上 下
49 / 64
第6章 アレグザンダー・スーパートランプの世界

49: アレグザンダー・スーパートランプ

しおりを挟む

「今日は叔父さん。そこで何してるの?」
 鳴の声かけに男は驚いて、手にしていた双眼鏡を取り落としそうになった。
 当然だろう、男に声を掛けてきた少年は、先ほどまで双眼鏡の中にいたのだから。

「えっ!?いや、別に何も。」
 男はその場から逃げ出そうと身体を逆に向けたが、そこにも、先ほどまで双眼鏡の中にいたもう一人の青年がたっていた。

「おっさん。別にって、事はないだろ?ずっと俺達の事を、その双眼鏡で見てたんだから。」
 雷がニヤニヤしながら言った。
 今の雷は、脱いだヘルメットはもちろんプロテクの頭部インナーシェルは収納してあるし、上下ともプロテクの上に、皮の衣服を着ているから、それほど異様なスタイルではない。
 『普通の中年』に絡むのには、ちょうどいい位だと、雷は場違いな事を考えていた。
 それくらい、目の前の男は「闘争」のオーラからほど遠い人物だった。

 年のころなら40代前半、あるいは意外に若くて30代なのかもしれない。
 老けて見えるのは、男が痩せてひょろ長かったからだ。
 長年の苛烈な生活が、この男からすっかり贅肉を削ぎ落としてしまったのだろう。

「俺は雷。そっちは鳴だ。あんた、名前はなんて言う?」
「、、、、アレグザンダー・スーパートランプ。」
 男は一瞬何かを考えた上で、口ごもりながらそういった。

「はぁ?、、まあいいや。でスーパートランプ、もう一度聞く。あんた何で、俺達を盗み見してた?」
「きっ君たちが、あの出入り口から、こっちにやって来たからだ。」
「って事は叔父さん、僕らがこっちに来た時から、僕らをずっと見張っての?」
 鳴が驚いたように言った。

 埠頭から、このガンショップまでかなりの距離がある。
 そこを低速とはいえ、カブで移動していた雷達を、この男は徒歩で追尾していたと言う事になる。
 ただ車が通れるような道は少ないのだが、瓦礫に埋まった道は沢山あって、逆に徒歩でなら、土地勘のあるものなら近道を使う事は可能だと思えた。

「別に、君たちを目当てに見張ってた訳じゃない。私が見てたのは、あの出入り口そのものだ。私は毎日と言って良いほど、あの出入り口に、異変が起こらないか観察してるんだ。」
「ふーん、こいつは驚いたな。こっちにあの出入り口の事を知ってる人間がいるなんてな。って事は、おっさん、もしかしてあんた、向こうに行った事があるのか?」

「ああ、行った。数年前の事だ。ひょっとして、あんらたらも、その人の事を知ってるかも知れない。長老イェーガンには向こうで随分世話になった。」
「えーっっ、吃驚ー!この叔父さん、僕らの先輩だよー!」
 鳴が素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっと待て鳴。その話に入る前に、一つ確かめておきたい事がある。おっさん、この世界では、あの出入り口の事を何人知ってる?」
「あれを最初に見つけたのは私だ。いや見つけたと言ったが、偶然発見したんだ。それから後、出入り口を他の誰かが見つけたかどうか、私には判らない。けれどアレが現れてから、数年経つ。私以外の誰かが知っていてもおかしくはないかも知れないな。、、、とにかく、今の私の状況では君の問いには答えられない。」

 雷は男のその答である程度、安心した。
 他の世界に害意を持って侵略を試みようとするのは、何も「アノ生き物たち」だけとは限らないからだ。
 特に「人間」には、そういう傾向がある。
 下手をすると、この世界への入口も封鎖する必要が出て来るかも知れないからだ。
 この男の持って回った口ぶりを総合すれば、『自分以外であの出入り口を使った人間を見たことがない』だ。
 雷も、あの透明な出入り口はそうやすやすと、人には感知できない筈だと思った。

