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第1章 耕起、西の旅

03: 村醒め

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「そうかい、ほな棒ダラがあるがどぉじゃい?」
「棒ダラなぁ、あれを食うと友達が『お前、共食いだろ』とか言うんだよな、それから棒ダラ食べるのやめてる。」

「ほぉほぉ、あんた役者みたいにシュッとしてなさる、とてもそんな顔には見えんがの。なら、ニシンがあるがなぁ、」
「ニシンはあと口が渋いんだよな。」

「数の子は?」
「口の中にカスが溜まる。」

「ニンジンがあるがどぉじゃな?」 
「ニンジンの好きなやつはスケベェだとか言からな、食べないことにしてる。」
 もう雷は口から出任せの勢いで喋っている。

「煮豆があるがなぁ、」
「あれ、こうやって手がくたびれて、袖口が傷むから、煮豆は置いとこ。」
 雷は小鉢から煮豆を箸で掬い上げる振りをする。

「ほな、焼き豆腐は?」
「あれな、なんとなく気が詰まる感じがするんだよなぁ。」

「小芋の炊いたん」
「ヌルヌルして気色が悪い。」

「高野豆腐は?」
「かすつくなぁ、」

「ゴンボは?」
「屁が出る。」

「生節(なまぶし)は?」
「値が高い。」

「おまへんわ、あんたみたいに言ぅてたら、食べるもん何もありゃせんで、それでは。あんた今、『生節ゃ値が高い』とおっしゃったがな。大阪なんかとは違ぉて、この辺は山家(やまが)じゃでな。生節ちゅうたらカツオじゃで、紀州のほぉから運ぼと、大阪から運ぼと、伊勢の海から持って来よと、どぉしても、やっぱりこら値が高こ……」
 おそらくこの親父にすれば、自分の店に迷い込んでくる見知らぬ客人は、大抵、『大阪』からやって来ているのだろう。
 実際の『大阪』は、耕起によってロストして何処かに消えてしまっている。
 もっともこの時空はゾーンと繋がっている可能性が高かったから、過去の『大阪』は、どこかで未だに健在なのかも知れない。

 雷の故郷は、極寒市という、最近統廃合があって新しい名前を得た都市だった。
 中国大陸から伸びてくる一帯一路弾丸鉄道の停車駅が側にあり、それが返って裏目に出たのか、極寒市は旧約聖書に登場するソドムとゴモラさながらの、悪徳と頽廃が支配する暴力都市になっていた。

「いやいや、高いのはかまわないんだけど、今日は親の精進日なんだよな。親が死に際に『精進ぐらいは守ってくれよ』て死んだからな。」
「そうかい、それいかんな、ほな何か精進のもんを……、高野豆腐なんかどぉじゃな?」

「あぁ、そうだな、高野豆腐二人前持って来てもらおう。」
「はいはい。」

「あっ、ちょっと。持って来る時さ、高野豆腐の汁を絞ってきてくれない。」
「え~? それでのぉてさえ、あんた『高野豆腐はかすつく』とか言ぅてたのに、こんなものは、お汁の味で食べるもんじゃ……」

「いや、汁は、絞ってほしい。」
「そうかなぁ、ほなまぁ、ちょっと庖丁で押さえとこかなぁ。」

「そんなに、おそるおそる庖丁で押さえたりする必要ないぜ、手は洗って綺麗なんだろ。ギュ~ッとと絞ってくれ。」
 雷は陳列台の前で作業をいている親父の手元を見てそういった。

「そんなことしたら食べられやせんで、」
「俺の言うようにしてくれよ。」
「こぉか……」

「そんなの食べたら、かすつくだろうなぁ、、」
 親父の様子を見ながら雷が言った。

「何を今更、はじめから言ぅてまっしゃないか、」
「それでは食べられないよな。そこの鍋、それ生節炊いた汁があるんだろ?それダァ~ッとかけてくれないかな。」

「うまいこと考えたで、あんた。じゃが、今、『精進』と言ぅてなはった。」
「いやいや『精進は守ってくれ、汁ぐらいは辛抱する』ってのが親父の遺言。」

「そんな遺言がどこにある……、えらいこと考えたなぁ、ほなこの生節の汁を高野豆腐の上からかけるのかい。」 
「そうそう、あ~ッ、今、生節のカケラが一つ入った。入ったら出さなくっていいのと違う?親父、せこいぜ。」
「せこい?ようわからんけど、あんたの方が、気が汚いねん。」

「嘘だ嘘だ、精進は嘘。その生節もらうよ、一枚幾ら?」
「『一枚』てなこと言ぃなさんな、『一切れ、ふた切れ』とか。」

「いや、そんな薄いの一枚、二枚の言い方で充分だろ。それ、カンナかけたの?」
「よぉ、そんなこと言ぅなぁ。こんなもんカンナかけるかいな、庖丁で切ったんや。」
「名人やな、よくそんなに薄く切れたなぁ、吹けば飛ぶんじゃない?」
「なんぼこの生節が薄いちゅうたかて、これが吹いて飛んだら、お目にかからんわ、どやっちゅうねん。」

 雷が口を尖らせて、息を吹き出す仕草をする。
「フッ。ホ~ら、飛んだ。」
「今儂が、ここに入れたんじゃがな、オモロイ人やなぁ、ホンマに。」



「あのさぁ、酒はあるかい?」
「あぁ、この村には銘酒がありますでな、」

「銘酒!いいね!どんな銘酒があるの?」
「『村さめ』に『庭さめ』に『じきさめ』といぅ銘酒じゃ」

「あまり聞ぃたことないなぁ。その『村さめ』っってのはどういぅ酒?」
「ここで呑んでるとホロ~ッと酔いが回ってくるなぁ、」
「そこが酒の良い所だぜ、あれで色々、身体から苦労が抜けてく。」

「で、村を出外れる頃になると醒めるで『村さめ』じゃ、」
「なんだそれ、頼りない酒だな、『庭さめ』ってのは?」
「ここで呑んでて、庭へ出ると醒めるなぁ、」

「『じきさめ』は?」
「呑む尻から醒めるなぁ、」
「呑まない方がまし、そんな酒……。エゲツナイ酒や、たくさん酒ん中へ水入れるんだろうな?」

「そんなことはしませんで、水ん中へ酒を回します。」
「うわぁ~、水臭い酒、」
「いや、酒臭い水じゃ。」

「言うね。まあいいや、ちょっとその『村醒め』ってのを二、三本持って来てもらおうか……。」
 親父は苦笑いしながら酒を持ってくる。

「久しぶりの日本酒!さぁもう、猪口(ちょこ)なんか置いて、湯のみ湯のみ。とにかく、こういうとこでは贅沢は言ってらないからな。」
 雷は鳴に言って聞かすように、湯飲みに酒を注いだ。

「大丈夫かい。プロテクが警告を送ってくるんじゃない。あれ飲酒には対応してないから。」
「さっき、そっちのスィッチを切った。心配すんな、第一、『村醒め』だぜ。」
 雷がクゥクゥ、クゥクゥと、咽を鳴らしながら『村醒め』をあおる。

「これ、意外とまだ酒らしぃ味がするぜ。まだましなほうって事だな。」
 雷はまた、クゥクゥと咽を鳴らした。


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