上 下
31 / 85
第3章 裏十龍城への潜入とその崩壊

30: 三つ子の魂

しおりを挟む

 遅い朝食兼昼食は、マリーへの恩返しのつもりで、俺がペペロンチーノを作った。
 ペペロンチーノは、全てのスパゲティの基本だと思ってる。
 金のないやつが食う、絶望のパスタ料理だとも言うやつがいるが、何処の世界に唐辛子とニンニクとオリーブオイルとパスタだけで一品が完成する料理がある。
 ペペロンチーノは、パスタを茹でるタップリのお湯への塩加減と茹で上げる時間、そしてパスタを具材であえるまでの下準備とタイミングが全てだ。

 味の方は、なんとでもなるもんだ。
 ニンニクを焦がさずオリーブオイルに香りを移す、それくらいの注意点を守ればいい。
 人間は本能的に食いしん坊で美味いもの喰いたい、だから本来、料理の才能は、みんな恵まれているはずだ。
 それでも料理の腕には差が出る。
 要は段取り、手順への理解が肝心なのだ。

 ペペロンチーノの仕上げには、冷蔵庫の野菜室で新聞紙に包まれていた生バジルをそえた。
 バジルは結構保存が難しいものなのだが、それは鮮度が良く、俺は一瞬、十龍城の流通の不思議について考えてしまった。

 で、マリーは、俺の一皿を本当に美味そうに食べてくれた。
 マリーがコーヒー豆を碾いてドリップしてくれる。
 部屋にはコーヒーの良い香りが漂っている。
 ピラジンだ。

 俺は何時も思うのだが、コーヒーの匂いとコーヒー自体の味には少し差があるような気がする。
 多分、コーヒーには酸味という味があるが、香りの中には酸味がないからだと思う。
 コーヒーの香りのから想像するコーヒーの味は、もっとまろやかで甘みさえあるように思うのだがどうだろう?

「ミッキーとの話は納得出来なかったみたいね?純は焦りすぎ、、少し入り口を変えてみましょうよ。純が裏テンロンの事を本当に知りたければ、三つ子さん達に会いに行けばいいわ。きっと歓迎してくれるはずよ。裏テンロンでは古株の住人で、しかも開放的、ここにはあまりいないタイプね。」
「三つ子?」

「そう楊さんと麻さんと薄さん。ほんと三人とも鬼みたいにそっくり。裏テンロンに莫大な寄付をしてくれているからVIP扱いで部屋も凄いわよ。4LDK。」

「ヤン、マア、ボーって、姓だろ?三つ子でなんで、姓がバラバラなんだ。結婚してるとか、女性なのか?」
「、、たぶんみんな男性だと思うわよ。それに名前なんてあまり関係ないわね、私だって、ここじゃ只野マリーだし」
 ・・・そう言われて、俺は三つ子に会いに行くことにした。



 三つ子はマリーが教えてくれたように、本当にそっくりだった。
 もし彼らが一卵性なら、俺は結構な奇跡を目のあたりにしている事になる。
 一卵性の三つ子の出生頻度は低く、オーストリアで三つ子が生まれた時にそれを調べた時は、2億分の1の発生確率だったそうだ。

 3人とも白髪頭の初老の紳士風の男達で、全員、同じ服同じ電動車いすに乗っていた。
 室内で3人が電動車いすで生活なんて、豪勢な4LDKだから出来る事だ。
 例の目隠し用の窓の裏張りだって、マリーの部屋のような段ボールじゃなく、えらくゴージャスでしっかりした電動ブラインドだった。

「ミッキー君の事はあまり気にしないでくれたまえ。彼はこの裏テンロンを維持するために一生懸命なんだよ。それに彼は新入りさんの為に世話をやいたりするタイプでもないしね。」
 俺を彼らに紹介してくれたマリーから、俺についてはある程度の話を聞いているようで、横に並んだ3人の真ん中にいる男が、俺にそう言った。
 彼らの最初の自己紹介を信じるなら、麻さんという事になる。

「それに、君が私達に会いに来たのは、正解だったと思うよ。なにせここの住人は、人見知りが激しいし、自分の部屋に閉じこもったまま外に出ない者も多い。」
 これも自己紹介の順番通りなら、楊さんが言った。
 声も麻さんと全く同じなので、見ている方からは、二人で喋る意味がないような気がした。
 一人の人間が三人に分裂しているように見える。

