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第3章 裏十龍城への潜入とその崩壊
24: 命の値段
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ジンジャーエールの入ったグラスの底に貯まった氷のブロックが、カタンと音を立てて崩れた時、その男、蛇喰がやって来た。
洒落者なのか、淡いブルーの薄手マフラーをスーツ姿の首にかけている。
蛇喰は、「目印は黒のボルサリーノ」との打ち合わせ通りボルサリーノを斜めに被っていた。
それに全身、ギャングスター・スタイルのスーツ。
そのくせ、顔は町工場の社長です、と言った感じで、将棋の駒みたいな形の顔に髭が生えている。
「いやぁ、待たせましたかな。ちょっと買い物に手間取ってしまいましてな。」
蛇喰はそう言うなり、脇に抱え込んだ平たい紙袋をテーブルの上に置くと、カフェの白いロココ調椅子に大柄な身体をドカリとおいた。
喋る言葉の句読点ごとに、口の端をくくるようにするのが癖のようだ。
だが悪い感じはしない。
「いきなりですね。自己紹介とかしなくて、いいんですか?それに俺、貴方が会うことになってる人間とは限らないわけだし。」
俺の知り合いには、何故か変人が多い。
それが、たとえ暴力団関係者であってもだ。
今日始めて会う、この男も変わっていた。
「何を仰る目川さん。あなた、我々の世界じゃ有名だよ。その顔を知らんものはモグリだ。」
モグリかどうかは分からない。
人間関係の因縁の深い組織程、心霊的なトラブルが発生しやすい。
暴力団関係は正にそれだが、彼らはメンツ上、そういった事を絶対表沙汰にしない。
故に、心霊トラブル解決を専門にしている目川純は、「知る人ぞ知る」存在となるだけの話だ。
俺はカフェの軒先に並べられた他のテーブルを見る、この気候だ、客は俺しかいない。
こんな場所を待合いに指定しておいて、目川の顔が知れ渡っているとは、よく言えたものだ。
「・・で貴方は、黒のボルサリーノ、、蛇喰さんでよろしかったですか?」
「神代組の蛇喰探幽です。まるで怪談話に出てきそうな名だが本名ですよ。名前ばかりは、親の遺産だから、そう簡単には変えられない。」
笑ったのか、細くて小さい目がより小さくなった。
「・・じゃ、本題に入っていいですよね。宋さんによると、神代組が煙猿の捜索に力を貸して頂けるとか、、。」
「うむ、まあそんな所ですな。」
「で、その事への見返りは、なんですか?こっちはご覧の通り、只のしがない探偵風情だ。神代のような大きな組に返せるようなものは、なにもない。話によっちゃ、折角だけど、この話流させてもらおうかと考えてます。」
蛇喰はホゥといった表情を浮かべた。
蛇喰のような人間には、素人のくせに、筋者の自分に対等な口の効き方をする人間が珍しいのかも知れない。
大方の人間は、平身低頭か、怯えを隠すために虚勢を張るものだ。
「我々への見返りですか?二つあります。一つは上手く行けばでいい。もう一つは、まあこれも出来るだけのことをしてもらえれば、という程度なんだが、、。」
蛇喰は無意識に、自分がテーブルの上に置いた平たい紙袋の角を指でなぞっている。
中のものは正方形のように思えた。
「要領を得ませんね。浮気調査の依頼なんかじゃ、もっと具体的だ。アイツが週に何日相手と寝てるのか調べろとかね。相手が本当に浮気をしてるか、どうかも確かめないうちに、そんなことを言う客が多い、、。」
「、、神代は、ある大手企業さんに可愛がってもらっている。そこの社長さんが、娘さんを傷つけた男を捜している。まあ正式に頼まれちゃいないんだがね、、どうもその男ってのが煙猿じゃないかと、、そう言う事です。」
目川は、どこかで聞いた事のある話だなと思いながら、話の続きを目で催促した。
「二つめは、若干、緊急を要する。知っての通り、十龍城は端ではあるが、ウチの縄張りの中にある。あるのはあるが治外法権だ。自慢じゃないが、これだけの組だ。腹ん中に、好き勝手を飼っていても、回りはその様を見て指を指して笑うという事はしない。だが、こっちは面白くない。、、、こちらも今まで黙って指をくわえて裏十龍を野放しにして来たわけじゃないんですよ。」
