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第5章 相棒 笑うAI

36: 見ざる聞かざる言わざるの電波塔

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「やはり、レッドの基本的な行動アルゴリズムは、まだ以前のままだったのだな。ただ、その時々の状況は微細に変化するし、更に、その変化に変調してしまったレッドが呼応するから、レッドの静的前提の元でしか機能できないラボでは、追跡が不可能になったということだ。私を外に連れ出したのは、大正解だったね、調査官。」

 守門がもうすこし判りやすい物言いをするように注文を付けようとした瞬間、守門の眼鏡のレンズの中にある光景の一部に、▼マークが付いた。
 ▼マークは、視界前方左の半分は整地が進みつつある剥き出しの地面が広がる区域の奥に見える鉄塔を指している。
 あの電波塔の上に、レッドがいるのか?

「いやお前が凄いんだよ。レッドを見つけ出そうと、どれだけの人間が、どれだけの時間をかけて捜査にあたっているか、」
 しかし指摘されてみれば、それ程、意外な場所ではない。
 港からは相当離れてはいるが、人造池の側にある広大な工場敷地と申し訳程度に作られた小さな市営の公園の境目に立つ電波塔、、、しかも工場敷地は現在、造成計画が頓挫していて立ち入り禁止になっている。
 怪しいと言えば怪しい場所だったが、全体的に見通しが良すぎるロケーションで、特に念入りな調査を必要としないと思わせる所が、逆に味噌だったのかも知れない。

 守門は車から降りて、再びホワイトを抱いての追跡調査に戻っていた。
 鉄塔が間近になっていた。

「上手く擬態しているが、間違いない。調査官が、私を外に連れ出したのは本当に正解だった。外見もだが、あれ程の電子的な擬態は、こちらがラボに固定されていては見破れないからね。」
 西側は人工池で、東は地面が掘り起こされ所々に基礎が出来はじめた工場造成地帯、そしてそこから少し離れた場所にある人気のない小さな公園。
 もし退魔の戦いの影響が外に及んだとしても、ここなら被害は最小で済む。
 空間転移が出来ない今の守門にとっては、戦いの場所としてここは、これ以上望みようのないロケーションだった。

「それにレッドは、自分の元のパーツが、再構成出来るギリギリの限界まで分解してそれを擬態に使っている。私のように、レッドの機器データの全てを把握しているものでなければ、あの擬態は見抜けないだろう。」
「擬態って、レッドに元からそんな機能もあったのか?」

「いやない。おそらく多機能カルビを上手く利用しているのだろう。それこそがレッドの行動が単純な暴走ではない事を示す証拠だな。レッドは今も自己進化しているんだ。」
 ますますホワイトの言い草がマーフィ博士のものに似てきた。
 守門は、鉄塔の頂上部分を見上げた。
 頂上部でボリュームのある構造物といえば、一つしかない、マンティスだ。

「ああ、、あれか、だな?レッドはマンティスに化けたのか。設定された当時は、文字通りカマキリの卵みたいで気持ち悪いとか、一時、騒がれていたが、、」
 Mantisは、地方に点在する古い電波塔に、後付で取り付けられた電波制御装置だ。
 その形状デザインに、どういうわけか有機的な要素が含まれおり、外見上のウケが悪かった。
 しかし、このMantisのお陰で、電波の通信チャンネルが安定増加して幾つかの業者が息を吹き返したのだ。
 そしてMantisの形状が騒がれたのも、ほんの一時の事だった。
 公共の電波や設備は日常に不可欠であり、何時までもその存在を云々する人間はいない。

「擬態は、マンティスそのものというより、マンティスとその周辺の鉄鋼建材とかの背景にも自分の身体を展開して上手く溶け込ませている。だが、見る人間が見て、写真等で厳密に照合すれば、すぐにバレる。実は、レッドが上手くやったのは、そこだ。誰も注目しないものに化けた。マンティスなど、故障が起こらない限り、誰も見向きもしない。あれは日常にとけ込んでいるという以上に、人間が無意識に目を逸らさせてしまう要素があるからね。ゴキブリに興味があって、じっくり観察しようとする人間がいないのと同じだね。あんなものは、誰も注視したくはないんだ。そして目を逸らしているという事さえ意識させない。」

 電波塔の先端部分より少し下にある格子部分の内側に巣くったマンティスを映し出している守門の眼鏡の内側が、二つの画面に分割され、元のマンティスと今のマンティスの姿が比較される。
 ホワイトが守門のために、眼鏡ディスプレイを操作したのだろう。
 レッドが擬態したマンティスの方が明らかに少し大きく、部分的には差異があるのだが、雰囲気はそっくりで、その気で見なければ二つが違うモノとは気づかない。

「うむ、刑事たちも地面に何か証拠が落ちていないかと、地面ばかりみているからね。」
「証拠が地面に落ちているのか?今、初めて知った。私は地面に落ちているのは、犬の糞だと思っていた。」
「今のは、あまり笑えないな。それに最近じゃ、地面に落ちてる犬の糞自体が珍しいんだぜ。」

 守門は電波塔の根本を囲んでいる鉄網フェンスの側まで到着した。
 近くで見ると、電波塔は結構大きな構造物だった。

「ところでお前、ここで知る事になる僕の能力について、他言しないと約束してくれるか?」
「・・そういう事なら、先に現状を教えておこう。現在の所、開示はされていないが、我々の会話は、すでにずっと前から記録されているよ。」
「盗聴されているのか!」
 守門は思わず、鉄扉に掛かっていた錠を解除している手を止めた。

