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第5章 因縁 medaillon(メダイヨン)皮剥男
49: 斉藤という男
しおりを挟む先ほどから奇妙な視線が、俺達二人に纏わり付いていた。
監視、敵愾心、排除、そういった諸々が混じり合った視線だ。
その視線は、俺達が入り込んだ通りにたむろする若者達のものだった。
一人一人、バラエティに富んだ自由な服装に身を固めているのに、全員同じ制服を来ているようにしか見えない若者達、、、。
京都の夢殿では、毎度感じる突き刺すような視線だが、ここのそれには更に粘りけがある。
「どうも俺は、この街では場違いな存在ってやつだな。自分では話の分かるおっさんぐらいのつもりでいたんだが、、。」
「いいんですよ、これで。向こうの方から動き出して来るんだから。」
もう零の威光が及ぶ、エリアに入り込んだってわけか。
不審なよそ者を見逃すな、といったような暗黙の指示が彼らに下っているのだろうか。
「そうかな?俺は別にして、あんたはどんな素人が見たって、ちょっと注意さえすれば筋者だってことが判る。一見ファッションモデルみたいに見えるが、刃物が歩いてるみたいなオーラは隠しようがない。ちょっとでも脳味噌のある奴なら、ちょっかいは出さないと思うがな。」
「ここの奴らは、その脳味噌を零さんに吸い取られているんですよ。そこの路地に入って見ませんか?うまい具合に人影がなさそうだ。ああ、お渡ししたもの持ってますよね?使っていいですよ。後始末は、うちがします。」
斉藤がお渡ししたものと言ったのは拳銃の事だ。
昨日、会長宅で手渡された、密造銃ではない本物の拳銃だ。
しかも綺麗なものでアシが付かないという。
命のやりとりの道具。
一度はこれを使う自分に憧れた事もあるが、今はもううんざりだ。
それが、俺がこの仕事を投げ出したくなっている要因の一つでもある。
そして、その拳銃を使う事を、又、その拳銃で死傷者が出ることを、当たり前のように喋る斉藤の態度が俺の胃のしこりになりつつあった。
俺達が狭苦しい路地に入り込んだ途端、俺達の退路を塞ぐように、出口と入り口に数人の今風の格好をした若者達がわき出してきた。
斉藤が不敵に嗤う。
むしろ彼はこんな状況を楽しんでいるように見えた。
『ちんぴら共が、この俺様に因縁を吹っ掛けてきた。さあこれで人が殺せるぞ』
あらゆる事にかこつけて、酒が飲めるぞ、という酒飲みの戯れ歌があるが、そんな感じだ。
「おっちゃん達さぁ、何しに来たの。」
礼儀の欠片は、母親の胎内に忘れてきたと言わんばかりの、幼くて不潔な言葉の響きが若者の唇から漏れた。
「答える義務が、私たちにあるのかね?」
斉藤は、やくざにしては恐ろしく洗練され制御の効いた男だが、だからと言ってその綺麗なスタイルを、こんなチンピラ相手に示し続けられる程の我慢の持ち合わせがあるとは、とても考えられなかった。
「、、はは、、どっかで聞いたような台詞だね。でもそんなのは、映画の中だけだよ。鼻水垂らしながら泣いて、その台詞、もいっぺん言ってみな。」
ヒップホップスタイルのちんぴら共と、高級デザイナーズスーツに身を固めたやくざの対決が始まろうとしていた。
「零か、ヒヨコの居場所を知ってんだろ?教えろよ。そうすれば、お前達の無駄な喧嘩の手間も省けるだろが?」
俺は、斉藤が彼らの挑発に乗る前に、最初に喋り始めた背の高いピアス兄ちゃんに尋ねた。
尖った顎の先に生えた産毛のような髭が苛立たしい男だった。
売られた喧嘩を斉藤より先に、へたれな俺の方が買う。
少なくともこの場は、この俺が主導権を握る方が、血を見る率が低そうな気がした。