「部屋から出ないって、生活はどうしてるんですかね?入浴やトイレは不自由ないだろうけど、洗濯とか食事の用意とか色々ありますよね。」
 今、俺はマリーに飯の支度も含めて、生活の面倒をみて貰っているが、一歩、マリーの部屋から外に出たら、そんな生活の匂いなど裏テンロンの中には何処にもなかった。
 まるで寂れた大きなホテルの中にいるようだった。

「そういう事を賄ってくれる人達がいるんだ。食事は契約すれば定時に配達してくれる。時間になればドアの外に食事がセットされたワゴンがあり、食事が済めば外に出しておけばいい、万事がそんな感じだよ。ほらホテルでもそういう人達がいるだろう。彼らは、それで生活をしてる外部の人間だよ。」
 あり得ない!十龍城の内部の様子は、決して漏れない、そんな口の堅い出入りの外部サービス業者がいるというのか?!。
 第一、建前上、居住区には人は住んでいない筈なのだ。
 だがそんな人間がいるなら、十龍城の情報を欲しがっている人間は、彼らからいくらでも情報を聞き出せている筈だ。

「信じられないという顔をしてるね。彼らは決して裏テンロンを裏切らないよ。彼らは裏テンロンに理解のあるというか、いつ此処に逃げ込んできてもおかしくない人達ばかりなんだ。予備軍だね。それに彼らが、あまり内部の情況に深くタッチしないように、仕事内容に工夫もしてある。もし彼らの内の誰かが、外部の人間に掴まって拷問され、ここの事を喋るような事があっても、それは情報と呼べるほどの内容じゃないはずだ。まあそこまでするような外部の人間はいないし、その為に、裏テンロンは高度な政治的外交もやっている。」
 実際は、その裏テンロンを崩壊させる為に、俺が送り込まれているわけだから、三つ子の言う話の前提自体が崩壊しているのだが、こんな場所に長い間いると、思考も閉じられたものになるのだろう。

「裏テンロンに理解のあるっていうのは、どういう意味なんですか?」
「これはこれは、此処に逃げ込んできた君が理解できないとはね。」
 今まで黙って話を聞いていた薄さんがいった。

「まあいいじゃないか、薄。アウトサイダーというものは自分がアウトサイダーであるという自覚がない場合も多い。かっての私達もそうだったろう、薄。よければ、君から私達の事を話してあげなさい。」

「目川さん、君には私の事がどうみえるかね?」
 楊さんに促されて、薄さんがいった。
 三人ともそうだがオールバックにした白髪が美しい。

「どうって、三つ子の内のお一人だとしか、、。」
「かっての私は女性だった。しかも楊・麻とは赤の他人だ。全身整形だよ、今じゃ作り物のペニスまである。色も形も彼らのと一緒のだよ。それで私は三つ子の内の一人になったんだ。」
 薄さんが事もなげに言った。

 そう言えば、この三つ子の老紳士達はどことなく女性的な雰囲気があった。
 しかもそれは意外なことに、元は女だったという薄さん以外の、二人の方がその要素が強かった。
 俺はこの時、兄妹の間での近親相姦があるのなら、双子の間でのホモ関係も成立するのだろうかと妙なことを考えた。

「、、そうなった薄の事情は話せば長い話になる。私と麻の姓が違うのも、これも色々な事情だ。それはこの先の君の楽しみにとっておきたまえ。」と楊さんが楽しそうに言ったが、実を言うと、俺は職業柄その手の話にはうんざりしていた。
 でも一応、いかにも吃驚したという表情だけは作った。
 しかし薄さんが元は女で、しかも楊さん麻さんとは戸籍上、他人だという話には、本当に驚いた。
 そんな話は、オカルト探偵である俺の見聞きした体験の中でも、すこぶる珍しいものからだ。

「私と麻は小さいときから本当にそっくりだった。だが双子というものは成長すれば、それなりに微妙な差が出てくるものだし、私達はある事情でお互いの生活環境が途中でガラリと変わったから、もっと二人の外見には差が出てくる筈なんだがね、、。それがちっとも変わらなかった。麻と再会を果たした時は、あまりに私とそっくりなので本当に驚いたものだった。、、それに私達、双子は、昔から悪知恵が働いたんだ。ある時、どうしても金が必要になって私達は、双子である事を、最大限に利用した詐欺を思いつき実行した。それが又、実に上手く成功したんだよ。その頃かな、まだ女性だった薄と、、私が知り合ったのは。」
 そう楊さんが喋り終わった時、麻さんは少し複雑な表情を見せた。
 薄さんは無表情のままだった。