蛇喰の細い目に、少しだけ凄みの光が灯った。
「でもなんともならなかった。でしょ?あの都市計画の最中に、政変が起こりましたからね。奴らその政治的エアポケットを上手く利用したと言うか、、蛇喰さんは、知らないだろうけど、それは占星術でいうと、」
「、、おっと、その話は宋にも聞かされた。第一あなた、私の話を聞きたいのじゃなかったのかね?」
蛇喰は苦笑いをする。
決してハンサムとは呼びがたい顔だが、こうして相好を崩すと却って、苦み走った魅力が出てくる。
「最近になって裏十龍の奴ら、おおっぴらに薬に売春、あげくの果ては、臓器売買にまで手を伸ばし始めてる。奴らの言ってる事は、無茶苦茶だ。安い速い新鮮がテンロン臓器、とかね。さすがに、もう潰すしかないんですよ。神代のメンツにかけてね。」
俺は、最狂暴力団のお前が言うか?とは思ったが、流石に神代でも、臓器売買のキャッチコピーに「安い・早い」は使わないだろう。
「・・・まさか、煙猿に近づかさせてくれるという見返りに、その仕事のお先棒を俺が担ぐって話じゃ?」
「お先棒じゃない。あなた、一人でやるんだ。」
蛇喰が俺の気持ちを確かめるように、正面から俺の目を覗き込んで来る。
何が、『若干、緊急を要する』だ。
「あなた一人に殴り込めって言ってるわけじゃない。第一、それで潰せるなら、神代がとっくの昔にやっている。裏十龍の中に入り込み、内部からその世界自体を壊す、、コンピュータウィルスみたいなものだ。プログラムですよ。今の裏十龍を構築しているシステムをウイルスで殺す。一種の情報戦だ。裏十龍のような空間だからこそ、有効になる戦略なんですよ。」
やっぱりヤバイ話だった。
俺は思案した。
リョウが持ち込んで来た依頼と、蛇喰の提案は釣り合うのか、、と。
蛇喰の話は、煙猿にはかすっているものの、失踪した沢父谷とは関係がなさそうだ。
それに、何よりヤバサが桁違いに違う。
「・・いや失敬。今のは受け売りだ。どうやったら、そんな事が出来るのか、実は私にもよく判っていないんですよ。エヴェレットの多世界解釈を基盤にした、マーケティング理論がどうとかこうとかね。あさって来いって話だ。しかし神代は、この作戦の為に、大学の偉い先生を三人雇った。貴方は、その先生たちの言う通りの事を、十龍城の中でやってくれればいいんだ。先生達の言いぐさじゃ、裏十龍の中に入り込んだ人間が、一定の意思と計画を持って一つの行動を起こし、それに平行してある噂話を流し続ければ、必ず十龍城の裏側世界は崩壊すると言うんだね。先生達のシュミレーションによると、約2週間で潜入者の種まきが終わるらしい。後は、ほっておいても裏十龍は自然倒壊するらしいね、、。社会構造のエアポケットから生まれた世界は、情報で溶けるんだそうだ。」
よく判らない話だった。
俺としては、将棋のやまくずしゲームのように、裏十龍には、そこを触ると全部が崩れるどうしても抜けない要になる駒があって、その一枚をお前が抜くんだと、言われた方がわかり易かった。
「・・何故、俺が?」
「裏十龍は、社会のオチこぼれの吹き溜まり、、いや失敬、裏十龍は人を選ぶ。敵対してる我々では、入り込む事自体が無理だ。だからと言って、ただの無能なオチこぼれでは、この仕事は勤まらない。探偵さん、言っちゃなんだが、この仕事、貴方にぴったりじゃないかね?」
「・・残念ながら人選としては、、正解ですね。だが、逆らうわけじゃないが、あなたが言ったことは、あくまで、こちら側の世界の思惑だ。こっちの思惑が通じないからこそ、十龍城は裏十龍としてなりたっている。偉い学者さんをそろえた所で、状況が急変するとは思えないんだが、ちがいますか?」
一陣の風が、このカフェまで十龍城特有の煎じ薬みたいな匂いを運んでくる。
「仰る通り。その事に付いては、身に染みて判っているつもりだ。」
蛇喰が、瞬間、遠い目をする。
「あそこでは色々、苦労するだろう・・だから、裏十龍内部に、あなたを手引きする人間を用意した。」
「だったらその人物にウィルス役を、、」