ところがピアス兄ちゃんが、次の挑発文句を考えている間に、斉藤が先に動き始めた。
その動きがあまりに速かったので、若者達のグループはそれに対する反応が出来ないでいた。
斉藤が嘘みたいな速度で、ピアスの若者との間を詰め、スーツの内から拳銃を取り出すと、彼の腹に銃口を突きつけていた。
「腹で勘弁してやる。即死だけは避けられる。その代わり苦しみは長いがな。地面にぶち巻いた自分の内蔵見てみるか?」
俺は人間の顔が、こんなにも早く青ざめるものだとは、この歳になるまで知らなかった。
そして俺は、嫌々ながら自分の拳銃を取り出し、あっけにとられている若者たちに、よく見えるように構えた。
「馬鹿だな、お前ら。ここで私が素手で喧嘩を始めるとでも思ったか?」
斉藤が嬉しそうに言った。
もうこうなったら、この場を何が何でも俺たちが完全に制圧しなければならない。
大量の血を流させない為だ。
斉藤は脅しで、やってるわけではない。
自分が一人や二人誰かを弾いても、身代わりはいると思っているのだ。
だが俺にはそんな身代わりはいない。
まるでアクション映画の一場面みたいだと思ったが、これは現実だ。
誰かが暴発し、もし事が起これば、俺は一生刑務所で過ごす羽目になるだろう。
「下手な動きをするなよ。お願いだ。俺は殺人犯にはなりたくない。俺の隣にいる、この若い兄ちゃんを刺激するんじゃない。この方はプロなんだよ、、。俺と違って人を殺してもその罪を償う身代わりが立てられるくらいのな。」
我ながら最後の言葉は情けない口調だったが、それが換えって、真実味を周囲の若者達に伝えたようだ。
若者達は、俺の言葉と斉藤の挙動に完全に凍り付いていた。
「、、、さっきの無礼をわびるつもりはあるのか。」
斉藤がゆっくりと言った。
俺は若者に、謝れと念じた。
そうしなければ、斉藤は躊躇わず引き金を引くだろう。
若者の頭が痙攣を起こしたように縦に揺れた。
今度は拳銃の銃口が若者の顔面に向けられた。
「そうか、、だったら即死で勘弁してやる。」
「斉藤!!止めろ。とばっちりは沢山だ!!」
俺は思わず悲鳴を上げた。
斉藤がいらだたしそうに舌を鳴らした。
そして何かを我慢するように下を向く。
斉藤は悪魔の顔を隠している、今は下を向いて隠れて見えない剥き出しの「斉藤」を。
その様子に、俺までぞくっとした。
「この人の顔を立てて、もう一度だけ聞く、、零さんは何処にいる?」
斉藤が再び面を上げる。
斉藤の顔が氷で出来ているように見えた。
「しししりません。本当です。嘘じゃありません。」
「嘘じゃないのは判ってる。此処まで来て、私に嘘をついた人間はいない。だったらヒヨコはどうだ?」
「菅さんは、シズルにいるかも知れません。」
「シズルか、、。ふん、いい度胸だな。」
次の瞬間、若者は地面に倒れていた。
頭が割れて血が流れ出していた。
周囲にいた若者達は、その姿をみるやいなや、驚くほどの速さで四散していた。
斉藤の拳銃のグリップが血糊で汚れている。
拳銃を握り変え、振り上げ振り下ろす、それだけの動作を一瞬の内に斉藤はやってのけたのだ。
その早さの秘密は判っていた。
もちろん斉藤の運動能力の高さだ、しかしそれ以上に、ものを言っているのは、斉藤の暴力に対する「躊躇い」のなさだった。
斉藤がもし暴力に忌避や、逆に欲望を感じていたなら、これ程までの自然さは生まれなかったに違いない。
斉藤は呼吸をするように、暴力を振るえるのだ。
「行きましょうか?」
斉藤は何もなかったようにそう言った。
俺の方に向き直った斉藤の顔は、何の変化もなかった。
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