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第2章 漂流、相互干渉多世界
16: いやな感じ
しおりを挟むオランの勝利が確定したのを見届けた後、僕は会場の搬出搬入通路を使って、この場を逃げ出すことにした。
表彰式はもちろんの事、ひょっとしたら優勝チームのインタビューまで待ちかまえている可能性があったが、僕はそんなのに巻き込まれるのは、まっぴら御免だった。
第一、コンクールが終わったのだから、カリ先輩のオランからの隔離は解けるだろうし、後は先輩一人でなんでも出来る筈だった。
カリ先輩はやろうと思えば「とても優秀な好青年」なんて役所を、いとも簡単にやってのける。
それに実際、僕は表彰に値するような事は、なんにもしていない。
本当に只の数合わせと、「コマンド入力」をやっただけだ。
それなのに、そのトラブルは、さも僕が何かをやらかしたように、向こうから近づいてきた。
「おい卑怯者!お前、ロボットにあんな事させて良いと思ってるのか?」
突然、搬出搬入通路先の曲がり角から、三人の青年が現れた。
そのタイミングがドンピシャだったから、彼らは僕の事を待ちかまえていたのかも知れない。
三人のうち、一人の顔に見覚えがあった。
ふっくら体型の眼鏡男だった。
オランを会場に搬入した時に見かけている。
デミゴッドの周りにいた一人だ。
おそらく白鴎工業大学ロボット工学クラブの部員だ。
こっちとは違って、向こうには部員が山ほどいる。
「、、卑怯って、別にそんなルールないだろ。頭突きをかまされて気を失うようなロボット作ったアンタたちが間抜けなんじゃないの。第一、ウチにお金があれば、ウチはもっと凄いの作ってるよ。」
僕は幽霊部員だけど、思わず熱くなって、ウチと言ってしまった。
「ちっ。おさまらないな。こいつ、ちょっと可愛がってやろうぜ。」
三人の中の身体の大きい青年が言った。
漫画みたいだが、そいつのTシャツの胸のところには、ハンバーガーのプリントがしてあった。
そして、僕はあっという間に彼らに囲まれた。
「・・なめんなよ。お坊ちゃん大学生が。」
自分で言うのもなんだけど、『オカマの口喧嘩に勝てる者なし』、こういう時は、我ながら結構ドスの効いた声がでる。
身体の大きいのが掴みかってきたが、その腕を弾き飛ばして、その勢いのまま、喉を拳で思い切り突いてやった。
反射的に伸ばしてきた男の腕に捕まれないように後ろに下がった時、男の胸の平面ハンバーガーがブヨンブヨンと波打つのが見えた。
大きな男だけど、その身体はほとんど脂肪で出来ているらしい。
多分、生まれてから一度も喧嘩らしい喧嘩をした事がない連中なのだろう。
セコンドとしての僕の姿は、時々、会場のモニターに映っていたから、彼らは僕を組しやすい相手と思っていたに違いない。
うずくまってゲホゲホいってる大男を気にして、視線が動いた二番目の男にスルッと近づいて、「どこ見てんだ、こっちだよ!」と声をかけたら、男が実に見事に僕を振り向いたので、今度は相手の目を思い切りサミングしてやった。
こっちも顔を覆ってギャアギヤとうるさく喚き出すだけだ。
残った最後の一人は、このまま僕と戦うべきか、撤退すべきかを鼻の穴を膨らませて考え込んでいるようだ。
「女みたいな年下の高校生相手に、このまま引き下がったら笑いもんだ。でも、結構、やられてるし、、」って感じだろう。
馬鹿め、二人とも大したダメージを負ってる訳じゃない。
ただ暴力に対する耐性がないだけだ。
こっちは所長に日頃から無理矢理、ヤバイ役目をふられて、度胸だけはあるし、夢殿界隈で女装して遊ぶのはいつでも危険と隣り合わせなのだ。