「いや、それは無理だ。その人物が手引きを引き受けてくれるのは、あくまで裏十龍に逃げ込んだ人間達を思っての事だからね。その人物は、今でも十龍城を愛している。」
「だとすれば、酷い裏切り行為だな、、しかも矛盾してる。それに俺だって、もし入り込めるんなら、向こうは俺を匿ってくれてる状況な、ワケだし。」
「裏切りかどうかは、その人物が、どちらの立場に立つかによる、、。」
複雑な答えだったが、俺のように単純に生きている人間には、その意味が判らなかった。
又、判るつもりもなかった。
「蛇喰さん。実を言うと、俺はこの二週間、依頼解決の為に、何度も裏に潜り込もうとしたんだ。だが無理だった。手引きする人間がいたところで、そう上手くいくとは思えないなんだが。」
「・・・うちの若いのに、貴男を裏十龍に追い込ませる。そいつらには一切事情を説明しない。それで裏十龍の扉が開かないのなら諦める。」
「・・ちょ、ちょっと冗談だろ。あんたんとこの人間に追い込まれて、逃げ切れなかったらどうなるんだ?勿論、どっきりカメラとか、寸止めみたいなタイミングで助けが入るんだろうな?」
蛇喰は何も答えずに、うっすらと笑っているだけだ。
「冗談じゃない。こっちはただ失踪した若い女を捜しているだけなんだぜ。煙猿は本命じゃないんだ。そんな寄り道みたいな捜査で、それだけのリスクを犯せるか!」
「・・・宋からの話とは随分違うな、、。まっ、貴男の話の方がもっともだがね。なんなら、この件は正式の依頼として金を出してもいい。それは予め、神代が考えていた事だ。最初から、私がそう切り出さなかったのは、そんな事をすれば、貴男が自分のプライドを傷つけられて、ヘソを曲げるだろうと、宋が言ったからだ。宋は、貴男が今度の仕事に命を懸けていると言ったんだ、、。その仕事を、仕上げる為なら、目川という男は、どんな少ない可能性にも労力を惜しまないだろうとね。ただし、話を持ちかける時は、貴方の誇りを傷つけてはならんと。」
俺は顔を赤らめた。
そして、ゆで卵に味付け海苔と魔女の鷲鼻を付けたような宋の顔を思い出した。
宋が見ている目川像と、実際の俺とは随分違う。
俺は命は惜しいし、金だって欲しい。
誰が自分のプライドの為に、こんな危険な役目を引き受ける。
そんないきがった仕草を他人に見せている暇があったら、地道にサフヤとエンエンを探せ、、、で、見つからないのが、今のドンズマリの現状じゃないか。
「・・他人が俺のことをどう見てるかなんて、知ったこっちゃない。、、アンタが依頼料と言ったのは、要するに俺の命の値段ってことだよな、、、。」
「そういう見方をすれば、そうなりますな。」
「いったい、いくら出すんだ?」
「まあ、がかっかりするだろうが、組としてはこれだけだ。」
蛇喰は太い指を5本、目川に突き出してみせた。
50万、いや500万か、、5千万なんてことは絶対あるまい。
500万あれば、今抱えている借金を総て返して、狙っていた希少本が手に入る上、まだ余る計算だからリョウと、、、。
それにしても500万が俺の命の値段か。
俺は少しうらぶれた気分になった。
「5千万なら考えてもいい、、。」
それは冗談か?と、蛇喰が会話を楽しむように首をふる。
「500万ならこの話、蹴りますか?たった50万ごときで、人生から転げ落ちる人間を私は何人も見てる。ある種の人間にとって、人生は賭の連続にしか過ぎない。タネ銭がなければ死んだも同じだ。そういうのは貴男も仕事柄よくご存じの筈だが、違いますか?目川さん。」
蛇喰の表情が厳しいものに変わる。
「裏に入り込んで2週間、噂を流し続ける。それとは別に、一つやって貰いたい事もあるが、それはまあ今はいいだろう。人殺しじゃないから安心して貰っていい。その間、あんたは煙猿を探し続ければいいんだ。潜入に失敗しても先払いとして250万払おう。若い者には、貴男を殺すなと念を押しておく。もっとも奴らが、それを守るかどうか自信はないがね。怪我でもしたらその250万、治療費として使ってくれ、勿論、口止め料込みだ。いやもしかして香典代かな。裏での仕事ぶりがよければ、ボーナスを考えてもいい。よく考えれば、破格の条件だろう?現在のこのタイミングだからこそ成立する話だ。どうかね?」
「返事は、今日中かな、、?」
