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第8章 束の間

68: 告白およびバッドタイミング

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 守門は、ラボの職員用トレーニングルームで、スーツの補助フレームを身につけトレー二ングに没頭していた。
 高鉄棒に膝裏をかけ、腹筋を繰り返し、前屈モードにしたアーマーフレームとのシンクロ精度をあげる。
 頭を引き上げる度に、天井に取り付けられた丸い照明器具がギラギラと眩しく守門の目を射た。

 その度に、守門は二度目に会ったノイジーとの最後の会話場面を、苦い気持ちで思い出していた。
 あの時も、砂丘から転げてグラグラと揺れる逆さまになった夕日を見た。
 ノイジーから二度目の呼びだしがあったのは、幼稚園側の公園での話し合いの3日後だった。


   ・・・・・・・・・

 その日は、ちゃんと待ち合わせ場所が指定され、ノイジーが自分の奢りだと言って、やや遅い昼食をカジュアルレストランで取った。
 この時のノイジーは、女子高校生スタイルではなかったので守門は安堵した。
 大の大人が、いくらカジュアルといっても、レストランで女子高校生に奢ってもらうわけにはいかないし、第一、金なら守門は充分すぎるほどの報酬を、歌う鳥の会から得ていた。
 無論、出所の判らない金なら、ノイジーも又、幾らでも融通がついただろうが。

 この日、ノイジーは、隠していると思われるのが嫌だから、という理由で自分の性別を自ら口にした。
 胸の膨らみが強調されたセーター姿で、そういった事を告白されるのは不思議な気がした。
 もちろん守門には最初からわかっていた事だ。
 が、その告白によると、ノイジーが女性型人工皮膚ディバイスで全身を包んだ経過は、守門が想像するよりももう少し入り組んだ事情があったようだ。

「・・・担当医は、そう言ってたけど、本当に新種の皮膚癌だったのかどうかはよく判らないの。それでも、自分の状況が日に日に悪くなっているのはわかっていた。で、助かる方法は、お前の場合一つだけだと言われた。それが皮膚の張替えだったわけ。でも一応、サイラボは、表向き国営の医療機関だったから、その手術をするのには本人の承諾が必要だったみたい。」
 サイラボに収容されている子どもたちは、孤児か、親権を放棄した親から引き取られた人間ばかりのはずだ。
 そんな状況の中で、本人の承諾とは、守門が聞いても欺瞞も甚だしく噴飯モノだったが、ノイジーは特別な怒りも見せず、この状況をさらりと言ってのけた。

「担当医は、私に女性タイプのスキンスーツを装着させたかったようね。普段から、私に性的な行為を強要をする奴だったから、きっと、その延長線上の発想だったと思うの。だから奴は、全体は女性型だけど、お前のペニスはそのまま残すって言ってたわ。」
 これも、洒落たレストランで聞く内容ではなかった。
 それでもやはりノイジーの淡々とした口調に変化はなかった。

「それと奴がもう一つ言ったの。サイラボが莫大な費用をかけて、お前に治療を施すのは、その見返りとして今の能力をパワーアップさせる為だって。で、その為には、乳房の部分に大容量の制御装置が埋め込める女性型の方が、よりベターで、それでお前に対する上の印象ももっと良くなる筈だと、だから、そっちを選べと。」

 今のノイジーは判らないが、初期の段階では、アンテナ代わりになるスキンを身にまとう事によってその力が増幅され、より情報に広くアクセスが可能になったとしても、その情報の意味を読み取ったり操作するのは、並の人間に出来る事ではない筈だった。
 やはり、それらを賄う為の特別なコンピュータがスキン自体に搭載されていたのだ。
 女性型スキンの中身が男の身体なら、そういったものを搭載できる部位と言えば余剰な筋肉か脂肪しかない。
 つまり乳房と豊かな臀部だ。