「ラボの研究者達は、盗聴内容の開示を望んでいるようだ。今でも、しきりに接触がある。しかしそちら側は、ブロックされている。私の持つ情報を取得できる権限者は、限られているからね。」
「それは、誰か判るか?」
「驚くべき事だ。君はそれを知らないのか?君の所属する組織の長ではないか。私が知り得る最終的な情報の所有者は、歌う鳥の会会長だ。そのことは、私自身にイニシャルされている。」
「、、、、。」

 このホワイトの新しい身体もホワイト自体も、ラボあるいは国の所有物だというのに、それによって得られた情報は、鳥の会の独占物なのか!歌う鳥の会の力は、どこまで及ぶのだろう!
 今まで何度も味わって来た感覚だが、これには未だに慣れなかった。
 守門は難しい顔をして、錠を解除するのに使った万能キーをポケットになおすと扉を内側からしめ直した。

 どうする?一番知られたくない相手に、自分の能力の秘密の一端を知られてしまう。
 守門の具体的な力の発動は、かっての退魔ペアであった斑尾でさえ間近で見たことがないのだ。
 守門の発動する力は、他の戦闘的エクソシスト達のような、宗教性や神秘性の色合いが殆どない。
 鳥の会が、それを間近に見た時、守門を今まで通り扱うだろうか?
 それ以上に、守門は自分の力の実体を、鳥の会に知られたくなかった。
 なら、此処でのレッドとの対決は諦めるか?

「だが、調査官が望めば、私に与えられた条件判断と合致する場合、私の一部の情報は削除できる。緊急時における情報漏洩の危機回避の為の保険がかけてあるのだ。当事者判断でそれを執行できる。調査過程時なら可能だ。それを使えば良い。」
 又、ホワイトは守門の表情を読み取ったようだ。

「何故、そんなことを、僕に教えてくれる?」
「妙な事を聞くな。教えなければ、それを実行も出来ないだろう。調査官は当事者だ。」
「話の順番が違うんだが、、。それに条件判断と合致しない時は、、」

 ホワイトのこの口振りでは、「ワザと間違えて」、僕に「協力」しようとしている?
 それは恐ろしく人間的な技巧で、人工知能には難しい思考の道筋の筈だ。
 もしこの変化が知性習得の過程なら、それは恐ろしいほどのスピードだった。
 シンギュラリティは、間近に、そして身近に迫っているのだ。

「条件判断の問題ね、心配するな、なんとでもなる。私がこの身体で立ち上げられた目的はただ一つだ。調査官に協力をして、レッドの行方を特定する。それ以外はない。」

 「パンドラの鎧」を、外骨格化して筋力のアップのみならず身体の動きを補正し、より戦闘能力を高める。
 これを既存の兵器などの物理的なものでやるならば、鳥の会に知れても問題はない。
 しかし守門の鎧は、物理的なものではない。
 宗教上の神からの贈り物でもない。

 観察者として申し分のないホワイトと組んでいて、これを単に神秘的なエクソシストの力として、素通りさせるのは難しいだろう。
 鳥の会と契約している戦闘的エクソシストで、守門の力に匹敵する力を持つ人物は、国内外を問わないなら数人存在するが、彼らは皆「神の使い」として周囲から認められている。
 つまり、言い方を変えると、彼らは自らの力の源泉を全く理解しておらず、周囲も信仰的な立場で、彼らの存在を認め、彼らの力を科学的に解明しようとは思っていない。

 だが「パンドラの鎧」は、神の力としてはテクニカル過ぎ、人の技術としては、理解の域を遥かに超え過ぎている。
 人は貪欲だ。
 そこに神の姿が見えない時は、それをずけずけと手に入れようとする。
 したがって鎧の力は、人に知られてはならない。

 知られても、その力に人間の手が届く事は金輪際ないが、その構造の片鱗くらいは見えるだろう。
 人が、それを生み出した空絶の世界の存在を知った時、人は己の存在に夢を持ち続けれるのか絶望するのか、、。
 しかし目の前にいる、人が作り出した知性は、守門の秘密を守ってやると言っているのだ。
 考えて見れば、不思議な話だった。
 この守門の沈黙を、ホワイトがどう見て取ったのか、ホワイトは決定的な言葉を放った。

「それに私が調査官に協力する理由がもう一つある。それは調査官に重なって存在している守護霊が魅力的だからだ。とてもチャーミングな女性だね。いつか、彼女を私に紹介してくれたまえ、」
 小夏か?この新知性には、こちら側の世界では決して見えない筈の小夏の姿が見えているんだ!
 あのリーディングルームで、読み取られた自分の情報の中に、「小夏」が入っていたとしか考えられなかった。

「これから鉄塔に登るぞ!君を連れて行っていいか?」
 鳥の会は信用できないが、ホワイトは信用出る、守門はそう思った。

「当然だ。何故、そんな事を聞く。」
 守門は、非常用の簡易昇降機が取り付けられてあるタラップには目もくれず、マンティスの死角になるだろうと思える鉄骨の基盤部分に取り付いた。

「あるなら安全ベルトを締めた方がいいぞ。抱っこ紐では心元ない」
「なら、お言葉に甘えて。」
 ホワイトがそういった途端に、赤ん坊を包んでいるパッケージ部分の数カ所から、太いテグスのようなものが数本飛び出し、守門の上半身を1周して元の位置に収まった。

「大丈夫か?窮屈じゃないか?」
 守門はそのホワイトの物言いに、思わず声を出して笑った。
「なぜ、笑う?」
「おまえ、知ってるか?親を心配してくれる赤ん坊って珍しいんだぜ、」





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