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第6章 煙の如き狂猿

64: 羞恥な遊び

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 煙猿は俺の頭部を鈍器のようなもので殴った後、俺を自分の車に押し込み、更に何か薬のようなものを嗅がせたらしい。
 普通なら目が覚めた俺は、自分が縛られていないかどうかを、すぐさま確認し、隙あらば車から逃げ出す算段をしていたはずなのだが、全然そうならなかった。
 俺の生存本能の濃さは、練乳ミルク並なのに、である。
 なんと俺は、後部座席に寝かされた酔っぱらいのように、弛緩したまま口をあんぐり開けて、車の外の光景をボーッと眺めていたのだ。

 首も動かない、、身体の筋肉が弛緩しきっているようだった。
 煙猿は、何かの薬物の吸引剤を使って、俺を縛り上げる手間を省いたのだ。
 車は特に飛ばすでもなく、普通に街中を走っていた。
 つまり煙猿は、蛇喰らの追跡をうまくかわしたという事だった。

 ・・・・・車で揺られている間に、例のUFOが俺に通信を送ってきた。
 とうとう俺にも、宇宙人のグレイ君によるアブダクション招待状が届いたのかと思ったが、そうじゃなかったようだ。
 と言うか、俺が時々見る、あの尾翼に二本の白い葉巻みたいのが生えたのは、UFOなんかじゃなく、やっぱり地上に降下してきたI.S.U.エンタープライズ号、、つまり江夏由香里がゴォークを使って変身させた俺の魂なんじゃないかと思えてきた。

 そう言えば、リョウが時々、街中で出会うというミスター・スポッキィという人物の事だが、俺の情報では本名が二芋居礼雄というイカれたコスプレ叔父さんなんだが、そいつも本当は、何かの象徴なのかも知れない。
 例えば、調子の狂ったゴォークシステムに発生したエラーだとか、、。
 そして江夏の名付けた「I.S.U.」の頭文字は、Inner surface of the universe、内面宇宙の略だろう。
 で、そのI.S.U.エンタープライズ号は、「なんとか頑張れオレ!でないと、リョウがやばいぞ」と、警告にもならない警告を、俺に送りつけているのだった。

 『フレー!フレー!ニッポン』なんて、叫ぶだけなら誰でも出来る。
 叫んだだけで、自分が何かをやった気になるな、って話だ。
 俺同様、役に立たないUFO魂が、送ってきたのは、「黒いリョウ」の墜ちていく姿だった。
 「黒いリョウ」は、本当のリョウではないことは、なんとなく判った。
 つまり、俺が見せられるのは「お前がだらけていると、あのリョウは、こうなっちまうぜ」と言う、予測と不安の固まりなのだ、、、。

 って事で、俺の身体は、エンタープライズ号に使われている転送装置で分解され、復元座標を指定される事もなく、「黒いリョウ」の側に転送された。
 まあオカルト風に表現すれば、俺は「黒いリョウ」の憑依霊状態になっている訳だ。
 それが、残された人間達を守る先祖の背後霊じゃないところが哀しい、、、。


    ・・・・・・・・・


 コビト達の空耳音頭が聞こえてる。
 俺の耳の中でコビト達が、ヤッサエイホーサッサと声を合わせて音頭を歌っているのだ。
 そしてその音頭の歌声に、時々混じるように、何かを俺に向かって言ってる煙猿の声が聞こえた。
 いやそれは現実ではなく、きっと調子の狂ったゴォークシステムのせいだ。


 この世界での銭高零が立てたプランというのは、リョウと奴との二人で、檜根崎お初天神通りの天球儀ホテルに部屋をとり、男の姿から着替えと化粧を済ませて、夕暮れの高層ビル街をデートするというのが、第一ステージだったようだ。
 あの銭高零とリョウが、なぜ一緒にいるのか、その事だけでも俺は気が狂いそうだったが、これが警告で、この洗礼を、俺自身が受けない限り、俺は元のエンタープライズには実体化して戻れないようだった。

 リョウは、洋服をアフターのOL風にまとめている。
 女の子というのは不思議なもので、男と違って、化粧をすると外見上の年齢の壁を一気に飛び越えてしまう。
 もっともリョウが、女の子と言えるかどうかは、又、別の問題だったが、、。

 ボーダー柄のブラウスとミニ丈のスカート、そしてそれに黒のジャケットを羽織り、下着はおとなしく白のブラジャーとショーツのセット。
 足元はパンテイストッキングではなく、ロングストッキングをガーターベルトで止めている。
 その姿は、地味だが、十分に可愛い。
 だがリョウの側にいるのが、女装では大先輩に相当する零だから、この時点でリョウは、己の女装の出来映えにドキドキしているようだった。
 見ていて、胸くその悪い光景だった。

「大丈夫。リョウはスタイルもいいし、顔も綺麗だから、堂々としていれば誰も気づかないよ。」
「でも....」

「いちばん良くないのは、必要以上におどおどすることかな。そんな雰囲気を出してると、相手は『おやっ?』って思うものだよ。」
 たしかに銭高零の化けっぷりは、凄い、俺も一度ならず、二度騙されている。
 だが三回目は、こちらから仕掛けてやったが、、。

