上 下
37 / 47

第36話 一万年後の偉業

しおりを挟む
 
 二人はしばらく通路を走った後、大きな部屋に入った。
 リョウが勤務していた研究室である。
 そのままアリシアをつれて一番奥にある巨大な装置に向かう。

「ねえ、これは何?」
「テレポーターさ。物体をテレポートさせる機械だ」
「そ、そんなのまであるの?」
「ああ、俺の研究チームが作ったんだ。キースと、そして、カレンもな」
「お母さんも……」
「そうだ。カレンは優秀な研究者でな、あいつのおかげで解決した問題も多かったんだぜ」
「そう……」

 アリシアが一人テレポーターのそばまで近づき、リョウに背を向けてコンソールの前に立つ。そして、慈しむようにそっと手を触れた。

「お母さんは、ここでこの機械を……」
「ああ、ちょうどそんな感じで立っていたんだ」

 アリシアの後ろ姿がカレンと重なり、最後に彼女に会った時のことを思い出す。

(時はめぐり、歴史は繰り返す……か。まさか、一万年後にアリシアがこれに触れることになるとはな)

 カレンが作ったテレポーターが娘の命を助けるかもしれない。時の流れに畏敬の念を感じて、リョウはアリシアの隣に立ち、テレポーターを見上げた。

 本来、これは試作品の段階であり、動作が不安定だった。そしてまた、人間どころか生体の転送実験も済ませていない。ここまでこの装置のことを思い出さなかったのは、使える段階にないという思い込みがあったからだ。
 だが、この時代に目覚めて、意外なところから問題解決のヒントをもらった。それがグスタフのテレポートだった。
 テレポーターは、2つの地点の空間をいわば重ね合わせる形で物体を移動させる。それは、グスタフの呪文の発生原理と極めて似ていたのだ。そして、リズに分析させるうちに、この装置の改良すべき点に気がついたのだった。
 科学と魔道が異なるといっても、同じ原理で作用することはやはり同じ法則が通用する。しかも、テレポートは、こちらでは確立された技術となっている。技術の成熟度がまるで違う。

「アリシア、床に円が描いてあるだろう。その中に入ってくれ」
「ええ。魔法陣みたいね」
「まあ、目印みたいなもんだ」
「ふうん」

 アリシアは、テレポーター脇に描かれた円形の転送マーカーの中に立つ。
 
「よし、テレポーター、システム起動」

 リョウの声に反応し、装置が動き出す音が聞こえ、同時にいろいろな個所が点灯し始めた。スクリーンを見ながらコンソールを操作する。

『リズ、空間の分離・同定プロセスに入るとき、グスタフの魔道から得られたパラメータを応用してくれ』
『了解。シミュレーションでテレポートの成功確率を計算するわ』
『頼む』

 しばらくして、リズの声が聞こえる。

『シミュレーション終了』
『結果は?』
『97.86%で成功よ』
『すげえ、これなら大丈夫だな』

 2・14%の失敗率というのは、移動手段としては実用化にはまだ程遠い数値である。なにしろ、1000人ごとに20人は死ぬのだから。しかし、手段を選んでいられないこの状況で命をかけるには十分すぎる確率であった。

(とは言うものの……)

 そう。とはいえ、今から転送するのは実験動物ではない。アリシアである。

 ちらりと彼女に目をやると、少し感傷的な表情でテレポーターを見つめていた。母親のことを考えているのだろう。だが、彼の視線に気がついたのか、こちらに視線を戻して、微かに微笑んだ。

(アリシア……)

 リョウは、急に2・14%が果てしなく大きな数字に感じられた。
 コンソールパネルを操作する指先が微かに震える。
 しかし、もう迷っている場合ではないのだ。どちらにせよこのままでは二人とも死ぬ。

 スクリーンに『準備完了』の文字が表示されたのを見て、リョウは決意を固めた。

「……じゃあ、転送するぞ 」
「うん」

 やや緊張した面持ちで、アリシアがうなづいた。

(カレン、どうか娘を無事に飛ばせてやってくれ)

 リョウが、祈るような気持ちでテレポート開始のボタンをタッチした。
 その瞬間、テレポーターの駆動音が変わり、一瞬の淡い光とともにアリシアの姿が消えた。

「おお……」

 だが、これだけでは無事に転送できたのかどうか分からない。
 スクリーンを慌てて振り返ると『転送完了』の表示が出ている。
 念のため転送ログを確認する。全ての数値が正常値だった。

『アリシア、無事か?』

 だが、返事はない。
 ログ上は成功しているはずである。
 そして、不安になり始めた時、

『リョウ、私は無事よ』

 アリシアの声が聞こえた。
 テレポートは成功したのだ。

『やったか! よし、そこでちょっと待っててくれ』

 リョウは、安堵と喜びで飛び跳ねたいのを我慢して、次の転送準備に入った。
 もう時間が残されていない。

 自分を転送する前に、もう一つすべきことがあったのだ。


■■■■


(それにしても、すごい術ね……)

 一方のアリシアは、今だに自分の身に起きたことが信じられない思いだった。

 瞬きした瞬間、突然世界が変わったかのように、自分が別のところに立っていたのだ。自分の体が移動した感じも全くなく、自分が瞬間移動したというよりも、自分の周りだけが取り替えられたという感覚である。
 あまりに何も感じなかったため、自分の頭のほうが、何が起こったのかを理解するのに時間がかかった。

