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第2章 悪魔を狩る刑事達
10: 入り乱れる思惑
しおりを挟む赤座の周囲の男達の姿が消えてから、直ぐに、入れ替わるように彼らの元に一人の女性が走り込んできた。
「主任、例のモノ、手に入れて来ました。これ。」
赤座が差し出す手のひらに、その女性が素早くスティック状の物を落とし込んだ。
「おお、すまんな、」
手渡された物を自分の胸ポケットにしまい込む赤座の手際の速さ不自然さは、どちらかというと刑事よりも犯罪者じみていた。
だがそれを見とがめるよりも守門は、突然現れたこの女性の美しさに目を奪われていた。
地味なダークグレーのスーツパンツ姿の女性刑事、、化粧もしていない。
だがそれらの装いも、彼女の容貌の華やかさを、覆いようがなかったようだ。
ショートカットヘアにピッタリ収まった小さな顔の中で、大きな目が生気に満ちて輝いている。
「主任、紹介してくれませんか。折角、お会いできたんだから、」
守門は心臓が高まるのを覚えた。
目の前にいる女性は、生前の小夏そっくりだったからである。
顔が瓜二つと言えば嘘になるが、その存在感がそっくりだった。
実は小夏と生き別れた双子の片割れです、と言っても通用しそうだ。
刑事が務まるような女性なのだから、おそらく性格も小夏とは違うのだろうが、それでも小夏そっくり、いや別の環境への小夏の生まれ変わりと言った表現が、ピッタリの女性だった。
「ああ、この女性はテツザン ヒビキ 鉄の山と書いてテツザンと読みます、鉄山響。ウチの所属ですよ。先に言ったでしょう、もう一人のウチのエース。」
赤座は守門に片目をつむって見せる。
そう紹介された鉄山の笑顔は輝くばかりだ。
「この方は、雨降野守門さん。時には鉄山、お前の上司になる人だな。」
「と言うことは、今はまだ部外者だから、私、雨降野さんには歳相応にタメ口を叩けるんですよね?」と鉄山が笑顔のまま言った。
小夏に、もしこの笑顔があればと、守門の胸が微かにいたんだ。
「僕もコードFが、ずっと出ないことを願っていますよ。」
そう言って守門は右手を差し出した。
「光栄です。主任が、常々自慢してらしたエクソシストとお会いできるなんて。」
鉄山の手は見た目よりも、しっかりしていて固かった。
「じゃ、私はこれで。もう一度、現場を見ときます。話じゃ、そろそろたたみに入るそうですから。」
鉄山響がフェンスの向こうに消えるのを見て、守門が心配そうに言った。
「大丈夫なんでしようか?あの人。いくら刑事と言っても、あの現場は酷すぎる。」
移動を始めた赤座について行きながら、守門は何気なくそう言った。
あの人と言ったのは、もちろん「あの女の人は」の意味だ。
「ん、惚れたか?だが彼女はやめて置くんだな。見た目通りの女じゃない。」
「そんな意味じゃないですよ、ディーンさんじゃあるまいし。本当に心配してるんですよ。普通の人間なら刑事でも、あんな場所5分と持たない。」
「大丈夫、あの現場は、二度目だからな。いや一回目の時だって、鉄山は平然としてたよ。自分は吐きかけたが、彼女の手前、我慢したくらいなんだ。・・・彼女の見た目には誰もが騙される。」
「え、二度目?って何です。これが初動捜査だと、さっきはそんな口振りでしたが?」
自分の中で引っ掛かっている事が、何なのか、その正体にやっと気がついて、守門は赤座にそれを問いただした。
守門はもう先ほどの女性の事など忘れていた。
守門は女性に対しての興味が長く続かないのだ。
過去の小夏との関係において、その思いの大部分を使い果たしていたのかも知れなかった。
「ああ、二度目の意味な。実を言うと、事件の通報があって、ちょうど他の件で網を張っていた自分たちが一番最初にここに駆けつけたんだよ。管轄を無視してな。今までの警察の動きとは違う。そういう対処のネットワークがもう出来上がりつつあるんだよ。」
赤座は少しバツの悪そうな表情を見せた。
「一番に自分、自分の召集を受けて、二番手にここに駆けつけたのが彼女。彼女は遠い管轄区にいたが、ここに移動する為にヘリを狩り出したようだ。ヘリだぞ、ヘリ。それでさっきの岸壁に降りて来やがった。いくら権限があっても、それを使うのには度胸がいる。二十歳そこそこの小娘だ。それだけでも凄い。あの吉住は間に合わず、自分たちの持ち時間には参加出来なかったが、奴が駄目なわけじゃない。吉住のフットワークには定評があるんだ。彼女が凄いんだよ。ガッツがある。」
