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第3章 裏十龍城への潜入とその崩壊
30: 三つ子の魂
しおりを挟む遅い朝食兼昼食は、マリーへの恩返しのつもりで、俺がペペロンチーノを作った。
ペペロンチーノは、全てのスパゲティの基本だと思ってる。
金のないやつが食う、絶望のパスタ料理だとも言うやつがいるが、何処の世界に唐辛子とニンニクとオリーブオイルとパスタだけで一品が完成する料理がある。
ペペロンチーノは、パスタを茹でるタップリのお湯への塩加減と茹で上げる時間、そしてパスタを具材であえるまでの下準備とタイミングが全てだ。
味の方は、なんとでもなるもんだ。
ニンニクを焦がさずオリーブオイルに香りを移す、それくらいの注意点を守ればいい。
人間は本能的に食いしん坊で美味いもの喰いたい、だから本来、料理の才能は、みんな恵まれているはずだ。
それでも料理の腕には差が出る。
要は段取り、手順への理解が肝心なのだ。
ペペロンチーノの仕上げには、冷蔵庫の野菜室で新聞紙に包まれていた生バジルをそえた。
バジルは結構保存が難しいものなのだが、それは鮮度が良く、俺は一瞬、十龍城の流通の不思議について考えてしまった。
で、マリーは、俺の一皿を本当に美味そうに食べてくれた。
マリーがコーヒー豆を碾いてドリップしてくれる。
部屋にはコーヒーの良い香りが漂っている。
ピラジンだ。
俺は何時も思うのだが、コーヒーの匂いとコーヒー自体の味には少し差があるような気がする。
多分、コーヒーには酸味という味があるが、香りの中には酸味がないからだと思う。
コーヒーの香りのから想像するコーヒーの味は、もっとまろやかで甘みさえあるように思うのだがどうだろう?
「ミッキーとの話は納得出来なかったみたいね?純は焦りすぎ、、少し入り口を変えてみましょうよ。純が裏テンロンの事を本当に知りたければ、三つ子さん達に会いに行けばいいわ。きっと歓迎してくれるはずよ。裏テンロンでは古株の住人で、しかも開放的、ここにはあまりいないタイプね。」
「三つ子?」
「そう楊さんと麻さんと薄さん。ほんと三人とも鬼みたいにそっくり。裏テンロンに莫大な寄付をしてくれているからVIP扱いで部屋も凄いわよ。4LDK。」
「ヤン、マア、ボーって、姓だろ?三つ子でなんで、姓がバラバラなんだ。結婚してるとか、女性なのか?」
「、、たぶんみんな男性だと思うわよ。それに名前なんてあまり関係ないわね、私だって、ここじゃ只野マリーだし」
・・・そう言われて、俺は三つ子に会いに行くことにした。
三つ子はマリーが教えてくれたように、本当にそっくりだった。
もし彼らが一卵性なら、俺は結構な奇跡を目のあたりにしている事になる。
一卵性の三つ子の出生頻度は低く、オーストリアで三つ子が生まれた時にそれを調べた時は、2億分の1の発生確率だったそうだ。
3人とも白髪頭の初老の紳士風の男達で、全員、同じ服同じ電動車いすに乗っていた。
室内で3人が電動車いすで生活なんて、豪勢な4LDKだから出来る事だ。
例の目隠し用の窓の裏張りだって、マリーの部屋のような段ボールじゃなく、えらくゴージャスでしっかりした電動ブラインドだった。
「ミッキー君の事はあまり気にしないでくれたまえ。彼はこの裏テンロンを維持するために一生懸命なんだよ。それに彼は新入りさんの為に世話をやいたりするタイプでもないしね。」
俺を彼らに紹介してくれたマリーから、俺についてはある程度の話を聞いているようで、横に並んだ3人の真ん中にいる男が、俺にそう言った。
彼らの最初の自己紹介を信じるなら、麻さんという事になる。
「それに、君が私達に会いに来たのは、正解だったと思うよ。なにせここの住人は、人見知りが激しいし、自分の部屋に閉じこもったまま外に出ない者も多い。」
これも自己紹介の順番通りなら、楊さんが言った。
声も麻さんと全く同じなので、見ている方からは、二人で喋る意味がないような気がした。
一人の人間が三人に分裂しているように見える。
「部屋から出ないって、生活はどうしてるんですかね?入浴やトイレは不自由ないだろうけど、洗濯とか食事の用意とか色々ありますよね。」
今、俺はマリーに飯の支度も含めて、生活の面倒をみて貰っているが、一歩、マリーの部屋から外に出たら、そんな生活の匂いなど裏テンロンの中には何処にもなかった。
まるで寂れた大きなホテルの中にいるようだった。
「そういう事を賄ってくれる人達がいるんだ。食事は契約すれば定時に配達してくれる。時間になればドアの外に食事がセットされたワゴンがあり、食事が済めば外に出しておけばいい、万事がそんな感じだよ。ほらホテルでもそういう人達がいるだろう。彼らは、それで生活をしてる外部の人間だよ。」
あり得ない!十龍城の内部の様子は、決して漏れない、そんな口の堅い出入りの外部サービス業者がいるというのか?!。
第一、建前上、居住区には人は住んでいない筈なのだ。
