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第3章 蠢動

19: 真っ白

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 僕は学校の帰りに、昨日調べておいた電話番号へ、携帯で呼び出しを入れてみた。
 この僕に、親父の大切にしているブックマッチのコレクションを持ち出すなんて、恐れ多いことが出来るはずがない。
 でも電話番号ぐらい、盗み見で、メモ出来る。

 こんな時、姉は現物を自分の物にしないと気が済まないというか、そうしないと次に進めないと思いこむ性格だ。
 そこが、他人からよく似いていると言われる姉弟でも、大きく違うところだ。
 多分、僕のような状態に姉が陥ったら、盗み見するより、堂々と戴く、良いのか悪いのか、、。

 マッチの雰囲気から見ると、該当店はバーかスナックのような気がしたが、こんな早い夕刻に電話を入れて、人がでるものかどうか、まったく見当がつかなかった。
 しかし高校生の僕が、客としてその店に行くわけにもいかないから、これしか方法がないわけだ。
 営業中に、親戚の者ですがとも電話は出来ないし、第一、家に帰ったらこの都心に出てくるまでに、又1時間以上かかる。

「はい、ありがとうございます。こちら(ウランとアトム)で御座いますが。」
 ビンゴー!!なんて運が良いんだ。
 低いけれど、この声には聞き覚えがある。
 通夜の時、派手に啖呵をきっていたあの声だ。
 独特の甘いかすれ声。

「すいません。客じゃないんです。折り入ってお話があるんです。」
「悪戯電話なら、かける相手を間違えてるんじゃない?」
「あ、いえ。ぼく雲出です。通夜の時に貴方と会ってます。」
「雲出、、。なら余計にお門違いだよ、」
「いえ、そうじゃなくて、僕は同じ雲出でも違う方で、あっ、ユズラヌの息子です。」
「ユズラヌって、、君、由美香の弟君?」
 親父の渾名の効果は抜群だった。

「ええ、!そうなんだー。で、お話ってなに?」
「えぅ、、いや、その。実は姉から貴方のお話をお伺いしたしましたりて」
 見事に、かんだ。
 慣れない敬語は使うモノじゃない、、。

「丁度いい。これからこっちへおいでよ。私、今ひましてるし。」
「あっ。」
「遠いの?」
「い、いえ、実は直ぐ側に来てるんです。すぐ行きます。すぐ、、、あつ、。」
「どうしたの」
 僕は学生服のままであることを、今の今まで忘れていたのだ。

「あっちょっと、がっこの帰りなもんで、服が、、ちょっとまずいかと」
「大丈夫よ。まだ店はじまんないし。それに店の奥に小さな部屋があるんだけど、私の普段の私服とか置いてあるし、着替えもできるよ。」
 普段の私服?ちょっと頭の片隅に引っかかったけど、運命が僕の背中を押しているんだ。
 この勢いに乗らなくてどうする。
 そんなものはノープロブレムだった。

「そ、そうすか、じゃ行きます。そっこーで行きます。」
 そして速攻で店に着いた。
 当たり前だ。
 僕は店が見える曲がり角から携帯をかけていたんだから。


 マキさんはアップの黒髪からショートの茶髪に変わっていた。
 女極道の世界からグラビアモデルへ一気に移行したって感じだが、がっかりするどころか余計に惚れた。
 マキさんの香水の匂いで頭が眩みそうになる。
 いや匂いがきついという訳じゃない。

 なんとなく食虫花の蜜に吸い寄せられて喰われてしまう虫の気持ちがわかるような気がした。
 ひょっとしたら花に喰われる虫たちは間抜けじゃなくて、サイコーに幸せな奴らかも知れない。
 我が家の女王様も相当な美人だけど、いつもジャージ姿だったりスッピンだったりするから、これほどの色気はない。
 つまり水商売ってのは、露出度が高かったり身体にフィットしたりの服と、薄暗がりで映える化粧と態度が女のフェロモン濃度を高めるわけで、、、うー、理屈なんてどうでもいいや、たまらない。

