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第33話 魔道 vs 科学(1)
しおりを挟む司令室を出ると、まずアルバートとアリシアが炎の玉を撃った。
無論、鋼鉄の鎧には効果がない。しかし、燃え上がる炎は撹乱と牽制になる。
その隙に、ガイウスと二人の部下が一気に突っ込んで、先手を取った。
機械兵もすぐに態勢を立て直し、一斉に手からビームソードを出して迎え撃つ。
たちまち、両者入り乱れた乱戦となった。
リョウは自分の立場をわきまえて、前には出ない。接近戦のできないアリシアたちの前に出て二人を守るポジションにつく。
アリシアとアルバートは、少し後方から呪文を放ちガイウスたちの援護をしていた。
だが、当初の予想に反して、戦況は良好だった。
とにかくガイウスたち三人が強かった。いずれも剣が雷を帯びており、稲光を放ちながら、剣を奮っている。次々と機械兵が火花を散らし煙を上げて倒れていく。
ガイウスは言うまでもないが、部下の二人、ラースとギリアンも相当な腕前である。おそらく、副総長のロベールと遜色ない強さであると思われた。
「すまん、そっちに行った!」
ガイウスの声が飛ぶ。
前衛の三人は、後ろのリョウたちに機械兵が向かわないように気を使って戦っていた。だが、人数差があるため捌き切れず、流れてくることがある。それを仕留めるのがリョウの役目だった。
鋼鉄の鎧は剣では切れない。しかし、関節部分や多数のセンサーが集まっている赤い目の部分は脆いらしく、リョウの剣技を持ってすれば戦闘不能にするのは難しくなかった。
しかも、アルバートとアリシアも呪文を飛ばしている。特にアルバートの魔道は一日の長があるせいか、アリシアのものより強力だった。彼が放つ雷の呪文は、機械兵の電気系統にダメージを与えるらしく、一撃で動きがぎこちなくなる。
さらに、彼はもう1つ強力な呪文を持っていた。
「リョウ、後ろ!」
アリシアが声を上げた。
一体と交戦している間に、前からもう二体流れてきたのだ。
「ちいっ」
交戦中の一体の顔に剣を突き刺し蹴り飛ばしたあと、振り返りざまに一体の剣を受ける。だが、二体目の剣は捌き切れない。
だがその瞬間、自分の周りの床が発光し、まるで時が止まったかのように二体の動きが止まった。
(何だ!?)
「今だ!」
アルバートの声に押されて、一体の首、装甲のない継ぎ目の部分に剣を突き刺した。激しく火花が飛び散る。すぐさま反転し、ビームソードを振り下ろすところで固まっているもう一体の目を貫いた。
床の光が消えると、二体ともその場に倒れた。
この間、この二体は身動き一つしなかった。どうやらアルバートは、金縛りの術が使えるらしい。
「やるじゃねえか、おやっさん」
「昔取った何とやらだよ」
「へえ」
そして、残りが数体になったところで、ガイウスが叫んだ。
「リョウ、お前たちは先に乗れ!」
「分かった。いくぞ!」
「ええ」
リョウと、アルバート、アリシアが一斉に駆け出す。途中、ガイウスたちの網から漏れた一体が襲ってくるが難なく片付け、リフトの開閉ボタンを押して中に乗り込んだ。
「乗ったぜ! おっさんたちも早くしろ!」
「ああ。大丈夫だ。こいつらを片付ける」
しかし、勝利が見え始めた時、突然、司令室の奥に何か人影が現れた。
(何だ?)
