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第1章 耕起、西の旅
07: お小夜後家
しおりを挟む本堂で雷と鳴がじゃれ合っている間に、山の下の方からひとかたまりの人数が、手に手に松明を持ち、何やら大きな樽を重たそうに担げ、寺を目がけて登って来ていた。
「行け、行けぇ~!」
その野太いかけ声の合間に、なんまいだぁ~の声が続く。
「足もと照らしたれ、足もと!火ぃ持ってるやつ何をしてんねん!足もと照らさな、何にもなれへんやないか。気ぃ付けよ!気ぃ付けよ、そこ水が溜まってるで、飛び越え、飛び越え!どっこいしょっと、荷ぃ降ろせ……」
村の衆の代表とおぼしき男が、トントントンと寺の戸を打った。
「今晩わ、庵主さん。今晩わ、もし」
板戸の節穴から、外の様子を見て取った雷は、咄嗟に鳴のホログラムの衣装を変えて、彼らへの応対に出させる事を考えついた。
相手が純朴な村人では、この寺の尼僧や煮売屋のようなわけにはいかないと思ったからだ。
人の流通の少ない村の中には、『耕起』の事を全く知らない人間がいても不思議ではなかった。
「あぁ、庵主さんはお留守です。」
雷は戸を開けて、鳴を前に押し出した。
鳴は村人に準ずる姿に変えらている。
ホロはこんな時、便利だ。
「えっ、庵主さんお留守でっか?」
「ええ、僕たち、伊勢参りの旅のもんですけどね、留守番頼まれてるんですよ。尼さん、何でも下の村のお小夜後家とかいう人のところへ、夜伽に行くと言って、出て行ったんです。」
鳴の言葉遣いはなっていないが、見栄えは果てしなくこの時代の人間のものに寄せてあるから、なんとかなるだろうと、雷は思った。
「さよか……、みてみぃ。せやさかい、わしが上の道来よっちゅうのに、お前、下の道がえぇっちゅうさかい、あんばい尼はんと行き違いになってもたやないかい。わたしら、そのお小夜後家とこから来たもんでんねんけどな。みんな寄って夜伽してたけど、お婆んが、またしても棺桶のふたを跳ねのけては『金返せぇ、金返せ』て出て来る。かなわんさかい、ひと晩早いけども、お寺へ持って行こかっちゅうて、いまここへ棺桶持って来ましたんや、これ。」
確かに村人達の間には棺桶があった。
「尼はん。じきにこっち戻ってもらいまっさかい、これ預かっといて……」
あれよあれよという間に、村人達の手によって、棺桶が寺の中に押し込まれてしまう。
「駄目、駄目。そんなの持って来なくても、こっちは既に『寝んねんよぉ』やら、一杯いるんだから!そんなもの置いて行ったら駄目、駄目だったら!……、おぉ~い!」
そんな鳴の言葉など、端からき聞く耳持たぬという風情で、村人達はそうそうに立ち去ってしまった。
「おい雷、、、こんなのまた一つ増えちゃったよー、どうしょー。」
「隅の方にやっとけ、隅の方へ。こっちもって来たら、絶対、駄目だぞ。」
「そんな事言ったって、僕には動かせないよ~。」
「ちっ!」
仕方なく雷は、その棺桶を本堂の隅におき、行灯のある方にすっ飛んで戻ってきた。
雷のプロテクの力なら、棺桶の一つや二つを運ぶのは朝飯前だったが、この時ほど、雷はプロテクの力を恨めしく思ったことはなかった。
ガタガタ、ガタガタと二人が震えているうちに、次第しだいに、夜が更けて行った。
夜嵐というものが、ビュ~、ゴォ~、と鳴り出すと、本堂の隅に置いてある棺桶からメリメリ、メリメリ、ミチミチミチミチという異音がした。
異音が出たと思うと、棺桶に掛けてあった縄がバラリと落ち、蓋がポ~ンと飛び、中から老いさらばえた老婆が白髪振り乱して、這い上がってきた。