「........」

「恥ずかしくなったら私の腕を取って肩に隠れればいい。そうすれば皆、私達のことをアフターファイブのレズカップル程度には思ってくれるわ。」

「はい.....」

「それと、途中では女の子になりきること。自分で男の子のシンボルを意識したり、間違ってもさわっちゃだめだよ。こんなものはついてないのよ、と思うくらいじゃないと、女の子になりきれないんだからね。」

「わかりました.....」
 女装指南など、リョウには釈迦に説法だと思うのだが、この「黒いリョウ」は、素直に零の指示に従っている。

「この約束が守れたら、後で思い切り気持ちのいいことをしてあげるからね。」

「思い切り気持ちのいいことって.....」

「それは無事帰ってきてからのお楽しみ」

「じゃ、いこうか」

 そんな感じで二人は会話を終え、部屋のカードキーを抜いて天球儀ホテルを後にした。

 零はリョウに、まずは薄暗い公園で女装外出の試運転をさせ、その後で、ハルカビルの展望階に昇った。
 リョウは、夜景をうっとりと見ているうちに、その気になったらしく、演技抜きで、零の腕をギュッと握り締めて、その身体を預けている。

 それがレズぽい気分なのか、零の隠された男性に、女装したリョウの女の部分が反応しているのかはよく判らない。
 第一、相手はいくら世界と次元が違うとはいえ、あの銭高零なのだ。
 俺は複雑な気分になったが、この霊体のような身体では、手出しのしようがない。
 零も、リョウの肩に手を回して、リョウのアンダーバスト部分を澄ました顔をして撫でている。

「ア...」
「ふふふ、こちらはどう?」
 今度は手を前に回して、スカートの上からリョウの恥ずかしいところを撫で始めた。
 既にリョウの股間は興奮して固くなっているようだ。
 零はそれをわざと確かめるように、何度も何度も手を上下さている。

「やめて.....、やめてください....」
 リョウの声が消え入りそうになる。

「、、お手洗いにいかせてください....」

「今のあなた、入れるのは女性用だからね、気をつけてね。私はそこでコーヒーも飲んでるわ。」
 そういって零はリョウと別れ、展望階の喫茶スペースに入っていった。
 一瞬女性用のトイレの前で、リョウはそこに入るかどうかを迷ったようだが、やがて思いきったように入室した。
 これも本来のリョウとは違う。
 俺の知っているリョウは、女装したら完全に女性になりきっていて、トイレの男女の選別に迷ったりはしない。
 第一、リョウみたいな可愛い女の子が、男性トイレに入ってくる方が問題は大きいのだ。

 化粧室には他に誰もいない。
 リョウは個室に入りカギをかけ、スカートを捲り上げショーツを下ろしている。
 おいおい、なんでこんな所まで、俺はついて行ってるんだと、思ったが、今の俺は「黒いリョウ」に群がる雲霞の固まりの霊体みたいなものなのだろう。

「あぁ、こんなに大きくなっちゃった.....」
 ホテルを出る時の零との約束もあったのだが、リョウはもう我慢できなくなったようだ。
 リョウは、思わず自分のペニスを握り締め、腰を動かしながら、オナニーを始めた。
 、、まあ俺も男だから、その生理は判る。

 以前の世界では、俺は結構、女装した時のリョウを神格化している部分があったが、こちらの「黒いリョウ」はどうやら平凡な男の子のようだ。
 というか、この黒いリョウは、俺の概念の抽出だから、それで当たり前なのかも知れない。
 それが、俺がゴォークに接続されているという事の意味なのだ。

「リョウって、すごい変態、女装して、女性のおトイレでオナニーしているんだから.....」
 自虐の言葉を呟きながら、リョウの右手のストロークが早くなっている。
 リョウは思わず出てしまいそうになる自分の声を低く押し殺している。
 しかし、それでもリョウの絶頂はすぐにやって来たようだ。
 女性用トイレの便座の上に、リョウの体液が飛び散った。

「、、、気持ちいい、、」
 意識が吹き飛びそうな感じ、こんな気持ちのいいオナニーは初めて経験した。
 ・・・って、ソレは俺の感覚だった。
 リョウとシンクロしてる・・なんだか、俺はこの理屈がよく判らなかった。

 リョウが洋服と化粧を整えて、展望室の零の所に戻ると、零は冷たい口調で言った。
「遅かったわね、リョウ。」

「あ、あの....おトイレが混んでたんです。」

「あれ、リョウのあとから行った人は早く帰って来たよ。」

「えっ.....」

「やっぱりトイレでいけないことしてたんでしょ。」

 リョウはとっさに言葉が出ないようだ。

「私は、お外でエッチ過ぎる子って、あまり好きじゃないんだけどなぁ。常識ないんじゃない?」

 零はテーブルの上の伝票をとって、スタスタとレジの方へ歩いていく。
 リョウは慌てて零の後を追った。
 零は下に降りる高速エレベーターに乗った。
 エレベーターの中は誰もいない。

「零さん、ごめんなさい....」

 リョウが可愛く言った。
 俺はこんな可愛らしい口調のリョウを見たことがない。
 しかし零は、冷たい横顔を見せるばかりで何も話さない。
 リョウの顔には、零さんに嫌われちゃった、、という後悔の表情が、浮かんでいる。
 馬鹿野郎、そんな奴に嫌われたって、なんにも問題ない。
 第一、そいつは、お前を、、。




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