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第7章 壊されたショーウィンドウ

56: 一筋の光明

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 五秒ラボの実験室にも作業場にも人影がなかった。
 みんな、自分に割り当てられた部屋に引き篭もっているようだった。
 自分たち全員で、育て上げた可愛い愛息子が、ついに人間の幼い子供達を殺戮したのだ。
 そうなって、当たり前だった。
 あの能都聡子でさえ、姿を見せなかった。
 守門は狂った様に、アーマードスーツでの戦闘訓練に打ち込んでいた。
 その行為にしか、逃げ場がなかったからだ。

 ただそんな状況の中、守門には新たな協力者も現れていた。
 幸いな事に、その協力者は、アーマードスーツに精通しており、スーツを守門用にチューンアップする事に尽力してくれていた。
 元はといえば、ロボットドクター用の防護スーツに毛の生えたようなスーツだったが、その協力によって数段のレベルアップが見込めた。

 協力者の名前は井筒康太、、一番最初にレッドの凶行を自分の目で見た男だ。
 そして、幼稚園大量殺人事件の被害者親族でもある。

「井筒さん、顔色が悪いですよ。聞いた話では、夜も寝ないでレッドの行き先を調べてるって。それに私のためのスーツ調整も同時にやってくれている。私の方は、休んでくださいよ。今の状態でも、なんとかなると思ってるんですから。」
「いいや。今やらないで、いつやるんです。私は倒れたっていい。罪滅ぼしをしなきゃならんのだ。レッドを最初に止めていれば、こんな事にはならなかった。妹に合わせる顔がない。姪のあの可愛い顔が頭から離れないんだ、、、、。自分の中に、科学の発展の為には、多少の犠牲は許されるという、糞みたいな思い上がりがあった事が、許せないんだ。」
「、、、。」

「必ず、レッドを止めてください。間にあわんかも知れないが、私が考えていたサーボモーターが使えるように、こいつのフレームを換装するつもりです。そうなれば、こいつはもっとパワーアップする。」
「、、前から聞こうと思ってたんですが、井筒さんが、このスーツの開発者なんですか?」
「いや、メインは、私の友人が受け持っていました。私には、他の仕事がありましたからね。彼は既に自主退職しています。今思えば、彼の判断は正しかった。当時は、こんな良い環境を何故捨てるのか不思議で仕方がなかったが、、人殺しの道具を作るのに、良い環境なんて、、」
 井筒にとっては「人殺し」の言葉の意味が、当時と今とでは全く変わってしまったのだろう。

「、、すいません。余計な事を聞いてしまいました。でも、軍事技術が民間に応用されて、それで生活が便利になっていってるのも事実だと思うんですよね。」
 気休めの慰め言葉でしかないことは判っていたが、それ以外の慰めの言葉が見つからなかった。

「私も、その友人に、そう言って引き留めました。でも彼は言ったんです。お前が、提案したこのスーツのパワーアッププランは、将来的にみんなの生活を楽にしたいというのが、本当の動機なのか?と。それは誤魔化しだろう。単にいいものを作りたい。自分が、どれだけ出来るか試したい。それだけだろう?お前が今関わっているレッドだって同じ事だ、と。図星でしたね。結局は、こうなった。でも今度は、はっきりした目的がある。姪の仇をとってやって下さい。」
 この人は、これが終わったらラボを辞めるつもりなのだと、守門は思った。

 守門は、過酷なアーマー装着訓練を、自分をいじめ抜くようにこなすと居住区に割り当てられた自室で眠るという日課を繰り返していた。
 だが、酷く疲れている筈なのに、その眠りは浅かった。
 常に赤座からの「レッド発見」の一報を待っていたからだ。

 しかし、その一報は無かった。
 レッドが、転移能力を自由自在に使えるなら、もはやあの擬態さえレッドには必要ない。
 好きな時に好きな場所に現れ、好きな場所に隠れられる。
 もしレッドが、この国での遊びに飽きて、何処か遠くへ転移してしまったら、、、小夏を失ったままの自分は反撃のチャンスさえ失ってしまう。

 そんなひりついた眠りの中にいる守門の枕元で、コミューターの着信音がなった。
 コミューターは、通常の携帯電話ではないから、仕事関係者以外の者は繋がらない。
 そして、傍受も発信元割り出しも出来ない筈だったが、コミューターの向こうにいるのは、部外者だった。
 脆弱性がないことがコミューターの存在理由なのに、それ自体が犯されているのだ。
 コミューターのディスプレイには、アンノウンの表示が出たままだ。
 掛けてきた相手は、コミューターの、部外者を完全に遮断するというフイルターを、容易に突破しているのだ。
 守門はこういうケースが起る理由を考えて見たが、想像がつかなかった。
 更に、非常時の回線成立の場合は、コミューター回線に侵入して来た人間の、あるいは組織の名前、それが無理ならそのヒントが、高度な逆探知によって、アンノウンの下に表示される筈だった。
 それもなかった。