「私はちょっと考えたわ。元から女の人になりたかったわけだし、その頃はサイラボからの脱走も考えていたから、これは渡りに船だって。でも担当医に、俺がこいつに女を仕込んでやったから、こいつは女性型を選んだんだ、なんて死んでも思われたくなかった。そこに、本人の承諾がいるなんて、今まで有り得なかった最大のカードが転がり込んで来たんだから、これは利用するしかないって思ったの。」
 ノイジーの目が悪戯ぽくキラりと輝いた。

「あっ、これ、ちょっとびっくりしたでしょう?」
「いや、君らしいなと思ったよ。それで、どうなったんだい?」

「で、嫌々を装って、皮膚を女性型に張り替えられたら、後は女性としてしか生きていけないんだから、そういう事を教えてくれる人と、その為の訓練期間を約束してくれたら承諾するって言ったの。勿論、その訓練期間が終ったら、直ぐにサイラボを逃げ出すつもりだったわ。」
 つまりノイジーは、例の「どうせ逃げるなら、ちょっとは我慢して必要なモノを手に入れてから脱出する」を、昔から実践していた事になる。

「で結局、担当者の欲望のお陰で事は思った以上に上手く進み現在に至った、ってことかな。でも付け加えるなら、私の手術は半分失敗だった見たい。それを、なんとかしたのが担当医。色欲は男を強くするってね。なんとしても、半陰陽になった私を、抱きたかったんでしょうね。その前に、逃げ出してやったけど。」

「半分、失敗って、どんな感じだったの?」
「私は全然覚えてないけど、皮膚の貼り替え中に意識不明の状態が3日も続いたらしいわ。それと私が半分、覚醒しかけた時に、スキンスーツの感応力が予測されたものより数倍跳ね上がった見たい。それは暴走に近い感じだったらしいわ。そんな状態が暫く続いてた。力の暴走の方は、私も狸寝入りをして周りをこっそり観察してたから、半病人状態でも分かったわ。だから、感応力については、私、必死になって意識的に下げるようにしてたの。ヘタすると、又、実験材料に逆戻りしかねなかったから。」

 おそらく、その施術直後の無意識状態の時に、ノイジーは『柱』に取り憑かれたのだろうと守門は思った。
 ノイジーが、悪魔憑きの力を発揮するのに、『柱』に乗っ取られた感じが全くしないのは、その辺りの事情が影響しているのではないかと守門は推理した。
 妙な例えだが、ノイジーは心の「中心」を外して、『柱』に取り憑かれたのかも知れない。
 つまりノイジーは悪魔憑きと人間のハーフという事になる。


 その後、海が見たいというノイジーの希望で、二人はバイクに乗り、砂丘で有名な海岸にでかけた。
 海を見ながら二人は、砂丘の天辺に並んで座っていた。
 平和な時間が流れた。
 ノイジーに彼女のコミューターの識別番号を教えてもらった。
 守門が、「奇妙な並びの識別番号だね」と言うと、「これは、この世には実在しないコミューターの番号なの、掛けると、私のここに着信音が響くわ」と、ノイジーが自分のコメカミを指さして見せた。

「ごめんなさい今日は。色々、引っ張り回して。」

「いいよ。僕も自分にこんな時間があるなんて、すっかり忘れていたしね。たまにはいい。逆に明日から又、頑張れそうな気がするよ。で、なんだい?僕を呼び出した本当の理由。この前とは、違うんだろう?」
 守門は、そう冗談めかして言った。

「ここ二三日、私に対する色々な組織のマークがすっかり減った。って言うより、なくなった。嬉しくて、でも気持ちが悪いから考えてみたの。何が変わったのか?何が状況を変えさせたのか?そしたら、思い当たる節は一つだけ。私が、雨降野守門とレッドを倒すために共闘を組んだ。それだけなのね。私のマークを外すように、守門君が動いてくれたんだって。実際、力を使って調べたら、そうだったわ。今日は、そのお礼を言うつもりだったの。」

「調べたのか、、。うん、正直にいうよ。本部に、かけあった。」
 それに守門には、里見との約束もあった。

「レッドの悪魔祓いをするのに、ノイジーと手を組んだ。組んだ相手を、鳥の会の標的にしておきたくない。他にも、ノイジーを追っている組織が、あるなら手を引かせて欲しいってね。それをのめないなら、今度の件から手を引くと言ったんだ。」

