほどだ。
しかし流騎冥も強かった。
彼の強さは、生来のものもあったが、銀甲虫というバトルスーツが生身の肉体に強制的にフィードバックしてくる技能部分に負う所が大きい。
そんな二人には必然的に、『闇の左手』に於いて組み手をする場面が多くあった。
そしてある日の組み手の最中に、保海真言が囁くように『僕は貴方の本当の正体を知っている。』と流騎冥の耳元で囁いたのだ。
それが、保海真言の父親が息を引き取る数日前の事だった。
銀甲虫の活動は、恐怖政治の一つのシステムとして組み込まれ機能している。
したがって多くの一般人は、銀甲虫の素性を知るチャンスがあっても、あるいは最悪なことに(知って)しまっても、それを口に出す様なことは決してしない。
それを保海真言は楽しむように言った。
自殺行為じみた挑発だった。
流騎冥に残された選択肢は三つしかなかった。
一つは、銀甲虫の上司にそれを報告し援助を乞うこと。
しかしそれは流騎冥のプライドが許さなかった。
後の二つは、、、よく似たものだ。
相手を完全に力で威圧してしまうか、物理的に抹殺してしまうかだ。
流騎冥はこの対応を、後の二つに決めた。
殺す事になるかどうかは成り行き次第だった。
・・・・・・・・・
「なぜ俺が銀甲虫だという事が判った?」
流騎冥の呼び出しに応じた保海真言の口元に暗い微笑みが浮かんだ。
これで流騎冥は自ら、自分の事を銀甲虫だと認めた事になる。
つまり今、相対するこの青年をこの場で抹殺、あるいは再起不能にすると宣言したのだ。
しかし、当の保海真言に動揺はおこらなった。
「銀甲虫の外殻を動かすサーボシステムは、完全にプログラムされていて、その中の人間の癖や動きは外に反映されないと言われているが、それは嘘だ。僕にはそれが一目でわかった。僕は、一度貴方が銀甲虫として任務についている所を見たことがある。その時、その銀甲虫の中身が、あなたであると判ったんですよ。組み手をしていた時のあなたの動きを思い出したんです。それが今、実証されて嬉しいですよ。」
真言はさらりと言ってのける。
銀甲虫の名前の由来となったバトルシェルは、それを身にまとう人間の形状を完全に覆い尽くす。
保海真言が本当に、流の戦闘時に見せた体のさばきだけで、彼を特定したというなら、真言は体術の天才と言えるだろう。
流は、身体の動きで判ったという、その事については納得していた。
流もこの青年の体術にかけての天分を認めていたからだ。
しかし流騎冥は、昔からこの若者の年齢に似合わない落ち着き払った醒めた部分が、気にくわなかった。
「そうかい。それは優秀な事だ。だが、そんな事を口にして、どうなるのかに気が回らないようじゃ、保海組の跡取りとしては失格だな。」
流騎冥は、自分が寄りかかっている黒塗りのスポーツカーから、体を少し浮かせながら言った。
それに対して彼から十メートルほど離れた位置にいる保海真言は動かない。
真言の後ろには、彼が乗ってきたオートジャロ搭載のドッシリとした真っ赤なオートバイが、サイドスタンドで傾いて立っている。
彼らの流囲の光量は少ない。
荒涼とした廃工場跡の敷地内に点在する鈍い黄色の常夜灯が、か細く夜空に浮かんでいるだけだ。
「以前から貴方と本気でやってみたかった。『闇の左手』の身上は暗殺拳だというのにフルコンタクトを禁じているのは矛盾だと思いませんか?」
真言の顔が薄闇の中で月のように白い。
この青年はただ自分という男と本気で戦う為にだけに、銀甲虫の秘密に触れてきたのだと判った。
流騎冥は、馬鹿げていると思う反面、半分愉快な気持ちにもなった。
「馬鹿野郎。暗殺拳だからフルコンタクトを禁じているんじゃねぇか。そんな事を許した日にゃ。門下生はあつまらねぇ。老師や組織の食い扶持がなくなるってわけだ。だが俺は、おまえがおっ死んでも、何も失うものはねぇ。」
二人の体格の差を例えば、保海真言が戦いに飢えたプーマなら、流騎冥は過ぎた殺戮に肥え太った虎だった。
しかし流騎冥は、その獰猛な口振りとは裏腹らに、自分の体に冷や汗が流れ出して来るのを感じ取っていた。
組み手では互角、実際の荒事の体験の数は流が数段上回る。
いくら保海真言がヤクザ組織の跡取り息子だといっても、現役の銀甲虫にかなうわけがない。
しかし、目の前の相手には、どこか、我が身を捨てる事を厭わぬ自殺願望のようなものがある。
・・・一体、こいつは何を思って俺に勝負を仕掛けて来るんだ?
