上 下
50 / 77
第6章 ケルベロスにはパンを、もしくは

49: 霊犬は夜走る

しおりを挟む
 守門は里見の指示通り、都心から少し離れた地域をゆっくりと車で流していた。
 里見は、助手席で目を半眼に開きながら、リラックスしているのか緊張しているのか判然としない状態になっている。
 もしかしたら、里見はレッドを探査している黒犬とリンクしているのかも知れないと、守門は思った。
 いずれにしても、里見には黒犬が移動している場所や、彼のいう「撓み」のある地域が、把握出来ているのだろう。
 それだけでも、大した能力だと思った。

 斬馬が昔、指摘していたように、能力者が一つの力を発動させるには、その力の源にアクセスする必要があるが、その径路自体は多種多様に存在するのだ。
 里見の場合は、犬だった。

「・・あの冷蔵庫の中には肉が入っている。犬へのご褒美用のな。でも上等な犬になると、別に肉を与える必要もない。つまり、そういう犬は自分が成すべき事を、本能的に知っていて、それが出来れば満足するし、俺が褒めてやれば更にうれしがる。と言っても犬ってのは、本来食いしん坊だから、肉を目の前にしてそれを食べなかった奴はいなかったがな。」
 里見は穏やかに、ゆっくりと喋った。

「だから、肉の用意を?」

「そうだな。、、いやちょっと違うか。ああいう黒犬みたいなのは、ざらには居ない。それに獲物を追うのは、あいつだけじゃないんだ。犬同士のネットワークというのか、そういうものが発動して、霊的な嗅覚の鋭い犬がどんどん参加してくる。なに、犬達は自分らのやってる事の意味なんか判っちゃいない。リーダーが、そうしろって言ってるからそうしてるだけだ。だが、そういう末端の犬が、獲物を見つける場合が結構あるんだ。そういう犬は自分が何をしてるかも判らないで喰うや喰わずで走り回っている。そういうのには、やっぱ人の気持ちとして褒美をやりたくなるだろう?その為の肉さ。」

「犬同士は、テレパシーみたいなもので連絡を取り合っているんですか?」

「判んねぇ。なあ、あんた、あんたは自分の力の仕組みや根源を科学的にとやらで説明できるのか?」
「出来ませんね。」

 科学的には無理だが、説明が出来ないわけではない。
 ただ、それをするつもりはなかった。
 同じような超常能力を持っていても、守門の話を理解出来るとは限らないし、多くの力の持ち主は元からそんな話を聞きたがらない。
 守門の知っている範囲では、唯一の例外は斬馬仁だけだった。

「そうだろ。でも多分、犬たちにしたって、悪魔憑きを追いかけるってのは異常事態なんじゃないかな。まあ奴らは、人間みたいに異常と普通の境目なんか、気にする事はないだろうがな。」
「、、ほんとに眠くなってきた。俺は少し寝る。」
 確かに、日はもうとっくの昔に落ちている。

「寝るって、これから行き先を、どうすればいいんです?」
「暫く走ったら元来た道を戻ればいい。出来れば、ちょっとずつずれたらいいかな。そうやって巡回しろ。これ以上進むと、犬達の捜査網から出てしまう。心配するな。その時が来たら、教えてやるよ。」

「・・これから、夢の中で、犬になって夜の街を走り回るんですね?」
「そうだ。ご名答。ほめてやるよ。」
 里見は、本当に眠ってしまった。



 数十分後に、隣のシートから車の床を蹴り付ける音がして、守門は驚いて里見を見た。
 どうやら、里見の脚が痙攣を起して、無意識に車の床を蹴りつけたようだ。
 痙攣は突発的なもののようで、もう治まっている。
 とうの里見といえば、だらしなく身体をシートに沈めたままだ。
 だが、目元に薄っすらと光が宿っている。