「今すぐだ。報酬など払わなくとも、脅せば動く人間を神代は嫌という程知っている。貴男に依頼するのは、宋の手前と、うちの先生方が、この仕事をするのは前向きの動機を持つ人間に限ると仰るから、それに従っているだけの話でね。」
「・・ところで、さっきから気になっているんだが、その袋、レコードですか?」
蛇喰の眉がすこし曇る。
俺のはぐらかしに、つき合ったものかどうかを考えたのだろう。
「興味がおありかな?」
蛇喰は指先で袋ごと、テーブルの中心にそれを押し出す。
お前に、この私の許可なしにその袋をつまみ上げる勇気があるかといった感じだ。
俺は紙袋の端に中古レコードショップ「カサブランカ」というロゴを見てとった。
それで、充分だった。
もう俺の戦いは始まっている。
集められる情報は、どんな些細なものでも集める。
それが俺・目川の戦略だった。
蛇喰の此所への登場の仕方から考えて、カサブランカという店は、目の前の十龍城にある筈だった。
「ええ最近、昭和60年代の歌謡曲にこり始めましてね。結構、古いレコードを集めているんです。よろしければ、その曲の題名を教えてもらえますか?」
俺はテーブルの上のレコードには、手を出さなかった。
「ブルーシャトー。森とー、トンカツ。泉にー、ニンニク。カァコー、マレテー・・・」
途中から、思わず二人で小さく合唱した。
「・・・・。」
「・・・・。」
二人は、しばらく黙ってお互いを見つめ合った。
「、、、傷がない、上物だ。遊び場としてのテンロンは不思議な所で、こういうものが簡単に手に入る。十龍城の裏は潰さねばならんが、表は別だ。この計画がうまく行けば、私、十龍城の担当にさせて貰おうかと思ってるぐらいでね。」
「・・・その、やらさせて貰いますよ。500万。俺の命の値段とすれば妥当かもしれん、、。」
魔が差した。
俺の返答は、まさにそれだった。
だが俺と「魔」の間柄は、昔からの腐れ縁だった。
洒落者なのか、淡いブルーの薄手マフラーをスーツ姿の首にかけている。
蛇喰は、「目印は黒のボルサリーノ」との打ち合わせ通りボルサリーノを斜めに被っていた。
それに全身、ギャングスター・スタイルのスーツ。
そのくせ、顔は町工場の社長です、と言った感じで、将棋の駒みたいな形の顔に髭が生えている。
「いやぁ、待たせましたかな。ちょっと買い物に手間取ってしまいましてな。」
蛇喰はそう言うなり、脇に抱え込んだ平たい紙袋をテーブルの上に置くと、カフェの白いロココ調椅子に大柄な身体をドカリとおいた。
喋る言葉の句読点ごとに、口の端をくくるようにするのが癖のようだ。
だが悪い感じはしない。
「いきなりですね。自己紹介とかしなくて、いいんですか?それに俺、貴方が会うことになってる人間とは限らないわけだし。」
俺の知り合いには、何故か変人が多い。
それが、たとえ暴力団関係者であってもだ。
今日始めて会う、この男も変わっていた。
「何を仰る目川さん。あなた、我々の世界じゃ有名だよ。その顔を知らんものはモグリだ。」
モグリかどうかは分からない。
人間関係の因縁の深い組織程、心霊的なトラブルが発生しやすい。
暴力団関係は正にそれだが、彼らはメンツ上、そういった事を絶対表沙汰にしない。
故に、心霊トラブル解決を専門にしている目川純は、「知る人ぞ知る」存在となるだけの話だ。
俺はカフェの軒先に並べられた他のテーブルを見る、この気候だ、客は俺しかいない。
こんな場所を待合いに指定しておいて、目川の顔が知れ渡っているとは、よく言えたものだ。
「・・で貴方は、黒のボルサリーノ、、蛇喰さんでよろしかったですか?」
「神代組の蛇喰探幽です。まるで怪談話に出てきそうな名だが本名ですよ。名前ばかりは、親の遺産だから、そう簡単には変えられない。」
笑ったのか、細くて小さい目がより小さくなった。
「・・じゃ、本題に入っていいですよね。宋さんによると、神代組が煙猿の捜索に力を貸して頂けるとか、、。」
「うむ、まあそんな所ですな。」
「で、その事への見返りは、なんですか?こっちはご覧の通り、只のしがない探偵風情だ。神代のような大きな組に返せるようなものは、なにもない。話によっちゃ、折角だけど、この話流させてもらおうかと考えてます。」