「死ぬのは僕とは決まっていない。貴方は今、銀甲虫じゃない。生身の体だ。その事を忘れない事ですね。」
保海真言は、銀甲虫を、最も効果的に挑発する言葉を知っていた。
流騎冥の中の虎が吠えた。
腰を落とした流騎冥のスニーカーの底が、コンクリートの表面にねじ込まれる。
その強大な体躯が圧倒的なパワーを撓めて爆発する寸前、流騎冥の首筋に埋め込まれた通信装置が、緊急呼び出しのサインを発信した。
保海真言も、流に起こった変化を敏感に察知したようだ。
先ほどまで彼の中に急激に高まりつつあった静かな緊張感が解けた。
「ちっ。仕事だ。こちらの都合で申し訳ないが、このケリは後回しだ。それでもいいな?おまえは俺とやり合いたい。ただ、それだけなんだろう?。」
保海真言は振り向きもせず、背後にあったオートバイに乗り込んだ。
こんな風にテンションが下がってしまった今、もう命のやりとりはできない。
保海はフルフェイスヘルメットのバイザーをおろす前に呟くように一言だけ言った。
「何はともあれ、一応、貴方は『正義の味方』の銀甲虫だ。僕に足止めは出来んでしょう?」
流騎冥は、その呟きを聞くや聞かずやのタイミングで、荒々しくスポーツカーのドアを激しく閉めた。
波羅羯諦
波羅僧羯諦
菩提薩婆訶
真言が、十年以上の歳月を経て、病院のベッドで、再会することとなった父親の第一印象は『落書きだらけのミイラ』だった。
真言は人間の干物のようなそれを、自分の父親だとは認めたくなかった。
その上、父親の身体一面を覆う古代文字めいた入れ墨は、真言が幼い頃、母親から聞かされた物語『耳なし芳一』の主人公を惹起させる異様さを秘めていた。
だが、そんな息子の気持ちの動揺など埒外に、彼の母親である忍は、今まさに息を引き取ろうとする夫の棒切れのような手を、静謐さの内にあらん限りの愛情を込めて握り締めている。
真言は、そんな年若い母親の様子を、少しばかり嫉妬が入り交じった感情で眺めていた。
ともかくそんなふうにして、真言の父親、保海源次郎は、この世をあっけなく去っていった。
しかし真言には、その事でこれといった感慨は生まれなかった。
保海源次郎と真言の間には、親子としての共有すべき思い出が、ほとんどなかったからだ。
又、例えそれが、あったとしても真言が源次郎を父親として認めたかどうかは別の問題だった。
・・・・・・・・・
流騎冥は、迷っていた。
銀甲虫としての素性を、一般民間人に暴露されることは、彼の治安維持特殊部隊の戦闘員としての存在を、剥奪されることに等しい。
しかし多くの場合、そういったトラブルは、銀甲虫たちの流囲で偶発的に起こることであり、彼ら自身が原因でそういった問題を引き起こす事は数少ない。
第一、意識的に銀甲虫に敵対しようなどという人間など、革命が起こらない限り、今の世の中にあり得ようがなかったのだ。
従って、こういった殆どのケースは、警察当局に設置された銀甲虫の為の専門部署が、それを処理してくれる事になる。
だが流騎冥の場合、直接的に、しかも挑発するように、それが起こったのだ。
相手の名前は、保海真言。
ホカイシンゴ、シンゴンと書いてシンゴと読む。
年齢は、二十歳を少し越えたばかりの青年だった。
流騎冥と保海との出会いは、二年前まで遡ることが出来る。
流騎冥は銀甲虫という職業柄、絶え間ない武闘の訓練を行う必要性があった。
しかし銀甲虫達は、秘密裏に組織された身分の為、警察所内での公の訓練は許されなかった。
そんな流騎冥が、格闘技のトレーニング先に選んだのが、裏の世界の住人たちが『闇の左手』と呼んでいる道場だった。
