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第4章 O・RO・T・I

17: 五秒ラボ

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 鉄山と別れた守門は、湖の湖畔に建てられた美術館の中にいた。
 この市営美術館は、地元出身の芸術家の作品をコレクションしており、入館料も破格に安いが、その立派な器に対して中身に見応えがないという、バランスの悪さがかえって客足を遠のかせていた。
 つまり「壮大な税金の無駄遣い」のはずだが、その実体は国家収入の何割かを生み出す軍事産業部門の心臓部だった。

 ラボ内部へは、作品搬入を表向きの目的とした裏口を使うのだが、こちらの方が、美術館の正門より、はるかに間取りが広く警備が厳重だった。
 その裏口を経由し、今、守門が立っている場所に辿り着くまで、守門はどれほどのチェックを受けただろうか。
 そして、ようやく守門は、地上の美術館敷地面積の10倍以上の広大な広がりを持つ地下空間の入り口を目の辺りにすることが出来た。

 勿論、その実体は国防上の秘密として一切、公にはされていない。
 ノイジーが逃げ出した施設が、実質的には医療ラボと言うより、秘密重視のサイ・ファクトリーなら、こちらは結果重視のロボ・ファクトリーと言えた。
 又、鳥の会の本部が、副都心の一等地にあるモダンで洒落た画廊だという事を考え合わせると、これらの符号の一致は、何かの悪い冗談ではないかと守門には思えた。

 そして守門はこれから行う調査活動を、、、「そういったものは、赤座達のような本職に任せるべきではないか」と疑問に感じつつ、本部には本部の思惑があるのだろうと、あまり気乗りしないままその命令に従っていた。
 だがいずれにしても、空間転移と共に多次元を俯瞰する能力が失われた今の守門に出来ることは限られている。

 赤座からの吉報を、ただ座って持っているだけなら、悪魔に取り憑かれたというロボットの事をより深く理解しておくことは、有益な時間の使い方なのかもと思えた。
 今度の事件についての「悪魔憑きロボット」という前提を、根本から疑っているのは、他ならぬ守門自身だったからだ。

 本部からは、ラボ到着後は、ラボ所属のロボットテクノロジーコンサルタントの能都聡子と面談せよと指示を受けていた。
 彼女が守門のサポートをするだろうと。
 今回の自分の肩書きは、政府がラボに派遣した臨時調査官だから、その肩書きからみて「普通なら研究所長クラスが対応にあたる筈なのだが」と、守門は訝っていた。
 しかし歌う鳥の会の段取りは、恐ろしく実践的な事を守門は身に染みて知っていた。
 したがって、その人選にも何か意味がある筈だった。

 そしてもう一つ。
 守門は今回の調査活動で、所長の五秒に会える事を密かな楽しみにしていた。
 自律型ヒューマンタイプロボット研究の第一人者・五秒大悟。
 国内の超頭脳集団を纏め上げ、彼が一体のロボットを作り上げる様を指して、スパーコンダクター五秒と人々に言わしめた人物だ。
 五秒は、兵器産業と関わっていなければ、この国で最も有能で、知性的な人物として評価され光り輝いている筈の人物だったのだ。


「随分、お若いのですね。政府が今回の件で特別に派遣された調査官とお聞きしていましたから、もっと厳つくて、お年を召した方かと。それに、お一人ですし。」
「それは、私も同じです。一番の適任者を指名したと聞きましたから。それがこれほど、お若くて美しいとは。」
 守門はこう言うことを照れもなく、すんなりと言える。

 実際、能都聡子は質素な印象だが、美しい女性だった。
 30代半ば、落ち着いた色気がある。
 フレームレスの眼鏡を掛けているが、強い度が入っている様には見えない。
 かといって伊達眼鏡を掛けるような人柄でもなさそうで、おそらく微弱な視力の弱さを補正する為に、それをかけているのだろう。
 自分の顔の見栄えより、きっちり見える視力を優先する、そんな女性なのかも知れない。
 そして白衣に包まれていて定かではないが、胸元や足下を見る限り意外に彼女は豊満な身体の持ち主のようでもあった。