赤座が本当に感心してるように目を回した。
「彼女のことはいいんです。話をそっちに振らないでください、僕が聞きたいのは、二度目、の方ですよ。ディーンさんは最初、僕に、ワザとここは初めてみたいな言い方をしてた。何か他に色々と隠しているんでしょ?」
「・・・そうか、仕方ないな。まあそんなワケで、一度目には鑑識もいわゆる旧来の警察組織も、ここには来てない。ホントの最初の検分は自分と鉄山だけでやった。自分らの好きなようにな。自分たちの場合は、そうやっていい仕組みになっているんだ。」
この件について赤座はあまり話をしたくなかったようだ。
回数の誤魔化しではなく、「一回目」と、「二回目」の間に、公にしくい、何かがあったのだろう。
「正確には、実際のスタートは、一般人からの通報を受けたパトロール警官から始まっているんだがね。一番最初の報告時に、彼がこの事案をDラインに乗っけた。その警官の咄嗟の判断に感謝しないといけないな。表彰もんだよ。普段からオカルトに興味があるマニアックな警官だそうだが、彼がいなけりゃ、今頃、事態はグチャグチャになってた筈だ。色々あるんだよ、色々な。」
「Dラインね、、デッド、デンジャー、デンジャラス、何となく判ります。ずいぶん警察も、複雑な事をやるようになったんですね。、、というか、僕には赤座さん達が自分たちの特権を利用して、警察内部で割り込みや、横車を押しまくっているように見えますが。」
守門は、非難の色を出さないように、軽めの感想をもらした。
守門の警察に対する常識は、昔のままで止まっている。
赤座らが置かれた立場も判らず、批判しても仕方がない。
「ああその通り。だが、こう言うごり押し部分を、ウチらに移植したのは、歌う鳥の会だぜ。」
守門は、鳥の会の斑尾の事を思い出したが、それは口には出さなかった。
「自分も正直言うと、オカルト専門刑事とか冗談で言われていた頃が懐かしいんだよ。この仕事、なんでも自由に出来るように見えて、実は気を遣いぱなしなんだぜ。本音で言うと、好きでこういう現場に一番乗りになりたいわけじゃないんだ。・・さあ、あれが自分の移動オフィスだ。話の続きは、あっちで話そう。」
数メートル先の建物の陰に、黒塗りの短いボンネットタイプのフルサイズバンが停車していた。
「陸のクルーザーか、、、車の趣味も変わったんですか?」
「バカを言え。こんな無骨なのは、自分の趣味じゃねぇっ、こんなのにイイ女が乗りたがるか?警察からの特別官給車だよ。」
「さあ、乗った。」
「凄いですね。車の中とは思えない。」
守門は車の後部を覗き込んでそう言った。
「通信装置から諜報用機器と何でもござれだ。でもこの車の一番凄いのは機密性だろうな。外部からの盗聴透視が効かない。だから、自分達は聞かれちゃやばい相談事は、何でもここでやる。」
「その、自分達に、僕も入っているんですか?」
「もちろんだ。」
そう言いながら赤座は、先ほど女性刑事から手渡されたメモリーをポケットから取り出し、自分の目の前の位置で軽く振ってみせた。
そして呟くように、赤座は「これを見ても怒るなよ。いやきっと傘男君は怒るよな。」と言った。
守門には、その意味が判らず、戸惑うばかりだった。
「・・実言うと、犯人はもう分かっている。あの忌まわしい犯行の詳細も、きっちりここに記録されてる。すまなかった。」
赤座が頭を下げた。
「さっきは、傘男君のエクソシストとして現場での見立てを、改めてしてもらったことになる。その事で自分が言ってきた事は、全部本音だ、嘘じゃない。前の時も、この方法でやっただろう?ぶっつけ本番。試した訳じゃない。」
こういう時の赤座は憎めない。
というよりも、魅力が増すといって良いほどだ。
これで何度も女性をおとしている。
「いや、前の時は半分、傘男を試したか?だが、今回は違うぞ。これを見ちまうと、圧倒されて働く勘もなにもかも吹っ飛んじまう。これに限らず、自分らの縄張りでは、そういうヤマが結構あるんだよ。それに映像が全てじゃない。真実はそんなに簡単には見えはしないんだ。俺達は、現場での最初の直感を一番大切にしてる。そのう、何て言うんだろな、こちらが真摯に現場に向かい会えば現場が教えてくれるものがあるんだよ。何かをな。それが最後に、形になる。」
