43 / 64
第5章 ギガンティック・ウォーズ Over the rainbow
43: 姉の残した穴
しおりを挟む「おまえは変わる事を恐れているのか。そうであれば、おまえに神の声は届かない。おまえは地を這う小さな蛇にもなれない。そうであれば、闇の中で、はぜる小さな小さな火の粉にもなれない。」
俺は薪の横の地面で、胎児のように丸くなった若いインデアンだった。
俺の周囲では臆病な俺を囃し立てるかのような踊りが続いていた。
村のシャーマンが俺の顔をのぞき込んだ。
目が異様なまでに充血して真っ赤に見える。
彼は性的不能者でもあり、いつも女の衣装を身につけている。
「お前は変わる事を恐れているのか、おまえの姉は勇敢だったぞ。おまえは、今のままでは姉がいる国にもいけない」
シャーマンの顔は工房のマナングだった。
悪夢だった。
姉が死んでからこの2ヶ月ずっとだ。
そのくせ姉自体が夢に現れてくれる事は一度もなかった。
何処をどう探しても、姉はいなかった。
「姉は、もうどこにもいない」
その事を俺に思い知らせる為に、この二ヶ月はあったのだ。
俺はベッドから抜け出して、棚の上に置いた唯一の姉の遺品であるヘルメットを手に取った。
姉がこの家に残した日常品はすべて、「姉を思い出したく」ないために処分した。
しかしそれは間違いだった。
姉の欠如は、俺を徐々に狂わせて行くほどの力を秘めていたのだ。
せめてものよすがが、俺には必要だったのだ。
ヘルメットの首の穴に鼻を近づけた。
ヘルメットといっても大振りのアウターシェルタイプではなく、インナーシェルの外側に、少しだけ加工が施してあるのものだ。
姉の髪の匂いが、微かに感じられた。
姉の残した汗のにおい、香水のにおい。
俺の手はしらずのうちに、ヘルメットのジョイントを開け、それを顔に付けた。
姉は小さな顔をしていたが、俺も大きい方ではない。
多少は窮屈だったが、ヘルメットの蓋を閉じる事が出来た。
ヘルメットはプロテクから切り離されているから通電していない。
通電していれば、このヘルメットは思いも掛けぬ柔軟性をみせ、プロテク側に収納さえ出来るのだ。
真っ暗だった。
それは「姉」の闇だった。
俺の中に不思議な感情が沸き起こった。
俺はその時、勃起して射精した。
しかし俺に罪悪感はなかった。
・・・・・・・・・
「来てくれると思っとった。」
マナングの褐色の皺だらけの顔が一気に和む。
「決心しまたよ。でも、頼みがある。」
雷はスポーツバッグを工房マスターの前に押し出した。
「姉の形見でもあるし、あなたの作品でもある。これをあれの首とすげ替えてくれないか。」
老人はバッグをひったくると急いでそのジッパーを開けて中身を見ようとした。
、、したが、それを途中で止めた。
見なくても判る。
開けるのを止めて、力なく首を振ると、バッグの上からヘルメットの丸みを愛おしそうに撫でた。
「判った。それがいい。そうしてやる。それで虹の無念もはらせる。早速、取りかかる、三日くれんか?三日あれば、ヘッドを取り替えた上で、前の状態より性能を良くして見せる。、、さあこれから、あんたの頭に合わせて、頭部インナーシェルのサイズを再調整しよう。」
「必要ない。ヘルメットのインナーシェルのサイズと、本体の制御機能とは関連がないと聞いている。」
「だが、被るのにきついだろうが、、。」
「、、ずっと姉を感じていたいんだ。」
老人の瞳に奇妙な表情が走った。
だが老人は、その事にふれなかった。
「いいだろう、、判った。三日後、来てくれ。こいつの方は弄らずに、完璧な調整をやってやる。二人で追い剥ぎ野郎をブチのめしてやろうじゃないか、、、いや、3人でだな、、。」
老人はスポーツバックを、ぽんぽんと叩いて笑った。
「ところでこの写真を見てくれませんか。追いはぎ野郎の最後の姿だ。あなたなら、これが何処の製品か判るかも知れない。」
「、、ほう、これを何処で手に入れたんだね?」