「誰だ?」
「私は、貴方がたに、ノイジーと呼ばれている者です。」
「ノイジー!君が、か?」
 思いもかけぬ、名前だった。

「貴方、雨降野守門さんですよね。」
「あああ、、」
「何故、あんな事を許しているんですか?」
「あんな事って、なんだ?」
「幼稚園の事です。」
「!!!!」

「あれが君に、何の関係がある?」
「事件を見ていました。」
「やめてくれ、不幸にも、あれを見てしまった人間はいくらでもいる。」
「テレビで見たのではありません。いつも行く公園から、この自分の目で見たんです。私も力を使って子ども達を助けようとしましたが助けられませんでした。」
 ノイジーは、喋り続ける力を貯める為なのか、暫く次の言葉まで間を空けた。

「あなたなら、助けられたのではありませんか!?なぜあの場にいなかったのです?何故、遅れたんです!」
「・・・無茶を言うな。」
「貴方は、私を散々追いかけ回してきたじゃありませんか!?私は普通の人間ではありませんよ。私が、あなたからどんな思いで逃げ回っていたか、わかりますか?なのにあなたは、、」
「それと、あの事件とは違う。」
「なぜ、違うんですか?どう、違うんですか?貴方は、歌う鳥の会という組織の悪魔祓いとして、特殊な能力を使って、私とあの怪物を追いかけていた。」

「・・・よく、調べたね。」
「こんな事を調べるのは、私には簡単な事です。でも私が、なぜそういった事を調べたかわかりますか?」
「それは、君が有利な立場になるためだろう。現に今、君は僕に精神的なプレッシャーを与えている。」
「何故です?そんな人間が、わざわざ危険を冒して、あなたに連絡を取りますか?」

「・・・済まない。今のは僕が悪かった。で、本当になんで連絡をくれたんだ。僕を能無しと非難して、今まで追い掛けられていた溜飲を下げるためか?」

「違います!判らないんですか!あなたに、あの悪魔をやっつけて欲しいんです。あいつは、又、やります。あいつを見たら、わかります。あいつは、人間の悲痛を味わいたがっている。」

「君が、なんでそこまで?」
「子どもが、好きなんです。あの日も、幼稚園の様子が見える公園から子どもたちの様子を眺めていました。そして、あいつが突然やって来た、、、。」
「、、正直に言おう。今の僕には、あいつが見つけられないんだ。いや、君の時だって、実はいっぱい、いっぱいだったんだ。」

「・・・意外ですね。」
 ノイジーは、守門のその言葉に、本当に驚いたようだった。

「でも、それなら私が協力します。あいつは私と同じで、ネットワークやシステムを操っています。同じ力を持つ者同士、見つけ出すだけなら協力できると思います。だから、今度はちゃんとやっつけて下さい。あの子達の仇をとってやらないと、可哀想すぎます。」

「でも、僕が奴に勝てたら、次は君の番だぞ。正直にいう。奴が現れたから、僕は君を追うのを一旦やめているだけだ。それでも、いいのか?」

「全然、構いません。もう一度、私の番なったら、又、逃げればいいんだから。」
「はは、、随分見くびられてるな、まあいい。でも本当に、あいつを捜し出す勝算があるの?」

「あなたは、私を捕まえられなかった事を、もう忘れたんですか?今度は、あれの逆をやればいいんです。」
「・・・そうだったね。・・よし判った。それなら、暫くの間になるだろうけど、手を組もう、」
「決まりですね。それと、あなたは、今、あいつを作ったラボにいるんですよね。」

「そうだけど?」
「だったら、あいつのAI胚嚢を作った人を調べれば、何か攻略の為の糸口が、見つかるかも知れないですよ。」

「ん、それはどういう意味?」
「あなたは、私の能力を判ってますよね。私は既存の電脳的なものや、ネットワークをほぼ自由自在に扱える。でもあいつには、その私の力が全然効かずに、全く歯が立たなかった。プロテクトのせいとかそんなのでもないし、、とにかくあいつは人工知能のくせに、とっても異質なんです。でも逆に言えば、あんな見たこともない異質なものを、受け入れて走らせるには、かなり特殊なAI胚嚢が必要だと思うんです。それが、どういうモノか判れば、あいつを攻略する際の何かのヒントが掴めるかも知れない。」
 ノイジーが言う『あんな見たこともない異質なもの』とは『柱』の事だろう。
 レッドは『柱』に侵入されたから特殊になったワケではなく、特殊だから『柱』に侵入されたのか、、。
 守門の頭が冴えてきた。

「特殊なAI胚嚢か・・・わかった。やってみる。君とのタッグが楽しみになって来たよ。既に有益な示唆を与えてもらったしな。、、僕も、まだやれるかも知れない。」
 ノイジーは、ようやく守門に訪れた一条の光だった。



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