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第2章 漂流、相互干渉多世界
23: 復讐の意味
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宋は罵詈雑言を吐いて、痛みや怒りを紛らわしたかったが、それらを堪えた。
こんな見当違い女に、こちらの生の感情をぶつけたら、状況が混乱するだけだ。
「、、言っちゃ悪いが、あんたの旦那は男そのものだったよ。前立腺の刺激を求めていただけで、性同一障害とかそんなんでもない。単純に物珍しい肉欲に興奮してただけだ。あんたら、夫婦間のことは理解できんが、奴には男の芯が残ってたから、女の身体への拒絶反応なんかない。、、種類の違う一種の浮気だよ。いや、浮気ですらない、俺とのことは風俗程度だよ。・・・それに浮気したのは、あんたの旦那で、俺はたった一日奴につき合っただけだ。恋愛感情が生まれるような、誘惑なんかしてないんだ。」
「あんたに、夫のなにが判るの?」
真亜子は宋のまわりを偏執的にぐるぐる回り始めた。
危険なオーラが全身から立ち上っている、今までとは雰囲気が全然違う。
いやこれが、真亜子の正体なのかも知れない。
己の秘められた変質的な性欲に瓦解していく貞淑な若妻の役所・・言葉少なく、ただ恥ずかしがっているだけでいい・・そういう女を演技するのは、簡単だ。
だが、中身は違う。
「日記をね、、彼が死んでから、、パソコンの中から沢山見つけたのよ。あんたのことばっかりだった。私の身体には指一本触らないくせに、、」
「死んだ、、?」
「私に恥をかかせる為に、死んだのよ。」
嘘だろ、おい!お前ら、どんな結婚生活を送っていたんだ!ヤクザもんのつがいでも、そんなにこじれないぜ、と宋は思った。
真亜子は、宋の首の下に手のひらを差し込んで、いとも簡単に宋の頭を持ち上げると、今度はバスケットボールを床に叩き付けるように、その手を離した。
落ちる宋の後頭部がベッドにめり込む。
宋の麻痺の程度を推し量っているのかも知れない。
それにしても凄い力だ。
真亜子の細い身体のどこからその力が出てくるのだろう。
そして病人の介護に慣れたような所作。
「、、違うよ。確かに旦那は、俺が好きだとか、そんな事を書いていたかも知れないけど、それは自分が女として振る舞って興奮する為だよ。本気じゃない。俺は、男だからよく判る。」
「・・・男のあんたらに、女の何が判るの・・・お前らは、口では偉そうに愛がなんだのと言うくせに、結局は・・」
尚も、宋の回りをぐるぐると回り続け、ブツブツと独り言を呟いている真亜子を見ていると、『男にとって、あんたの事を愛するのと、女装して性的に興奮するのは、別次元のことなんだ』とは、とても言えなかった。
遠慮というより、真亜子の内部に狂気を感じたからだ。
「さあ、薬が切れる前に、やっちゃいましょう。あの人が天国で寂しがっているわ。」
真亜子が宋の視界から消える。
この頃になって、宋はようやく自分の置かれている状況を、正確に把握することが出来るようになった。
まず宋の身体が動かないのは、縄のせいだけではない。
過去に、何度か手術を受けた経験からすると、この全身の感覚は麻酔に類するモノのような気がした。
口が利けて、全身が動かない、そのような麻酔あるいは薬剤があるのかどうか判らないが、それを素人が入手できる筈もなく、その意味で、真亜子は医療関係者であるように思えた。
看護婦か女医、、、ゴム手袋、、傷つけられた女としてのプライド、、、連想が次々と繋がっていく。
狂った女外科医、、光るメス、やばいな、、しかしここはSMラブホだ、どこかに隠された監視カメラだってあるかも知れない。
そんな風に知恵が回る女なら、殺傷沙汰などの無茶はするまい。
いや、もしかして自分の行為が犯罪だと自覚してる?、、面が割れる可能性?、、まさか、素顔を隠すために、あのゴムのマスクを被ったまま、このホテルに乗り込んだのか!?。
指紋とか?、、、そう言えば、真亜子は俺の車に乗り込んでからゴム手袋を、、していた。
ちょっと寒気がする想像が続いたが、現代の警察の捜査能力を考えるなら、その程度の小細工で、犯罪が隠し通せるはずがないのは、素人が考えても判るはずだ。
・・・もっともそれは、真亜子が「正常な一般市民」であればの話だが。
そんな事を宋が考えていたら、どさりと冷たいビニールシートのようなモノが身体の上に被せられた。
「あの人が残した形見の内の一つ。超がつく程、変態ね。よっぽど女になりたかったのね。」
真亜子がそう言いながら、宋の胸の上に広がったシートを、首が動かない宋のために持ち上げて見せた。
それはシリコンで出来た裸の女の抜け殻だった。