そう反応したマナングだったが、手に取った写真に向けられた彼の視線には熱はなかった。
既に彼の気持ちの全ては、プロテク再調整に持って行かれているのかも知れない。
「姉のヘルメットの中のROMにあった。あれから事件は起こっていない。追いはぎ野郎のプロテクは、今もこのままの姿の可能性が高い筈だ。」
マスターは依然として手元の写真も見ようともせず、雷の身体のあちこちを観察している。
何か、これからセットアップしようとするプロテクについての新しいアイデアを思いついて、それを一生懸命、自分の頭の中に定着させようとしてるようだった。
「えっ?今、何と言った。虹だって?・・・こんなもの良く手に入ったな。」
マスターは姉の名前を聞いて、ようやく現実に引き戻されたようだった。
「ある刑事さんが、俺の為に特別に取りはからってくれた。彼は生前、姉とつき合いがあったんだ。」
「そうか、、、。。」
マスターは自分の手の平の中の写真に、ようやく目をおとした。
途端に顔色が変わった。
「、、、何かの間違いじゃないのか?」
「何か、知ってる?」
「これは寒舌工房の作品だ。悪魔のマリアだよ。、、このプロテクに、儂のが破れる筈がないんだが、、。」
「寒舌工房?」
奇妙な名前だった。
「カーンタンだ。工房マスターの名前だ、彼はあんたと同じロストだよ。里親の気まぐれでな、そんな名になったんだが、本人が気に入ってるようで、そのまま工房の名にしたようだ。」
「もし犯人がこいつだと、何か問題があるのか?」
「あると言えばある。ないと言えばないな。、、もしかしたらという事もある。」
マナングは複雑な顔をした。
「カーンタンは、最大手のプロテク企業に招聘される程の実力を持った男だ。だがそこらからも、独立、いや解雇された男だ。ERAシステムズ、知ってるだろう?才能はある。だが、彼はデザインに凝りすぎるんだ。自分の創りたいデザインを優先するために、プロテク機能のレベルダウンをしても構わないと思っている程だ。その彼の創ったものに、儂の作品が、しかも虹がそれを装着していて、、負ける筈がないんだが。、、、例え、直結がしてあったとしてもだ。写真をみろ。」
マスターは、一旦手にした写真を雷に返した。
「背中に蝙蝠の翼みたいな羽根が生えてるだろう。こんなものは、一番プロテクにとって余計なギミックなんだ。実際にこれを使って飛べない限り、戦いに置いては、マイナスの要素しか生み出さない。さっき悪魔のマリアと言ったろう。これの名前なんだが、由来はメトロポリスという大昔の映画から来てる。そこに登場する女性ロボットのデザインが、これの下敷きになっているんだ。」
「女性型、、じゃ犯人は、女性なのか、、。」
「違う、違う。寒舌の作るものはすべて女性型だ。さっきも言ったろう、彼は自分の趣味を押し通すし、ギミックが好きなんだよ。女性のフォルムは凸凹が多い、それがギミックの絶好の収納場所になるんだよ。」
「さっきあなたは、コイツ自身が、犯人の可能性もあるような仄めかしをしたが、、。」
「カーンタンは、一年前から行方不明だ。だが国内にはいるらしい。やつがどこかの海外に長期旅行して、こっちへ帰って来てから色々な事が起こってる。時期的には、追いはぎ野郎の噂が立ち始めたころと一致しているな。それに、その写真に乗っているマリア・モデルは、まだ市場に出回っていない筈だ。多分、正式に、そのモデルの実物をみたのは、儂が最後だろう。コイツの前で、二人で議論したのを憶えている、、。」
「姉が、その工房に出かけたと言うことは、あり得るだろうか、、?」
「あるだろうね。彼女は、ことプロテクにかけては、どん欲だったからね。それに儂は、ちょうどあの頃、彼女が欲しがっていたあのプロテクを売り渡すのを断っていたからな。」
マナングは、悔しさを隠さずに言った。
そして俺は、俺の知らない姉の姿をまた知ることとなった。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる