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第1章 サファイア姫の失踪

11: 身体改造と山椒魚

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 俺の知り合いに眩伏鱒夫まぶせますおという身体改造マニアがいる。
 もちろん俺が、そっちの道に填ってる訳じゃない。
 俺にはそんな根性はない。
 俺が自分で自分の身体を弄れるのは、爪と髭程度だ。
 しかも髪の毛は理髪店にご厄介になっている。

 眩伏鱒夫とはオカルト繋がりだった。
 眩伏が埋没しているモダン・プリミティブは、オカルトと親和性が高いのだ。
 身体改造については説明が難しいが、『自らの意志で自らの体をデザインする』『自らの体を使って自らを表現する』行為といえば、判って貰いやすいだろうか。
 そうそう、タトゥーやピアスに、どんどん填っていく傾向がある人間なら、その先にある、さらに難易度の高い行為として「身体改造」が、燦然と輝いている筈だ。

 身体改造の代表的な行為を挙げていくと、体を装飾する目的のために、皮膚下への異素材を埋め込むインプラント、皮膚を切り刻み、その跡で模様を描くカッティング、小説の題材にもなったようだが、舌の先端をふたつに裂くスプリット・タンなんかが有名だ。
 眩伏鱒夫は、これらのフルコースだった。
 漂白したリザードマン。
 昼間に会うと、なんだか特殊メイクを落とさない俳優と喋ってるような気になる。

 俺はこのリザードマンに、アドニスのママ・コーちゃん経由で手に入れた田崎修の写真と、DVDから抽出した煙猿の写真を見せた。
 手ぶらではなんだから、手土産に鎌倉紅谷のクルミッ子を持参した。
 本人は言いたがらないが、眩伏鱒夫は鎌倉の旧家の出身で、クルミッ子が大好きなのだ。

 俺もクルミッ子は好きだ。
 大人の男が食べる甘いモノで、「やめられない・やめられない」現象が起こるのは、これくらいのものだと思う。
 でも俺はクルミッ子を一個一個大切に食べる。
 情けないが、俺にとって、この小振りな四角いキャラメルの形をした食べ物はお高いのだ。

 そのクルミッ子を眩伏鱒夫はいとも簡単に食べる。
 コイツの住み家は、昔銭湯だったのを買い取って改造したやつだが、眩伏はその費用をポンと出している。
 浴室の感じが気に入ったって事で、そういう訳の判らない改造をしている。
 だが勿論、出資したのは眩伏の実家だろう。
 羨ましい話だった。


「、、シリコンインプラントだけか、、こいつ、へたれだな。」
 高い天井の下、男湯の中でカサカサとした声が響いた。
 小さいプールみたいな浴槽のど真ん中にちゃぶ台が置いてあって、俺とトカゲ男が向かい合って座っている。
 眩伏はそう言ったあと、何を思いついたか、奇妙な表情を浮かべた。

「どうした?何かあるのか」
「ん。。今気がついたが、これコスパ悪いな。」

「コスパ?」
「見栄えは、おでこの蚯蚓腫れみたいな輪っかだけだが、これだと顔面の皮膚を一旦剥いで埋め込む事になる。さっきはへたれと言ったが、、、そうじゃないのかも。同じ痛い目をするなら、もっと派手にやる。ベーグル・ヘッドとかな。それにコイツ、ハンサムじゃん。現実的な言い方だけど、今のこの国で、こいつにこれやる意味、どこにあんのかね?」
 自分の身体をここまで改造してる奴の口から「現実的」なんて言葉が飛び出てくるのは吃驚だが、それはどうでもいい。

「それはどうでもいいんだ。こいつについて、何か解ることないのか?例えば手術した場所とか?」
 端から、眩伏に煙猿を知ってるなんて反応は宛にしていなかったが、ここまでの空振りになるとは思わなかった。
 俺は最初、煙猿の額に埋め込まれた輪っかが、奴を辿る為の決定的な手がかりになると思いこんでいたのだ。

「うーん。こんな感じで手術するとこあったかな?でも個人でやったにしては、仕上がりが見事すぎだしな。」
 考え込むリザードマンを間近で見るのは不思議な感じだ。
 普通「眉をしかめて考え込む」というが、眩伏にはその眉自体がない。
 眉があった場所には、鱗のびっしり生えた隆起があるだけだ。

「それとさ、これ、サードアイとか、そんなつもりでやったんじゃない?俺達とは種類が違う感じだな。」
 しかしサードアイに話を持って行くところが、さすがにオカルト繋がりだった。
「サードアイって、第六チャクラの事言ってるのか?」
「そうそう、邪気眼。」
 外見上ではわからないが、人間はみな脳内に、使われる事のなかった目の名残を持っているという。
 それは脳の「松果体」と呼ばれる部分で、この「目」は、実際に使っている二つの目と構造がよく似ていて網膜組織もっており、光に敏感なのだそうだ。

 でも俺は、世間じゃオカルト探偵と呼ばれているが、本気でこの手の話を信じてる訳じゃない。
 ただ、世の中には「科学的」に説明出来ない事象が山ほどあって、俺はそれに柔軟に対応できるってだけの話だ。
 煙猿も、こんな手術で、サードアイが手に入れられるなんて思う単純明快なサイコパスじゃないだろう。
 奴の動機は、俺達には理解できないような屈折を持っている人間の思考として、理解した方がいいだろう。
 眩伏が、もう興味を失ったという感じで写真を俺に突き返す。
 くそ、そんなのなら、クルミッ子をやるんじゃなかったと俺は思った。
 クルミッ子はそれなりの値段がするのだ。

「それよかさぁ、あんたが紹介してくれた山椒魚って小説面白かったよ。軽いヤクやりながら読んだのが、良かったのかな?」
 俺はちょっと、どうやって対応していいか思い浮かばず、手近にあったケロリンの風呂桶を手に取って、いかにも今、それに気付いて、興味をそそられたという感じで少し時間を稼いだ。

「・・・うーん、良かったじゃん。でもあんた、今のあんたじゃなかったら、もっとまともに読めたと思うよ。あの内容のちゃんと深いところまで読めた筈だ。」
 俺が眩伏に紹介と言うか、話の成り行きで口にした「山椒魚」という短編小説は、昭和初期のもので、今時の人間が読んで面白いような作品じゃない。

 その内容は、成長しすぎて自分の棲家である岩屋から出られなくなってしまった山椒魚の話なんだが、後で同じような境遇に陥る蛙が登場して、山椒魚がその蛙を虐めてみたりとか、深読みすると、それなにり「存在の意味」とか色々考えさせる話ではある。
 もっと言えば辛気い話で、こんなのはオカルト仲間でも読まない。

 まあ、それを有り難がって読むのは、根がひねくれ者の俺だからだ。
 それをこの眩伏は読み、俺達とは全然違った解釈をする。
 まあある意味、眩伏も又、新人類、いや異世界の人間なのだ。

「今、なんて言った?もっとまとも、だって?」
 眩伏がイラッとした表情を見せて俺を見た。
 こいつは妙な部分でカンが鋭い。

「いや、何でもない。とにかく今日はありがとう。煙猿の件でなにか情報があったら、連絡くれよな。」
 眩伏との別れ際、ひょっとして大きく成りすぎて穴から出られなくなったのは、あの山椒魚じゃなくて、俺なんじゃないかという思いが俺の頭をかすめた。




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