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第5章 ギガンティック・ウォーズ Over the rainbow

41: 老人の誇りとプロテク

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 今の俺は野良犬だ。
 腹が減っているから、ゴミ箱をあさり、四六時中そこいら中をほっつき歩いている。
 今、俺の尻尾は垂れているのか、それとも巻きあがっているのか、、、だが少なくとも俺は、何に飢えているのかだけは判る。

 気がつくと、俺は姉が贔屓にしていた工房にいた。
 ずっと昔、姉がしきりにこの工房のプロテクを俺に勧めた事があった。
 その際に、つれて来られた事があったのだ。
「ライ、ここの店はね。規模は小さいけど、一番腕がいいのよ、、。」
 俺はプロテク自体に否定的だったので、それを断っていた。

 それに経済的な事もあった。
 個人工房で作られるものは、量産型と比べてずっと値がはる。
 経済感覚もしっかりした姉が、ことプロテクに関しては、常軌を逸する事を知っていれば、なおさらだった。
 俺用の新しいプロテク購入が、二人の家計を圧迫しても、姉はそれを許しただろう。
 その工房に、姉が亡くなってから訪れるとは皮肉なものだった。

「ここの凄いところは、プロテクのハードとソフトが吃驚するほど調和がとれてて、しかも両方ともハイスペックだってことね。皆はプロテクを見る時に、どうしてもその外見や機能に目を奪われるけど、ほんとのプロテクの核になってるのは、人間とプロテクを繋ぐソフトの方なのよね。だから逆に、一流って呼ばれてるカスタムショップにいくと、結構、デザインがおざなりになってる所が多いの。たしかにいいソフトが走ってると、高機能なパーツをゴチャゴチャ無秩序に組み上げても、プロテクはそれなりに動くもの。でもね、ここのは違うの、ソフトももちろんすごいし、ハードも洗練されてて芸術的って言っていいほどだわ。それって、ここの親父さんが、職人堅気の腕と、コンピュータサイエンスバリバリの科学者脳を兼ね備えてるから出来る事なのよ。ここのプロテクは、私の身体の可能性を、全部引きだして、私を向こう側に連れて行ってくれるの。」
「ああ、例の虹の彼方だね。」と、俺は姉弟の中だけで判る言葉を姉に返した。

 そんな感じで、姉がこの工房製のプロテクに付いて語るときは、いつも上機嫌だった。
 姉はこの工房にベタ惚れだったのだ。 
 そしてその工房マスターは、当然ながら姉の死にかなりのショックを受けていた。

 この手のニュースは、社会的な衝撃度を考えて、極めて「押さえた形」で報道されるのだが、親近者は勿論の事だが、ある意味、当事者でもあるプロテク関係者に与える打撃を、完全に緩和できるわけではない。

「済まなかった、、。」
 俺の顔を見た、工房マスターが最初に言った言葉だった。
 ダヤク・マナング、それが工房マスターの名前だ。
 大きな手と褐色の干からびた肌を持つアフリカ系の老人、、。
 その身体は始めてみた時の印象よりも、一回り小さく見えた。

「顔を上げて下さい、、。あなたが謝る必要はないんだ。」
 姉の死にも取り乱さず、黙って耐える礼儀正しいまじめな青年、、反吐がでる。

「あんたの姉さんには、いつも最高のものを提供してきたつもりだったんだが、、これでは、何の為のプロテクなのか、、。」
「それに間違いはありませんよ。姉はいつもあなたが作ったプロテクを自慢にしていた。今日はあなたに謝ってもらうために、此処に寄ったんではないんです。」

 工房マスターの顔が、ようやく上がった。
 皺だらけの顔が涙で濡れて光っていた。
 姉に関わった人間は、誰でもいつでもこんな反応をしめす。
 男も女も、みんな姉を好きになるのだ。
 だがその姉はもういない。

「犯人を捜したい、、。警察は元から当てにならないし、大手の民間警備会社の調査部門に持ち込んでも、何故かこの件に関してだけは、乗り気薄なんだ。自分でやるしかない。何か、、何でもいいんです。情報が欲しいんだ。」

「、、、俺は、、姉の、敵を討ちたいんだ、、。」
 俺の口から、とうとう打ちひしがれた言葉が漏れ出た、、。
 時々、こんな風になる。
 日常的で社会性を求められる会話の際でも、感情が唐突に高まってしまうのだ。
 我ながら悲痛な響きだと思った。

「ついて来たまえ、君に見せたいものがある。」
 マナングは壊れかけた俺を、いたわるように肩に手を置いて来た。


 そこには古代の戦いの神がいた。
 あるいは未だ誰も見たことがない新種の生物。
 エロチックでグロテスクでしかも美しい。
 神秘的であり同時に猥雑。
 姉がこの暴力神の前で、我を忘れ見入っている姿が浮かぶ。
 おそらく姉なら、この美しい暴力神と一心同体になることを本気で夢見ただろう。

「これが君の姉さんが欲しがっていたものだ。値段の折り合いがつかなかった。私も道楽で、この商売が出来るほど余裕はないからな。だがこんな事になるのが判っていたなら、損を覚悟で彼女に譲り渡すべきだった。これを君にやるよ。」
「しかし俺に、そんな金は、」
「、、金などいらん。よく考えてみてくれ。儂の工房の作品は、追い剥ぎにあって負けたんだ。カスタムショップとしてはC級の烙印を押されたのと一緒だ。儂に、君の姉さんの敵討ちの手助けと、名誉回復のチャンスを与えてくれ。君が、こつを装着して君の姉さんの敵を討つんだ。」
 そう言い終わったマナングの分厚い唇は、一文字に強く結ばれていた。




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