フィメールボディスーツ、、聞いたことはあるが、実物を見るのはこれが初めてだった。
性に関して猟奇的な嗜好を持つ宋でさえそうなのだから、亡き夫の遺品に、そんなものを残された妻のショックはどんなものだったろう。
だが、それをバッグに入れて、こんな所に持ち出してくるという時点で、真亜子は既におかしいのだ。
「何をする積もりなんだ・・」
「・・あの人の身体より、あんたの方がワンサイズ大きいみたい。きっときついだろうから、これ着るのに協力してよね。死に装束なんだから、綺麗に着たいでしょ。」
真亜子は、手に持った女の頭部を剥き取ったような全頭マスクを、自分の目の前に掲げて喋り掛けている。
「麻酔が効いてるから無理よ。」とキンキン声の返事。
もちろん宋が答えたわけではない。
抜け殻の女性の顔をしたマスクの中に、右手を突っ込んで、それをパペットのようにマスクの唇をパクパクさせながら、一人二役を演じているのは真亜子だった。
「あはは、、そうね、協力するったって、その麻痺してる身体じゃ無理だったわね。」
真亜子は一人二役で、女の抜け殻マスクにそう答えた。
女の抜け殻マスクの圧迫で、宋のきつく狭められた視界の向こうに、白目が真っ赤に充血した真亜子のギロギロとした目が見えた。
眉毛がない、と言うより、真亜子の顔はその目と口以外、真っ黒なゴムマスクで覆われている。
その真亜子が、女の顔を形取ったマスクを被せられた宋の目の覗き穴を、覗き込んでいるのだ。
宋の背骨がぎしぎしと音を立てている。
宋は女の裸を形取ったボディスーツを着せられ、逆蝦ぞりに、ホテルの天井から吊り下げられているのだ。
狂気故の怪力に恵まれた真亜子だが、さすがに宋を宙にぶら下げるだけの力はない。
SMホテルの一室に仕掛けられたフックと滑車のお陰だ。
宋の手首はビクともしない、曲げた脚が伸びない。
しかも最悪なことに、こんな状況に陥ってから、宋の身体の麻酔の効果は部分的に切れ始めている。
首に填められたリングと足首をつなぐベルトが伸びず、双脚を拘束した8の字型の拘束具も緊縮し、太ももとふくらはぎの筋肉に食い込んで固まってしまっている。
良く出来た拘束用ハーネスだった。
「ングウウウウウ!!」
ご丁寧に女の仮面の上から掛けられたギャグボールのせいで声にならない。
宋は、麻痺のとれかけた手足を全力で引っ張って見る。
背後のベルトがビンと張って逆に肢体がググッと反り返る。
背中のベルトが縮み続けてる!・・・宋のもがきに合わせて、肩関節と膝頭が急接近しつつある。
シリコンスーツに覆われた背中に蒸発しない冷や汗が滲む。
宋の身体が、ジリジリと逆海老にストレッチされていく。
「あらら、偽乳房の根元に革ベルトが食い込んで、凄いことになってるよー、股間にも食い込んじゃって、、」
・・・海老反りが激しくなってくる・・・まるでプロレス技の逆海老固めだ。
「ンウウウ!フグウウ!ングウウ!」
宋は呻き声を上げながら狂ったように暴れはじめた。
身動き出来るうちに、一刻も早く、ここから脱出しなければ、拷問縛りの体勢でこのまま「決まって」しまう。
しかし固まった拘束具は、宋の手足をがっちりつかんで離さない。
海老反りがきつくなり、腰を前後に振ることが出来なくなってきた。
「ヒフーッヒフーッヒフーッヒフーッ」
息が苦しい。
「楽にしてあげる。あの人の中に包まれて逝きなさい。向こうであの人と添い遂げるといいわ。」
宋の頭が、真亜子の胸に抱かれる。
宋は、真亜子がこれから何をするつもりか直感的に理解した。
空いた真亜子の手には、注射器が握られていた。
宋は全身を揺すって、真亜子の腕から逃れようとしたが、天井の梁からチェーンで、ただぶら下げられている宋の身体を真亜子が捉えるのは容易いことだ。
真亜子の体臭が宋の鼻腔を満たす。
女の顔を形取ったマスクの上から、首筋にチクリと痛みが走った。
薬殺、、。間一髪だった。
某高級スーパーマーケットの地下駐車場から、宋の依頼を受けて、彼らを尾行していた俺・目川が間に合ったのだ。
「しばらく、様子をみてくれ」と言った宋の注文を守ったが故に、救出が遅れたのだ。
多分、宋は自分の置かれた形勢を逆転するため、真亜子に何かを仕掛ける時間が欲しかったのだろう。
、、それが逆に、宋のピンチを生んだわけだ。
俺はこの事件のあと、人が人に復讐するという意味について、暫く考え込んでいた。
兄が、自分の一人娘をレイプし植物人間の状態に追い込んだ男達に復讐しようと怒りを燃えたぎらせ、その熱が同時に、娘の覚醒を妨げているのではないかという医師達の懸念、、。
兄は本当のところ、何に対して怒りの感情を持っているのだろうか?、、銭高零や、もう一人いたという新たな男に復讐をすれば、兄は満たされるのだろうか?
