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第5章 泥流

39: マネキン

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「ねえ、ニューハーフさん?だよね?」 
「……え?」 
 突如、店員に馴れ馴れしくされて恭司は戸惑った。 
 王に伴われて店に入った時は、ひたすら低姿勢だった金髪の店員が、恭司に付き添って試着室に入った途端に態度を変えたのだ。
 この変わり身、大阪の若い女性らしいと言えばそうだし、恭司の発している今のオーラや年齢では、相手のタメ口を誘発しても仕方がないという部分もあった。

 女装には慣れている筈の恭司だったが、今やっていることは、過去のそれとはレベルが違った。
 女性であっても、普通に生活をしている限りは足を踏み入れないような店にいて、なおかつそこで買い物をしようというのだ。
 恭司が気後れするのは、無理もなかった。

 「そのピンクのスーツ、きっと似合うと思うよ」と店員はにっと笑って言う。
 濃いメイク顔のその女性スタッフは、恭司より少し上ぐらいの年齢だろうか。
 半端のない金髪だったから、この手の道しかないという感じだった。 

「あんたってさ、細身だし、脚のラインもいいしさ、ちょっとラメの入った白いストッキングはいて、白いヒールでキめるといいんじゃない」 
「……そう……ですか……」 
「何ていうお店? まだ入ったばかりでしょ?」 
「いえ……、お店なんかじゃなくて……」 
「じゃ、ヘルス? ちがうよね、まだぜんぜんスレてないもんね」 

 しかしその娘には、相手を蔑んでいる気配は全くなかった。
 好奇心を抑えられなくて、興味津々で恭司に話しかけているだけのようだ。 
 それで開き直った恭司は、自分はただの素人の女装者だと説明した。 

「そうなんだ、君、昼間は男の格好で高校生やってるんだ、ふーん……」 
 彼女は驚いたようすで恭司をじっと見つめた。

「あっ、あたし今、芸人になる勉強してるの。これはバイト。ってか、どっちがホントかわかれへんけど。」
 恭司が素直に自分を高校生だと言ったからか、店員は自分の事をそう紹介した。
 今までの恭司の女装レベルだと、ちょっと変わった可愛い女の子か、可愛い女みたいな男の子レベルで済んでいたが、こういう場所に普通に来るようになると、それでは通らない。
 完璧に女になりすますのは容易ではないと恭司は思った。 

「おっぱいつくってないんだよね。当たり前やね、おっぱい揺らして、高校生なんかでけへんもんね」
 そう言って、店員はわざわざ自分の乳房を両手で揺すり上げるような格好をした。
 オーバーアクションなのに臭みがない。
 芸人志望だと言うのは本当かも知れない。
 それに関係ないかも知れないが、この辺りから少し足を伸ばせば、NSC大阪校もある。

「ええ、まあ……」 
「それでさ、あのコワそうなひと、パパさん?」 
 その下品な言葉に、恭司の顔面は紅潮した。
 しかし、事実、恭司は王の愛人の一歩手前みたいなものなのだから頷くしかなかった。 

「そうなんや、お金持ちのパパさんかあ……。こんな高いスーツ、ぽん、と買ってもらえるんや。ええなあ、」 
 彼女は本心から羨ましそうだった。 

「それでさ、男どうしってさ、やっぱホモセックスやんなー?」 
 そんな彼女だったから、質問をされても、恭司は不快にならなかった。 
 彼女と喋っていると『あんたの彼って、いっぱいセックスしてくれるんだって?いいなあ、、』みたいな、女の子どうしのエッチな会話をしているような気分になってくる。 
 おまけにそれを芸人のノリでやられる。

「ねえねえ、お尻でするんでしょ? どんなの?」 
 まわりに誰もいないのに、彼女はひそひそ声になっている。 
 どんなの? と訊かれても、恭司は何と返事していいかわからない。 

「気持ちいいもんなの?」 
「う~ん……、まだ、慣れてないし……」 
「痛くない? だってさ、あそこって、入れるとこじゃないでしょ?」 
「ずっと前、初めてのとき、痛かったけど……」 

「そっか。初めは痛くて、だんだん慣れてくると気持ち良くなるんや。それってさ、女のコといっしょじゃん。ふーんでも、お尻に入れてもらって感じるんです、ってホモだよね。でもさ、毛むくじゃらの男が抱き合ったりするとグロいけど、君みたいなかわいいコだといいよね。化粧落としたらジャニーズみたいなんでしょ、許せちゃうな。でさ、あのパパさんって、精力絶倫?」 
「……うん、まあね」 

「そうなんだ……。いっぱいしてもらって、いっぱい悦ばせてくれて、欲しいものは何でも買ってもらえるんだ、いいなぁ」 
「あの……」 
「なに?」 
「ボク……、男って丸わかり?」 

「そうね、見た目ってゆーか、ぱっと見た感じはぜんぜん女のコになってんのよね。でもさ、自信なさそでオドオドしてるでしょ。多分、こういう高級な夜の街じゃなくて、高校生が遊び回ってるようなレベルじゃ普通に女の子やれてるんだと思うけどね。でもここじゃあね、なんか怪しいぞ、って感じで、よ~く見ると、成り立てのニューハーフかな、って感じやね。歩き方も、どっか無理してる感じやし。」

「どうすればいいと思います?」 
「だからさ、もっと自信もったら? どっか後ろめたそうにしてないでさ。ニューハーフだって全然いいじゃん。」 
「そうですよね。」 
「お化粧したり、スカートはいたりすんの、好きなんでしょ?」 
「……うん」 

「じゃ、女になりたいんだよね?」 
「……どうかなあ……」 
「おっぱいつくったりしないの?」 
「つくりたいけど……」
 そんなに本気ではないと、言いかけてそれは止めた。
 その話をすれば、相手は間違いなくその話題に絡んでくると思ったからだ。
 自分でもうまく整理が出来ていないものを、他人と話しても意味がない。 

「あのパパさんに手術代、出してもらえばいいじゃん。」 
 恭司は、化粧したり、スカートをはいたりして女装するのは好きだけれど、自分のは女になりたい、という気持ちとはまたちがうと思っていた。
 乳房は欲しいけれど、それは女になりたいからじゃない。
 結局のところ、男と女が恭司の中で混沌としていた。 

 そのピンクのスーツを着て姿見で全身を映して見たとき、恭司はすごく嬉しかった。
 セクシーだし、愛らしさもあるし……、恭司は鏡に映ったキョウをうっとりと眺めた。 

「また来てや。何も買わんでもええし。このお店ってヒマでさ、社長が道楽でやってるお店だからさ、儲からなくてもいいみたいなのよ。あのパパさんと一緒じゃなくて、ひとりで来てよ。あたし、これでもスタイリスト志望、でね将来的には、お笑いとファションをミックスさせよて思てんねん。漫才のステージはファンションのステージでもあるわけ。今くるよ師匠の超オシャレ版ね。ファッションのアドバイスしてあげられると思うよ。それにさ、あっちのほうのエッチな話しも聞きたいしさ。」 

 彼女は本気で言っているようだった。
 もしかしてネタにしたいのかも知れない。
 生きることにトコトン、どん欲そうだった。
 美有香と付き合い始めたのもこんな感じだったなと、恭司は思った。


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