だがそんな人間がいるなら、十龍城の情報を欲しがっている人間は、彼らからいくらでも情報を聞き出せている筈だ。
「信じられないという顔をしてるね。彼らは決して裏テンロンを裏切らないよ。彼らは裏テンロンに理解のあるというか、いつ此処に逃げ込んできてもおかしくない人達ばかりなんだ。予備軍だね。それに彼らが、あまり内部の情況に深くタッチしないように、仕事内容に工夫もしてある。もし彼らの内の誰かが、外部の人間に掴まって拷問され、ここの事を喋るような事があっても、それは情報と呼べるほどの内容じゃないはずだ。まあそこまでするような外部の人間はいないし、その為に、裏テンロンは高度な政治的外交もやっている。」
実際は、その裏テンロンを崩壊させる為に、俺が送り込まれているわけだから、三つ子の言う話の前提自体が崩壊しているのだが、こんな場所に長い間いると、思考も閉じられたものになるのだろう。
「裏テンロンに理解のあるっていうのは、どういう意味なんですか?」
「これはこれは、此処に逃げ込んできた君が理解できないとはね。」
今まで黙って話を聞いていた薄さんがいった。
「まあいいじゃないか、薄。アウトサイダーというものは自分がアウトサイダーであるという自覚がない場合も多い。かっての私達もそうだったろう、薄。よければ、君から私達の事を話してあげなさい。」
「目川さん、君には私の事がどうみえるかね?」
楊さんに促されて、薄さんがいった。
三人ともそうだがオールバックにした白髪が美しい。
「どうって、三つ子の内のお一人だとしか、、。」
「かっての私は女性だった。しかも楊・麻とは赤の他人だ。全身整形だよ、今じゃ作り物のペニスまである。色も形も彼らのと一緒のだよ。それで私は三つ子の内の一人になったんだ。」
薄さんが事もなげに言った。
そう言えば、この三つ子の老紳士達はどことなく女性的な雰囲気があった。
しかもそれは意外なことに、元は女だったという薄さん以外の、二人の方がその要素が強かった。
俺はこの時、兄妹の間での近親相姦があるのなら、双子の間でのホモ関係も成立するのだろうかと妙なことを考えた。
「、、そうなった薄の事情は話せば長い話になる。私と麻の姓が違うのも、これも色々な事情だ。それはこの先の君の楽しみにとっておきたまえ。」と楊さんが楽しそうに言ったが、実を言うと、俺は職業柄その手の話にはうんざりしていた。
でも一応、いかにも吃驚したという表情だけは作った。
しかし薄さんが元は女で、しかも楊さん麻さんとは戸籍上、他人だという話には、本当に驚いた。
そんな話は、オカルト探偵である俺の見聞きした体験の中でも、すこぶる珍しいものからだ。
「私と麻は小さいときから本当にそっくりだった。だが双子というものは成長すれば、それなりに微妙な差が出てくるものだし、私達はある事情でお互いの生活環境が途中でガラリと変わったから、もっと二人の外見には差が出てくる筈なんだがね、、。それがちっとも変わらなかった。麻と再会を果たした時は、あまりに私とそっくりなので本当に驚いたものだった。、、それに私達、双子は、昔から悪知恵が働いたんだ。ある時、どうしても金が必要になって私達は、双子である事を、最大限に利用した詐欺を思いつき実行した。それが又、実に上手く成功したんだよ。その頃かな、まだ女性だった薄と、、私が知り合ったのは。」
そう楊さんが喋り終わった時、麻さんは少し複雑な表情を見せた。
薄さんは無表情のままだった。
「、、、暫くして薄は私達の一員になった。その頃は顔はそっくりだったが身体までは無理だったんよ。けれど薄は賢明に努力して、三つ子の一人になろうとし、普通の人間なら薄はそう見えた筈だ。で私達は、今度は三つ子ならではの詐欺の手口を思いついた。その時に、手に入れた金が、今の我々の資産の基盤になった訳だ。もう金なんていらないというほど詐欺で稼いだ時、我々は引退した。だってあれは、半分ゲームのようなものだったからな。しかし引退した我々を受け入れてくれる場所、心が安まる場所は何処にもなかった。いやこれは表現が正確ではないな。金を積めば、どんな生活も思いのままだが、我々三つ子は、何処にも安住できなかったということだ。」
つまり麻さんは、『俺達はアウトサイダーで、ただの悪党じゃない』って事をいいたいのか?と俺はそう思った。
ただの悪党とアウトサイダーの線引きなんてあるのかとも思ったが、双子の楊・麻と一緒になるために、性別と外見を変えた薄の事や、薄がそうしなければ入り込めなかった楊と麻の関係を考えると、彼らの生き方には一言では言い表せない何かがあるのは確かだろう。
いや、俺が今まで探偵でやって来たオカルト事案の中身は、殆どがそれだった。
それは、今は手垢が付きすぎて口にするのも嫌だが、いわゆる「人間の持つ闇」って奴だ。
つまり三つ子の話を要約すると、裏テンロンは、その「人間の持つ闇」を全て許容する世界だって事だった。
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