「、、、あんた、色々なものから逃げ回っている感じがするもんな。そういう言い方、判るよ。普段は隠れてて、あまり姿を現さないんだろ?違うか?それと、そうだとすれば、この世界には、あんた以外の人間も大勢いる。どこかにな。」
「逃げ回ってる、、、君は名探偵か?だが気分は悪いが、君の言った事は当たってるよ。」
 男は拗ねたように言った。
 とりあえず自分の相手が、脅威を及ぼす者ではないことが判ったのだろう。
 たとえば雷は別にして、鳴の姿形からは、悪意のアの字も感じられない筈だった。

「気を悪くするな。俺は別に探偵気取りで、推理して見せたわけじゃない。これは俺の今までの経験値で言ってるんだ。それにここに来るまで誰にも会わなかった。ここじゃもう、独立して自分の生活を送れてる人間が、残ってないって事だよな。そんな中で、おっさんあんたは自由に、こうやって動き回ってる。たいしたもんだよ。」
「ふん。世辞でも嬉しいよ、でもそう言ってくれるんなら、今後、私の事をおっさっんと呼ぶのは止めてくれないか?私はさっき、名前を名乗っただろう?」

「つけあがるなよ、おっさん。誰がアレグザンダー・スーパートランプなんて、信用する?」
「もう耕起後のこの世界では、元からあった名前なんかに意味はないんだ。私はアレグザンダー・スーパートランプだ。スーパートランプが嫌なら、アレグザンダーと呼んでもいい。」
 男は引かなかった。
 偏屈な性格らしい。

「だったらアレグザンダーでいいじゃん、雷。とにかく、お互い相手が危険な人間じゃないって事が判ったんだから、どっかに行こうよ。このままずっと、此処で立ち話してるつもり?」
 鳴がいつものように仲介に入った。

「あんた達、サイドカー付きのバイクに乗ってただろう?もしあれに私を乗せてくれるんなら、私の隠れ家に、あんたたちを招待するよ。」
 アレグザンダーが思い切ったように言った。

「どういう魂胆だ?あんた、俺達を見つけて、ずっと後を付けてきたんだ。それなりの脚力があるって事だろ。俺達を信用してくれるのは有り難いが、自分の住み家に、泊めるなんてヤバイだろうが?俺なら絶対そんな事はしない。なんでそんなリスクを冒してまでして、カブに乗りたがる?」

「言っても判るまい。、、純粋に、乗り物に乗りたいんだよ。、、、人と一緒に乗り物に乗らなくなって、もう随分、経つんだ。」
「、、、。」
 雷は、それを言った時の男の表情を見て、もうそれ以上、何も言えなくなってしまった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

大学生の俺に異世界の妖女が娘になりました

nene2012
キャラ文芸
俺は深夜のバイト帰りに巨大な紫色の卵を目撃し、卵が割れ中の物体は消えてしまった。 翌日、娘と名乗る少女がアパートにいた。色々あって奇妙な親子の生活が始まり向こうの異世界の人間達の暗躍、戦いは始まる。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

龍神のつがい~京都嵐山 現世の恋奇譚~

河野美姫
キャラ文芸
天涯孤独の凜花は、職場でのいじめに悩みながらも耐え抜いていた。 しかし、ある日、大切にしていた両親との写真をボロボロにされてしまい、なにもかもが嫌になって逃げ出すように京都の嵐山に行く。 そこで聖と名乗る男性に出会う。彼は、すべての龍を統べる龍神で、凜花のことを「俺のつがいだ」と告げる。 凜花は聖が住む天界に行くことになり、龍にとって唯一無二の存在とされる〝つがい〟になることを求められるが――? 「誰かに必要とされたい……」 天涯孤独の少女 倉本凜花(20)     × 龍王院聖(年齢不詳) すべての龍を統べる者 「ようやく会えた、俺の唯一無二のつがい」 「俺と永遠の契りを交わそう」 あなたが私を求めてくれるのは、 亡くなった恋人の魂の生まれ変わりだから――? *アルファポリス* 2022/12/28~2023/1/28 ※こちらの作品はノベマ!(完結済)・エブリスタでも公開中です。

処理中です...