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第2章 出会い

08: 問題児

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 恭司が食堂に戻ろうとカブを走らせて数分後、信号に引っかかって交差点前で停止した瞬間、人影が路地から飛び出てきて、あっという間に右手前方の歩道を掛け去って行った。
 数秒遅れて、明らかに先の人物を追いかけて来たと思しき男が現れたが、この男は息が切れてしまったのか歩道の途中で立ち止まった。
 止まったことによって姿がはっきり見えたから、金髪の長身の青年である事が分かった。

 ゼイゼイと肩を上下させて喘ぎながらも、金髪の青年は数秒も待たずに追跡を再開した。
 光源は、カブのライトや信号、家の明かりなどくらいしかなかったから、先の人物の姿は、はっきりとは判らなかったが、服装やその動きなどで、その人物はかなり若い男、いや少年と呼ぶのがふさわしい男だと思えた。
 二人の関係は、単に追う追われるを越えて、明らかに尋常ではない強い緊張を孕んでいたようだ。
 だが二人の走力の差は、素人目にも明らかで、さきの少年は完全に逃げ切るだろうと思えた。

 最近、ワルの中学生同士で、派手な喧嘩が相次いでいるのを耳にした事があるが、恭司の体験から言うと、これ程の夜中に「喧嘩」はない。
 同じ暴力沙汰でも、集団対決だったり、タイマンだったり、呼び出してのリンチ、夜襲まがいの攻撃と、時間もそれぞれ、凶暴性の種類もちょっとずつ違うのだ。
 深夜を回った頃の「喧嘩」はないと言ってよかった、それは喧嘩とは違うものだ。

 手枷足枷で聞いた話を思い出した。
 確かに何かが、この町で起こり始めているのかも知れない。
 信号が何事もなく青に変わった。
 いや「何かが起こってる」なんて、気のせいか、、俺だって、夜中には色々やるじゃないかと、恭司は首を振って、カブを再び走らせた。

    ・・・・・・・・・

 神無月が授業を終えて職員室に戻ると、加賀美が浮かない顔をして、じっと自分のコップを眺めたまま椅子に座り込んでいた。

「俺、次、空きだからコーヒー、新しいの入れ替えましょうか?それ今日の朝から、ずっと保温しぱなしのヤツでしょう?」
「、、ああ。いいです、神無月先生、別にそんなんじゃいなから。」
 職員室は学年毎に職員の机が寄せてあって、神無月の席は、加賀美の副担任という事もあって彼女の真横だ。

「あの俺、、たよんないけど、一応、先生の副担なんで、クラスの事でなんかあったら相談して下ださい、。」
「助かってます、、いつも。でも今度は、、。」
 珍しいことだった、この女性が弱音を吐くのも、迷いを見せるのも。

「なんです?だから言ってください。俺、外見的には、生徒達にカガミンの守護神とか言われてるんすよ、中身は逆だけど。」
「まだはっきりしてないの。どうもガンがやばいことになってるみたい。」
 ガン、ガンちゃん、岩田 舜。
 加賀美学級一の問題児だった。
 最近は顔を見ない。
 加賀美が家庭訪問をしてもアパートはもぬけの空だという。
 父親とも連絡がつかないらしい。

 ぬるい教師は「ガンは昔の不良だからいいな。喧嘩ばかりしてるが、弱い者虐めは絶対しない」とか言っているが、岩田 舜には弱すぎるいじめられっこなど眼中にないだけの話で、筋を通すヤツだとか、心根が優しいなんていう評価は、お門違いも良いところだった。
 教師に表立って逆らわないのも、それと同じ理由で、ただ教師が相手にされていないだけの話だ。
 それでも岩田には、知り合いの同学年の女子生徒を性的虐待から救うために、その父親を半殺しにしたというようなエピソードもあって、「普通の不良」ではない事だけは確かだった。
 話に尾ひれはひれは付きものだが、かといって火のないところに煙は立たないものだ。

「先生の情報源からのたれ込みですか?それ、強い方?」
「ええ。蒲田です。」
 神無月は少し驚いた、蒲田というのは、この中学校のナンバー2、いや岩田と同じく地域にその名が鳴り響く、飛びぬけた不良だ。
 蒲田も滅多に学校に顔を出さないが、岩田と違ってどこにいるかはわかっている。

 情報源というのは、ワル達自身の事だ。
 彼らの中に、教師に懐く人間は一人もいないが、どうしても自分たちで処理できない問題が発生して、大人の介入が欲しくなった時には、ダメ元で、教師に情報発信をしてくる事がタマにある。
 逆に言えば、それがあった時には、事態は相当難しい事になっている。
 そしてそのたれ込みを一番多く受け取っていたのが、実はこの加賀美だった。
 たれ込みは多くの場合、女教師への悪態や罵倒という形で行われる。

 抜き差しならない状態、、、岩田 舜はすでに一度それをやらかしている。
 なんと地元のヤクザとトラブったのだ。
 それを、この加賀美が走り回り、市会議員やらなにやらまでを担ぎ出しなんとか収めた。
 これがテレビなどの学園ドラマなら、岩田 舜は加賀美の真意にふれて、彼女に懐き甦生するはずなのだが、状況は一つも変わっていなかった。
 とにかく、岩田に限って言えば、今までそれほど、でかい騒動が起こらなかったのは、単に岩田が「何処で何と遭遇したかの運」の問題だったのだ。

「、、、このまま行くと、ガンは殺されるかも知れない、俺らも目立ったヤツは全部しめられてしまうと言ってました。」
 それを彼ら独自の言い回しで、ワル共はこの情報を加賀美に流したのだろう。
 普通の女教師が、いや男でも、それをやられたら、意味のない暴言をはかれ恫喝されたと思ってしまう方法でだ。
 だが加賀美は、そちらの方は何とも思っていないようだ。
 加賀美はこの情報自体の中身を心配し吟味しているのだ。

「、、、ちょっと大袈裟なんじゃないかな。なんたって、奴ら子どもだ。状況が大きく見えてるか、話が又聞きかなんかで膨れあがってる可能性もある。あのヤクザとトラブった話以上の事が、そうおいそれとあるとは思えない、、。」
「、、だといいんだけど。あの子達、その肝心の中身は教えてくれないの。」
 神無月の首筋がチリチリした。
 加賀美の予感は良く当たる。
 そして岩田 舜が引き起こす騒動は、いつも、教師のやる生徒指導の枠を遙かに超えているのだ。






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