 自分の手を見つめる。どこにも異常は感じられない。
 アリシアは、旧文明の科学力の高さに圧倒される思いだった。

(そっか、ここに飛ばされたのね)

 ふと見上げると、ここは山の中腹にある見慣れた崖のそばだった。
 発掘現場とその奥の湖や山々を一望できる、自分のお気に入りの場所である。
 そしてまた、当時、湖の底に埋もれていたリョウをカレンが見守っていた場所でもある。

「アリシアさん!」

 突然、後ろから呼びかけられ振り向くと、エドモンドだった。その向こうにリンツと、ガイウスの部下でここに残ったティール、さらに村人たちも見える。どうやら、ここに発掘隊が避難していたらしい。木々の間に天幕を張り、臨時の野営地を作ったようだ。

「ご無事だったんですかい。ですが、どうやってここに?」
「リョウが、テレポートさせてくれたのよ」
「何ですと?」

 そして、簡単に経緯を説明した。そして、父やガイウスたちが亡くなったことも。

「そ、そんな、隊長が……亡くなった……」
「ええ」
「……」

 沈痛な沈黙が流れる。
 エドモンドは、目頭を押さえてうつむいた。彼の巨体が急に小さくなったように見える。
 彼はアリシアが生まれる前からの父の仲間だと聞いている。
 彼にとっても父は家族同然だったのだ。 

 だが、その時だった。ふいに、エドモンドの背後で皆が大声を上げるのが聞こえてきた。目をやると、アルバートとガイウス、そして彼の部下たちが地面に横たわっていた。どうやらテレポートされたらしい。いずれも倒れた時の姿勢で、血みどろの姿なのがここからでも分かる。

「見て! リョウがみんなをテレポートしたんだわ!」
「な、なんと」
「行きましょう」

 アリシアたちが駆け寄ると、リンツがアルバートの、ティールがガイウスの脈を取っていた。

「ねえ、リンツ、あのね……」

 彼らが全員死亡したことを告げようとすると

「アルバート隊長はまだ息があります!」
「総長もです!」
「なんですって?」

 アリシアは飛び上がった。

「お、お父さん」

 鍛えられたガイウスはともかく、あれだけの傷を負いながらどうやって、と疑問に思った時、父の手に何かが握られているのが見えた。

「回復ポーションの瓶だわ」

 瀕死のアルバートはどうにかしてポーションを飲んだのだ。傷が深すぎて回復には程遠いが、命をつなぎとめたらしい。

「お父さん、しっかりして」

 アリシアが、父のそばにしゃがんで手を握る。
 生きているとはいえ重篤な状態であるのは間違いない。顔色は死人のように青白く意識もない。

「あとの三人は?」

 アリシアが尋ねると、ティールは黙って首を横に振った。

「そう……」
「とにかく、すぐ手当をしないといけやせん。リンツ、救急箱を持ってきてくれ」
「はい」
「お父さん、今助けてあげるから、しっかりして」

 慌ただしくエドモンドたちが治療を始める中、アリシアはアルバートの手を握って、励ますのだった。


■■■■


 そのころリョウは、自分をテレポートさせるための準備をしていた。半自動運転させなければならないため、別に設定が必要であるのだ。

(まさか、この時代でテレポーターが完成するとはな)

 こんなに科学力が低い時代で、科学の粋を結集して作ったテレポーターについて教わることがあるというのは意外だった。だが、せっかく完成にこぎ着けたというのに、あと少しで基地ごと破壊される。複雑な思いに沈みながらも、リョウはテキパキとテレポートの準備をしていた。

 そのとき、

「リョウ、そこまでだ」

 不意に自分の後ろから声が響いてきた。

「キース!」

 振り返ると、実験室の入り口で、キースがレイガンを突きつけながら立っていた。そして、そのまま自分に向かって歩いてくる。遠目にも怒りに打ち震えているのがよく分かる。

「邪魔ばかりしおって、だが、それもここまでだ」

 レイガンの安全装置をオフにする電子音が聞こえた。自分の頭を狙っているのは間違いない。
 キースは、用心からかリョウから少し離れたところで立ち止まった。

「観念してもらおう」


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

戦場に跳ねる兎

瀧川蓮
ファンタジー
「ママ……私はあと……どれだけ殺せばいいの……?」 科学と魔法が混在する世界で覇権を狙うネルドラ帝国。特殊任務を専門に担う帝国の暗部、特殊魔導戦団シャーレ、最強と呼ばれる『鮮血』部隊を率いる15歳の少女リザ・ルミナスは、殺戮の日々に嫌気がさし戦場から行方をくらました。そんな彼女に手を差し伸べたのが、世界一の戦上手と評される兎獣人(アルミラージュ)のレイナだった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

真訳・アレンシアの魔女 上巻 マールの旅

かずさ ともひろ
ファンタジー
 アレンシアで、一人の少女が目を覚ます。  少女は人間にしては珍しい紅い髪と瞳を持ち、記憶を失っていた。  しかも十日間滞在した町を滅ぼし、外で五日間行動をともにした相手を不幸にする。  呪われた少女の名は、マール。  アレンシアで唯一、魔法を使う事ができる存在。  これは後に神として崇められる“魔女”の人生を綴った叙事詩である。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...