奴らを殺しても過去は取り戻せないなどというような、格好良い事を言うつもりはない。
それが法であるかは、どうかは別にして、奴らは罰せられるべきだと俺は思っている。
だから俺は銭高零をずっと追ってきた。
決して兄の依頼があったから、だけじゃない。
、、、もし復讐が果たせたとする。
ただそれで、兄は今の悲しみから再生できるのだろうかという疑問は残る。
香代には、復讐の気持ちはないのだろうか?
それよりも受けた傷が大きすぎて、今だにそこから這い上がれないのだろうか?
兄が整理しなければならないものよりも、多くのものを香代は抱え込んでいる筈だ。
香代はあの時、高校生だった。汚れを知らない聖少女とは言わない。
おの年頃の女性としての性的ファンタジーを持っていた筈だし、もしかしたら、経験も多少はあったかも知れない。
それらの全ては、やがて、誰かとの愛に結ばれて行った筈だ。
それがだ、あの無残な体験をした。
正に性の名前を持った暴力、それは香代の心の核さえ壊したかも知れない。
植物人間という、たった一人の空間の中で、それを修復するには、途方もない努力でもって、自分の中で砕け散ったものを整理し、再構築するしかない筈だった。
おそらく、それを整理するために生まれた第二の人格がリョウという、性暴力に傷付かない、性を越えた「男」なのだろうと俺は思った。
そのリョウは、復讐を望んでいるのだろうか、、、。
俺にはそれが、良く判らなかった。
こんな見当違い女に、こちらの生の感情をぶつけたら、状況が混乱するだけだ。
「、、言っちゃ悪いが、あんたの旦那は男そのものだったよ。前立腺の刺激を求めていただけで、性同一障害とかそんなんでもない。単純に物珍しい肉欲に興奮してただけだ。あんたら、夫婦間のことは理解できんが、奴には男の芯が残ってたから、女の身体への拒絶反応なんかない。、、種類の違う一種の浮気だよ。いや、浮気ですらない、俺とのことは風俗程度だよ。・・・それに浮気したのは、あんたの旦那で、俺はたった一日奴につき合っただけだ。恋愛感情が生まれるような、誘惑なんかしてないんだ。」
「あんたに、夫のなにが判るの?」
真亜子は宋のまわりを偏執的にぐるぐる回り始めた。
危険なオーラが全身から立ち上っている、今までとは雰囲気が全然違う。
いやこれが、真亜子の正体なのかも知れない。
己の秘められた変質的な性欲に瓦解していく貞淑な若妻の役所・・言葉少なく、ただ恥ずかしがっているだけでいい・・そういう女を演技するのは、簡単だ。
だが、中身は違う。
「日記をね、、彼が死んでから、、パソコンの中から沢山見つけたのよ。あんたのことばっかりだった。私の身体には指一本触らないくせに、、」
「死んだ、、?」
「私に恥をかかせる為に、死んだのよ。」
嘘だろ、おい!お前ら、どんな結婚生活を送っていたんだ!ヤクザもんのつがいでも、そんなにこじれないぜ、と宋は思った。
真亜子は、宋の首の下に手のひらを差し込んで、いとも簡単に宋の頭を持ち上げると、今度はバスケットボールを床に叩き付けるように、その手を離した。
落ちる宋の後頭部がベッドにめり込む。
宋の麻痺の程度を推し量っているのかも知れない。
それにしても凄い力だ。
真亜子の細い身体のどこからその力が出てくるのだろう。
そして病人の介護に慣れたような所作。
「、、違うよ。確かに旦那は、俺が好きだとか、そんな事を書いていたかも知れないけど、それは自分が女として振る舞って興奮する為だよ。本気じゃない。俺は、男だからよく判る。」
「・・・男のあんたらに、女の何が判るの・・・お前らは、口では偉そうに愛がなんだのと言うくせに、結局は・・」
尚も、宋の回りをぐるぐると回り続け、ブツブツと独り言を呟いている真亜子を見ていると、『男にとって、あんたの事を愛するのと、女装して性的に興奮するのは、別次元のことなんだ』とは、とても言えなかった。
遠慮というより、真亜子の内部に狂気を感じたからだ。
「さあ、薬が切れる前に、やっちゃいましょう。あの人が天国で寂しがっているわ。」
