上 下
40 / 85
第4章 魔界チェルノボグ・サーカスでの彷徨

39: ブラック・キュアアンフィニ

しおりを挟む
「お二人ともチェルノボグは初めて?」

 プラスティネ-ション標体の前で凍り付いている僕たちの背後から声がかかった。
 妙にテカテカした素材で出来た竜の模様のある白いチャイナドレスの女が近づいて来いていた。
 僕は、スナップドラゴンのゲームに成功し、この竜を呼び出したのだろうか、、、。

 背が高くて筋肉質な身体に、ドレスの白い生地がぬめるようにまとわりついている。
 でもその生地はラバーでもない、PVCでもない、、一体何で出来ているんだろう、、、それにしてもこの女、腰は見事にくびれているけれど、肩幅が立派過ぎる。
 その女もゴムで出来たガスマスクを被っていたが、色が違った。

 毒々しい紫。
 ゲストのガスマスクの色は総て黒だ。
 鮮やかな紫で、光沢のあるエナメルに近い塗料でコーティングをしてあるのだろう。
 ガスマスクのぞき穴である丸いガラスの奧に、強いアイメイクをした女の目が見える。
 深くて嗄れた声や、血管の浮いた腕からそう若い女ではないことが読みとれた。

「おたく、ここの人?」
 さすがにおぼっちゃまくんは上流階級の人なので、こういう場面でも物怖じというものがない。

「まあ、ある意味、そうとも言えるわね。ところで・・チェルノボグの醍醐味は人体剥製の鑑賞だけじゃないんだけど、少し覗いてみる?私が案内してあげるわ、」
 ゆで卵を逆さにしたような紫ガスマスクの頭頂にスポットライトの光が反射してる。
 僕の頭の中で、危険信号が微かに点滅し始めている。
 これはなんの合図なんだろう?

 紫ガスマスクの女は腰を振りながら、ヒールの先端をコンクリートに突き刺すように歩く。
 この女の着ている生地はなんだろう、、、見たことがない、テカリを売り物にする布地は身体に対するフィット率が高い、、つまり生地が薄い事が多い。
 けれど、この女の着ているものは妙に分厚く見える。
 パンティのラインだとか、ブラのラインだとかが映らなくていいんだろうけど、、。

 チャイナドレスの深いスリットラインから見える脚は、強度の高いストッキングで覆われていて筋肉質で見事なほどすらりとしてる。
 そうだ・・・女装した男!!やっと気付いた。
 チャイナドレスの下は、きつい体型補正下着やパッドなんかが、いっぱい隠されているに違いない。

 いつもなら一目で見抜ける事が、ガスマスクや場内の異様な雰囲気に呑まれて気が回らなかったんだ。
 でもその事に気が付いた途端に、僕の中の危険信号は、何故かもっと強く瞬き始めた。
 このとき僕の直感は、違う事を訴えかけていたといのに、僕にはその正体が判らなかったのだ。

 その暴発した直感の為に、気持ちが凄く混乱していた。
 最近見たアニメで、ある男の子が、本来、女の子の特権である筈のスーパーヒロインに「アンフィニって、フランス語で『無限』っていう意味なんだ。その名前に負けないよう、僕はもう一度、なりたい自分を探すよ」とか言っちゃって、ちゃっかりスーパーヒロインにトランスジェンダーみたく変身しちゃう意味を、グルグルと考えてる、、、。
 ・・・自信をなくした子どもや傷ついた子どもへの、『大丈夫だよ、きっと君ならやれるさ!』って、そんな大人達からのメッセージなのかも知れないけど、それを口にする大人達が、いざという時に踏ん張りきれないで作った社会が、子ども達を追い詰めてるって事を、何故判らないんだろう?
 何故、自分が闘わないで、何故、脳天気に子ども達へ可能性を語りかけられるんだろう?
 それが今の時代にウケるからかな、、。
 ねぇ教えて、所長、、。
 
 ・・・そうじゃない、そうじゃないんだよ、リョウ、しっかりして!!


