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第3章 ベイギャング達の死

13: ファテマカテゴリー2

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「製造元が、なぜロボットの機能停止に拘るかだって?それは、あいつが自律型戦闘用ロボットだからだよ。電源問題に関して言えば、傘男君が言った事などは、もうとっくの昔に克服し終えていて、今はオーバースペックなくらいだそうだ。問題は、人工知能搭載、、だからこそ、人間が完全にロボットを制御下におく必要がある。物理的にもだ。それとあれがハックされた場合に備えてとかな。任務を終えて帰還したロボットを格納先の基地内で暴れさせるとか、色んな事が出来るらしい。実際、前の世代のロボットでは、そういった事例に悩まされているんだとよ。」
 赤座は既に、この事件の外回りの事を、ずいぶん調べ上げているらしい。

「・・・国連が標準で使ってる第三世代の人型ロボットの事ですか。あれ、バージョンアップしたのを、兵器として他の国も使ってますよね。、、、設計とビルドアップはこの国のものだ。」と守門が言いにくそうに言った。

「自分らの国が、ロボット軍事産業に手を染めているのは公然の秘密だ。その表面を平和貢献だとか、妙な理屈を付けてなんとか、やり繰りをしてるけどな。実際、この国は長い間、平和主義を守ってきたんだ。だから後発の軍事産業進出では世界に遅れを取っている。この国の入り込む隙はAI搭載のロボット分野しかなかった。それもデカいのじゃなくて、破壊工作を得意とするような、小回りの効くやつだ。しかし国内向けには、戦争目的まるわかりの戦車やジェット戦闘機ではなかった事が、この国の軍事産業参入を誤魔化す際に、逆に幸いしたって事だな。」

「、、ロボットも、人を殺してる数は戦車やジェット機に引けをとってませんよ。しかもロボットは市街戦とかがメインだ。あれを投入された国は、むしろ戦車なんかよりずっと、ロボットの方を憎んでる。アイメーナで投入されたものなんかは、完全なテロ兵器でしかない。世界中の反戦運動で、裏で隠れてロボットを生産してる国を公表させ、生産を停止させろって動きがずっと続いてる。実際、製造してるのは多国籍企業だなんて言い逃れの仮面は、もう剥がれかけてるでしょ。実体で言えば、開発も製造も、その殆どが、この国だ。」

 個人の政治的な立場や思いなど、赤座の様な職業の人間に主張しても仕方がなかったし、守門自体もそういう位置づけに近い仕事をしていた。
 がそれでも守門は、この現状に触れざるを得なかった。

「・・・そのロボットが、一方では、複雑で困難な救出活動をこなしてるのも事実だろ?この国が正面切って他国に対し、破壊工作用にとロボットを売り込んだことは一度もないんだ。みんなそれで良しとして、目をつむっている。、、だが身内の民間人が、そのロボットで大量に殺されるといったような決定的な事実が出たら、このバランスは崩れる。今の野党は、調子づいてるから、これをテコにして政権を奪取しようと目論んでも不思議じやない。」

 不思議ではないというレベルではなく、手ぐすねを引いて待っている筈だった。
 噂話では、現野党にも、具体的で強力な新しい経済対策の準備が整いつつあるらしい。
 そこに反戦平和の旗印が加われば、それは彼らの強力な武器になる。
 だが、今はもう国家の基幹と言えるほどに成長しつつある軍事産業からの離脱と転換、それが成功するかどうかは判らない。
 しかしその事は野党に取っての大きな問題ではないのだ。
 要は、彼らにしても政権が自分たちの手に入ればそれで良いのだから。

「あれやこれやがあって、政府のお偉方は、この事件を出来れば大事にならない内に処理してしまいたいんだ。それに一番良いのは、あれを壊さないで、暴走だけを止めて回収する事だ。悪魔が憑いての暴走なら、積み上げられてきた技術自体には、なんら問題はないんだからな。悪魔に憑かれるのが怖いからと言って、人間が人間を殺してまわったりしないのと同じ理屈だ。」

「、、それで僕が借り出されたのか。、、確かに僕は、人間に悪魔が憑いたら祓魔はします。その人を救うために、悪魔を落とす。でも悪魔を祓う為に、その人を殺したりはしない。そういうルールでやって来た。だけど相手はロボットですよ。しかも悪魔憑きだなんて。」

「いや、上がたまたま悪魔憑きと認定したから、お前やこちらにおはちが回ってきたと言うことだろうな。上にとっては、悪魔憑きかどうかなんて、その事自体は、重要じゃないんだよ。そうじゃなかったら、違う人間が、この仕事をやってたろう。もしあのロボットが流行病にかかっていると仮定するのが都合良ければ、ロボット医者の出番だった。まあそういうのが、いればの話だが。」
 赤座には、自分が置かれた立場を楽しむ様な余裕があるようだった。
 ピエロの余裕だ。
 むろんそれは、ロボットによって殺されたのが極悪な犯罪者集団だったからだろうが。