真亜子が宋の視界から消える。
この頃になって、宋はようやく自分の置かれている状況を、正確に把握することが出来るようになった。
まず宋の身体が動かないのは、縄のせいだけではない。
過去に、何度か手術を受けた経験からすると、この全身の感覚は麻酔に類するモノのような気がした。
口が利けて、全身が動かない、そのような麻酔あるいは薬剤があるのかどうか判らないが、それを素人が入手できる筈もなく、その意味で、真亜子は医療関係者であるように思えた。
看護婦か女医、、、ゴム手袋、、傷つけられた女としてのプライド、、、連想が次々と繋がっていく。
狂った女外科医、、光るメス、やばいな、、しかしここはSMラブホだ、どこかに隠された監視カメラだってあるかも知れない。
そんな風に知恵が回る女なら、殺傷沙汰などの無茶はするまい。
いや、もしかして自分の行為が犯罪だと自覚してる?、、面が割れる可能性?、、まさか、素顔を隠すために、あのゴムのマスクを被ったまま、このホテルに乗り込んだのか!?。
指紋とか?、、、そう言えば、真亜子は俺の車に乗り込んでからゴム手袋を、、していた。
ちょっと寒気がする想像が続いたが、現代の警察の捜査能力を考えるなら、その程度の小細工で、犯罪が隠し通せるはずがないのは、素人が考えても判るはずだ。
・・・もっともそれは、真亜子が「正常な一般市民」であればの話だが。
そんな事を宋が考えていたら、どさりと冷たいビニールシートのようなモノが身体の上に被せられた。
「あの人が残した形見の内の一つ。超がつく程、変態ね。よっぽど女になりたかったのね。」
真亜子がそう言いながら、宋の胸の上に広がったシートを、首が動かない宋のために持ち上げて見せた。
それはシリコンで出来た裸の女の抜け殻だった。
フィメールボディスーツ、、聞いたことはあるが、実物を見るのはこれが初めてだった。
性に関して猟奇的な嗜好を持つ宋でさえそうなのだから、亡き夫の遺品に、そんなものを残された妻のショックはどんなものだったろう。
だが、それをバッグに入れて、こんな所に持ち出してくるという時点で、真亜子は既におかしいのだ。
「何をする積もりなんだ・・」
「・・あの人の身体より、あんたの方がワンサイズ大きいみたい。きっときついだろうから、これ着るのに協力してよね。死に装束なんだから、綺麗に着たいでしょ。」
真亜子は、手に持った女の頭部を剥き取ったような全頭マスクを、自分の目の前に掲げて喋り掛けている。
「麻酔が効いてるから無理よ。」とキンキン声の返事。
もちろん宋が答えたわけではない。
抜け殻の女性の顔をしたマスクの中に、右手を突っ込んで、それをパペットのようにマスクの唇をパクパクさせながら、一人二役を演じているのは真亜子だった。
「あはは、、そうね、協力するったって、その麻痺してる身体じゃ無理だったわね。」
真亜子は一人二役で、女の抜け殻マスクにそう答えた。
女の抜け殻マスクの圧迫で、宋のきつく狭められた視界の向こうに、白目が真っ赤に充血した真亜子のギロギロとした目が見えた。
眉毛がない、と言うより、真亜子の顔はその目と口以外、真っ黒なゴムマスクで覆われている。
その真亜子が、女の顔を形取ったマスクを被せられた宋の目の覗き穴を、覗き込んでいるのだ。
宋の背骨がぎしぎしと音を立てている。
宋は女の裸を形取ったボディスーツを着せられ、逆蝦ぞりに、ホテルの天井から吊り下げられているのだ。
狂気故の怪力に恵まれた真亜子だが、さすがに宋を宙にぶら下げるだけの力はない。
SMホテルの一室に仕掛けられたフックと滑車のお陰だ。
宋の手首はビクともしない、曲げた脚が伸びない。
しかも最悪なことに、こんな状況に陥ってから、宋の身体の麻酔の効果は部分的に切れ始めている。
首に填められたリングと足首をつなぐベルトが伸びず、双脚を拘束した8の字型の拘束具も緊縮し、太ももとふくらはぎの筋肉に食い込んで固まってしまっている。
良く出来た拘束用ハーネスだった。
「ングウウウウウ!!」
ご丁寧に女の仮面の上から掛けられたギャグボールのせいで声にならない。