「・・・なあ、面白い話をしてやろうか?」
「寝てるんじゃなかったんですか?」
「今?寝てるさ。ただ、あの黒犬があんまり優秀なもんで、こういう芸当が出来る。」

 確かに里見の口は動いているのだが、目は半眼で虚ろなままだ。
 身体は、やはり助手席の中でだらしなく弛緩しきっている。
 妙な言い方だか、自分自身の身体を使った「逆口寄せ」の様なものかも知れない。

 もしかして力の弱い犬を使っている時は、里見の意識は完全にその犬に持って行かれる所が、黒犬の場合は意識を半分コチラに、残せるのだろう。
 というか、それが判って、里見がコチラに戻ってきたのだろう。
 どうもこの男、お喋りが好きなようだ。

「なら、お願いしますよ。どうも車はバイクと違って眠たくなって来る。」

「歌う鳥の会支部の発端だよ。支部って言ってるから、まるで本部が何処かの国にあって、この国のがその支店みたいに聞こえるが、そうじゃない。本部ってのは、この組織作りを、国を横断した形で呼びかけ、提唱した国って程度の意味だ。つまり、それぞれの国には歌う鳥の会の性格を持った組織なり動きが元からあったって事だな。」

「随分、詳しいですね。」

「自分の勤め先の歴史を知らない、お前さんが惚けてるのさ。」
「すいません」

「そんなお前さんでも、岩崎矢太郎の名前は知ってるだろう。」
 もちろん里見は、守門がその人物の知識を持ち合わせていないだろうと踏んでわざとそう言ったのだ。
 だが守門は、知っていた。

「明治時代の日本の実業家ですね。四菱財閥の創業者で初代総帥だ。明治の動乱期に政商として巨利を得た有名な人ですよね。」

「・・・まあ、そうだな。この岩崎矢太郎には沢山の子供がいた。世間に認知されない子も含めてな。中でも年老いてから囲い女に産ませた子を、矢太郎は大層可愛がったらしい。で、この子がある時、取り憑かれた。」

「最初は、神社仏閣を回りその手の人間たちに加持祈祷を扠せたらしいが、一向に埒が明かず困り果てていた。そんな時に、仕事関係の人間から英国人のエクソシストを紹介してもらったんだな。ものは試しってんで、お願いしたら、一発で子どもの様子が良くなった。矢太郎にしてみれば、馬鹿者ーっ、何が、お狐さまが取り憑いておるじゃ!金ばかりふんだくりおって!って感じだろうな。」

「この時、岩崎矢太郎は、悪魔祓いというものを知り、それ以降、この国におけるエクソシズムの後ろ立てになったって訳さ。あまり、歴史の表面には出て来ないが、当時の有力者達の血縁関係者には悪魔憑きがかなりの頻度で発生していたらしい。それを岩崎矢太郎のバックアップしてたエクソシストが、次々と祓って行ったらしいな。」

「そういう隠された動きが、綿々と繋がっていた裏歴史に歌う鳥の会が融合していったって訳さ。だが、そういつもいつも、悪魔憑きがあったわけじゃない。日本の、いや大抵の国がそうなんだが、歌う鳥の会ってのは、通常は大金持ちや、権力者達の裏の緊急互助会ってか、特種サロンみたいなもんだった。時には、本来の性格さえ、あやふやになっていたも知れないな。これが、今みたいにはっきりした形になったのは、第二次産業革命から第三次産業革命への過渡期なんだよ。」

「不思議なもんだな、IT革命がなんとかかんとかと、言われ出した頃から、悪魔憑き案件が急増、しかもそれが昔と違って完全に闇に潜っている。もちろん表面化しない様に、俺達やらが隠してる分もあるが、悪魔憑きそのものの見栄えが、大きく違って来てるって事が大きいんだよ。」

「へぇ、そういうのどうやって知ったんです?」
「こいつは、ウチの会長の事を調べて行く内に判ってきた副産物みたいなもんだ。」
「あっ、どっちかと言うと、僕は、その話の方を聞きたいですね。」
「、、、」
「ね、聞いてます?」

 里見は本気で眠って、いや、黒犬の所に行ってしまったらしい。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

雄牛は淫らなミルクの放出をおねだりする

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

処理中です...