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第1章 統合SFXの帝王の遺産/ウィースム
過去という現在.04: ウィースムの始まり、あるいは時限文明爆弾
しおりを挟む見上げる夜空の一点から突如、桃色の雲が湧き上がり、それはやがて大量の桜の花びらを地上に撒き散らしながら消えた。
灯籠の灯りに照らされながら舞い降りてくる花弁を、ギラがその白い喉首を見せながら見上げている。
渦紋がステルスヘリに送り込んだ桜を撤退させたのだろう。
『この小僧、綺麗な喉だ、、。吸血鬼の気持ちが良くわかる』と、白竜は素直に思った。
・・・・・・・・・
地球規模の範囲でランダムに、大は国家のスーパーコンピュータから、小は個人用コンピュータに対して、奇怪なデータが入力され始めた。
それらの入力時の状況も様々だった。
残業で会社のコンピュータに顧客のデータを打ち込んでいた社員が、居眠りから目覚めると、今まで打ち込んでいたデータが化けて、ソレが発見された事もあるし、高校生がレポート作成時に目の前でレポート自体がソレに化けた事もある。
オンラインされているコンピュータであろうが無かろうが、あるいはそれが簡易機種であってもなくても、その現象・ウィースムは起きた。
超常現象であっても、そのデータが意味のないものであったなら、都市にありがちな新しい怪談話で終わる事が出来たかもしれない。
しかし、そのデータは、人類の科学水準をはるかに越えた発明と技術で満ち溢れていた。
そしてそれらは、科学者たちにとっては錬金術としか感じられない道筋を通って成立していた。
未だに科学者達は、このどの一件のデータも、人類の科学大系上で分析しきることが出来ないでいる。
データに使用されている言語体系は旧知のものであるのに、データを指示通りに実現化して行くと、何故か、人知を超えるものが出来る、、、その理由が解らないのである。
旧知の概念上にあるものなら解析可能な筈なのにそれが出来ない。
ただし、それらのデータ群の中には、反重力装置や光速を越える推進装置などの類のものは少数で、完璧なクローン技術や、延命薬、変身装置など、主に人間の肉体的な願望に直結したものが多かった。
それは、材料と設備さえあれば原爆が作れるように、今まで夢として閉じこめられていた制御不可能な願望を簡単に実現化するデータでもあった。
聖職につくものは、この現象やデータを、『悪魔の林檎』と呼び、人間存在の堕落につながるものと考えた。
ある社会文明学者は、これを『時限文明爆弾』と呼び、それらの発明品あるいは技術が、将来的に社会文明に与える波及効果を、否定的なものとして捉えた。
結局、この現象は単純にラテン語で「見られたもの、現れたもの」を表すvisum・ウィースムと呼ばれる事になった。
しかし残念な事に、彼ら識者達の社会への警鐘が受け入れられたのは、このウィースムが起こってから数十年後だった。
その数十年の間に、それらのデータをある程度消化利用できる文明圏では、貪欲にこの『悪魔の林檎』の果実をしゃぶり尽くしていた。
たとえば北ドルン国では、簡易で完全な性転換の技術が蔓延し、ジェンダーの変幻に耐えられなくなった家庭の崩壊が深刻な社会問題として今なお続いている。
白竜が生まれた赤国は、世界有数の科学技術国であったが故に、すでに社会はウィースムによって、その方向性を見失い末期症状にあった。
金曜日の夜の繁華街は、一パーツに付き二千クレジットという、一般サラリーマン半年分の給料で自らを改造しサイボーグ化した若者達の暴力事件がひっきりなしに起こった。
赤国の首都「京」の闇人体改造屋の存在は、推定、三千軒にのぼると言われている。
この末期症状の対抗策として国家が、遅ればせながら打ちだしたのが、国連ウィースム科学技術管理機構への加入と、ウィースム科学技術管理法案だった。
白竜が所属するのは、この国連ウィースム科学技術管理機構赤国支部だった。
世界主要国で構成されるこの機構の目的は二つに大別される。
各国で、国内にすでにばらまかれたウィースムによる技術と設備・データを総て回収する事、更に頻度こそ少なくなったが、今なお続いているウィースムがもたらすデータ発現を、個人や企業にさきがけて回収し管理凍結する事。
そしてウィースムが投げかける三つの命題を解明する事に分けられる。
三つの命題とは(どのような存在が、何の為に、いかにして)ウィースムを発現させたかである。
ただし、(何の為に)については、「人間を堕落させ破滅させるため」という説が、機構内では通説となっていた。
更に突き詰めて言えば、「なぜ人間を破滅させるのか?」が、ウィースムの送り手の意志性格を規定する一つの道筋なのだが、これには(純粋な悪意)の存在が想定されていた。
そして2785年、その純粋悪意を持つ存在を裏付けるかのように、機構本部のメインコンピュータをねらって、ウィースムが関連すると思われる災害性特異現象の発現を予告したデータが入力され始めた。
それは「予言書」めいていた。
だが、そもそも「予言」とは、誰が何の為に行うのか?