『闇の左手』を、敢えて格闘技としてジャンル分けをすれば、その多種武術の長所の複合性を重視する部分から考えて、マーシャルアーツに最も近いと言えるだろう。
しかし『闇の左手』が主に吸収しようとしたのは空手などのメジャーな格闘技ではなく、その隠匿性故に歴史から消え去ろうとする、ありとあらゆる闇の古武術だった。
古武術が持つ体術の体系と同時に、それらに付随する神秘性さえ吸収し消化しようとする点が『闇の左手』の際だった特徴でもあった。
もっとも、そういった側面を持つ『闇の左手』ではあるが、裏の住人達が引き寄せられるのは、その精神性や神秘性である訳ではない。
彼等が、法外な金を積んででも、この道場に通いたがるのは、結局の所、『闇の左手』がすこぶる『効率の良い殺人技』を完成させていたからである。
この『闇の左手』の殺人技伝授の為の授業料は、あぶく銭にかかない闇の住人たちにしてみても法外なものだったが、それ以上に高い敷居が、入門資格だった。
『闇の左手』は弱い者を強い者にする為の道場ではなかった。
強い者がより効率的に人を殺せる技を教える。
つまり様々な面での「素養」が、入門前から必要だったのだ。
このような闇の世界にあってもいかがわしく、更に物騒きわまりない『闇の左手』に、流騎冥から見て「先輩」としていたのが、保海真言である。
保海真言は、若かったが、その技は切れた。
歴代の『闇の左手』の門下生の中でも一・二を争うだろうと、道場主であるグェンダナヤン老師が言明したほどだ。
しかし流騎冥も強かった。
彼の強さは、生来のものもあったが、銀甲虫というバトルスーツが生身の肉体に強制的にフィードバックしてくる技能部分に負う所が大きい。
そんな二人には必然的に、『闇の左手』に於いて組み手をする場面が多くあった。
そしてある日の組み手の最中に、保海真言が囁くように『僕は貴方の本当の正体を知っている。』と流騎冥の耳元で囁いたのだ。
それが、保海真言の父親が息を引き取る数日前の事だった。
銀甲虫の活動は、恐怖政治の一つのシステムとして組み込まれ機能している。
したがって多くの一般人は、銀甲虫の素性を知るチャンスがあっても、あるいは最悪なことに(知って)しまっても、それを口に出す様なことは決してしない。
それを保海真言は楽しむように言った。
自殺行為じみた挑発だった。
流騎冥に残された選択肢は三つしかなかった。
一つは、銀甲虫の上司にそれを報告し援助を乞うこと。
しかしそれは流騎冥のプライドが許さなかった。
後の二つは、、、よく似たものだ。
相手を完全に力で威圧してしまうか、物理的に抹殺してしまうかだ。
流騎冥はこの対応を、後の二つに決めた。
殺す事になるかどうかは成り行き次第だった。
・・・・・・・・・
「なぜ俺が銀甲虫だという事が判った?」
流騎冥の呼び出しに応じた保海真言の口元に暗い微笑みが浮かんだ。
これで流騎冥は自ら、自分の事を銀甲虫だと認めた事になる。
つまり今、相対するこの青年をこの場で抹殺、あるいは再起不能にすると宣言したのだ。
しかし、当の保海真言に動揺はおこらなった。
「銀甲虫の外殻を動かすサーボシステムは、完全にプログラムされていて、その中の人間の癖や動きは外に反映されないと言われているが、それは嘘だ。僕にはそれが一目でわかった。僕は、一度貴方が銀甲虫として任務についている所を見たことがある。その時、その銀甲虫の中身が、あなたであると判ったんですよ。組み手をしていた時のあなたの動きを思い出したんです。それが今、実証されて嬉しいですよ。」
真言はさらりと言ってのける。
銀甲虫の名前の由来となったバトルシェルは、それを身にまとう人間の形状を完全に覆い尽くす。
