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第7章 壊されたショーウィンドウ

57: 地下カジノの惨劇 鉄山響の推理

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 あれから一週間が経った。
 人はどんな悲しみの縁にいても、日常の営みは避けられない。
 五秒ラボにも少しずつ、日常が戻りつつあった。
 守門も、ノイジーが示唆した部分を、確かめる為に、ラボ職員への事情聴取を再開していた。
 今度は、職員一人に対する事情聴取も一回で終わることはなかった。
 守門は刑事並みの執念を見せた。
 もちろん、アーマー装着運動訓練は、ずっと続けている。

『駄目だ、まだ足りない。どんな場所、どんな状況でも周りに被害を出さないで、一撃で仕留める。小夏を使っての次元転移ができないなら、それしかない。あとは赤座さんか、ノイジーからの連絡を待つだけだ。』
 事情聴取もアーマー装着訓練も日増しに厳しさを増していた。
 そんな中、再び事件が起こった。


「傘男君、残念だが、又、起こった。すぐに来てくれるか。」
「又?」
 コミューターから陰鬱な赤座の声が流れてきた。
 無念なことだが、これはレッドに再び相まみえるチャンスの始まりでもある、守門はそう思った。
 しかしこちらは、井筒がスーツの組み換えを新たに始めたばかりで、スーツの戦闘投入の準備は、振り出しに戻った状態だ。
 だが物事は、万事がこうだ。
 状況は自分に合わせて、動いてくれるわけではない。
 なければないで、やるだけだ。
 守門は腹をくくった。

 それにしても、何故、この件についてノイジーから知らせが来ない。
 ノイジーは、レッドが動いたら直ぐに連絡をすると言っていた。
 この出来事が、警察に察知出来て、ノイジーにできないのなら、ノイジーとの共闘は期待薄なのではなか。
 そういう失望感が、再び開いた守門の「悲痛の穴」に、流れ込んで来た。

 ・・・・・・・・・

 賭博場に設置してある幾つかのゲーム台に、人間の頭部や胴部等が規則正しく置かれてある。
 殺人自体は、賭博施設内の主に二カ所で行われたようだが、死体はすべてこの部屋に集められている。
 頭部だけが、並べられたカード台の前に赤座・鉄山・吉住・守門の4人が立っていた。
 それぞれの手には、既に初期の現場検証を終えている科捜研から借り出したタブレットがある。

 科研もこういったケースの検証手順が、身につき始めているようだった。
 人間の犯人を想定した今までの現場検証をなぞった所で悪魔憑きの捜査活動には役立たない。
 検証用タブレットの内容にしても、ベイ・ギャング事件で成立させたノウハウが、そこに詰まっている。
 つまり事件そのものを、なんの予断も含まず、唯一現状証拠だけから再現するバーチャル空間だ。
 今後、分析が進むほど、このバーチャル空間の精度は、あがる筈だ。
 現在は全くの初期バージョンだが、現状を殆ど元のままで残してくれている現場で併用閲覧すると、その有効性は飛び抜けていた。

「このヤマは珍しく、何の抵抗もなく、自分らのところへすぐに回されて来た。上は断定こそしていないものの、これはレッドが起こした2回目の犯罪だと思ってるんだろう。この前の幼稚園事件で、警察の現場の人間は、みなブルっちまってるから、厄介払いってことも勿論あるんだろうがな、、。確かにここは、ベイ・ギャングの時と見た目がそっくりだ。だが、自分は、腑に落ちんのだよ。何かが、違う感じがする。」
 赤座は守門にそう言って、一旦口を噤んた。
 次の一言を、口に出す事によって、幼稚園事件を更に思い出すのが嫌だったのだろう。
 赤座は当然ながら、幼稚園事件でも事後処理を担当している。

「ここはベイ・ギャングの時とは似ているけれど、実際には、二つの間には幼稚園事件が挟まれているしな。」
 百戦錬磨の赤座のような刑事でも、大量の子供の死は辛い。
 ましてやその死は通常の死ではないのだ。

