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Another Epilogue ―― 永遠(とわ)の別れ(3)
しおりを挟む「お母……さん……どうして……」
「ア、アリシア。お前、来てたのか……」
「ご、ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったのだけど、窓から人影が見えて、誰だろうって思って……。でも、何で死んだはずのお母さんが……」
「アリシア、これはカレンの……言ってみれば霊魂みたいなものだよ」
リョウは彼女にも分かるように説明した。
ベスが、リョウにチラリと視線を投げたあと、アリシアに優しく頷きかける。
おそらくアリシアの前では、カレンの振りをするという意味だろう。
「大きくなったわね」
「ああ、お母さん、会いたかった……」
アリシアがカレンのもとに駆け寄った。
すでにアリシアは滂沱と涙を流している。カレンもまた、涙声だった。
「立派な女性に成長したのね。お母さん、うれしいわ」
「私、ずっと、お母さんみたいになりたくて……」
「何言ってるの。私よりも立派になって。あなたは私の誇りよ」
カレンが手を伸ばして、アリシアの頬に当てた。
「お母さん……」
むろん、単なるホログラム映像であるため、実体はない。
しかし、アリシアは母の姿を霊魂が具現化したものだと理解しているのか、それを不思議とは思っていないようだった。そして、本当に母に手を当てられているかのように、目を閉じ、自分の手を重ねた。
アリシアは、カレンが亡くなった時、もっとも多感な年頃だったこともあり、ずっとカレンの死を引きずっていた。しかし、この邂逅でその悲しみが少しずつ癒やされていくのを、リョウは感じた。
彼と同じように、ようやくアリシアも心にケリを付けられるのだろう。
「あのね。私……、お母さんに、聞きたかったことがあるの……」
しばらくして、アリシアが目を開けて、カレンに尋ねた。少し緊張しているように見える。
「なにかしら」
「……お母さんは、私がリョウの恋人になっても平気?」
カレンが柔和に微笑んだ。リョウにはそれは優しい母親の笑顔に見えた。
「もちろんじゃない。彼はあなたにふさわしい人よ。むしろ私としては、安心だわ」
「お母さん……」
「リョウに幸せにしてもらいなさい」
「うん……。ありがとう」
胸のつかえが下りたのか、安堵の表情で、そして嬉しそうに頷いた。
そして、リョウを振り返った。
「ねえ、リョウにも、1つお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「さっき、お母さんに見せていた指輪、本当はお母さんにあげるはずだったのよね。それ、私がもらってもいい?」
「え、いいのか? 指輪が欲しいなら、別のを贈ってもいいんだぜ」
リョウは躊躇した。母親とは言え、別の愛する女性のために買った指輪である。
だが、アリシアは真剣だった。
「いいの。本当なら、お母さんから私に受け継がれていたはずでしょ。私、その指輪がいいの」
「そりゃ、まあ、お前がそう言うなら構わんが……」
「お母さん、どうかしら?」
カレンは、不安げな娘に、優しくうなづいた。
「もちろんいいに決まってるじゃない」
「ホント? ありがとう。うれしい」
「それじゃあ、リョウ、アリシアに指輪をつけてあげて」
「ここでか?」
「いいじゃない。予行練習よ」
茶目っ気たっぷりな目で笑う。
「う……」
「お、お母さん……」
リョウが気恥ずかしくて言葉に詰まると、アリシアも横で真っ赤になってうつむいていた。
二人とも「何の?」とは聞かなかった。カレンの言い方から明らかだったからだ。
実際にそう言ったのはベスであってカレンではないが、おそらく彼女ならそう言うという説得力があった。
アリシアが、時々いたずらっ子のような目でとんでもないことを言うのは、まさにカレンの遺伝である。
「ほら、早く」
「わ、わかったよ。なら、やっとくか!」
「そ、そうよね。練習は大切よね!」
妙な返答をするところを見ると、アリシアも動揺しているらしい。
二人は、照れながらも向かい合う。
そして、リョウが指輪を持ちアリシアの左手を取った時、カレンが止めた。
「その前に、リョウ、ちゃんと誓って。アリシアを幸せにしてくれるって」
リョウは頷いて、アリシアを見つめた。
「ああ、約束するよ。アリシアは必ず俺が幸せにする」
「リョウ……」
彼女は頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、アリシアは、お母さんに約束して、ずっとリョウのそばにいて支えてあげるって。この時代に一人で生きていくのは大変なんだから」
「うん。約束する。ずっとリョウと一緒に生きていくわ」
カレンは満足げな笑顔を浮かべて、二人が初々しく照れながら見つめ合うの姿を見ていた。