保海真言が本当に、流の戦闘時に見せた体のさばきだけで、彼を特定したというなら、真言は体術の天才と言えるだろう。
流は、身体の動きで判ったという、その事については納得していた。
流もこの青年の体術にかけての天分を認めていたからだ。
しかし流騎冥は、昔からこの若者の年齢に似合わない落ち着き払った醒めた部分が、気にくわなかった。
「そうかい。それは優秀な事だ。だが、そんな事を口にして、どうなるのかに気が回らないようじゃ、保海組の跡取りとしては失格だな。」
流騎冥は、自分が寄りかかっている黒塗りのスポーツカーから、体を少し浮かせながら言った。
それに対して彼から十メートルほど離れた位置にいる保海真言は動かない。
真言の後ろには、彼が乗ってきたオートジャロ搭載のドッシリとした真っ赤なオートバイが、サイドスタンドで傾いて立っている。
彼らの流囲の光量は少ない。
荒涼とした廃工場跡の敷地内に点在する鈍い黄色の常夜灯が、か細く夜空に浮かんでいるだけだ。
「以前から貴方と本気でやってみたかった。『闇の左手』の身上は暗殺拳だというのにフルコンタクトを禁じているのは矛盾だと思いませんか?」
真言の顔が薄闇の中で月のように白い。
この青年はただ自分という男と本気で戦う為にだけに、銀甲虫の秘密に触れてきたのだと判った。
流騎冥は、馬鹿げていると思う反面、半分愉快な気持ちにもなった。
「馬鹿野郎。暗殺拳だからフルコンタクトを禁じているんじゃねぇか。そんな事を許した日にゃ。門下生はあつまらねぇ。老師や組織の食い扶持がなくなるってわけだ。だが俺は、おまえがおっ死んでも、何も失うものはねぇ。」
二人の体格の差を例えば、保海真言が戦いに飢えたプーマなら、流騎冥は過ぎた殺戮に肥え太った虎だった。
しかし流騎冥は、その獰猛な口振りとは裏腹らに、自分の体に冷や汗が流れ出して来るのを感じ取っていた。
組み手では互角、実際の荒事の体験の数は流が数段上回る。
いくら保海真言がヤクザ組織の跡取り息子だといっても、現役の銀甲虫にかなうわけがない。
しかし、目の前の相手には、どこか、我が身を捨てる事を厭わぬ自殺願望のようなものがある。
・・・一体、こいつは何を思って俺に勝負を仕掛けて来るんだ?
「死ぬのは僕とは決まっていない。貴方は今、銀甲虫じゃない。生身の体だ。その事を忘れない事ですね。」
保海真言は、銀甲虫を、最も効果的に挑発する言葉を知っていた。
流騎冥の中の虎が吠えた。
腰を落とした流騎冥のスニーカーの底が、コンクリートの表面にねじ込まれる。
その強大な体躯が圧倒的なパワーを撓めて爆発する寸前、流騎冥の首筋に埋め込まれた通信装置が、緊急呼び出しのサインを発信した。
保海真言も、流に起こった変化を敏感に察知したようだ。
先ほどまで彼の中に急激に高まりつつあった静かな緊張感が解けた。
「ちっ。仕事だ。こちらの都合で申し訳ないが、このケリは後回しだ。それでもいいな?おまえは俺とやり合いたい。ただ、それだけなんだろう?。」
保海真言は振り向きもせず、背後にあったオートバイに乗り込んだ。
こんな風にテンションが下がってしまった今、もう命のやりとりはできない。
保海はフルフェイスヘルメットのバイザーをおろす前に呟くように一言だけ言った。
「何はともあれ、一応、貴方は『正義の味方』の銀甲虫だ。僕に足止めは出来んでしょう?」
流騎冥は、その呟きを聞くや聞かずやのタイミングで、荒々しくスポーツカーのドアを激しく閉めた。
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