蛇喰はホゥといった表情を浮かべた。
蛇喰のような人間には、素人のくせに、筋者の自分に対等な口の効き方をする人間が珍しいのかも知れない。
大方の人間は、平身低頭か、怯えを隠すために虚勢を張るものだ。
「我々への見返りですか?二つあります。一つは上手く行けばでいい。もう一つは、まあこれも出来るだけのことをしてもらえれば、という程度なんだが、、。」
蛇喰は無意識に、自分がテーブルの上に置いた平たい紙袋の角を指でなぞっている。
中のものは正方形のように思えた。
「要領を得ませんね。浮気調査の依頼なんかじゃ、もっと具体的だ。アイツが週に何日相手と寝てるのか調べろとかね。相手が本当に浮気をしてるか、どうかも確かめないうちに、そんなことを言う客が多い、、。」
「、、神代は、ある大手企業さんに可愛がってもらっている。そこの社長さんが、娘さんを傷つけた男を捜している。まあ正式に頼まれちゃいないんだがね、、どうもその男ってのが煙猿じゃないかと、、そう言う事です。」
目川は、どこかで聞いた事のある話だなと思いながら、話の続きを目で催促した。
「二つめは、若干、緊急を要する。知っての通り、十龍城は端ではあるが、ウチの縄張りの中にある。あるのはあるが治外法権だ。自慢じゃないが、これだけの組だ。腹ん中に、好き勝手を飼っていても、回りはその様を見て指を指して笑うという事はしない。だが、こっちは面白くない。、、、こちらも今まで黙って指をくわえて裏十龍を野放しにして来たわけじゃないんですよ。」
蛇喰の細い目に、少しだけ凄みの光が灯った。
「でもなんともならなかった。でしょ?あの都市計画の最中に、政変が起こりましたからね。奴らその政治的エアポケットを上手く利用したと言うか、、蛇喰さんは、知らないだろうけど、それは占星術でいうと、」
「、、おっと、その話は宋にも聞かされた。第一あなた、私の話を聞きたいのじゃなかったのかね?」
蛇喰は苦笑いをする。
決してハンサムとは呼びがたい顔だが、こうして相好を崩すと却って、苦み走った魅力が出てくる。
「最近になって裏十龍の奴ら、おおっぴらに薬に売春、あげくの果ては、臓器売買にまで手を伸ばし始めてる。奴らの言ってる事は、無茶苦茶だ。安い速い新鮮がテンロン臓器、とかね。さすがに、もう潰すしかないんですよ。神代のメンツにかけてね。」
俺は、最狂暴力団のお前が言うか?とは思ったが、流石に神代でも、臓器売買のキャッチコピーに「安い・早い」は使わないだろう。
「・・・まさか、煙猿に近づかさせてくれるという見返りに、その仕事のお先棒を俺が担ぐって話じゃ?」
「お先棒じゃない。あなた、一人でやるんだ。」
蛇喰が俺の気持ちを確かめるように、正面から俺の目を覗き込んで来る。
何が、『若干、緊急を要する』だ。
「あなた一人に殴り込めって言ってるわけじゃない。第一、それで潰せるなら、神代がとっくの昔にやっている。裏十龍の中に入り込み、内部からその世界自体を壊す、、コンピュータウィルスみたいなものだ。プログラムですよ。今の裏十龍を構築しているシステムをウイルスで殺す。一種の情報戦だ。裏十龍のような空間だからこそ、有効になる戦略なんですよ。」
やっぱりヤバイ話だった。
俺は思案した。
リョウが持ち込んで来た依頼と、蛇喰の提案は釣り合うのか、、と。
蛇喰の話は、煙猿にはかすっているものの、失踪した沢父谷とは関係がなさそうだ。
それに、何よりヤバサが桁違いに違う。
「・・いや失敬。今のは受け売りだ。どうやったら、そんな事が出来るのか、実は私にもよく判っていないんですよ。エヴェレットの多世界解釈を基盤にした、マーケティング理論がどうとかこうとかね。あさって来いって話だ。しかし神代は、この作戦の為に、大学の偉い先生を三人雇った。貴方は、その先生たちの言う通りの事を、十龍城の中でやってくれればいいんだ。先生達の言いぐさじゃ、裏十龍の中に入り込んだ人間が、一定の意思と計画を持って一つの行動を起こし、それに平行してある噂話を流し続ければ、必ず十龍城の裏側世界は崩壊すると言うんだね。先生達のシュミレーションによると、約2週間で潜入者の種まきが終わるらしい。後は、ほっておいても裏十龍は自然倒壊するらしいね、、。社会構造のエアポケットから生まれた世界は、情報で溶けるんだそうだ。」
