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最終章 終焉、あるいは再生への道筋

79: むず痒いような痛いような

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 ボディガードの福西は、少しの間、目を閉じて、自分の耳に挿入してあるイヤホンから流れ込むムラヤマ達の猥雑音を締め出し、代わりに先ほど確認した部屋のトイレにある小窓の様子をもう一度思い出した。

 部屋が外部に晒されている箇所は、ドアを除けばその小窓しかない。部屋の中にあるカーテンのかかった大きな窓はダミーだ。
 普通のホテルなら噴飯モノだが、ここはそんな施設ではないし、利用客にとっては、かえってその方が都合がいいだろう。

 その小窓は隣の空き部屋のものだったが、この手の建物では、しつらえが部屋ごとに変わる事はない。
 ムラヤマ達がいる背後の部屋のトイレにも、同じ小窓がある筈だ。
 重要なのは、その小窓の存在より、隣の建物との間の隙間の広さだった。
 その幅は40センチ程。

 福西が苦労してその隙間に顔を突き出し、外側の周囲、上下左右を観察した所によると、あちこちに出っ張りがあり、隙間は奥に進むに連れて更に狭くなり、小さな子どもでも入り込むことが難しくなっていた。
 狭い隙間を、己の関節を外したり継いだりしながら這い進む蛇のような侵入者、、福西はそのおぞましいイメージを追い払う。
 あり得ない。

 やはりあの小窓からの進入の可能性はない。
 小窓の上にあった通風口などは、大人の頭一つがギリギリの大きさ、、この可能性はもとよりない、ならばこのドアの前で全神経を集中していれば侵入者を防げると福西は結論づけ、自分の意識を再びムラヤマのむつみごとに戻した。

 残る可能性は一つ、今、ムラヤマが相手をしている少年が刺客になる事だったが、そこまで予防線を張らなければならないとするなら、これ以上、奔放なムラヤマのボディガードを勤め続ける事は出来ないと福西は思った。
 ムラヤマは、今、自分が何者かにその命を狙われていることを知った上で、このような行動に出ているのだ。
 それに福西は、一応、その行為を止めることは止めた、それが臨時の雇われボディガードの限界だった。

 だがムラヤマは、ああ見えても狙撃を恐れて、いくつも空き部屋のある個室から、道路に面した部屋を意識して外すような用心深さを持った男だ。
 そしてムラヤマは凶暴だった。
 雇われて1ヶ月にも満たないのに、ありとあらゆる場所に付いて行かざるを得なかった福西にはそれが判った。
 今、ムラヤマが相手をしている少年の体格であれば、例えその正体が刺客であったとしても、むざむざとやられはしないだろう。
 むしろ現実的に福西が心配しなければならないのは、少年の体のほうだったかも知れない。
 ムラヤマのセックスはSM、いや暴行に近いのものだったから、、。


 隙間に入り込み、地上から3メートルほどの位置に蜘蛛の様な格好で登りついた煙猿の目の前に、どうしても迂回できない木製のボックス仕様の障害物が出現していた。
 窓の外に何かを収納しようとして、それを設置したもののやがて放置された、、その様な代物だろう。
 結構、頑丈そうな造りだった。

 煙猿は腰のベルトに吊してあったリール型のキーホルダーを右手で外し、その手を、幅40センチほどの細長い地面に向けてだらりと下げた。
 ホルダーの先には、キーのように見えなくもない結構大きな金属片があり、それをホルダーのロックを外して、釣り糸を垂れるように地面に落とした。
 先端とフォルダーの間を結んでいるのは、極細の特殊鋼で出来たワイヤーソーだった。
 それは半島で暗殺の為の体術を教え込まれ、更にいくつもの武器の扱いについても習得を重ねた煙猿が、一番、気に入っている武器だった。

 ワイヤーソー全体が刃物であり、その動きも制御しにくい事から、これを教えた半島の教官も「接近戦で相手の不意を付いて首に巻き付けてそれを切り落とすぐらいの使い方しかないな。切れ味が凄すぎる。それに動きが鞭のようだが、形状記憶金属のような性質も混ざっていて扱いにくい。扱いを間違えて、もしこれが自分の体に巻き付いたらと思うとぞっとする」と言った代物だった。

 煙猿が、垂れ下がっている金属片を何気なく手首のスナップだけで、一旦それを斜め前に大きく振り出した。
 次に金属片を前方から少し手前に引き戻すと、それに呼応してワイヤーソーが制御を失った振り子のように跳ね上がり、前方の障害物を下から巻き込んでいく。
 障害物の向こう側を半周して手近に戻ってきた金属先端を手にした煙猿は、それをホルダーと共に握り込んで手前に引いた。

 箱形の障害物はそれなりの手応えを煙猿の手のひらに伝えたあと、切り離され、ユックリと落下しようとしたが、煙猿が手を突き出してそれを止めた。
 煙猿は箱形を引き寄せると、自分の後方にある出窓の枠にそれをそっと乗せた。
 その間、煙猿の見せた動きは、ボディガード福西が頭の中で想像した、正に「蛇男」あるいは、蜘蛛の動きそのものだった。


 少年を背後から犯しながらムラヤマは、その太い指を無理矢理開かせた少年の口の縁に引っかけ、後ろへ引っ張った。
 頭の中では、既にその口は引き裂かれているのだが、ムラヤマはかろうじてそれを現実化することを押さえつけていた。

 右手だけを離し、その指先で少年の舌を嬲る、、引き抜きたい、、その気持ちも抑える。
 昨年、東南アジアに視察に行った時には、現地で少年を買い取って好き放題したのだが、いくら権力があっても国内でそれは無理だ。
 地元の警察は抑えられるが、こちらの足を引っ張ろうとする対抗勢力に、それをネタにつけ込まれる。

 ムラヤマは少年の身体を軽々と抱き起こし、ベッドの上であぐらを組んだ己の股間に座らせた。
 背後から抱きかかえれた少年は、今までの激しい責めから一転したその姿勢に安心したのか、その背中をムラヤマに預けた。

 ムラヤマは自分の一部を少年の中に奥深く突き入れたまま、まるで少年の局部が自分のそれであるかのようなポーズで扱き始める。
 少年の耳に被さる髪を舌で押しのけ、耳蓋を口に含む。
 このまま、この柔らかい耳蓋を噛みきりたい、それ位なら、後始末は出来る。
 噛み切ったそれを、少年の悲鳴を聞きながら咀嚼したら、きっと見事に果たせるだろう。
 ムラヤマは器用に自分の舌先を丸めて、少年の耳蓋を口元に引きよせた。

 その時、ムラヤマは自分の肌に、細長くむず痒いような痛いような微かな異変を感じた。
 ムラヤマが極度の興奮の中に有りながら、その些細な感触を感じたのは、それが余りにも非日常的で異質な感覚のものだったからだ。

 次に自分が抱きかかえている少年もそれと同じ感触を感じたようだ。
 その身体が何かに備えて緊張し硬直している。

「僕、あまり縛りは好きじゃないんです、、、それにこれ細すぎ・・」
 おそらく、前に誰もいない少年の視覚からは、自分の身に起こっている事がある程度理解できるのだろう、とムラヤマは思った。
 そして少年の言葉を聞いたムラヤマは、不意にある理解にたどり着き、後ろを振り向いたのだった。
 そこには、額の中央に天使のリングのような輪を浮き上がらせた男が、薄ら笑いを浮かべながら立っていた。




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