「それにな、上の思惑は知らんが、自分が思うに、この事件の一番の問題点は、政治的な側面の大きさより、人工知能が悪魔憑きにあったという事実そのものだろうな。人工知能ったって、元はコンピューター上を走ってるプログラムに過ぎない。それが悪魔に乗っ取られる。つまり悪魔がその気になれば、普通のプログラムにだって、手出ししてくる可能性が大いにあり得るってことだろう?そんな部分に食い込まれたら、自分らの生活している社会自体が危なくなる。それどころか、核弾頭ミサイル軍備を制御しているプログラムに入られたら、一巻の終わりだ。・・最近の超常現象の発生率から考えると、これは恐ろしく危ない状況なんだよ。」

 赤座が指摘した危惧は、守門が今まで余り考えた事のない、社会と文明に関する「カテゴリーファテマ2」の問題だった。
 つまり大雑把に言えば、悪魔の存在が人間社会全体に及ぼす影響のことだ。
 もっとも、それは守門の現実的な感覚論で、ある意味、守門は悪魔祓いを通して、常に人間存在に関わる「ファテマ2」の課題に晒され続けていたのだが、、。

「だが、これを祓えれば、希望は残る。ロボットに残ったデータが解析出来るかも知れないからな。人間じゃ無理だが、人工知能なら悪魔に取り憑かれないように、もう一度作り直すことだってできる筈だ。つまり第二、第三の悪魔憑きロボット、いや超常的な力の影響を、あらゆるプログラム類から排除できる。それって大切な事だろ?」

 守門は驚いたように、赤座の顔を見た。
 この人は、こんな事を言う人だったろうか?
 初めて一緒に悪魔憑き事件を解決した時とは、随分、様子が違う。
 いやそれだけ、悪魔憑きに関わる事件に、この人が携わって来たからなのだろう、。

 警官として悪魔憑きに関わるのと、自分の様にエクソシストとして関わるのでは根本的に意味が違う。
 彼らは法に照らして善悪を問うが、エクソシストには、基本的に善悪の問題は関係ない。
 宗教的エクソシストではない守門の場合は特にそうだ。
 警官と契約エクソシスト。
 社会正義を貫き、人々全体の生活を守る職についた赤座と、個人の生の尊厳を守る為に活動する守門とは、職業意識が根本的に違うのだ。

「でも赤座さん。それには悪魔憑きの科学的な解明が必要ですよ。科学者と言われる人達は、悪魔憑き自体を疑ってかかっているのに、そんな努力をする筈がない。」
「ところがそうでもないんだよ。さっき自分は、自分らが別件で網を張っていたと言ったよな。実は、少し前から、この手の情報が、歌う鳥の会から警察に与えられていたんだ。つまり、その時点で歌う鳥の会は、ある政府研究機関から内々でロボットの悪魔祓いの依頼を受けていたんだよ。」

「その依頼元の研究機関が、あのロボットを作った、、、」
「人工知能を搭載した第4世代のロボットが悪魔に取り憑かれました。なんとかして下さい。ってな。自分なんかは、それ聞いて笑ってしまいそうになったぜ。」
 一旦は悪戯ぽく顔をしかめて見せたが、赤座は再び真顔になると話を続けた。

「研究室からロボットが逃げ出した。そりゃ、研究所もありとあらゆる可能性を検討したんだろうな。で科学者さん達は、最後に一つの結論に達した。自分達としては、死んでも認めたくないが、状況からして、これは俗に言う悪魔憑きだと。警察に限らず、悪魔憑き関係の大きな事例は、歌う鳥の会を通じて、秘密裏に各界の上部階層に行き渡っていて、それぞれのトップ連中には、既に悪魔実存のある程度の共通認識は出来ているそうだ。」
 悪魔存在を信じる社会的実力者達が大勢いる、、、この表だって社会には現れない現状については、守門も今の仕事に付いた時に初めて知った。
 言い方を変えると、ファテマ案件に該当する現象が、それ程に、多発化しつつあるという事でもある。

「まあ歌う鳥の会はフリーメイソンリーみたいな組織だからな。有力者層への浸透率は高いんだろうよ。ラボの連中も、色々と外部に助けを求める内に、そのレベルに辿り着いたらしい。逆に、プログラム暴走ならまだ良かったのに、という皮肉な声が内部から上がったそうだよ。でもまあ、昔ならそれを受け止める方も、お前達ついに狂ったか?そう言って、それで話は終わりだ。だが、実際は昔と違って歌う鳥の会みたいな受け皿があり、最近頻繁に起こっている超常現象も手伝って、その科学者達の助けを求める声が、こうやって取り上げられたってわけだ。」

 どうやら、赤座ら警察の「悪魔憑きロボット犯行説」の第一根拠は、この科学者たちの言質にあるようだった。
 ならば逆に、科学者達が、プログラム暴走の果ての大量殺人という責任から逃れる為に、最近頻繁に起こっている悪魔憑き現象に、罪を転嫁しようと画策した可能性はないのか?と守門は思った。
 つまり守門には、そこまでの話を聞いても、あの映像と現場の印象だけでは、未だにロボットの悪魔憑きという判断が下せなかったのである。



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