よく判らない話だった。
俺としては、将棋のやまくずしゲームのように、裏十龍には、そこを触ると全部が崩れるどうしても抜けない要になる駒があって、その一枚をお前が抜くんだと、言われた方がわかり易かった。
「・・何故、俺が?」
「裏十龍は、社会のオチこぼれの吹き溜まり、、いや失敬、裏十龍は人を選ぶ。敵対してる我々では、入り込む事自体が無理だ。だからと言って、ただの無能なオチこぼれでは、この仕事は勤まらない。探偵さん、言っちゃなんだが、この仕事、貴方にぴったりじゃないかね?」
「・・残念ながら人選としては、、正解ですね。だが、逆らうわけじゃないが、あなたが言ったことは、あくまで、こちら側の世界の思惑だ。こっちの思惑が通じないからこそ、十龍城は裏十龍としてなりたっている。偉い学者さんをそろえた所で、状況が急変するとは思えないんだが、ちがいますか?」
一陣の風が、このカフェまで十龍城特有の煎じ薬みたいな匂いを運んでくる。
「仰る通り。その事に付いては、身に染みて判っているつもりだ。」
蛇喰が、瞬間、遠い目をする。
「あそこでは色々、苦労するだろう・・だから、裏十龍内部に、あなたを手引きする人間を用意した。」
「だったらその人物にウィルス役を、、」
「いや、それは無理だ。その人物が手引きを引き受けてくれるのは、あくまで裏十龍に逃げ込んだ人間達を思っての事だからね。その人物は、今でも十龍城を愛している。」
「だとすれば、酷い裏切り行為だな、、しかも矛盾してる。それに俺だって、もし入り込めるんなら、向こうは俺を匿ってくれてる状況な、ワケだし。」
「裏切りかどうかは、その人物が、どちらの立場に立つかによる、、。」
複雑な答えだったが、俺のように単純に生きている人間には、その意味が判らなかった。
又、判るつもりもなかった。
「蛇喰さん。実を言うと、俺はこの二週間、依頼解決の為に、何度も裏に潜り込もうとしたんだ。だが無理だった。手引きする人間がいたところで、そう上手くいくとは思えないなんだが。」
「・・・うちの若いのに、貴男を裏十龍に追い込ませる。そいつらには一切事情を説明しない。それで裏十龍の扉が開かないのなら諦める。」
「・・ちょ、ちょっと冗談だろ。あんたんとこの人間に追い込まれて、逃げ切れなかったらどうなるんだ?勿論、どっきりカメラとか、寸止めみたいなタイミングで助けが入るんだろうな?」
蛇喰は何も答えずに、うっすらと笑っているだけだ。
「冗談じゃない。こっちはただ失踪した若い女を捜しているだけなんだぜ。煙猿は本命じゃないんだ。そんな寄り道みたいな捜査で、それだけのリスクを犯せるか!」
「・・・宋からの話とは随分違うな、、。まっ、貴男の話の方がもっともだがね。なんなら、この件は正式の依頼として金を出してもいい。それは予め、神代が考えていた事だ。最初から、私がそう切り出さなかったのは、そんな事をすれば、貴男が自分のプライドを傷つけられて、ヘソを曲げるだろうと、宋が言ったからだ。宋は、貴男が今度の仕事に命を懸けていると言ったんだ、、。その仕事を、仕上げる為なら、目川という男は、どんな少ない可能性にも労力を惜しまないだろうとね。ただし、話を持ちかける時は、貴方の誇りを傷つけてはならんと。」
俺は顔を赤らめた。
そして、ゆで卵に味付け海苔と魔女の鷲鼻を付けたような宋の顔を思い出した。
宋が見ている目川像と、実際の俺とは随分違う。
俺は命は惜しいし、金だって欲しい。
誰が自分のプライドの為に、こんな危険な役目を引き受ける。
そんないきがった仕草を他人に見せている暇があったら、地道にサフヤとエンエンを探せ、、、で、見つからないのが、今のドンズマリの現状じゃないか。
「・・他人が俺のことをどう見てるかなんて、知ったこっちゃない。、、アンタが依頼料と言ったのは、要するに俺の命の値段ってことだよな、、、。」
「そういう見方をすれば、そうなりますな。」
「いったい、いくら出すんだ?」
「まあ、がかっかりするだろうが、組としてはこれだけだ。」