それは新たな機械兵だった。しかも次々と湧き出てくる。先ほどキースが逃げた出口から呼び寄せたに違いない。
「新手だ。逃げろ!」
リョウが叫んだ時には遅かった。
数体がいきなり左手の手のひらを前に突き出した。そして、司令室に最も近いところで戦っていたギリアンに向かってレイガンの光線が射出される。彼は、運悪く司令室に背を向けていた。何条もの光が無防備な彼の背中を貫いた。
「グアァァ」
呻き声を上げてギリアンが剣を落とし、その場に倒れた。そこに向かって機械兵数体が駆動音を響かせながら進んでくる。
致命傷を負いながらも、まだギリアンは戦意を喪失していなかった。ズルズルと床を這って必死に剣を掴むと、弱々しくもまた稲妻を帯びたのだ。だが、最後の力を振り絞っても、彼は身を起こすことはできなかった。取り囲んだ機械兵が次々と彼をビームソードで刺し貫いた。
「ギリアン!」
「おのれ、機械の分際で……」
ガイウスとラースが助けに行こうとするが、すでに彼らにも機械兵が押し寄せようとしていた。
今度は一人欠けた上に、流石に数が多すぎた。二人は新たな敵と切り結びながら、ジリジリと後退させられる。
「くそっ」
しかも、位置が入れ替わったため、何体かがリフトの中にいるリョウたちにもレイガンを撃ってきた。アリシアとアルバートはリフトの扉の陰に隠れながらも必死に呪文を撃つが、ガイウスたちをうまく援護できていない。
「おっさん!」
業を煮やして、リョウが助けに行こうと飛び出すが、ガイウスが肩越しに激しく止めた。
「馬鹿野郎! 出てくるな。お前に何かあったら元も子もねえだろうが!」
「そ、それはそうだが……」
指をくわえて見ているだけというのは我慢ならなかったが、自分に何かあったらミサイル発射を止められる者がいなくなる。
歯軋りする思いでリフトの中に戻る。
とはいえ、さすがの二人ももう持ちこたえ切れなくなってきた。
「いかん、ラース、一気に箱部屋に駆け込むぞ」
「はっ」
「今だ!」
二人は最後に大きな技を繰り出し機械兵をよろめかせると、背を向けて一気にリフトに向けて走り出す。
すぐに、機械兵たちも追いかけてきた。最初の生き残りと合わせて二十体は越えている。
先頭を走る数体が左手を前に出し、レイガンを撃つ態勢に入る。そこに、アルバートとアリシアの炎の玉が直撃した。
しかし、機械兵は炎をかき分け、さらに速度を上げて突っ込んできた。
そして、二人が追いつかれそうになった瞬間。
今度は床が白く発光して、先頭数体の動きが硬直した。
アルバートの金縛りだ。
後ろの個体も勢い余って止まることができずに次々とぶつかり、床に転がった。
「おお、やった!」
リョウが快哉を上げる。
これで時間が稼げるはずと思ったが、そこまで甘くはなかった。
一体が呪文にかからなかったのだ。
「おっさん、まだ一体来てるぞ!」
リフトまであと数メートル。
先頭のラースがまずリフトに駆け込む。
だが、ガイウスがほぼ追いつかれるところだった。
すでに機械兵が剣を振りかぶっている。
「ちいっ」
ガイウスは、リフトに入ったところで反転し、振り下ろされたビームソードを剣で受け止めた。反動で体が数十センチ後ろに押しやられたが、なんとか踏みとどまる。
機械兵はちょうどリフトの中に一歩入ったところにいるため、扉を閉めることができない。だが、残りの二十体もこっちに向かって来ている。
しかも、純粋な力比べは人間より強いのか、機械兵の右手一本でガイウスが押し込まれ始めた。
「くっ……」
真っ赤な顔で、剣を押し戻そうとするガイウス。
その時、機械兵の左腕がガイウスの胸に向けられた。レイガンを撃つ気だ。だが、彼は両手で剣をささえており身動きが取れない。
「させるかっ!」
リョウは横から狙いを定め、渾身の突きを放つ。
剣は、機械兵の首の付け根、ちょうど鉄鋼に覆われていない首の関節部に突き刺さった。激しく火花が散る。
だが、同時に左手がリョウの胸に向けられた。
リョウは瞬時に、そこから光線が発射されること、そして自分がそれを避けられないことを悟った。
「くっ」
案の定、手のひらの射出口が光った。
とっさに心臓だけは躱す。しかし、それが限界だった。光線はリョウの右胸を刺し貫いた。
「リョウ!」
アリシアの悲痛な叫びがリフト内に響く。
その横でガイウスとラースが、動きの止まった機械兵を渾身の力で蹴り出した。機械兵は後ろに吹っ飛び、そばまで迫っていた数体とともに床に転がる。
「扉を閉めろ!」
ガイウスの声に、アルバートが飛びつくようにしてボタンを押した。すぐに扉が閉まる。
しかし、すぐに機械兵たちが立ち上がったのか、扉を激しく殴る音がし始めた。そして、その振動が伝わって、リフト内が激しく揺れ照明も点滅する。
「うおっ」
