39 / 51
第5章 泥流
39: マネキン
しおりを挟む「ねえ、ニューハーフさん?だよね?」
「……え?」
突如、店員に馴れ馴れしくされて恭司は戸惑った。
王に伴われて店に入った時は、ひたすら低姿勢だった金髪の店員が、恭司に付き添って試着室に入った途端に態度を変えたのだ。
この変わり身、大阪の若い女性らしいと言えばそうだし、恭司の発している今のオーラや年齢では、相手のタメ口を誘発しても仕方がないという部分もあった。
女装には慣れている筈の恭司だったが、今やっていることは、過去のそれとはレベルが違った。
女性であっても、普通に生活をしている限りは足を踏み入れないような店にいて、なおかつそこで買い物をしようというのだ。
恭司が気後れするのは、無理もなかった。
「そのピンクのスーツ、きっと似合うと思うよ」と店員はにっと笑って言う。
濃いメイク顔のその女性スタッフは、恭司より少し上ぐらいの年齢だろうか。
半端のない金髪だったから、この手の道しかないという感じだった。
「あんたってさ、細身だし、脚のラインもいいしさ、ちょっとラメの入った白いストッキングはいて、白いヒールでキめるといいんじゃない」
「……そう……ですか……」
「何ていうお店? まだ入ったばかりでしょ?」
「いえ……、お店なんかじゃなくて……」
「じゃ、ヘルス? ちがうよね、まだぜんぜんスレてないもんね」
しかしその娘には、相手を蔑んでいる気配は全くなかった。
好奇心を抑えられなくて、興味津々で恭司に話しかけているだけのようだ。
それで開き直った恭司は、自分はただの素人の女装者だと説明した。
「そうなんだ、君、昼間は男の格好で高校生やってるんだ、ふーん……」
彼女は驚いたようすで恭司をじっと見つめた。
「あっ、あたし今、芸人になる勉強してるの。これはバイト。ってか、どっちがホントかわかれへんけど。」
恭司が素直に自分を高校生だと言ったからか、店員は自分の事をそう紹介した。
今までの恭司の女装レベルだと、ちょっと変わった可愛い女の子か、可愛い女みたいな男の子レベルで済んでいたが、こういう場所に普通に来るようになると、それでは通らない。
完璧に女になりすますのは容易ではないと恭司は思った。
「おっぱいつくってないんだよね。当たり前やね、おっぱい揺らして、高校生なんかでけへんもんね」
そう言って、店員はわざわざ自分の乳房を両手で揺すり上げるような格好をした。
オーバーアクションなのに臭みがない。
芸人志望だと言うのは本当かも知れない。
それに関係ないかも知れないが、この辺りから少し足を伸ばせば、NSC大阪校もある。
「ええ、まあ……」
「それでさ、あのコワそうなひと、パパさん?」
その下品な言葉に、恭司の顔面は紅潮した。
しかし、事実、恭司は王の愛人の一歩手前みたいなものなのだから頷くしかなかった。
「そうなんや、お金持ちのパパさんかあ……。こんな高いスーツ、ぽん、と買ってもらえるんや。ええなあ、」
彼女は本心から羨ましそうだった。
「それでさ、男どうしってさ、やっぱホモセックスやんなー?」
そんな彼女だったから、質問をされても、恭司は不快にならなかった。
彼女と喋っていると『あんたの彼って、いっぱいセックスしてくれるんだって?いいなあ、、』みたいな、女の子どうしのエッチな会話をしているような気分になってくる。
おまけにそれを芸人のノリでやられる。
「ねえねえ、お尻でするんでしょ? どんなの?」
まわりに誰もいないのに、彼女はひそひそ声になっている。
どんなの? と訊かれても、恭司は何と返事していいかわからない。
「気持ちいいもんなの?」
「う~ん……、まだ、慣れてないし……」
「痛くない? だってさ、あそこって、入れるとこじゃないでしょ?」
「ずっと前、初めてのとき、痛かったけど……」
「そっか。初めは痛くて、だんだん慣れてくると気持ち良くなるんや。それってさ、女のコといっしょじゃん。ふーんでも、お尻に入れてもらって感じるんです、ってホモだよね。でもさ、毛むくじゃらの男が抱き合ったりするとグロいけど、君みたいなかわいいコだといいよね。化粧落としたらジャニーズみたいなんでしょ、許せちゃうな。でさ、あのパパさんって、精力絶倫?」
「……うん、まあね」
「そうなんだ……。いっぱいしてもらって、いっぱい悦ばせてくれて、欲しいものは何でも買ってもらえるんだ、いいなぁ」
「あの……」
「なに?」
「ボク……、男って丸わかり?」
「そうね、見た目ってゆーか、ぱっと見た感じはぜんぜん女のコになってんのよね。でもさ、自信なさそでオドオドしてるでしょ。多分、こういう高級な夜の街じゃなくて、高校生が遊び回ってるようなレベルじゃ普通に女の子やれてるんだと思うけどね。でもここじゃあね、なんか怪しいぞ、って感じで、よ~く見ると、成り立てのニューハーフかな、って感じやね。歩き方も、どっか無理してる感じやし。」
「どうすればいいと思います?」
「だからさ、もっと自信もったら? どっか後ろめたそうにしてないでさ。ニューハーフだって全然いいじゃん。」
「そうですよね。」
「お化粧したり、スカートはいたりすんの、好きなんでしょ?」
「……うん」
「じゃ、女になりたいんだよね?」
「……どうかなあ……」
「おっぱいつくったりしないの?」
「つくりたいけど……」
そんなに本気ではないと、言いかけてそれは止めた。
その話をすれば、相手は間違いなくその話題に絡んでくると思ったからだ。
自分でもうまく整理が出来ていないものを、他人と話しても意味がない。
「あのパパさんに手術代、出してもらえばいいじゃん。」
恭司は、化粧したり、スカートをはいたりして女装するのは好きだけれど、自分のは女になりたい、という気持ちとはまたちがうと思っていた。
乳房は欲しいけれど、それは女になりたいからじゃない。
結局のところ、男と女が恭司の中で混沌としていた。
そのピンクのスーツを着て姿見で全身を映して見たとき、恭司はすごく嬉しかった。
セクシーだし、愛らしさもあるし……、恭司は鏡に映ったキョウをうっとりと眺めた。
「また来てや。何も買わんでもええし。このお店ってヒマでさ、社長が道楽でやってるお店だからさ、儲からなくてもいいみたいなのよ。あのパパさんと一緒じゃなくて、ひとりで来てよ。あたし、これでもスタイリスト志望、でね将来的には、お笑いとファションをミックスさせよて思てんねん。漫才のステージはファンションのステージでもあるわけ。今くるよ師匠の超オシャレ版ね。ファッションのアドバイスしてあげられると思うよ。それにさ、あっちのほうのエッチな話しも聞きたいしさ。」
彼女は本気で言っているようだった。
もしかしてネタにしたいのかも知れない。
生きることにトコトン、どん欲そうだった。
美有香と付き合い始めたのもこんな感じだったなと、恭司は思った。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
神様自学
天ノ谷 霙
青春
ここは霜月神社。そこの神様からとある役職を授かる夕音(ゆうね)。
それは恋心を感じることができる、不思議な力を使う役職だった。
自分の恋心を中心に様々な人の心の変化、思春期特有の感情が溢れていく。
果たして、神様の裏側にある悲しい過去とは。
人の恋心は、どうなるのだろうか。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる