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第39話 別れの言葉(2)

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 一方、リョウは、アリシアに別れを告げ、シャトルリフトに乗り込んでいた。

『研究員居住棟』

 リフトのコンピューターに向かって行き先を告げる。
 同時に、リフトが動き始めた。

『リズ、爆発まであとどれくらいだ?』
『4分47秒よ』

(間に合うかどうかぎりぎりのところだな)

 やがて、リフトが停止して扉が開いた。リョウは、全力で走り出す。

(E-27……)

 部屋の番号を探しながら通路を駆けていく。通路の両側には研究員の部屋の扉が並んでいた。

 基本的に、居住棟の部屋はオートロックであり、本人以外は中から開けないと扉が開かないことになっている。ただし、家族など本人があらかじめ登録していた者なら、入室ログに記録されるものの、自由に入ることが可能であった。
 今向かっているその部屋は自分の部屋ではないため、本来は入ることはできない。しかし、リョウは自分がその部屋の入室許可を受けた者として登録されていることを知っていた。

(……)

 やがて、その部屋の前に到着する。扉の横の壁に示された部屋番号を確認するリョウ。そして、その部屋番号の下には居住者のネームプレートが張ってあった。

 カレン・ミルフォード

 リョウは、カレンの部屋に来たのだ。
 掌紋照合パネルに掌を当てると、ピッという音がして、ドアが開いた。
 急いで中に入ると、そこは当時の彼女の部屋のままだった。一万年が経過しているため、紙や布製のものは風化してちりとなっていたが、最低限の空調が行われており、それほど時間の経過は感じられない。
 その懐かしさに、カレンとの思い出が一気に心の中によみがえる。
 
 さまざまな感情に押し流されそうになるのをなんとか押しとどめて、リョウは部屋を見渡し目的のものを探した。感傷に浸っている暇はない。

『爆発まであと3分よ』

 それを裏付けるかのようにリズの声が聞こえる。

(あった!)

 リョウは、部屋の奥に自分が探していたものを見つけた。それは、コールドスリープカプセルだった。
 カプセルには、シールド機能が備わっている。コールドスリープに入ったあの日、居住棟がミサイルの攻撃を受けてもリョウが生き延びたのは、この機能のおかげである。そして、今再び、自分の命をこれに掛けることになろうとは、全く予想もしていなかった不思議な巡り合わせであった。

 リョウは、カプセルに駆け寄り、リズに命じる。

『リズ、カプセル起動。コンフィギュレーションを俺に合わせて設定しろ。システムチェックはプライマリーだけやって後は飛ばしていい』
『了解』

 機械の駆動音が鳴り、いくつかの光が点灯して、カプセルの上蓋が開く。リョウは急いで中に入り、仰向けに横たわった。

『それと、爆発予定時刻になったら、短時間でいいからシールド最大にしてくれ。最初の爆発が一番激しいだろう』
『設定したわ。システムチェック完了。カプセルに異常ないわよ。反粒子爆弾の爆発まであと2分20秒』
『コールドスリープ開始』
『コールドスリープ、シークエンス開始するわ』

 蓋が両側からだんだんとせり上がってきて完全に閉じた。カプセル内はほんのり明るい。

『そうだ、忘れるところだった。爆発が収まったら、アリシアに聞こえるよう救難信号を出し続けろ』
『了解』

 もう後は運を天に任せるしかない。リョウは、目を閉じた。

(アリシア、あとは頼んだぜ)

 彼女の優しい笑顔が脳裏に蘇る。リョウは我知らず微笑んで、そして、意識を失った。


■■■■


 そのころ、アリシアは転送された崖の端に立って、遠く遺跡を見下ろしていた。

(もうそろそろ爆発する頃だわ)

 詳しい話は聞いていないが、本来なら、この地域一体が巨大な穴になってしまうぐらい猛烈な爆発を、基地全体にシールドを張って最小限に抑えるとリョウが言っていた。
 人間一人をシールドで包むというのは魔道にもあるが、巨大な建物を全て覆いつくすというのは聞いたこともない。アリシアは、旧文明の科学力に畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 やがて、どこか遠くの地下から低い唸り声のような音が聞こえた。同時に激しい地響きが始まった。低い地鳴りが辺りに響き渡り、周りの山々が揺れ動いているように見える。その振動は、遺跡から離れたこの場所でも感じられた。

(来た!)

