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第1章 新たな任務

04: 突風と不夜城、そして次元移動イデアスーツ

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 強い突風が吹いた。
 守門は、少し緩めていた革製の細身のネクタイを片手で締め直す。

 同じ突風に煽られ、ショッピングモールの一角にあるATMボックスから出てきたばかりのノイジーの小柄な身体が少し揺れた。
 風で目に異物が入ったのか、ノイジーは灰色のパーカーのフードに手を入れ、顔を隠していた大振りのサングラスを外した。
 ノイジーを追いかけて2週間、守門に初めて転がり込んだチャンスだった。

 これでノイジーの万能型医療ハイブリッドスキンスーツで覆われ、整形された顔が観察できる。
 今まで、守門はノイジーの「顔」を、まじまじと間近で見たことがなかったのだ。
 手に持った望遠カメラの倍率を上げて、ノイジーの顔を手元に引き寄せる。

 もちろん、通常の守門なら、瞬間的にノイジーの真横に出現することが可能だ。
 そして、サングラスを外そうとしたその手を掴み捻り上げて、ノイジーを確保出来ただろう。
 ノイジーの顔を見たければ、その時じっくり見ればいいのだ。
 だが今はこうやって、遠く離れた位置から望遠カメラでノイジーを観察することしか出来ないでいる。
 守門の次元転移能力が、不調なのだ。

 ノイジーが守門の追跡から逃れることが出来るのはノイジーの持つ能力の結果だったが、彼女の能力が守門の次元転移を阻害しているわけではない。
 守門が次元転移の為に使用する、常人には見えない次元移動イデアスーツ・「小夏」の調子自体が、おかしくなっているのだ。

 小夏は、守門の父・耶蘇児の悪魔祓いによって、彼女の兄と共に、彼女らに取り憑いた『柱』を祓われていたのだが、その後故あって、彼女は自殺している。
 死後、小夏の身体は、『あの世界』の住人であるサタンジにより、次元移動用イデアスーツに変容され、守門の所有するものとなっていた。
 一方で、入手経過こそ違うが、「小夏」と同じ属性を持つ守門の「パンドラの鎧」は今もちゃんと機能している。

 だからこそ守門は、不規則に復活する多次元の窓から、辛うじてノイジーの位置を特定できていたのだ。
 「パンドラの鎧」も不調なら、守門はただの青年に過ぎない。
 たが、最近はそんな不安定な現状さえ、維持するのが難しくなっていた。

 この現状は、戦闘的エクソシストとしては大きなダメージだったが、これらの力は、『あの世界』のサタンジや、地獄に墜ちた神ヘパイストスに貸し与えられたものだった。
 従って、それら力の減退は守門の関われぬ事象であり、守門がそれを悔しがったり、残念がる事はおこがましいとさえ言えた。


    ・・・・・・・・・


 官庁街。
 冷たい直方体の不夜城ばかりが乱立する世界が、窓の外に広がっている。
 その不夜城には「酒も肉も女」もない、あるのは謀略と大量の公文書と、腰痛と眼精疲労だけだ。
 此処には、優秀だが哀れな下僕達と、野心を胸に秘めた魔物達が集められている。
 一応のその目的は、彼らの間抜けた主たちを支える為だ。

 審議官・焼土野賢治は、手元にある資料に、自分の指先を神経質に打ちつけながら、電話の向こう側にいる盟友・桃田に念を押した。

「その被検体、本当に取り憑かれたのか?例の件を、歌う鳥の会に依頼するのは、我々にとって大きなリスクになる。その事が判った上での判断だろうな?」
「リスクは覚悟の上だ。第一、いずれ彼らもコチラに取り込まなければならん筈だろ?潰して損のない売国奴とは違うんだ。それに、悪魔憑きの方は、うちの研究所の学者さん達がそう言うんだから間違いない。悪魔憑きだぞ、この話は、他に持って行きづらいんだ。その点、歌う鳥の会は、便利なんだよ。話の出処がどうであれ、悪魔憑きの事案なら、彼らはそれを断らない。ただし、こちらの依頼を彼らに引き受けさせるには、かなりの屈辱を味わったがな。」