「金返せぇ、金かやせぇ~」
「出た、出た出た……、僕らあなたにお金をお借りした人間とは違います。伊勢参りの旅の人間、旅の者です!」
鳴が震え上がりながら言う。
雷が、鳴を前面に立てた理由は言うまでもない。
怖かったからだ。
ホログラム・エコーの鳴なら、怖さは少しはましだろうと雷は思った。
「金かやせぇ~」
「金借りた者と違います。僕の顔見て下さい。」
「旅のもん? こっち出て来て顔を見せ。出て来て顔を。」
「駄目、出てくの無理。もぉ怖い。」
「来なんだら、そこへ行く。」
「来たら駄目、顔見せます。怖いから目つぶってるんで、よぉく顔見て下さい、あなたから金借りた人間じゃないでしょ。」
鳴が少し前に身を乗り出し、顔を突き出した。
「伊勢参りか?」
「伊勢参りの旅のもんでございます。」
「伊勢音頭を唄え、」
「そんなアホなこと言わないで下さい。こんなさ中に、伊勢音頭なんか唄えないですよー。」
「唄わんかぁ~」
「唄う唄う、唄う。その代わりこっち来たら駄目ですよ、唄います……」
「♪お伊勢ぇ~七度(ななたび)、熊野にゃ三度(さんど)~」
もちろん、データ元は『地球の躓かない歩き方』からだ。
雷がそれを読み取っているから、鳴もそれが歌える。
雷は鳴の横で、「幽霊にはエコー」と、ガタガタ震えながら、二人のやり取りを見ていた。
「よ~い、よ~い」
鳴の伊勢音頭に合わせて、老婆が合いの手を入れる。
「お婆ちゃんは黙ってて!お婆ちゃんは黙ってるの!あんたわ、相の手はいらないから。相の手わ。」
「♪愛宕さんへはなぁ~」
鳴の伊勢音頭が悲鳴に近くなって来た。
そんな鳴の側にいた雷の心の中が、ゴトンと動いた。
『、、何やってんだ俺、、。俺はBeeky殺しの雷。俺の昔の渾名は、飛猿・雷悟空だぜ。』
「婆ぁ!それ以上、鳴を嬲るんじゃねぇ!」
雷は、やおら立ち上がると、野戦服ポンチョを脱ぎ去り、ズボンをすとんと脱ぎ落とした。
お小夜後家があっけに取られたように、その雷の様子を見ている。
雷は何時も背負っているリュックから鋼鉄製のようにも見えるコルセットを取り出すと、それを腰に巻いた。
するとあっというまに、雷の下半身が、その上半身と同じような鋼鉄の全身鎧に覆われたのだ。
雷は横に置いてあったメットを装着すると、お小夜後家を睨み付けた。
「やっぱりな。」
雷はお小夜後家から目を離すと、今度は本尊の阿弥陀仏に目をとめた。
「そういう、仕掛けかい。」
雷はそう一言呟くと、なんの助走も付けず、その場から飛び上がり、次の瞬間には、阿弥陀仏の頭部をもぎ取っていた。
その阿弥陀仏の頭部は、みるみる内に狐の姿に変わっていく。
と同時に、お小夜後家の姿も霧散した。
雷に囚われた狐は、その鋭い爪や牙を使って、自分への戒めを解こうとするのだが、もちろん雷の身に纏っているプロテクに傷一つ付ける事は出来ない。
「色々とやってくれたじゃねぇか。どうせ、あの尼の正体もお前だったんだろう?鳴を嬲ったのが、失敗だったな!ぶち殺してやる!」
「殺しちゃ駄目だよ!雷!」
鳴の叫び声が聞こえた。
「くそっ!」
「ギャヤーン!」
雷は狐から力任せに、その尻尾を引き抜いて、床に投げ捨てた。
狐は口から泡を吹きながら気絶していたが、死んではいないようだった。
「胸くそ悪い!今すぐ、ここを出るぞ、鳴!」
雷はそういうと、床に脱ぎ散らした自分の衣服を拾った。
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