 アリシアが身を固くしたその時だった。突如、湖の底から大きな爆発が起こり、とてつもない量の土砂と水柱が天に向かってほとばしった。まるで火山の噴火である。
 だが、何ということだろう、それは空中で何か見えない天井にぶち当たったかのように跳ね返されたのだ。一瞬だけ何か半透明な覆いのようなものが光ったのが見えた。そのとき、初めて、アリシアは遺跡全体が透明な殻のようなものに包まれていることを知った。

 そして、跳ね返された湖水や土砂は瀑布のように湖面にぶつかって激しい音を立てる。あまりの衝撃と水の量に、水煙が濃い霧のように周りに立ち込め、しばらくの間視界の一部がさえぎられた。さらに、湖に面していた山の斜面も、爆発の影響で次々と崩れて、この世の終わりのような地響きをさせながら湖面に流れ込んでくる。湖面の水が激しくうねり、まさに大荒れの大海のような様相であった。

 それに伴い、今度は濁流の音とともに水位が急速に上昇していった。爆発のせいで、どこかの水脈に穴を開けたのかもしれない。見る見るうちに水かさは増え、発掘隊の小屋などもまるで洪水のように一気に押し流してしまった。

 これらは、もはや単なる土砂崩れや水位の上昇というレベルではなかった。もうすでに、先ほどとは風景全体が変わってしまっている。
 まさに圧倒的な自然の力であった。この光景を目の当たりにして、アリシアは人間の無力さを思い知らされ、ただ立ちつくしていた。
 シールドが爆発を抑えてこの状態なら、基地の中は一体どうなっているのだろう。
 こんな中を人は生き残ることができるのか。

(無理よ、こんなの、リョウ……)

 絶望に打ちのめされ、アリシアは茫然自失の状態で、ただその光景を見つめていた。


 どれくらいそうしていただろうか、やがて、地響きも土砂崩れも収まり、あたりは少しずつ静寂を取り戻す。湖水はまだ濁っており、湖面も上昇し続けてはいるが穏やかになりつつあった。
 だが、アリシアはその光景を見ているうちに、恐ろしい事実に気がついた。

(こ、これって、もしかして……)
(そうよ、これは……お母さんが見たのと同じ光景なんだわ)

 母は、当時湖の底に埋まっていたリョウをなんとか掘り起こそうと人事を尽くした。そして、その三年の間、時折ここに来ては遺跡を眺めていたと聞いた。それは、どれほど絶望的な光景だっただろう。しかも、母はその後、彼と再会することなく歳を重ね、亡くなったのだ。

(うそ……こんなの……)

 アリシアは、まさに自分が母と同じ立場に置かれようとしていることに気づき、半ばパニックになった。いや、状況はそれよりずっと悪いかもしれない。

 少なくとも母は、リョウが生きていること、そして、どこに埋まっているかは分かっていたのだ。しかし、自分は彼が生きているかどうかもわからないうえ、どこに埋まっているかすら分からない。たとえ生きていても掘り起こしようがないのだ。これでは、彼に会うのは不可能である。
 
 彼女は、リョウを失う恐怖、というより、すでに彼を失った絶望にかられ、空を見上げて天に召された母に懇願した。

「お母さん、お願い。助けて。私、リョウがこんな状態で一人で生きていくなんて無理よ」
「お願い……お母さん……」

 だが、奇跡は起きない。
 湖の水位は変わらず増え続け、母の声も天の啓示も聞こえて来なかった。
 
「帰ってきてよ……リョウ……約束したじゃない……」
 
 溢れる涙を止めることができずに、泣きじゃくる。

 だが、ここで不思議なことが起こった。
 何か声らしき音が聞こえた気がしたのだ。

『……シア……ア…シア……?』

 空耳ではない。母の声ではないが、確かに女性の声だ。
 アリシアは耳を澄ます。
 そして、次の声ははっきり聞こえた。

『アリシア~、聞こえる? 聞こえたら返事して~』

 この場に全くふさわしくない、のほほんとした口調。
 その声の持ち主と直接言葉をかわしたことはなかったが、声だけは耳慣れている。誰だかすぐ分かった。

『リズ!』
『ああ、聞こえてるのね、よかったよかった』
『リョウは? リョウは無事なの?』
『ええ、ちゃんと生きてるわよ。もうやれやれだわ。あのさ、今から場所を教えるからさあ、ちゃちゃっと掘り起こしに来てくれない?』

 この言い方を聞いて、アリシアは安堵に涙ぐみながらも、思わず吹き出した。
 
『今すぐ行くわ。待ってて!』



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