 私はブラック・キュアアンフィニよ、とでも名乗りそうな、紫ガスマスクの女装者が、コンテナを改造したブースに僕たちを誘導する。

「ここはビアホールなの、ただし、服が濡れるから裸になってもらう必要があるわ。特製ビールサーバーを使えるのは一人一回。待ち時間は、それなりに長いけど、順番が回って来るまで、見物が出来るから退屈はしない。さあこちらに来て。」

 二つに仕切られたコンテナの待合室にあたる部分には先客が5・6人いた。
 いずれも恰幅のよい中年男性だ。
 待合室には、大きなガラス窓が取ってあって、もう一つの部屋の様子がのぞき込めるようになっている。
 僕たちはガラス窓に最も近い位置に座らされた。
 どうやら初見者の鑑賞用に確保された特別席のようだった。

「ここで、見学すればいいわ、私は他のゲスト達にちょっとご挨拶、、すぐに戻って来るから、何処にもいかないでね。」
 僕たちは椅子に座っていたから、この時初めて、女装者を見上げる形で、ガスマスクの開口口からその口元をはっきり見ることができた。
 グロスの聞いた赤い口紅、、でも口元には化粧では隠しきれない皺が見えた。
 年齢で言えば四十を超えていそうだった。

「おいおい、、、なんて酷いんだ。」
 鷹匠クンが急に僕の手を握りしめて来たので、僕は注意を紫ガスマスクの女装者から、窓の向こう側の世界に慌てて戻すことにした。

 ビニールシートを引いた空間の中の雛壇に、その少女は股を広げて座っていた。
 一メートルに満たない雛壇の一番高い場所には、大きなビア樽が置いてあった。
 そして少女の口には、ビア樽から導かれたホースが繋がれ、下腹部の秘所から黄金色の液体が勢い良く噴出している。
 それを仰向けになって口で受け止めているのが、でっぷりと腹の出た全裸の中年男だった。
 勿論、その顔は黒いガスマスクで覆われている。

 中年男は、ひとしきり液体を飲み干すと、やおら立ち上がり、ビア樽の元栓を閉じ、少女の口に繋がれたホースを外した。
 そして中年男は、自分の身体のありとあらゆる部分を、その少女の身体の総てになすり付け始めた。
 中年男が自分のお尻を突き出して、それを少女の顔になすり付け始めた時に、鷹匠クンの表情を盗み見したら、彼の顔は真っ赤になっていた。
 僕は、それが彼の怒りのせいである事を、密かに願った。

「オー、始まったか、、いよいよ次は我々の番ですな。」
「マスクは顔隠しにはいいが、キスが出きんのはこまりますな。」
 そんな会話をしながら、二人の男が僕たちの真後ろに席を詰めて来た。 

「ところでおたく、有匡組のうわさ話、お聞きになりましたか?」

「ああ、あの話ね、ここにも影響がでるんじゃないかと心配は心配なんだが。」

「たしかに、関西と対立関係にある関東の有匡組がねぇ、、驚いたことに関西の臓器売人から移植用の心臓を買うんだ。しかもその売人、テンロンの人間ときた。関西の組としちゃ、穏やかじゃないだろうな。特にテンロンを膝元に抱えてる神代組はピリピリしてる筈だ。」

「神代組は関西のトップだからね。でも有匡も有匡だ。そんな事をすれば、関西を刺激するのは目に見えているだろうに。それに有匡の力なら、臓器の一つや二つ、自分の所でなんとでも都合が付くだろうにね。」

「それだけテンロンの臓器は質が良いって事ですよ。なにせ、客のリクエストを聞いた上で、若い娘から直取りだから。東南アジアの話じゃない、このニッポンでですよ。それに事が露見しても、相手がテンロンだと警察が動かないのがいい、、。」

「いいや、有匡組はそういったことを口実にしてワザと関西を刺激してるって話もありますな。第一、ドンが心臓移植が必要な状況だってことをバラすのは、もうそれなりの体制が有匡組に整っているってことじゃないのかなと、」

 ガラス窓の中のガスマスクの淫獣は、少女の口に向かって腰を動かし始めている。

「・・まあ関東と関西の間で、物騒な事が始まらなければいいんですがな、巻き添えをくらっちゃ、たまったもんじゃない。しかしこうして見ると、つくづく全国を統一してたY組の存在が懐かしいですな。」

「さっき、話に出てた神代組に蛇喰って男がいるんだが、噂じゃこの男が凄いらしい。この男が本気を出せばY組のようなものがもう一度出来るとかなんとか。」 
 僕は何気なく聞いていた二人の話の中に、蛇喰の名前が出て来たので、一瞬心臓が止まりそうになった。
 探偵事務所を放置したまま行方の知れない所長が、最後に残した情報が「蛇喰」という名前だったからだ。