それらの言葉は、守門にというより、赤座の声に出した自問自答のように思えた。
「・・そんなっ、、それは別に構いません。、、が、」
守門は自分の思いを飲み込んだ。
答えが判っているのに、その答えを守門が、どう考えるのかを試されたのだ。
怒っても良いような気がしたが、そうならなかった。
例え、赤座に試されたとしても、多分、この件に関しての関わりは、今の自分よりも赤座の思いの方が強い、とそう思えたからだ。
しかし、既に犯人が分かっているなら、、、。
警察内の広域捜査特殊犯罪班の立ち位置がよく把握出来ていない守門には、赤座の今のこのやり方は、理解出来なかった。
「犯人が判ってるって、他の警察の人たちは、それを知っているんですか?」
その問いに、車のコンソールにメディアを飲み込ませてディーンが答えた。
「いや伏せてある。だから皆はこの事実にたどり着くまで、もう少し時間がかかるだろう。その時間が大切なのさ。その間に、自分たちは、色々な細工ができる。それが普通の事件の扱いと、この件が大きく違うところだ。」
「同じ警察なのに!その間に、大変な事が起こったらどうするんですか!それに自分たちの細工って、そこには、僕ら以外の、己の利害の為だけに動いてる連中の事も含まれているんでしょ!?」
今度ばかりは、赤座の言い分に、とうとう守門の正直な気持ちが言葉になって出た。
赤座にも、一瞬だが苦い表情がよぎった。
赤座は動き始めた映像に、一時停止をかけて言った。
「複雑なんだよ。最初に自分は、この部署は歌う鳥の会との連携のために作られたと言ったが、起ち上げの推進力になったのは、警察のお偉方だ。前のコードFの発令時に、鳥の会がやった警察へのゴリ押しに、業を煮やした幹部連中の意地だよ。なめるなよ、我々もやる気になったら、汚いものはいくらでも飲み込んで事を運べるぞっ、てわけだ。上の連中は、この件に関しては、法律を曲げてでもやりきるつもりで居る。だが、彼らのメンツは下の人間には共有できていない。上の者と下の者とでは、警官としてのプライドのあり方が違うんだよ。そのねじれを、現場で全部背負っているのが、自分たちなんだよ。」
赤座が真顔で言った。
「それにさっき、利害がなんとかと言ったよな。だから自分にどうしろってんだ?自分がそれをなんとか出来ると思ってるのか?最初に自分たちが、この映像を見つけたから、辛うじてこういう展開になってるんだぜ。違ってたら、もっと酷かったのかも知れんのだ。現に、最初に自分らが現場で見つけたメモリは、お偉い方に掻っ攫われてしまってる。今のコードF事案ってのは、ある側面では権力闘争の道具になっているんだ。鉄山が奪い返して来たのは、そのコピーだよ。」
ポーズを掛けられたディスプレイ画面の中央で、大きく腕を上げた髭面の男が凍りついていた。
ポッカリ開いた口が空虚に見えた。
まるで赤座さんを責めている僕みたいだ。と守門は思った。
「それにこの記録がなくても、自分ら警察は、おおよその犯人像を絞り込めているし、それは的を外しちゃいない。警察は優秀なんだよ。だから、捜索活動自体の大勢には支障ない。と言うより、例え、犯人が分かっていたとしても、奴の行方は、そう簡単に分からないだろうしな、、。」
いつまでも感情を引きずらない赤座の大人ぶりに、守門はまた救われたようだ。
「行方が簡単には判らないって、どういう事です?」
「内調を初めとして既に色々な組織が、この映像を元に、それぞれの思惑で独自に捜索活動にはいっている。やってる事は、警察と同じで、自分らの仲間内には広めないで、あるセクションだけがやる隠密捜査だ。領海の海の底まで浚ってる組織もある。傘男君が・・自分らの部署を、警察の一部と認めないんなら、出遅れているのは皮肉なことに、唯一、犯人の逮捕権を持っている筈の警察だけって事になるな。、、が、みんな手を焼いている。、、皆目、犯人の足取りをつかめていないそうだ。、、だが自分らには、傘男がいる。」
「色々な組織がバラバラに隠密捜査って、どうしてそんな周りくどい事を。」
「そのワケは、この記録を見てから、ゆっくり教えてやるよ。そのほうが、お前も納得出来るだろう。」
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