 もちろん、彼女を「若い」と言ったのは、こういった職業に付く人間に対しての守門の先入観に基づく、相対的な物言いだ。
 口説き文句ではない、守門は美に対して素直な反応を示すのだ。
 それは聖職者であった守門の父親の育て方が影響しているようだった。
 そこに裏がないから、言われた方もその言葉を悪気なく受け止めざるを得ない。

「私一人という人数は、政府中枢が、あなた方を信用している証ですよ。あなた方に強い疑惑を抱いているなら、ここにはもっと大勢で押しかけている。それだけの事件でしたからね。それに調査と言っても、秘密を暴き立てるという様なものではない。新公安警察調査室などが、失踪した機体を追跡する上で、何か参考になる事があればという事で、お伺いしているだけです。」
 新公安警察調査室という具体名は口からの出まかせだったが、身分を詐称している訳ではない。
 それは「歌う鳥の会」が、守門の為に用意した幾つもの「身分・所属」の一つだった。
 新公安警察調査室や、政府の然るべき部署に問い合わせれば、守門の名が本当に確認できる。
 ただ、その職務の実態がないだけだ。

「わかりました。貴方が当ラボに求めておられる案内役のイメージは、科学者然とした人物なのですね。研究所長には、後ほどお引き合わせします。でも貴方にとっての適任者は、やはり私で間違いないと思いますよ。」
 初対面の挨拶にしては、なんとも奇妙なジャブの応酬を含んだ会話だった。

 能都の案内で、ラボ内を歩いていた守門は、1メートル程の高さの筐体を、簡易フォークリフトに載せて移動している白衣の中年男に出会くわした。
 首からぶら下げられているカードを見ると、慎二・マーフィと読めた。
 肩書きからすると、技術職ではなく、博士らしい。

「これは調査官。これからエリア51のご見学ですかな?」
 白衣の男が、フォークリフトのスピードを落として、そんな声掛けをしてくる。
 小太りな身体、その上に乗っかった肌の白い赤鼻の顔と口髭が、何故かクリスマスのサンタクロースを思い出させる男性だ。
 守門の調査官としてのラボ来訪は、既に職員達には知れ渡っているらしい。
 それは、この男に限らず、今まですれ違って来た人間達の様子でわかっていた。
 しかしここまで開けすけに、声を掛けられたのは始めてだった。

 だが、白衣の男は、守門の隣にいる能都の自分に向けられた厳しい表情に気づいたのか、肩を竦めながらそそくさと簡易フォークリフトを移動させて、この場を退散してしまった。
 その背中を見ながら、『彼がサンタクロースなら、あのフォークリフトがトナカイか、、。』と、男から浮かんでくる突拍子もないイメージを追い払いながら、守門は能都に訪ねた。

「エリア51とはなんのことを言っているのですか?」
「エリア51ですか、、。口の悪い冗談ですが、他に何人かの職員も、これからご案内する格納ブロックのことを、そう呼んでいますね。」
「、、ああ、やはり宇宙人とかが閉じ込められているという某国の砂漠にある空軍基地のことなんですね。おそらく、それはこれからご案内いただける場所の雰囲気を表現しているわけだ。で、さっきの人物は?」

「マーフィ博士。自律型ロボットや人工知能関連では右に出る者がいないインターフェース部門の権威ですわ。でもRSST_40112のプロジェクトには、余り深く関わっていません。博士の主義主張とプロジェクトの趣旨とはズレがありますからね。それにちょっと陽気過ぎる。はっきり言って彼は躁鬱症です。もし、博士を正式なメンバーに加えていたらプロジェクトは、そのスケジュール管理に大きな問題を生じさせてたことでしょうね。」
 一介のロボットテクノロジーコンサルタントが、科学者に対して口にするには、結構、厳しい人物評だった。


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