「もう駄目だ!!いこう!」
 混乱の極みにあった僕を追撃するように、突然、鷹匠クンが僕の手を引っ張って立ち上がった。
 後ろにいた中年の男達が、吃驚したように僕たちを見ている。
 どうやら鷹匠クンは、目の前で繰り広げられる死体少女への屈辱行為を正視し続ける事に絶えられなくなったらしい。

 僕は平気だ、、、。
 何故、平気なのか、それを考えると、酷い頭痛がするからその理由は考えないけど、、。

 僕たちが、このコンテナを後にしようとした時、僕たちを塞ぐように、例の紫ガスマスクの女装男が腰に握り拳を当てて、仁王立ちしていた。
 その時、僕はやっと気付いたのだ。
 この女装男こそが、僕の探し求めているあの「河童」ではないのかと。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

あやかし古書店の名探偵

上下左右
キャラ文芸
 主人公の美冬は顔が整っているのにガサツな性格のせいで残念美人として扱われている大学生。周囲からも猿のようだと馬鹿にされていました。  しかし銀髪狐のあやかしに取り憑かれ、呪いのせいで周囲の人たちを魅了するようになります。手の平を返す周囲の人たちでしたが、過ぎた好意はトラブルの引き金となりました。  あやかしでないと起こせないような密室の謎と、それが原因で犯人扱いされる美冬。そんな彼女に手を差し伸べる美青年がいました。 「僕が君の無実を必ず証明してみせる」  名探偵の青年と共に、美冬は無実を証明するために謎へと立ち向かいます。  本物語はあやかし×恋愛×推理を掛け合わせたミステリー小説です!  ※※ カクヨムでも先行して連載中です ※※  ※※ https://kakuyomu.jp/works/1177354055250062013 ※※

佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴
キャラ文芸
高校一年生のカズキは、ある日突然現れた“黒い虎のような猫”ハヤキに連れられて 長崎の佐世保にかつて存在した、駅前地下商店街を模倣した異空間 【佐世保地下異界商店街】へと迷い込んでしまった。 ――神・妖怪・人外が交流や買い物を行ない、浮世の肩身の狭さを忘れ楽しむ街。 そんな場所で、カズキは元の世界に戻るために、種族不明の店主が営むジャズ喫茶 (もちろんお客は人外のみ)でバイトをする事になり、様々な騒動に巻き込まれる事に。 かつての時代に囚われた世界で、かつて存在したもの達が生きる。そんな物語。 -------------- 主人公:和祁(カズキ)。高校一年生。なんか人外に好かれる。 相棒 :速来(ハヤキ)。長毛種で白い虎模様の黒猫。人型は浅黒い肌に金髪のイケメン。 店主 :丈牙(ジョウガ)。人外ジャズ喫茶の店主。人当たりが良いが中身は腹黒い。   ※字数少な目で、更新時は一日に数回更新の時もアリ。  1月からは更新のんびりになります。  

戦国姫 (せんごくき)

メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈ 不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。 虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。 鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。 虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。 旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。 天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!

里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。

音喜多子平
キャラ文芸
【第六回キャラ文芸大賞 奨励賞】 人の世とは異なる妖怪の世界で生まれた猫又・鍋島環は、幼い頃に家庭の事情で人間の世界へと送られてきていた。 それから十余年。心優しい主人に拾われ、平穏無事な飼い猫ライフを送っていた環であったが突然、本家がある異世界「天獄屋(てんごくや)」に呼び戻されることになる。 主人との別れを惜しみつつ、環はしぶしぶ実家へと里帰りをする...しかし、待ち受けていたのは今までの暮らしが極楽に思えるほどの怒涛の日々であった。 本家の勝手な指図に翻弄されるまま、まともな記憶さえたどたどしい異世界で丁稚奉公をさせられる羽目に…その上ひょんなことから錬金術師に拾われ、錬金術の手習いまですることになってしまう。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。 女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。 そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。 嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。 女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。 出会いと、世界の変化、人々の思惑。 そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。 ※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。 ⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。 ⌘后妃は、花の名前。 ⌘家令は、鳥の名前。 ⌘女官は、上位五役は蝶の名前。 となっております。 ✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。 ⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。

護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。 彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。 それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。 自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。 食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。 「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。 2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得

処理中です...