その「特異現象」とは何か?
ウィースムとどう関係があるのか?あるいは、これはウィースムそのものなのか?
人々への救済の為か、人々に備えさせる為か、はたまた危機の不可避を受け入れさせる為か、、、一切が判らなかった。
無論、ウィースムはランダムに起こるのが常であったから、機構本部のコンピュータに予言書が出現した事実を意図的とは言い切れなかった。
機構の人間も、今までのウィースムに現れていたデータの質と、機構に送られて来たそのデータの質が余りにも違うため、ソレを巧妙な(人間)のいたずらと初めは思ったらしい。
しかし、二度三度と同じデータがどこからともなく割り込んでくるに至って、機構は事の重大性に気づき始めた。
機構のメインコンピュータに侵入する事は、(人間)の技術レベルでは、ほぼ不可能であったし、何よりも侵入先を逆探知する強力な装置が機構にはあった。
それをメインコンピュータ自体に使用した結果が、(逆探知不能)と出たのである。
この『予言書』は、国家単位の最高機密として扱われ、極秘裏に実地調査が行われる事になった。
ウィースムに対応して設置された機構に所属する人間で、しかも第一線の現場で働く有能な人物に、この任務がまかされた。
その内の一人が白竜である。
もっとも白竜自身は、ウィースム発現と同時期に、地球近くの宇宙空間に突如出現した超時空ゲートの監視と管理の任に付きたかったようだが、それは叶えられなかった。
彼の思いとは裏腹に、白竜の適性が、こういった荒事に向いているのは、誰の目にも明らかだったからである。
機構の現場の仕事とは、データの回収と凍結であるが、具体的にはウィースムから得たデータを独占し、それによって莫大な利益を得ている裏企業との対決であったり、個人がデータを自分自身の体に具現化して利用した場合、その人間自身を逮捕する作業をさす。
彼らは捜査取締官と呼ばれるが、中でも特一級捜査官になる為には、優秀な頭脳を含めていくつかの条件が必要だった。
特に基本的な条件の一つとして、サイボーグ化や超常能力を得るための投薬処理をしていない、純粋な身体の持ち主である事が挙げられる。
ウィースムのデータを回収する側の人間が、ウィースムの力を借りるわけにはいかない事と、純粋で強靭な生身の肉体は、捜査官のステータスとなり得るし、それがウィースム・データを利用する側の人間に、強烈な精神的圧力として働いた為である。
しかしナチュラル・スーパーマンと言われる特一捜査官といえど、全身を戦闘用にサイボーグ化した人間等と互角に戦う事は出来ない。
その為に特一捜査官は、(人間)の現在持ち得る最高技術で構成したバックアップ支援を受ける。
白竜の上に常に影のごとく飛んでいるヘリや、ケースによっては機動スーツを着込んだ戦闘員の支援などが、それにあたる。
拳銃対弓矢の戦いでも、戦う者が人間同士なら、まして人数に差があれば、弓矢を持つ者にも勝機があるという事だった。
だが、超常能力がその戦いに導入されればどうであろうか?
拳銃の弾丸が、科学的な分析さえ出来ないエネルギーのバリヤーではじき返されたら?そしてそれに対抗する為の力が、封じ手で使えないとすれば、どうであろうか?
予言書の調査活動は、そういった領域の元で行われると判断した機構は、民間で合法的にウィースムの力を手にいれたある宗門に協力を依頼した。
バックアップに民間の協力を得たと言う事だけで、機構は形式上、これまで取り続けてきた姿勢を崩さないで済む。
そういった経緯で、白竜と組む事になったのが渦紋なのである。
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