「・・てっとり早くいこうや。当たりだけでいい。鑑識をあまり待たせちゃ申し訳ない。彼らだって何度も仕事を中断するのを我慢するのは限界があるだろうしな。それに細かな事は、検証が再開したら厭と言うほど報告が入る。さあお前たち、どうだ?」
 お前達の中には守門も含まれている。
 赤座はもう、こういう場では守門に敬語を使うのを半分忘れている。
 既に鉄山も吉住も、実質的な守門の位置づけを把握しているからだ。

「方向が違うんじゃないかしら?」
 鉄山がタブレットを操作して見せた。
 画面の中で、被害者と加害者に見立てたアイコンが賭博場の図面の中で動き出した。
 科研が現時点で現場に残された血痕、銃弾の着弾角度・軌跡、死体の損傷、家具調度品の壊れ方などを分析して再現して見せたものだ。

「犯人はこのホールに突然現れて人々を殺しにかかってる。次に騒ぎを聞きつけた組織の人間が駆けつけて交戦。それを全部討ち果たした犯人は、幹部達のいる奥の部屋に突入。全ての殺しを終えた跡で、全部の死体の頭部をこのゲームテーブルに集めて並べ直した。ベイ・ギャングの時は、ギャングがちょっかいを出して、交戦が始まって、結果、皆殺し。で、最後に倉庫の中に死体が集められた。受動と能動。死の方向というか、動線が違うわ。」
 鉄山が物事へ本当に入れ込んでいるときは、敬語を忘れる。
 だが赤座はそんな事を気にしない。

「、、死の動線か、、鉄山、そんな言葉遣いを他でするんじゃないぞ、、がまあ、その動線を生んだ意志に、意味ありってことだな。」
「それに幼稚園の時は、ベイ・ギャングの時みたいに死体の整理整頓はしてないわ。雨降野さんと交戦した時だって、殺しぱなし。レッドのやる事は、どんどん変化してる。それがここに来て、昔に逆戻りなの?」
 鉄山が赤座と吉住の顔を交互に見る。
 鉄山にとって守門はまだアドバイザーのようだった。

「その点は、オロチに時間的な余裕があったか、なかったかの違いじゃないのかな?基本は、やはり死体を並べる、そこにオロチ特有のこだわりがある。幼稚園の時は、人間の注目を集めるのが、第一目的だったけど、幼稚園でも時間があればやっぱり並べてたんじゃないかな。実際は、面白半分で中継してみたら、僕らがすっ飛んて来たんで、現場から逃げざるを得なかったって事でしょ。銀行強盗が警察に捕まりかけても、金は諦めきれないというのとは、違うんじゃないかと思いますけどね。変な話だけど、オロチはこれからも捕まらない限り、幾らでも殺しが出来るんだ。余裕のある殺しの時は、また死体を並べてみせる。それに、殺人に使われた凶器が同一のものだってのが、一番大きい。あんな特殊なものは、そうザラにないって事ですよね。」
 吉住が鉄山に反論した。

「吉住。あんたどうしても、これをレッドの仕業にしたいみたいね。私達が手をこまねいているから、第二・第三の犯行が起こるんだって。そうやって派手に煽って、警察や軍隊総動員で、一気にレッドを潰しにいく方向に持っていきたいんでしょ。その時に、今まで守られてきた色んな慣例も潰せる。強硬派の連中が喜びそうな展開ね。レッドを潰すのに、文句はないけど、でもこれは私たちの流儀でやるべきじゃないの?」
 勿論、吉住の思惑通りになる為には、現在の「歌う鳥の会」の関与が完全な失敗に終わる必要があるのだが、今の現状ではその可能性はかなり高いと言えた。

「キャップ、私は状況からみて、これは模倣犯の犯行だと思います。悪魔憑きによる悪魔憑きの模倣犯、そういうのがいてもおかしくないでしょ?悪魔憑きって、発生場所がランダムなんですよね。それに近年、その発生頻度がドンドン上がってる。」
 鉄山がそう言うのを、赤座は止めなかった。
 鉄山のその言葉は、更に意見を求められての発言でも、自分を主張したい為の発言でもないのに、驚く程、自然だった。
 よく練りこまれた思考が、思わず漏らした独り言といったところか。