身の危険を感じたら、ガーリー系の服を着てる時だって躊躇せずに相手の急所を叩くか蹴る。
で、次はお前だ!って感じで、僕は遠慮なく、思い切り、回し蹴りを、その男の脇腹めがけて叩き込んでやった。
今度は笑えるほど、見事に蹴りが入って、相手の男はウゲっと言ってうずくまってしまった。
額から変な汗をかいて、眼鏡がずり落ちてる。
少し可哀想になったけど、ちょっかいをかけて来たあんたらが悪い。
僕は相手が弱っている間に、徹底的な攻撃をしかけるつもりでいた。
男達の体格は三人とも僕より勝っていたし、「窮鼠猫をかむ」って感じで、反撃されたら今度は勝てる見込みがない。
「もう良いだろ!それくらいにしてやってくれよ。」
そう言いながら白馬にまたがった王子様が僕に声を掛けてきた。
実際はこの王子様、騒動を聞きつけて通路を走って来たらしく、額からは汗が出ている。
それでも僕が女の子なら一目で惚れそうな爽やか君だった。
王子様は、白鴎工業大学ロボット工学クラブの部長、デミゴッドの主任設計者の岸良平だった。
どうやら一部部員らの不穏な動きを察知して、準優勝授賞式後のインタビューも、そこそこに切り上げ、ここに駆けつけたらしい。
人物的には、キリ先輩とは比べものにならないほど、とっても良い奴らしい。
「な、お前ら、もういい。直ぐに、持ち場に戻れよ。」
岸良平が声を掛けると、男達はすごすごと退却していった。
男達が、捨て台詞で「憶えてろよ」とか「今度会った時は」とか言わないのは、やっぱり大学生なんだなと僕は妙に感心した。
「済まなかったね。僕らは、チームでデミゴッドを作ってきたから、みんな思い入れが強いんだよ。彼ら冷静な判断が出来なくなっていたようだ。」
「別にいいけど、、。」
「ありがとう。そう言って貰えると助かるよ。」
「じゃ、、」
僕はこの会話を切り上げて、ささっと退却しようとした。
とにかく、ここは僕のフィールドじゃない。
「あっ君、君はセコンドやってたくらいだから、江夏君とこの部員なんだろ?」
普通は、このコンテストにセコンドとして参加してたらクラブ員に決まっているんだろうけど、僕の外見というか雰囲気は、全然そんな人間に見えないから、彼の言い回しは、当然だった。
それにクラブ名じゃなく、「江夏君とこの部員」という言いぐさが可笑しかったが、実質は正にそうだった。
「ああ、江夏組だよ。で、僕は沖田総司。」
僕は、そう言ってやった。
「だったら、総司君は早く江夏組から離れた方がいいな。彼のやってる事は邪道だ。」
僕の外見が彼のスケベ心を刺激したのか、さっきのトラブルからあっさり手を引いた僕へのお返しのつもりなのか、岸良平が忠告めいた事を言った。
「あんた、さっきの連中と、言いぐさがかわんないね。ちょっとがっかりしたよ。」
「・・・そうじゃない。僕が言いたいのは、AIというか、江夏君自体が、やろうとしているロボットへのアプローチの事だ。君もこういう道に進むつもりなんだろう?だったら、江夏君からは、離れたほうが良い。」
隠しコマンドの事を言ってるのかも知れない。
僕は何となく彼の言っている事が判るような気がした。
「、、考えとくよ。忠告ありがとう。」
僕は、岸良平の言葉に何かひっかかるものを憶えた。
この感じは、、、そう、街でミスター・スポッキィに出くわした時のあの感じに似ていた。
でも僕は、自分の気持ちを今の状況から、無理矢理、沢父谷姫子の捜索に切り替えた。
四日間、僕は貴重な時間を別の事に使ってしまった。
もう、こっちは全部、終わりにしよう。
僕がこうしている間にも、沢父谷姫子に危険が迫っているかも知れないのだ。
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