「ふふ、じゃあ、リョウ、指輪を」
「ああ、何か、照れるな……」
「うん……」
リョウは、アリシアの左手薬指に指輪を通した。カレンとサイズが同じだったのか、ピッタリと収まった。
「リョウ、ありがとう」
アリシアは、幸せそうな笑顔で、指輪が光る左手を大事そうに自分の胸に抱きしめるのだった。
「これで、私も安心して天国に行けるわね。最後に二人に会えてよかったわ」
彼女がそう言うのと、リズの声が聞こえてくるのが同時だった。
『リョウ、もう時間切れよ。ベスのエネルギーがなくなるわ』
ホログラム投影はかなりのエネルギーを消費する。カレンのBICはもともと補給もできない状態で放置されていた。残りのエネルギーを全部使い切るつもりだったのだろう。
それは同時に、エネルギーを小分けにして何度も現れるつもりがなく、この一度きりにするというカレンの、おそらく生前の意思なのだと察した。
「……もう行くのか?」
「ええ。残念だけど、時間よ」
その言葉通り、だんだんとカレンの姿が薄くなっていく。
「お母さん……もう、会えないの?」
「そんな悲しい顔をしないで。最後にあなたに会えて私は幸せなんだから。それに、私はずっと天からあなたのことを見守っているわ。それを忘れないでちょうだい」
「うん……」
アリシアは、涙ぐんではいたが、微笑んでいた。
「アリシア、幸せになりなさい。お父さんにはよろしく言っておいて」
「うん……分かった」
「リョウ、アリシアを頼んだわよ」
「ああ」
そして、
『リョウ……最後に一言だけいい?』
一瞬、カレンのホログラム映像が乱れたと思った瞬間。
惑星標準語で話しかけられ、リョウは心臓が飛び上がった。
『まさか……カ、カレン……か……?』
驚いたのは、彼女が旧文明の言語に切り替えたからではない。
話しているのが、カレン本人だと気がついたからだ。
声も姿も先程までと寸分の違いもなかった。
だが、リョウには分かった。今見えているのは、彼女が生前に収録した自身の映像なのだ。
『こんな……こんなのって……』
本人の声と姿に接して、涙がこみ上げる。
わざわざ映像を残しておいてくれた。
それだけで、心が癒やされる気がした。
そして、今、ようやく彼女に再会した気持ちになったのだ。
『あなたにどうしても私の口から伝えたいことがあって……』
『……』
リョウはすべての神経を研ぎ澄ませて、彼女の声を聞いた。
『私……あなたに会えて本当によかった……。ありがとう、リョウ。私ね……あなたを心から愛していたわ』
『あぁ……カレン……』
リョウは涙が止まらなかった。
『カレン、俺もお前を心の底から……愛してたよ』
彼女に届くはずのない言葉と知りつつ、返事をせずにはいらなれなかった。
そして、過去形を使った自分が意外でもあり、同時に、納得もした。
もう自分は前に進んだのだ。
『どうか……元気でね』
『ああ』
そして、最後に微笑みと「さよなら……」の声を2人に残して、彼女の姿は完全に消えた。
「……」
「……」
二人は暫くの間、身じろぎもせず、カレンが消えた空間を見つめていた。
ふと気がつくとアリシアが涙を流している。
リョウは自分の涙を拳で拭って、彼女の肩を抱いた。
「ありがとう、リョウ。少しの間だったけど、お母さんとこんなふうに会えてよかったわ……」
アリシアは涙を指で拭って微笑んだ。少し吹っ切れたように見える。
「そうだな。俺もだ」
リョウもまた、全ての気持ちにケリがついた気持ちでいた。
「でも……一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「最後、お母さん、なんて言ってたの? あれって、旧文明の言葉よね?」
「あ、ああ……そうだな」
アリシアは何か言いたげにリョウの顔を見つめた。
そして、ため息を付く。
「まあ、いいわ。2人で最後に言葉をかわしたかったんだろうし。これで納得したんでしょ」
「その通りだ。もう、俺の恋人はアリシアだけだからな」
「ま、また、そんな上手いこと言って……もう」
「行くか?」
「そうね」
リョウはアリシアに手を差し出す。アリシアはすこし照れた顔でその手を握った。
今もらったばかりの指輪がきらめく。
そして、二人は手をつなぎながら、屋敷に向かって歩き始めたのだった。
※※※ 改訂版エピローグあとがき ※※※
お久しぶりです!
実は、完結した当時、エピローグをどちらにするか迷っていまして、結局あちらにしたのですが、リョウにとってホログラムは本物のカレンとは思えないのではないか、むしろBICが本物のふりをしたほうが偽物感が強くなるのでないかという気持ちがずっと心のどこかにありました。今回、久しぶりに思い立って、アナザー版として書いてみました。私としては、これはこれでアリだなという気がしています。
それでは、お読みいただきありがとうございました!
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