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第2章 漂流、相互干渉多世界
18: あんなに綺麗に化けれるんなら
しおりを挟む・・・事務所の中では、リョウが聞いたことのないだろう曲目がエンドレスで流れ続けていた。
俺には、カレーライスが食べたくなると一週間三食、ぶっ続けでカレーを食べるような所があって、音楽もその例外ではなかった。
ちなみにカレーは自分で作る。
市販のルーなんて絶対に使わない。
小麦粉とカレーパウダーを練り炒め上げて作る。
決め手は、ラードで微塵にした玉ねぎを飴色になる迄、焦がさないように炒めることだ。
それでコクのある甘みが引き出せる。
焦がさないためには、鍋に張り付かなければならない。
単純な作業なのに、片手間では出来ないのだ。
巷ではカレーの隠し味にインスタントコーヒーを入れると美味いというような話があるが、俺はそういう話は信用しない。
カレーはカレー、コーヒーはコーヒー、食べ物・飲み物には、それぞれの成り立ちと作法がある。
俺達が今飲んでいるコーヒーだって、カップを温めておいたり、ドリップの時の蒸らしに気を付けたりする事が重要で「何々に何々を混ぜると美味しい!」なんてショートカットは、屑情報に過ぎない。
俺は暫く、焙煎によって引き出されたコーヒー豆に含まれているアミノ酸と糖分を元とするコーヒーの香り、ピラジンを、リョウの一週間ぶりの帰還と共に楽しんでいた。
するとリョウが、手に持った探偵事務所用のマイカップをテーブルに置き、今繰り返し流れている音楽の曲名を聞いて来た。
「愛するって怖い、、1968年の曲だよ。俺もお前も、影も形もない頃だ。」と、なぜか俺は顔を真っ赤にして答えた。
俺はリョウが、この探偵事務所にいることが、無性に嬉しかった。
相変わらず無謀な捜査を続けているリョウの話を聞いても、前みたいに「勝手な真似をするな」と、頭から叱れなかった。
又、俺の前からいなくなると、それが辛い、、。
「聞き込みの最中に、この曲に出会って、一度で気に入って、それから事ある度に聞いてるんだ。」
それは嘘じゃなかった。
「んーー、なんだかレズっぽい歌だね。」
「、、判るか?女性デュオが歌ってる。百合はモノホンじゃないけど、その雰囲気で売ってたのさ。で、そのエロ親父は、なんて言ってたんだ?」
リョウは、嘉門から自分のパンティと交換に情報を聞き出した経過報告は避けて、リリアルコー日本支社で煙猿と同僚だった初老の男から話を聞き出した事だけを、俺に報告していた。
それにリョウは、旧リリアルコー日本支社社員に会う時にも、女装していた事や、相手がリョウに下心を持っていた事などは一言も触れなかった。
「ん?今、エロ親父って言った?あー、所長、焼いてくれてるんだ。」
「ばっ、馬鹿いえ。いい年こいて、相手の正体も見抜けずに、すけべ心まるだしでべらべら喋ってるような奴だから、エロ親父と言ったんだ。」
「ふーん。でも、どうして僕が、女の格好をして相手に会ったと決めつけるのさ。」
・・・知らないの~♪
リョウの耳を、室内に流れる甘い歌声がその舌で舐り上げていた。
せっかく事務所に舞い戻ってきたリョウの上機嫌をどう取り扱おうかと、俺は机の上にあったタバコのパッケージに手を出す。
ここで機嫌を損ねられては又、リョウは街に飛び出してしまう。
「、、あんなに綺麗に化けれるんなら俺だってそうするからさ。」
俺の言葉は、取り繕いにしどろもどろだ。
遊びでなら、幾らでも気障な言葉や、辛辣な突っ込みが出来るのに、自分でも情けない。
こんな性格は、ゴォーク前の俺も同じだったような気がする。
「ありがとう。」と意外にもリョウが素直に答えた。
