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第7章 始末
51: 小さな蝶
しおりを挟むそんな事を考えている内にモノレールの車体が大きく傾いた。
空中を走るモノレールは、今にもそこから人いきれが沸き上がってきそうな都心部の裾野を抜けだし、海岸線沿いのルートの軌道に曲がり込み始めたのだ。
突然、甘い香水の匂いとともに、ベンチシートの端に座っている俺の横にあるパイプ支柱に手が添えられた。
急激な体重の移動をフォローするための動きだろう。
俺の顔の真横とも言って良い位置に出現した手に、俺の目は釘付けになった。
それ程に綺麗な女性の手だったのだ。
パイプを握った手の、その指先に施されたネイルアートの図柄がちらりと見えた。
深みのある濃紺を背景に舞う、ピンクの揚羽蝶の図柄。
そして俺の目の前で、その手の上に、また別の新しい女性の手が重ねられた。
車体の傾きが更に深くなって、今まで踏ん張っていたもう一人の人物が、思わず自分の身体の支えを求めた結果なのかと思ったが、そうではないようだった。
他の乗客達はそれ程、揺れていない。
俺は思わず視線を上げて、重ねられた二つの手の持ち主の顔を盗み見してしまった。
その二人の女性の顔には見覚えがあった。
彼女たちは、俺が朝、マンションを出かける時、駅への道すがらでよく出逢うカップルだったのだ。
典型的なレズカップルと言って良いのだろうか。
勿論、俺はレズビアンの事はほとんど理解していないのだけれど、そんな俺でも二人の間には愛情がある事ぐらいはその空気で判る程だから、、彼女たちは「典型的な」といっていいんだろう。
一人はボーイッシュで、もう一人はなんと言って良いんだろう、そう、、変な言い方なんだけど「女性的な女性」だった。
俺は、そんな彼女たちが、毎朝腰に手を回し肩を寄せ合って歩く姿に、ささやかながらある種の感動さえ感じていた。
イメージとしては、長年連れ添いながらも神の奇跡的な配剤のお陰で愛し合い続けることが出来た老夫婦のような堅牢さがそこにはあったように思う。
恐らく、彼女達は同じ屋根の下で暮らし、勤め先は別々といった生活を営んでいるのだろう。
そんな風に、いつも素敵だなと思っていた二人だったけれど、彼女たちの体臭を嗅げるほどの距離で出逢ったのは今日が初めてだった。
今日の二人は、狭い車内の中で何処までも他人の顔をしていた。
彼女たちだって満員電車の中でまで他人の偏見の視線をかってでるつもりはないのだろう。
・・・でも、彼女たちの手は正直だった。
冷たい光沢を見せるパイプの上で重ねられた二人の手は、その状態のままで静かにお互いを求めながらゆっくりと動いていた。
後から重ねられた少しだけ大振りの手の爪には、下のそれと同じようにお揃いの蝶のネイルアートが施されてあった。
彼女たちの小さな蝶達が、さやかに俺の目の前で舞い続けている。
それを見て思わず俺は、俺自身の小さな祈りの為に、目を瞑った。
・・今の俺を信じよう。
今を生きている自分の心を信じる以外に、どんな道があるというのだ、と。
今度の週末には、思いっきりお洒落をしよう。
爪には桜と小鳥の絵をかいて、、。
目を開いたら正面の車窓に、俺が初めてルージュを引いた時に出逢った「少女」が真っ直ぐ俺を見つめていた。
あの時カムイ先生が言ったように、何度も何度も確かめてきた。
今の自分が精一杯なのかを、そしてその生き方が出した答えなら、きっとそれに間違いはない筈だった。
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