 マキって名前が今流行の昭和ノスタルジーぽくって好きだとか、流行の歌をこき下ろしてみたりとか、僕たちは本来の表向きの話題にはちっとも入らず、学生同士の乗りで喋り続けていた。
 こんな年上の美女と話をして、親友のガンゾーと一緒の時より、話が弾むんだから信じられない。

 隣に座って密着しているマキさんの、シャツの上からでも判る二の腕の肌の柔らかさが心地よかった。
 時々、僕の肩にマキさんの栗毛色の髪の頭が、軽く乗せられてくるたびに僕は大人になったような気分になった。
 もしかして僕は、ホントは女性が好きなのかもと思った。
 今までも、自分がバイセクシャルかも知れないと思ったことは多々あった。

「ねぇ、奥に部屋があるっていたったでしょう。ちょっと休まない?」
 幾ら鈍感な僕でも、その言葉の意味は直ぐに判った。

 いわゆる「本番」は初体験だった。
 厳密にいえば、やった事がないと言うのは嘘になるが、女友達との関係だと、一回目も二回目も、相手とこっちのフライングとためらいの為に、不発に終わっていたのだ。
 男の恋人とは、まだない。
 恋を打ち明ける所までは、辿り着けるけれど、そこから先には行けない。
 大抵が相手からやんわりと拒否されるからだ。

「ごめんなさい、出ちゃいました。」
「大丈夫、、すぐ元気になるわ。」
 そこからが、今までと違うところだった。

「あっマキさん、、そこまでしちゃ、、。」
 ここに来る前にクラブに顔を出したのがかえってよかったのかも、、、軽くスパーリングに付き合わされてシャワーを浴びていたし、、予定では、ここまでくるはずがなかったんだから、、。
 でもそんなとこまで、舌を入れるなんて約束違反だよ、、マキさん。
 勿論、僕のは直ぐに元気になった。

 まるで、僕のがはち切れて爆発するんじゃないかと思ったぐらいだ。
 それでもってピストンをした。
 ラッシュだ。
 パンチが入ってる。
 沈めろ、、相手を沈めちまえ。
 だけどマキさんは沈まない。
 だってマキさんの腕と両脚は、これ以上もないほどに僕にしがみついていたから、、。
 素敵なクリンチだった。
 

「、、もうすぐママがくるし。」
 それが合図だった。
 二人は元通り服を着て、元通りスツールに座った。
 でも二人の関係は、もとどおりじゃない。
 そんな風に僕は幸せな気分で、ものを考えていた。
 マキさんが少し股を開いた彼女の股間に僕の手を持っていった。

「もうできません」
 なんて間抜けな台詞を言う前に、そこにグニャッとした感触を感じて、僕はなにがなんだかわからなくなった。
 おい、嘘だろー!!

「マキさんって例のあれなんですか、、でもやった時は前向きだったし、、。」
 暫くして僕は「旨く行きすぎてた。」と、そう思った。
 マキさんは、やや俯き加減に言った。
 男と判った今でも、マキさんはやっぱり綺麗だ。

「騙すのやだったから、、残酷だった?でもああしなくちゃ、君の思いは一生叶えられないまま、でしょ。それでも、私が幻の女のままで良かったて言うなら、謝るわ。」
 僕は暫く黙っていた。
 騙された訳じゃないのは、判っている。
 きっと、もの欲しそうにしてたのは僕の方だ。
 でも釈然としない。

「最初、気が付いてるのかと思ってた。由美香の紹介だし、、。若くても、結構そういう趣味の子だっているんだから。でも途中で勘違いしてるのが判ったの。前の子の時は、早く知らせてあげるのが大切だと思ったから、そうした。彼、泣いてた。、、泣きたいのは、こちらの方なのにさ。」
 マキさんは煙草を一本抜き出して吸ってみせる。
 感情を沈めようとしているのだろう。
 うちの姉貴も時々そういう事をやる。