「、、いいから、先を続けて。親父はなんと言った?」
『お嬢ちゃん。煙猿がリリアルコー社の勧誘をどうやったか知ってるかね。あの笑顔と額のわっかさ。普通の人間には、額に自らの意志で、シリコンを埋め込む人間のことなんか想像もできないだろう。けど奴は、わざとそれを見せて、これが僕の病気なんですと、やったわけだ。切り取っても、切り取っても浮き上がってくる奇妙な蚯蚓腫れ、、身体に害はないけれど、社会生命は絶たれたと同然の惨めな奇病です、ってね。』
この話から判ることは、煙猿こと田崎修は、アドニスのコウちゃんと別れた後、リリアルコー社に就職し、その時点では、既に額に、わっかがあったという事だ。
『・・・今は無理でも、未来の医療技術ならそれが治せると聞いてリリアルコー社の人と何度も打ち合わせをしてたら、その内、この程度の加入額の事ぐらいで、ウジウジしている自分が馬鹿みたいに思えてきて、自分よりもっと他に、リリアルコーの「冷凍」が必要な人達がいるんじゃないか、って気付いて、それで広める側に回りました、って感じで言うわけよ。わっか以外は、映画俳優にしたって良いくらいの男前だろ。あの爽やかな笑顔で勧誘されたら大金持ちの有閑マダムなんかは、イチコロさ。勧誘率ナンバーワン。その他、色々、甘い汁を吸ってたんじゃないのー。それがある日、突然消えちまったわけ、正に煙の如くだよ。』
初老男性の証言を説明するリョウの柔らかそうな口元を眺めながら、俺はいつものように「こいつは本当に男なのか?」とあらぬ思いに耽っていた。
煙草はあっという間に吸い終わっている。
最近は世界規模で展開されている喫煙者迫害プロジェクトによって煙草の値段は馬鹿にならない。
昔の俺ならこんな時は、チェーンスモークで煙の向こうのリョウの顔を眺めているのだが、、。
電子煙草に切り替えるべきか?
でもハードボイルドな探偵は、禁煙で苦しむ所までは行っても、電子煙草なんて吸わないだろう。
すべては、何かと何かのバーターだ。
俺には今のところ、自分の懐具合と健康の二つを、ハードボイルドとの交換に差し出すつもりはなかった。
交換と言えば、俺が煙猿の情報を得るのに四苦八苦したのは、情報を握っている人間達が煙猿を恐れていたからだ。
だが人は、その恐れを上回るものが、手に入るとなれば態度を変える。
リョウがやすやすと情報を引き出すのは、色仕掛けをやるからだ。
けれどリョウは、本当の女ではない。
もちろん女だとしても大変だが、男だとバレた時にリョウは、一体どうするつもりなのだろう。
俺はいつも、相手の男にズダボロにされているリョウの姿を思い浮かべざるを得ない。
そして、その相手の男に対する奇妙な嫉妬心も、、。
「・・・ねぇ所長、最近、上手く眠れないんだ。眠ると必ず、どこかの倉庫で、冷凍にされている姫子の夢を見る。」
そんな風にリョウは、旧リリアルコー日本支社社員との会見の様子を締めくくった。
「考えれば考えるほど、沢父谷が失踪したのは、僕に原因があるような気がするんだ。きっと僕と煙猿の因縁のせいなんだよ。」
リョウの薄い肩が震えている。
「因縁?何を馬鹿なことを言ってる。辻褄があわんぞ。お前、煙猿を見つけたのは、あのDVDが初めてだろうが、、。」
「所長には判らないんだよ。僕のこの感じは、、、とっても怖いんだ、、、。」
俺は今すぐにでもリョウを抱きしめてやりたい衝動に駆られていた。
だがそれは叶わないことだ。
第一、今のリョウは、女装さえしていない只のバイトの男子高校生なのだから、、、。
部屋の中では、数回目の「愛するって怖い」のイントロが、再び流れはじめていた。
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