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第5章 泥流
38: うつし世
しおりを挟む「あれは何ですか?」
恭司は、額縁に入れられて壁面に飾られているものを指さして言った。
『蠱惑』に来る度、前から気になっていたのだ。
「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと、、ね」と、宛ママはどこか感慨深げに読んでみせた。
江戸川乱歩の色紙だそうだ。
直筆色紙をコピーしたレプリカなんだけどね、と宛ママが付け加えた。
宛ママは色紙をじっと見つめている。
手枷口枷の桔梗ママとは、随分違うとキョウは思った。
桔梗ママは色紙をじっと見つめるなんてことは絶対にしない。
桔梗ママは苦労人で色々気が回る人だったけれど、こういった部分がなかった。
色紙は、人目を惹く有名人のものだけが値打ちがあって、それは店に飾るものだった。
そして桔梗ママの口から出てくるのは、TVや大衆雑誌でお馴染みの芸能ゴシップネタが大半で、そこに乗せて彼女の人生論を展開するのが常だった。
「父親が死んでから、わたし達は父親がいかに大きな存在だったかを思い知らされたわ。父はわたし達にとって一種のシェルターみたいなものでもあったの。レズビアンの姉や、バイだったわたしのね。そんな父がいた時でも、わたし達は、色々な所で社会との違和感を感じながら生きてたわ。ずっと父が一緒にいて側で守ってくれるわけじゃないからね。でも逃げ込む先が、わたしたちにはあった。その父が、母を追いかけるようにして他界したのよ。その後は、結構きつかったわよ。姉はもちろんだけど、わたしの方も、自分の性向がはっきりしてきてたしね。そういう悩みに悩んでいた青春時代に、江戸川乱歩のこの言葉に出会ったのよ。」
「江戸川乱歩って明智小五郎とかですか?アニメに関係ある?」
キョウの知識だと、探偵をモチーフにしたアニメからしか、江戸川乱歩には辿り着かない。
「、、キョウ君ねぇ、もっと勉強しなさい。あなた、多分、もっと頭が良いはずなんだし。」
恭司は婉ママが、昔、文武両道の好青年の仮面を付けていた事を知っていた。
しかしそれは恭司からすれば、婉ママが恵まれた家庭に育ったから付ける事の出来た「仮面」なのではないかと思っている。
苦労自慢をするつもりはないが、自分は学校の勉強で得られる知識は少なくても、料理洗濯、家事一般は誰よりもうまくこなせるし、ぎりぎりの場面での人あしらいも上手く出来ると恭司は思っている。
スポーツに打ち込んだことはないが、調理は好きだし、絵を描くことも好きだ。
絵は特に、鉛筆やボールペンを使っての細密画なら何時間でも集中できるし、出来上がったそれを周囲の人間達に見せると「写真みたい」と皆が驚く。
自分には学力のかわりにそれらがあると。
「『うつし世』は『この世界』の事なんだけど、わたしの場合は男の自分が『うつし世』で、女の自分が『よるの夢』って事になるわね。現実は自分が男で、想像上の世界では、わたしは女だったわけよ。でも、現実の世界が正しくて想像の世界は無意味だっていう考えが、この色紙の言葉でそうでもないかなって思えるようになったの。他人の人生を生きるなんて意味なし! そう考えると、楽になったし、それからわたしの世界観がゆっくりだけど動き始めたのよ。それからは、もう腹を決めて一目散に女になろうってね。わたし、今は性転換して、すっかり女になってるのよ。」
「・・・そうなんですか。」
「あら、この事、キョウちゃんには言ってなかった?」
性転換手術を受けて女の性器を股間に造る、というのは恭司の望むことではない。
大きな乳房を造ってセクシーな女体になりたいけれど、それが無理なら偽乳房でもいい、あくまでもペニスは残しておきたい。
恭司の指向は、あくまでもペニスを有した美女だ。
王もそのように望んでいる。
恭司も、その色紙をじっと見つめた。
恭司にとって『うつし世』はブレザー姿の高校生、そして『よるの夢』はきれいな服の似合う美女、そして『夜の夢こそまこと』ならば、制服ブレザー姿の恭司は偽りの姿であって、キョウこそ本当の自分なのだ。
「紅花ちゃんもね『よるの夢』にまっしぐら、って人なのよ。彼女、突然変異みたいな感じで、ある日、女に目覚めちゃったんだけど、そこからは、あれよあれよと見ている間に、こっちが唖然となるぐらいのペースで突き進んでいったのね。」
「婉ママは、紅花さんの男の頃を御存知なんですか?」
「知ってますとも、太り気味の帰化中国人の毛深いおっちゃんで、どう考えても、女になるなんてあり得ない、って容姿だったんだけど、見る見るあんな風になっちゃったわよ。今の紅花ちゃんって、けっこう人気者だし、本人は幸せそうだし、やっぱり、『よるの夢こそまこと』なのよね、、、」
・・・・・・・・・
高校にはたまに顔を見せ、姿食堂には行かず、ただ王の連絡を待つという日々が続いた。
また、しばらくの間、王から連絡をもらえずに悶々とした日々を過ごすのかと思いきや、ほどなく王から会おうという連絡があり、その日にちと時間が知らされ恭司は舞い上がった。
そうやって週に一度か二度、恭司は王から呼び出される事になったのだ。
だがその日々の中身は、王がキョウに変身した恭司の若い肉体を貪るだけのデートかというと、そうでもないのだ。
やはりデートの最後は、女装した愛人として男同士のセックスで汗みずくになって、王のものを身体に注ぎこまれる事が仕上げになる。
けれど王と会っていきなりそうなるわけではない。
はるか下界に都会の夜景が見渡せる高層階のレストランで食事したり、老舗の高級鮨店に連れていってもらったり、時に王は若者たちに混じってダーツやボーリングに興じたりもする。
それ程、お金が潤沢でなかった頃には、ただ首が痛くなるほど見上げるだけのアベノハルカスの高層階へも、王と一緒だと普通に行けた。
普通のビルから見下ろしただけでも、キョウの街は小さなものなのだが、アベノハルカスからは、もうその存在自体がどうでも良いようなちっぽけなモノに感じられた。
それが「高みに登る」という事なのだろうと、キョウは思った。
自分は綺麗に女装して、有力な男に愛される事によって、それを手に入れているのだとも。
どんな場所に出入りしても、王の持っている雰囲気は周囲を圧倒していた。
訪れた店のスタッフたちは丁重なサービスをしてくれる。
おそらく、そういう従業員のレベルの高い店だと、恭司は女装した男だと見破られているにちがいないのだが、誰も眉をひそめたりしないのだ。
「そちらのお嬢さまはいかがなさいますか?」などと言われて、恭司はくすぐったくなるほど羞ずかしくなり、同時に、ひどくうれしくなるのだった。
いやこに嬉しさは、女装うんぬんの事ではなく、普通の少女にだって起こる事なのだととも思った。
それもこれも、すべて、王の威光の傘の下で庇護されているからだ、と恭司は実感している。
王に頼り切っている安心感は、何ともいえない心地良さだった。
これは本当に初めての感覚で、恭司はこの安心感を維持するためには、自分は何だってするだろうという気持ちになりかけていた。
ある夜、王は恭司を連れて小さなブティックに入った。
その店は繁華街にあって、お水のお姉さまたちがよく利用するような店だった。
王はほろ酔いの御機嫌で、ウインドウにディスプレイされているスーツを恭司に買ってやる、と言い出した。
それは胸元が大胆なカットで、スカートはタイトでミニ丈、色は悩ましいピンクだった。
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