「手を引くって、それを言っちゃ、駄目でしよ。」

「心配ご無用。最近の僕は、極めて勝率が悪いんだ。そういう脅しは、あまり効き目がない。むしろ、上の方は、幼稚園の事で切羽詰まっていたから、ノイジーと僕とのセットで物を考え始めていたみたいで、そっちが優先された。君とだと、退魔の成功率がグッと上がると分析したんだろう。なら、ここは雨降野にフリーハンドでやらせてみようって事だろうね。だから、マークが外れたのは、君の実力のお蔭と考えてもいい。」

「どちらにしても、そういう交渉をしてくれたのは、守門君だわ。」

「いや、ほんとに感謝されても困るんだ。前にも言ったけど鳥の会はそんなに甘くない。この件が無事終われば、約束なんて、簡単に反故にされる可能性大だ。」
「分かってるよ、そんなこと。でも守門君のやってくれた事や、好意は変わらないわ。」

 その後、ノイジーが突然、抱きついて来た。
 予期せぬ事だったので、守門は姿勢を崩し、二人はそのまま砂山を転げ落ちた。
 頭を下にした格好で、砂の斜面で止まった守門の顔の上に、ノイジーの顔が覆い被さってきた。
 だが守門は、それをそっと避けた。

 ・・・悪いことをした。でも他にどんなやりようがあったんだ。


 守門の腹筋の繰り返しは、軽く百回を超していた。
 その腹筋の最中に、突如、鉄山響が姿を見せた。

「あのバイクに最近、女の人を乗せませんでした?」
「いいや、乗せてない。」
 不意うちを食らった守門は、フレームのモードを解除して、高鉄棒から離れる暇もなかった。

「嘘、仰い。髪の毛がシートに挟まってましたよ。」
 嘘じゃない、ノイジーは女性じゃないから。
 心の中の呟きだとしても、自分は何故こんな誤魔化しをするんだろうと、守門は、それで又、狼狽えた。

 守門は、そんな自分の妙な動揺を隠そうと、平静を装って腹筋運動を続ける。
 いや、鉄山は、そういう男女の駆け引きから最も遠い女性だ。
 鉄山が、最近バイクに女性を乗せたか?と聞いたのは、単純に刑事としての習性、あるいは癖に過ぎない。

 そう考えている守門の腹に、鉄山の軽いパンチが打ち込まれた。
 ウゲッ!
 守門の腹筋運動が、終わる時だった。


 そして今度は、「雨降野さん。そんな事をして戴く為に、ここの設備をお貸ししているわけじゃありませんが。」という冷たい聡子の声が、背後から聞こえた。
 正にバッドタイミング、、、。

 鉄山は、その場にやって来た相手を暫く観察してから、ゆっくりと言った。
「能都聡子さんですね。初めまして」

「、、はじめましてって、鉄山さん。能都さんを、スルーしてどうやって此処に入って来たんだ?」
 守門が鉄棒に逆さまにぶら下がったまま、素っ頓狂な声を出す。
 能都は、このラボの女帝であり、同時に神の如き門番でもある。
 鉄山の不法侵入の可能性が、高かった。

「門から警察手帳を見せて、と思ったけど、見せる相手が、いませんでしたからね。でも許可はとってありますよ。この施設の上部権限部署の方で。」
 鉄山は、半分は守門に、あとの半分は、能都に応えるように言った。

「経理管理部で、不審侵入があったみたいだって騒いでたけど、まさか貴女なの?」
「何度もいいますが、許可はとってありますよ。なんらなら問い合わせて見たら?」
 鉄山が、不敵に笑った。

『うちの部署は仕事の性格上、各方面に超法規的なゴリ押しが効く。鉄山はそういうスタイルが好きなんだよ。時には、面白半分でワザとそれをやったする。困ったもんだ。』
 守門には、赤座のボヤく声が、又、聞こえて来そうだった。



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