 吉住は、鉄山の言葉に反論もせず、顔をしかめたまま黙っている。
 吉住は吉住で、さき程から何か違うことを考え初めてている様子だった。
 守門も、鉄山の模倣犯説はあり得る話だと思ったが、その考えにすぐに飛びつく訳には行かなかった。

 悪魔憑きの起こした事件を模倣する別の悪魔憑き・・それで、ノイジーが今回の件で守門に連絡を寄越さなかったのが説明できるし、この状況を説明するにはピッタリだが、実際そういう事が起こりうるものなのだろうか?

 タイミングの問題がある。
 何故、今、なんだ?
 偶発で、悪魔憑きの模倣犯罪が行われる?
 専門家であるはずの守門でさえ、にわかには信じ難かった。
 赤座も、それに近い思いでいた筈だ。

「この場所が場所だけに、レッドが起こした事件を偽装した組織間の抗争の線も辿ってみた。手口から見て、最近のし上がって来たMウェイストゥズの可能性も考えてみた。」
 Mウェイストゥズの名前は、守門には初耳だったが他の二人は判っていたようだ。
 だから守門は、赤座の発言を敢えて黙って聞いていた。
 唯でさえ、お客様扱いなのだ。
 些細な部分で足を引っ張りたくなかった。

「しかしベイ・ギャング事件は、自分らの手によって世間から完全に隠蔽されつつある。しかも今でも継続中の事案だ。その手の奴らが、わざわざベイ・ギャング事件を偽装するメリットはない。」
 この隠れカジノのある縦濱市は、有数の歓楽都市であると同時に、在住の外国籍マフィアの抗争が絶えない場所でもあった。
 この隠れカジノで殺されたマフィア達は、アルバトア人だった。
 主な対抗勢力はパルフェ人、縦濱市は国内の犯罪勢力の影響が及ばない暴力の治外法権エリアでもある。
 赤座はそういった状況も考慮に入れていたのだ。

「怨恨の線は?」
 と守門が初めてこの論議に口を挟んだ。

「うーん、カジノ客とか、殺された人間は、完全な巻き添えをくらったと思えるのが多数いる。だから怨恨の線はない、とは言えないんだが、その比率がな、常識を越えている。例えば、恨みに思っている相手が、たまたま通りを歩いていて、そいつ一人を殺すために、わざわざ周りの人間を皆殺しにするか?いや実際の話、お前達、この現場を見た後で、そう思えるか?犯人は、まず客をやって、その後、マフィアのボス共をやっているんだぞ、、。」

「確かに、むっちゃくちゃですよね。だからオロチを思わせるんだ。それに、あの切断面や、この戦闘後の痕跡。犯人は数百発に近い銃弾を至近距離で撃ち込まれている。ところが体液も血痕も肉の破片も何もない。」
 吉住が思い出したように、自分の説をアピールした。

「だがな吉住、鉄山の推理は置いておいて、それでも自分はこの事件、レッドの仕業じゃないと思うんだよ。この事件は、どこか人間くさい匂いがするんだ。」
「僕も今度の事件は、レッドが起こしたモノと良く似ているが違う犯人の犯行だと思います。それが、鉄山さんが考えているような、模倣犯かどうかは別にしてですが、、」
 守門がようやく自分の考えを口にした。

「ん、それに今度の相手は、女子ども関係なしの無差別殺人ってわけじゃないしな。堅気の人間も混じってはいるが、一応全員、刑事上で言えばグレーゾーンの大人達ばかりだ。それに鉄山の言うとおり、ベイ・ギャングの時は、相手の方からレッドに喧嘩をふっかけてきてる。レッドが、いくら強いからって、その違いを見過ごしちゃいかん。冷静に考えれば、ここの住人は下手すると、レッドが返り討ちに遭いそうな相手でもあるんだぞ。そこに、わざわざ意味のない喧嘩を売りに行くかって話だ。」
 赤座は守門達の顔を見ながらそう言った。


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