蛇喰は太い指を5本、目川に突き出してみせた。
50万、いや500万か、、5千万なんてことは絶対あるまい。
500万あれば、今抱えている借金を総て返して、狙っていた希少本が手に入る上、まだ余る計算だからリョウと、、、。
それにしても500万が俺の命の値段か。
俺は少しうらぶれた気分になった。
「5千万なら考えてもいい、、。」
それは冗談か?と、蛇喰が会話を楽しむように首をふる。
「500万ならこの話、蹴りますか?たった50万ごときで、人生から転げ落ちる人間を私は何人も見てる。ある種の人間にとって、人生は賭の連続にしか過ぎない。タネ銭がなければ死んだも同じだ。そういうのは貴男も仕事柄よくご存じの筈だが、違いますか?目川さん。」
蛇喰の表情が厳しいものに変わる。
「裏に入り込んで2週間、噂を流し続ける。それとは別に、一つやって貰いたい事もあるが、それはまあ今はいいだろう。人殺しじゃないから安心して貰っていい。その間、あんたは煙猿を探し続ければいいんだ。潜入に失敗しても先払いとして250万払おう。若い者には、貴男を殺すなと念を押しておく。もっとも奴らが、それを守るかどうか自信はないがね。怪我でもしたらその250万、治療費として使ってくれ、勿論、口止め料込みだ。いやもしかして香典代かな。裏での仕事ぶりがよければ、ボーナスを考えてもいい。よく考えれば、破格の条件だろう?現在のこのタイミングだからこそ成立する話だ。どうかね?」
「返事は、今日中かな、、?」
「今すぐだ。報酬など払わなくとも、脅せば動く人間を神代は嫌という程知っている。貴男に依頼するのは、宋の手前と、うちの先生方が、この仕事をするのは前向きの動機を持つ人間に限ると仰るから、それに従っているだけの話でね。」
「・・ところで、さっきから気になっているんだが、その袋、レコードですか?」
蛇喰の眉がすこし曇る。
俺のはぐらかしに、つき合ったものかどうかを考えたのだろう。
「興味がおありかな?」
蛇喰は指先で袋ごと、テーブルの中心にそれを押し出す。
お前に、この私の許可なしにその袋をつまみ上げる勇気があるかといった感じだ。
俺は紙袋の端に中古レコードショップ「カサブランカ」というロゴを見てとった。
それで、充分だった。
もう俺の戦いは始まっている。
集められる情報は、どんな些細なものでも集める。
それが俺・目川の戦略だった。
蛇喰の此所への登場の仕方から考えて、カサブランカという店は、目の前の十龍城にある筈だった。
「ええ最近、昭和60年代の歌謡曲にこり始めましてね。結構、古いレコードを集めているんです。よろしければ、その曲の題名を教えてもらえますか?」
俺はテーブルの上のレコードには、手を出さなかった。
「ブルーシャトー。森とー、トンカツ。泉にー、ニンニク。カァコー、マレテー・・・」
途中から、思わず二人で小さく合唱した。
「・・・・。」
「・・・・。」
二人は、しばらく黙ってお互いを見つめ合った。
「、、、傷がない、上物だ。遊び場としてのテンロンは不思議な所で、こういうものが簡単に手に入る。十龍城の裏は潰さねばならんが、表は別だ。この計画がうまく行けば、私、十龍城の担当にさせて貰おうかと思ってるぐらいでね。」
「・・・その、やらさせて貰いますよ。500万。俺の命の値段とすれば妥当かもしれん、、。」
魔が差した。
俺の返答は、まさにそれだった。
だが俺と「魔」の間柄は、昔からの腐れ縁だった。
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本家の勝手な指図に翻弄されるまま、まともな記憶さえたどたどしい異世界で丁稚奉公をさせられる羽目に…その上ひょんなことから錬金術師に拾われ、錬金術の手習いまですることになってしまう。
戦国姫 (せんごくき)
メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈
不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。
虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。
鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。
虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。
旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。
天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!
高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜
ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。
女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。
そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。
嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。
女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。
出会いと、世界の変化、人々の思惑。
そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。
※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。
⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。
⌘后妃は、花の名前。
⌘家令は、鳥の名前。
⌘女官は、上位五役は蝶の名前。
となっております。
✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。
⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。
護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂
栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。
彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。
それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。
自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。
食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。
「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。
2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得
紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―
木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。
……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。
小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。
お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。
第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。
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