「キャアア」
激しくゆらされて、バランスを崩す一同。リョウのもとに駆け寄ろうとしていたアリシアも立っていられず、床に倒れ込む。
「早く出せ!」
壁に手を付きながら、ガイウスが怒鳴った。
『武器庫に行け!』
リョウは壁に体を預けたまま、それだけをなんとか叫んだ。
すぐにリフトが動き出す。そして、それとともに扉を殴りつける音はだんだん小さくなり、やがて聞こえなくなった。もう耳に聞こえるのは、一同の荒い息と、シャトルリフトの移動音だけである。
「く、くそ……」
リョウは急速に自分の力が抜けていくのを感じた。
緊張が解けアドレナリンが切れたのか、焼け付くような痛みを右胸に感じる。
大量に出血していた。目がかすみ、視界がぼやけていく。
『リョウ! 大動脈損傷、右肺も貫通してる。出血が止まらないわ。ごめん、あたしではどうしようもない……』
リズの声が響くが、もう意味として頭に落ちてこない。
体を支えきれず膝をつき、そのまま床に転がった。
「リョウ!」
「おい、大丈夫か?」
「しっかりして、リョウ、リョウ!」
リョウは、アリシアに抱え起こされるのを感じた。
「大丈……夫……だ……」
リョウは、自分の声がかすれているのが分かった。そして、急激に周りが暗くなり意識が薄れていく。
(こんなところで……死ぬわけには……)
だが、そんな気持ちも圧倒的な闇に押し流されようとしていた。
その時、口に何か容器のようなものが押し付けられたのが、かすかに認識できた。だが、口がうまく動かない。
容器の代わりに今度は、柔らかいものが自分の唇を塞いだ。アリシアの香りが漂ってくる。
同時に、口の中に液体が流れされてきた。
何か飲まされたことは分かった。
こんな状態で飲み薬など効くわけがなく、薄れゆく意識の中でリョウは訝った。
しかし、その効果は劇的だった。
液体が喉を通過した瞬間、自分の体が緑色に発光し、意識が急速に蘇ったのだ。
すぐに闇が払われ、世界に色と音が蘇る。
「――っかりして、リョウ!」
アリシアが必死で呼びかけているのが聞こえる。
そして、五感が戻ってくると、周りの状況が意識に入ってきた。自分は彼女の膝に抱き抱えられ、そばにガイウスやアルバート、ラースが見下ろしていた。
「リョウ、聞こえる? リョウ!」
「大丈夫だ、聞こえてるぜ」
「ああ、リョウ……。よかった……」
アリシアに強く抱きしめられる。
少し力を入れて半身を起こそうとすると、彼女が身を離し助けてくれた。
「大丈夫?」
「ああ、もうなんともないが……一体、何が起こったんだ?」
「何って、胸を撃たれて大怪我をしたのよ。だから、回復ポーションを飲ませたのよ」
「回復ポーション……。そんなのが、あるんだな」
「心臓には当たらなかったみたいだから、助かったのよ」
リョウは自分に起こったことが信じられず、服の中に手を突っ込んで撃たれたところを探る。
傷は完全に消えていた。痛みもまったくない。血だらけになった服以外は、撃たれた痕跡すらないのだ。
リョウにとっては、むしろ撃たれたことよりも衝撃だった。
(全く、とんでもねえな……)
『リズ、俺の状態は?』
『ウソみたいな話だけど、全く問題ないわ。傷も消えてるし、血液の量も正常値に戻ってる』
『なんてこった……』
これだけで、一体いくつの科学法則に反しているか分からないほどだ。リョウは魔道の力に改めて畏敬の念を覚えた。
「バカ! 本当に心配したんだから」
「おっと」
アリシアが、目に涙を浮かべて、抱きついてきたのを受け止めてやる。
リョウは、自分が死ななかったことよりも、彼女を悲しませずに済んだことに安堵した。
だが、一息ついたとはいえ、リフトの中は重苦しい雰囲気に包まれていた。
すでに二人の仲間が亡くなったのだ。
「……ダグに助けられたな」
リョウは、ガイウスを見上げて云った。
あの剣がなければ全滅していたに違いない。
「ああ。だが、二人も失っちまった」
彼の声には、深い悲しみと失望が感じられる。
「……」
「総長、我ら全員、ロザリア様と総長に剣を捧げた身。ダグもギリアンも本望でしょう」
ラースが横から慰めた。
「そうだな……。リョウ、1つ頼みがある」
「何だ」
「爆弾とやらを仕掛けてここを逃げ出す前に、奴らの遺体を引き揚げたい。仲間は置き去りにしないというのが、わしたちの掟なんだ」
「ああ。構わないぜ。むしろ俺がそうしたいぐらいだ。一緒に連れて帰ろう」
「恩に着る」
「……」
一同は、冥福を祈るかのように沈黙した。
だが、今の彼らには仲間を悼む暇も許されてはいなかった。
『お知らせします』
いきなり天井から女性の声が聞こえてきたのだ。
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