「どう、怒ってる?」
「あ、、いや、、でも今日初めてあったばっかだし、、そのー、遊ばれたっていうか、、」
 何を言ってるんだ僕は、、。

「人を肉欲の塊みたいに言うのね。確かにマドカは魅力あるけど、、だって由美香の弟だもんね。由美香が男だったらっていつも思ってたし、、でもそんなんじゃないよ。」
「だったらボランティアですか?」

 僕は腹立たしいのか、情けないのか判らない気持ちで言った。
 頭の片隅じゃ、マキさんがもし本物の女性だったら、今日は超ラッキーとか思っている軽い自分がいた筈で、こんな風に、情けなく愚痴たりしている自分は、その反動に過ぎないって事も判ってはいたのだが。
 僕の言葉は、そんな僕の思いとは裏腹に尖っていた。
 多分、男の子を愛せるもう一人の僕が、僕自身を余計に引っかき回していたのだろう。
 もうワケが判らなかった。

「、、無性にマドカが愛おしかった、、。今日、初めて話したのにね。それが一番、、答えに近いよ。だって、自分のその気持ちを大切にするために、わたし、女になったんだから。」
 マキさんは僕に顔を見せまいとして明後日の方を向いて言った、声が震えてる。

「、、でもごめんね。やっぱり私が悪かったんだ、、、夢壊しちゃったね。」
「あのー。」
「何、、」
「今、決まった人いますか?」
「マドカ、、。」
「僕、切り替え早いスから。それに何回やっても子ども生まれないし、こうこせーとしては安心です。」
「、、、バカ。」
 最後は、何とか笑いながら店を出ることが出来そうだった。
 でももう一つだけ、、。

「あっ、もうひとつ教えてくれませんか。姉さんはマキさんの事、随分詳しいみたいなんだけど、小学校の時から連絡取り合ってたんですか?」
「ううん。1年前に此処じゃないあるお店で、偶然再会したの、、。お姉さんレズだってこと知ってた?由美香、弟は気付いてるみたいだって言ってたけど。由美香たちカップルで、そのお店に遊びに来てたの。それからね、私たちのつきあいが再開したのは、あなたの事も時々、由美香から聞いてた。どう、これもショック?」
「、、いや。なんとなく判ってました。親父もそうだと思います。でも何も言いません。親父の口癖は、お前らの人生だ、ですから。」

「、、でしょうね。ユズラヌさん、偉いもの。あの時だって、私の事や、お母さんの事庇ってくれたのユズラヌさんだけだったし。雲出の奴ら、みんなマドカのお父さんの事、変人扱いするけど、誇りにしていいんだよ。」
「・・・判ってます。じゃ。又、電話しますから。」
「ん、待ってる。」

 その夜、僕は久しぶりにぐっすり眠った。
 だって当たり前だろう。
 恋が成就したんだから。
 今度は、思いっきり気障に言うと「恋」の次に来る「愛」の出番だ。

 朝、親父と姉貴がテーブルに付いていた。
「おはよう、、。なんだか油が抜けたような顔してるゾ。」
  姉貴の伝法な口調に合わすように、親父が新聞の向こうから僕を睨み上げる。

 二人とも口元が微妙に笑っている。
 僕を冷やかしているつもりなんだろう。
 勿論、マキさんの事はまだ二人は知らない。
 大方、二人が想像してるのは、僕が朝立ちして夢精でもした、、、程度の事だろう。

「マドカ。牛乳飲んでけよ。トーストは姉さんが焼いたから、例によって真っ黒だが、、。牛乳は誰がコップに入れても真っ白だ。」
 親父がそう言った。
 牛乳は誰が入れても真っ白か、、。
 愛すべき僕の家族達、、最高だ。


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