宋は、麻痺のとれかけた手足を全力で引っ張って見る。
背後のベルトがビンと張って逆に肢体がググッと反り返る。
背中のベルトが縮み続けてる!・・・宋のもがきに合わせて、肩関節と膝頭が急接近しつつある。
シリコンスーツに覆われた背中に蒸発しない冷や汗が滲む。
宋の身体が、ジリジリと逆海老にストレッチされていく。
「あらら、偽乳房の根元に革ベルトが食い込んで、凄いことになってるよー、股間にも食い込んじゃって、、」
・・・海老反りが激しくなってくる・・・まるでプロレス技の逆海老固めだ。
「ンウウウ!フグウウ!ングウウ!」
宋は呻き声を上げながら狂ったように暴れはじめた。
身動き出来るうちに、一刻も早く、ここから脱出しなければ、拷問縛りの体勢でこのまま「決まって」しまう。
しかし固まった拘束具は、宋の手足をがっちりつかんで離さない。
海老反りがきつくなり、腰を前後に振ることが出来なくなってきた。
「ヒフーッヒフーッヒフーッヒフーッ」
息が苦しい。
「楽にしてあげる。あの人の中に包まれて逝きなさい。向こうであの人と添い遂げるといいわ。」
宋の頭が、真亜子の胸に抱かれる。
宋は、真亜子がこれから何をするつもりか直感的に理解した。
空いた真亜子の手には、注射器が握られていた。
宋は全身を揺すって、真亜子の腕から逃れようとしたが、天井の梁からチェーンで、ただぶら下げられている宋の身体を真亜子が捉えるのは容易いことだ。
真亜子の体臭が宋の鼻腔を満たす。
女の顔を形取ったマスクの上から、首筋にチクリと痛みが走った。
薬殺、、。間一髪だった。
某高級スーパーマーケットの地下駐車場から、宋の依頼を受けて、彼らを尾行していた俺・目川が間に合ったのだ。
「しばらく、様子をみてくれ」と言った宋の注文を守ったが故に、救出が遅れたのだ。
多分、宋は自分の置かれた形勢を逆転するため、真亜子に何かを仕掛ける時間が欲しかったのだろう。
、、それが逆に、宋のピンチを生んだわけだ。
俺はこの事件のあと、人が人に復讐するという意味について、暫く考え込んでいた。
兄が、自分の一人娘をレイプし植物人間の状態に追い込んだ男達に復讐しようと怒りを燃えたぎらせ、その熱が同時に、娘の覚醒を妨げているのではないかという医師達の懸念、、。
兄は本当のところ、何に対して怒りの感情を持っているのだろうか?、、銭高零や、もう一人いたという新たな男に復讐をすれば、兄は満たされるのだろうか?
奴らを殺しても過去は取り戻せないなどというような、格好良い事を言うつもりはない。
それが法であるかは、どうかは別にして、奴らは罰せられるべきだと俺は思っている。
だから俺は銭高零をずっと追ってきた。
決して兄の依頼があったから、だけじゃない。
、、、もし復讐が果たせたとする。
ただそれで、兄は今の悲しみから再生できるのだろうかという疑問は残る。
香代には、復讐の気持ちはないのだろうか?
それよりも受けた傷が大きすぎて、今だにそこから這い上がれないのだろうか?
兄が整理しなければならないものよりも、多くのものを香代は抱え込んでいる筈だ。
香代はあの時、高校生だった。汚れを知らない聖少女とは言わない。
おの年頃の女性としての性的ファンタジーを持っていた筈だし、もしかしたら、経験も多少はあったかも知れない。
それらの全ては、やがて、誰かとの愛に結ばれて行った筈だ。
それがだ、あの無残な体験をした。
正に性の名前を持った暴力、それは香代の心の核さえ壊したかも知れない。
植物人間という、たった一人の空間の中で、それを修復するには、途方もない努力でもって、自分の中で砕け散ったものを整理し、再構築するしかない筈だった。
おそらく、それを整理するために生まれた第二の人格がリョウという、性暴力に傷付かない、性を越えた「男」なのだろうと俺は思った。
そのリョウは、復讐を望んでいるのだろうか、、、。
俺にはそれが、良く判らなかった。
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