「噂では聞いた事があるが、歌う鳥の会の会長は、そんなに手強い女なのか?」
「、、まあな。一緒に連れて行った学者さんが何時ものクセで、被検体をノイジーと呼んだのが悪かったのかも知れない。その一言で、会長さんの顔色が変わった。知ってるか?あの会長の表の顔の一つは、ある人権団体の世話役なんだぜ。それも隠れ蓑でやってる訳じゃない。本気でやってる。裏では、平気で冷酷無比なことをやるくせにな。」
 そう言った桃田も、高級政府官僚でありながら、自分の理念達成の為には、相当に汚れた手法を平気で実行出来る人間だった。

「依頼の際には、人間を実験動物扱いしているような素振りを、絶対に相手に見せるなと念を押したんたんだがな。学者という人間は子供が多いから、自分たちの姿が、他人にどう映るかって事を全く気にせずに喋る。」
 焼土野は資料を指先で叩くのを止めて、今度は先程まで何度も読んでいた一つの単語の上を、無意識に指でなぞっていた。
 それは焼土野が抱えた最大の懸案事項である『RSST_40112』の文字、あるロボットの機体番号だ。
 電話の件も重要だが、はやくこちらの事案を片付けてしまいたい。
 そんな思いが、そうさせてしまうのだ。

「どうやら、結局、歌う鳥の会での被験体のコードネームは、ノイジーになったらしい。私はちゃんと被検体の姓名を上げたんだぞ。、、彼らは、わざとそうしてるのさ。当てつけがましく、こちらへの連絡も全てそれで通してくる。貴下から逃亡した『ノイジー』は、って、わざわざな。つまり、お宅の家から逃げ出したポチの事なんだけどさって、感じだな。要するに我々への嫌味だよ。しかしその事さえ、最初ウチのラボの学者さんたちは、ピンとこなかったらしい。」
 学者達の行動には普段から手を焼いているのか桃田は、そこだけ呆れた様子を隠さなかった。

「、、そうか、一応、歌う鳥の会はこちらの依頼を受けたわけだ。しかし、まだ歌う鳥の会は、これといった成果をあげていないのだろう?」
「その点は、待つしかないと思ってる。試しに、他の各機関にも被検体を追いかけさせて見たんだが、全く歯がたたない。歌う鳥の会が駄目なら、被検体の回収はもう無理だろう。なにせサイキッカーの悪魔憑きだからな。最後は破棄しかない。破棄するだけなら、こちらの力を総動員すれば、なんとんかなる。」

「、、あの被験体、事が運ばなければ、最後は破棄か。勿体ないな。上手く育ててれば相当高く売れてた筈だ。」
「代わりは幾らでもいる。それにそうなったら、そうなったで、手の打ちようはあるもんさ。なにこっちの首が直接はねられる訳じゃない。責任は、ラボ内で留められる。ただし、それは最後まで粘った人間が言える台詞、おっと、これは、お前から教わった決め台詞だったな。」
「、、そういう事だ。じゃ、頑張れ、そうそう、あっちの方は大概にしとけよ。」
 そう言って、焼土野は電話を切った。
 あっちとは、桃田の衆道趣味の事だ。
 彼らの属するグループ「尽忠報国」の中には、ゲイなどという概念は不抜けたものとされていたのだ。


 官僚組織ナンバー2である審議官・焼土野賢治は、友人であると同時に、自民族中心主義グループ「尽忠報国」のメンバーである桃田の話に重ねながら、自分の置かれた状況と、その先の展開を考えていた。
 桃田が抱えたリスクが、ノイジーと呼ばれる被験体なら、焼土野のそれは『RSST_40112』だった。

 とりあえず、私の方は何としてでも、『RSST_40112』、すなわちオロチを無傷で回収する事だ。
 メンバーの総力を上げれば、なんとでもなる。
 なんなら私も、歌う鳥の会を、使っても構わない。
 自分には、唄う鳥の会の中心メンバーの一人に強力なコネがある。
 あとは、桃田の言った通りだろう。

 トコトンやって、無理なら破棄だ。
 オロチにまつわる全てを破棄すればいい。
 幾らでも次の手は打てる。
 これからは「尽忠報国」の時代なのだからな、と焼土野賢治は、自分自身を奮い立たせた。



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