「、、、暫くして薄は私達の一員になった。その頃は顔はそっくりだったが身体までは無理だったんよ。けれど薄は賢明に努力して、三つ子の一人になろうとし、普通の人間なら薄はそう見えた筈だ。で私達は、今度は三つ子ならではの詐欺の手口を思いついた。その時に、手に入れた金が、今の我々の資産の基盤になった訳だ。もう金なんていらないというほど詐欺で稼いだ時、我々は引退した。だってあれは、半分ゲームのようなものだったからな。しかし引退した我々を受け入れてくれる場所、心が安まる場所は何処にもなかった。いやこれは表現が正確ではないな。金を積めば、どんな生活も思いのままだが、我々三つ子は、何処にも安住できなかったということだ。」

 つまり麻さんは、『俺達はアウトサイダーで、ただの悪党じゃない』って事をいいたいのか?と俺はそう思った。
 ただの悪党とアウトサイダーの線引きなんてあるのかとも思ったが、双子の楊・麻と一緒になるために、性別と外見を変えた薄の事や、薄がそうしなければ入り込めなかった楊と麻の関係を考えると、彼らの生き方には一言では言い表せない何かがあるのは確かだろう。

 いや、俺が今まで探偵でやって来たオカルト事案の中身は、殆どがそれだった。
 それは、今は手垢が付きすぎて口にするのも嫌だが、いわゆる「人間の持つ闇」って奴だ。
 つまり三つ子の話を要約すると、裏テンロンは、その「人間の持つ闇」を全て許容する世界だって事だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あやかし古書店の名探偵

上下左右
キャラ文芸
 主人公の美冬は顔が整っているのにガサツな性格のせいで残念美人として扱われている大学生。周囲からも猿のようだと馬鹿にされていました。  しかし銀髪狐のあやかしに取り憑かれ、呪いのせいで周囲の人たちを魅了するようになります。手の平を返す周囲の人たちでしたが、過ぎた好意はトラブルの引き金となりました。  あやかしでないと起こせないような密室の謎と、それが原因で犯人扱いされる美冬。そんな彼女に手を差し伸べる美青年がいました。 「僕が君の無実を必ず証明してみせる」  名探偵の青年と共に、美冬は無実を証明するために謎へと立ち向かいます。  本物語はあやかし×恋愛×推理を掛け合わせたミステリー小説です!  ※※ カクヨムでも先行して連載中です ※※  ※※ https://kakuyomu.jp/works/1177354055250062013 ※※

佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴
キャラ文芸
高校一年生のカズキは、ある日突然現れた“黒い虎のような猫”ハヤキに連れられて 長崎の佐世保にかつて存在した、駅前地下商店街を模倣した異空間 【佐世保地下異界商店街】へと迷い込んでしまった。 ――神・妖怪・人外が交流や買い物を行ない、浮世の肩身の狭さを忘れ楽しむ街。 そんな場所で、カズキは元の世界に戻るために、種族不明の店主が営むジャズ喫茶 (もちろんお客は人外のみ)でバイトをする事になり、様々な騒動に巻き込まれる事に。 かつての時代に囚われた世界で、かつて存在したもの達が生きる。そんな物語。 -------------- 主人公:和祁(カズキ)。高校一年生。なんか人外に好かれる。 相棒 :速来(ハヤキ)。長毛種で白い虎模様の黒猫。人型は浅黒い肌に金髪のイケメン。 店主 :丈牙(ジョウガ)。人外ジャズ喫茶の店主。人当たりが良いが中身は腹黒い。   ※字数少な目で、更新時は一日に数回更新の時もアリ。  1月からは更新のんびりになります。  

戦国姫 (せんごくき)

メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈ 不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。 虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。 鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。 虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。 旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。 天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。 女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。 そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。 嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。 女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。 出会いと、世界の変化、人々の思惑。 そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。 ※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。 ⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。 ⌘后妃は、花の名前。 ⌘家令は、鳥の名前。 ⌘女官は、上位五役は蝶の名前。 となっております。 ✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。 ⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。  転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。  最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。  新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!

処理中です...